「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第19話

 

 

 キルヒアイスはラブホテルの狭い個室トイレにいる状況が視界に入り、平和な日本社会のどこかだろうとは思っているので見知らぬ場所でも、それほど緊張しなかったけれど、次の瞬間には三葉の身体が一糸まとわぬ姿であることに気づいて極度に緊張した。

「っ……こ……これは……どうして……」

 今まで一度も見たことの無かった三葉の身体を見て激しく動揺しつつも、手には手紙があったので、とにかく読む。

 

 いろいろあってテッシーと初エッチしました。

 いっしょにサヤチンも。

 したいなら二回目をしてくれてもいいし、イヤなら眠いとか言って静かに寝てください。 テッシーに求められたら拒否ったりパニックったりしないで。

 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処し

 

 そこまで書いて12時を迎えたようで文章の途中で終わっている。

「……そんな……諜報部が入手した同盟軍の侵攻方針みたいな……」

 結果として壊滅的な打撃を受けた同盟軍の爆散した艦艇の姿を思い出した。

「…………私は、どうすれば…………いろいろあっての、いろいろって……それに、サヤチンまで、いっしょ……」

 手紙を読んでも、ほぼ状況がわからない。手探りで帝国領へ侵攻した同盟軍提督たちより不安になった。身にまとうものは何もないし、ここがどこなのかもわからない。

「……………それでも、とうとうテッシーのご好意を…………ですが、サヤチンまで……いえ、テッシーのお家柄と男ぶりを考えれば、二人くらいいても当然なこと……」

 町で一番の実業家の嫡男であれば、町長の娘と釣り合うし、さらに二人目がいて、それが町役人を代々勤めている家系の娘となれば、それほど異常なことではない、と感じる文化で育ってきたので、いささか自分の庶民的な恋愛感覚とは相容れないけれど、三葉が受け入れたことなら口を出す筋合いではない、と思えた。

「……………ずっと、ここにいても………」

 おそらく宿泊施設のトイレだと感じるところに、ずっといるわけにもいかないので、身体に触れないよう胸と股間を隠して、そっとトイレを出た。トイレを出ると、すぐに状況が目に入ってくる。やはり宿泊施設で大きなベッドがあり、克彦と早耶香が抱き合っていた。

「っ…………」

 胸が締めつけられるように苦しくて、悲しみと早耶香への憎しみまで生まれてくる。これが嫉妬なのかもしれない、と判断すると、ベーネミュンデが暗殺まで企てた気持ちが推し量れてしまうほどだった。

「テッシー!」

 いつのまにか叫んでいた。

「ん?」

「私も抱いてください!」

「「………」」

 あ、モードチェンジしたんだ、と克彦と早耶香は思った。おかげで克彦は雰囲気の違う三葉を、もう一度、初めてのように楽しむことができたし、一回目より本当に初めてのように恥じらっていて、男として嬉しかった。

 

 

 

 三葉はキルヒアイスからの手紙を読んでも実感できなかったノルデンの戦死を、執務室でヒルダから本日の先送り不可な予定として、ノルデンの家族への弔問が入っていることを説明されて、ようやく実感しつつあった。他にも皇帝の崩御や、それゆえ国内情勢の不安定化があるので行動は厳に自重してほしいとあったけれど、そんなことよりノルデンのことを詳しく知りたい。

「……ヒルダ……アムリッツァ会戦の状況を三次元モニターに映して…」

「はい」

 今さら、と思いつつも、ヒルダは会戦の状況を再生する。それに見入っている三葉へ、他の予定も言っておく。

「また、この執務室も本日中に引き払い、上級大将としての執務室への移動となります」

 そんなヒルダの声を三葉は聞いていない。

「…………ラインハルトっ! 第1線も張れないような艦をあてがっておいて……最初から員数外にあつかって………やることがミュッケンベルガーと同じじゃない!」

「………………」

「ラインハルトは、どこ?! 元帥府にいる?!」

「元帥閣下はシュワルツェンのお館へ、姉君が移り住まれるお手伝いで、元帥府にお顔を出されるのは午後からとなります。………」

 週に一度くらいの割合で雰囲気ががらりと変化して、いつもなら優しく抱いてくれる上司が今日は今さらのように僚友の戦死に憤っているようで、どう対応していいか、わからない。三葉は執務室を出ると、早歩きでノルデンの執務室を訪ねた。

 バンッ…

 扉を開けて室内に入ると、ノルデンの従卒が悲しそうに遺品を整理している。

「ノルデン中将さんは……いないの?」

「中将閣下は、……いえ、ノルデン上級大将閣下はアムリッツァ会戦で栄誉の戦死を遂げられました。ぅっ…くっ…」

「……………」

 キルヒアイスの肩がうなだれて落ち、とぼとぼと自分の執務室へ戻る。今日まで三葉にとって戦死者は、ただの数字でしかなかった。ぜんぜん知らない人たちだった。けれど、ノルデンとの付き合いは長い。入れ替わりが起こるようになってから、ずっとだったし、上昇志向の強いラインハルトとは話が合わず、ノルデンと話していると楽しかった。その彼が戦死したと言われ、まだ信じられない。

「キルヒアイス閣下。そろそろ、お時間です」

「……うん…」

 ヒルダに促されて弔問へ出向くために執務室を出ると、ビッテンフェルトとメックリンガーが廊下で待っていて敬礼してくる。

「ご同行の許可をお願いします」

「私どももお供させてください」

 ビッテンフェルトは戦場で故人に借りがあり、メックリンガーは生前に美術品を通して親交があったので、それぞれに弔意を示したい様子だった。

「……どうぞ…」

「「はっ。………」」

 二人とも気落ちした上級大将の様子に目を見合わせつつも、三人でノルデンの邸宅へ出向いた。玄関で未亡人と、そっくり父親に似ている3歳から15歳までの5人の息子たちに会うと、三葉は泣いた。

「…ごめん…ごめんなさい…、私たちが、もっと、しっかりしていれば…」

 なんで四倍もの戦力があってヤン艦隊を全力で叩かなかったんだろう、あのとき、あんないい加減な指揮をしたんだろう、アスターテを思い出したら四倍で圧倒できなかった不甲斐なさが不思議なくらい、四倍もあったのにちょっと削っただけで終わってしまって、あそこで全力で突撃さえさせていればノルデンさんは死ななくて済んだのに、と三葉は後悔して泣きながら、10歳くらいのノルデンの息子を抱いた。メックリンガーは紳士的に未亡人へ声をかけ、ビッテンフェルトは15歳の長男に武人らしく肩へ手をおいて語る。

「君たちの父親は立派だった。オレの窮地を救ってくれたばかりか、劣勢の中で勇猛果敢に新戦術を駆使して戦い、敵の副司令官を討った。まこと帝国軍人の鑑であり、子爵家の名に恥じぬ男であったよ。ノルデン提督と轡を並べたことは生涯、誇りに思う」

 弔問を終え、元帥府へ戻る地上車の中で、メックリンガーがしみじみと言う。

「惜しい人を亡くしましたな」

「「……」」

 三葉とビッテンフェルトは黙って頷いた。

「…ぐすっ…」

 キルヒアイスの涙を見て、隣りに座っていたビッテンフェルトは厚い手のひらをキルヒアイスの膝へおいた。

「情に厚いお人なのですね。閣下は」

「……」

 返答が思いつかず、ノルデンの軽快な笑顔を思い出している三葉にビッテンフェルトは頭を下げた。

「閣下とともにあることを嬉しく思います。わが忠誠もまた閣下とともに」

 アムリッツァでの失敗を寛恕されたことの背景にキルヒアイスの進言があったろうことは諸提督の察するところであり、当然にビッテンフェルトは深く感謝していたし、僚友の死に涙する姿にも感銘を受けていた。地上車が元帥府に到着し、降りたところで同じくラインハルトも別の地上車から降りてきた。その顔を見て三葉は、もともと失い安い自制心を完全に喪失した。

「ラインハルトぉ!!」

「っ…貴様かァっ!!」

 ラインハルトの方も、三葉を殴りつけたい理由があった。ようやく後宮から解放され、これから二人で暮らせる、キルヒアイスも気軽に訪問できる、そんな立場になったのに口さがない宮廷の女官たちからの噂話で、赤毛の上級大将が副官の女性士官と関係を持っていると聞いてしまった姉の落胆ぶり、ほんの半時間前の引っ越し作業中、どうしても不安で弟に迷いながらも質問してこられ、それに明確に事実無根と答えられなかった原因をつくった三葉を、たとえキルヒアイスの身体だとしても、殴りつけねば気が済まなかった。

 ガッ! メシッ!

 元帥府の正面で二人が殴り合う。二人とも白兵戦技に長けているので怒っていても身体が自然に攻撃と防御を繰り返し、なかなか勝負が決まらない。周囲にいた誰もが、あっけにとられて制止に入るのが遅れている。顔を見るなり一言の口論もなく、いきなり始まった殴り合いは、まるで格闘を愛好する親友同士が挨拶代わりに組み手をしているようにさえ見えて、ビッテンフェルトの部下などには実際にそのような血気盛んな者もいたのでウルリッヒ・ケスラーが止めに入るまで続いた。

「ハァっハァっ」

「ハァハァ、離せ。ケスラー」

「両閣下とも、どうか冷静に」

 ラインハルトは、すぐに離してもらえたけれど、三葉は衛兵5人に抑えられたまま解放されない。アイスブルーの瞳が冷静さを取り戻し、冷厳と見下ろしてくるのに対して、三葉は炎髪灼眼で睨みあげていて、おそらく解放すると、また殴りかかると誰にでもわかった。

「貴様には話がある。それまで頭を冷やしていろ。ケスラー、こいつを目立たぬところに監禁しておけ」

「はっ」

 ケスラーは元帥府内の落ち着いた内装があるものの窓からの脱出などができない部屋を選び、三葉を丁重に案内すると、口の硬い者を厳選して歩哨を立てた。三葉は後ろ手に手錠をされた状態でソファに座って怒っていたけれど、さすがに2時間も経つと少しずつ冷静になっていった。

「少しは頭を冷やしたか」

 ラインハルトとオーベルシュタインが入室してきた。顔を見ると、また三葉は冷静さを失った。

「よくもノルデンさんを使い捨てに!!」

「フン、無能者が死んだところで何ほどのことがある」

「そうやって自分の基準だけで人を差別してるといい!! すぐにルドルフになれるから!!」

「ちっ………見たか、オーベルシュタイン」

「はい、とてもキルヒアイス提督とは思えませんな。私を組み伏せたときも、そうであったのでしょう」

 オーベルシュタインはラインハルトから三葉とキルヒアイスが入れ替わることを簡単に説明されていた。そうでもしないと、元帥と乱闘したキルヒアイスに何らの処断をしないことに納得させることができないという意味もあった。

「察していたか。およそ一週間に一日ほど、こうなる」

「精神病の類であれば病院へ入れるという手段もありますが、ルドルフ以降、精神病理学は進展せず、ただの収容所にすぎませんが」

「病院はダメだ。おそらくこれは病気ではない。なによりキルヒアイスは必要だ」

「ですが…」

「ミツハも感情さえコントロールできれば使って使えなくはない」

「誰がお前なんかに!!」

「まあ、聞け」

 ラインハルトも対面するソファに座り、オーベルシュタインは隣りに立った。

「お前はオレが姉上を後回しにしたことと、ノルデンのことを怒っているようだが、ノルデンとて武人、戦場に出る以上は覚悟があろう」

「第1線を張れない艦ばっかり押しつけて員数外に扱っておいて!! そのくせ、予備兵力としてあてにしたくせに!!」

「戦場とは、そういうところだ。ゲームではない。そして、姉上のことだが…」

「結局、皇帝が死ぬまで救い出せなかったくせに!! お前はお姉さんを出世の道具に利用しただけじゃない!!」

「………」

 ラインハルトは拳を握って、それから冷静さを保った。

「結果論だな。だが、ミツハの立てた作戦も我々は真剣に検討したぞ。オーベルシュタインが、より完璧にな。説明してやれ」

「過ぎたことですが、同盟軍の大侵攻に対して焦土作戦を実施し、皇帝と皇妃を保護するまでは良いでしょう。ですが、その後、わざわざ同盟軍に物資を供給してやる必要などないのです。オーディンで政変が起こった、今がチャンスである、もっと奥深くまで攻めてこい、と何らかの情報をリークするだけで同盟政府も同盟軍も引くに引けなくなるでしょう。そして、我々は皇帝と国璽をおさえて宇宙のいずこかに隠れ潜めばよいのです。さすれば麾下に組み入れられなかった帝国軍の残滓と、門閥貴族どもの私兵が同盟軍と死闘し、我々は、その勝者を叩き伏せればよいだけのこと。門閥貴族はいうにおよばず、同盟軍も長い占領戦のあげく財政的にも戦力的にも限界を超えたところを叩かれるのですから、アムリッツァより容易であったことでしょう」

「………………。じゃあ、そうすればよかったじゃない」

「オーベルシュタインは、この作戦に乗り気であったが、オレとキルヒアイスが却下した」

「なんで?!」

「三つ問題があった。うち一つはお前のせいだ」

「…………どんな問題よ?!」

「一つ、お前は親交があったかもしれんが、ノルデンは子爵家の嫡男、門閥貴族側の人間だ。計画の実施にさいし、不確定要素になる。二つ、マリーンドルフ伯へも、それとなく根回しをしたが、伯が出してきた条件が問題だった。これが、お前のせいだ」

「…………どんな?」

「伯は娘とキルヒアイスが正式に結婚すること、これを約束する公文書を求める、と」

「結婚…………してあげればいいじゃない。他に好きな人がいても、中将とか上級大将なら二人くらい奥さんがいても大丈夫なんじゃないの?」

「お前は、この社会をわかっていない。伯爵令嬢と庶民が結婚するだけでも大事なのに、そのうえ重婚などありえないのだ」

「………そういう社会を平等な社会にしたいんじゃないの? 一応、そういう野望もあったよね。お姉さんのことみたいに口先だけじゃないなら、平等な社会を作るんでしょ」

「くっ…一朝一夕にそうならぬし、お前は女であるのだろう、よく重婚などという発想が認容できるな?!」

「う~ん………人類最初の長編小説って知ってる?」

「………知らぬ!」

「源氏物語っていうんだけど、基本、重婚ありだよ。ちゃんと一人一人優しくしてくれるなら、ダメな夫と一対一より、ずっといいよ」

「…………お前たちの文化と我々の文化は違うのだ!! とくにキルヒアイスは正しい男だ! 一対一しか考えていない! オレも、そうだ!」

「……………そうなんだ……ごめんなさい…」

「くっ……」

 素直に謝ってくれるけれど、謝り方が、どうにも軽いのでラインハルトは苛立つ。三葉が問う。

「あと一つは?」

「焦土作戦が延長されるのだ。計算しただけで餓死者が少なくとも2億人を超えるだろう。我々だけが豊かな物資を確保し、領民が飢えるのを傍観して漁夫の利をえる勝機を待つことになる。何ヶ月か、あるいは半年以上か。キルヒアイスは当然に反対したし、オレも同意見だった」

「……2億人が…餓死……」

 ご飯を食べさせてもらえないことが、たとえ三食でも、どれだけつらいか知っている三葉が納得した。オーベルシュタインが残念そうにつぶやく。

「ですが、いずれ来る内戦でも多少の犠牲は出るでしょう。あの作戦を実施していれば効率よく二つの敵を排除できたでしょう。伯との約束にしても一度は結婚してみせ、それからキルヒアイス提督が納得できなければ離婚するなりすればよかったのです」

「えぐいこと考えますね。でも、それもいいかも。結婚したらヒルダのいいところにキルヒアイスさんも気づきますよ」

「……………」

 ラインハルトは結婚観が二人とずいぶん違うので少し頭痛を覚えた。とはいえ、自分も流れによってはブラウンシュバイックの係累である16歳のエリザベートか、リッテンハイムの係累となる14歳のサビーネと形だけの結婚をする選択肢もあるにはあったので、結局はキルヒアイスと姉を聖域のように考えるのは個人的な願望なのだ、と自分を納得させて話を続ける。

「ともかく、我々とてミツハの作戦を真剣に受け止めもした。そしてノルデンの戦死とて残念には思っている」

「…………だから、なに? なにか、条件がありそうな話の流れだよね?」

「ああ、とても大切な条件だ」

 そう言ってラインハルトは姿勢を正した。

「キルヒアイスが好きでいる。いや、愛しているのはオレの姉上だ」

「っ…、……え、でも5歳も年上なんじゃ?」

「歳など関係ない」

「男の人は、そう思うかもしれないけど、女から見て5歳は大きいよ。女が年上だと3歳が限度くらいって………私の文化だと思うんだけど? 違う?」

 自分が高校2年生なので5歳年下となると、小学6年生になる。四葉が小学4年生で10歳なので5歳上だと中学3年生で、これもイメージしにくい。それでもキルヒアイスとアンネローゼの相思相愛は事実だった。

「あ、でも、アンネローゼさんはキルヒアイスさんのこと好きっていうのは感じたから……そっか。キルヒアイスさんもアンネローゼさんを好きなんだ。…………ごめんなさい。でも、ヒルダも、いい子だよ?」

「伯爵令嬢とは、もう二度と男女の関係をもたないでほしい。姉上が解放された以上、一刻も早くキルヒアイスと姉上には心安らかに過ごしてほしいのだ。これは命令であるし、個人的な頼みでもある」

「…………………」

 三葉が考え込む。つい可愛くてヒルダを抱いてしまったけれど、そもそもキルヒアイスの人生なので、アンネローゼと相思相愛だと言われてしまうと、もう引くしかない。貴族社会は重婚ありだと感じていたけれど、それも個人的に拒否しているようなので、やはり選択の余地はない。けれど、それではヒルダが、かわいそうすぎる、その原因をつくったのは自分であり、なんとかヒルダのためを想って考え、そして閃いた。

「あ…」

「「………」」

「わかりました。ヒルダとは穏便に別れます。けど、そのために協力してください」

「協力はしよう。で、どんな?」

「ヒルダを私の副官から、ラインハルトさんの副官にしてあげて。それで、ラインハルトさんがヒルダと付き合ってあげて」

「なっ……オレが、か?」

「彼女とか婚約者、いますか?」

「いないが……」

「好きな人は?」

「いない」

「前に言ってましたよね、頭がいい女がタイプだって、ヒルダ、すごく頭いいですよ」

「………しかし、だ。……彼女の気持ちもあるだろう? 猫の子じゃあるまいし」

「私がヒルダに、他に好きな人ができたから、ごめん、って言うから、その後、人事異動でラインハルトさんの副官にするってことを伝える名目でディナーに誘ったりして、ゆっくり口説けば、すぐに落ちますよ。振られた後の女って焦土作戦された軍隊みたいなものですから」

「……………」

「そうしてもらえると、ヒルダもキルヒアイスさんに、しつこくしないと思いますよ」

「………………一つ、質問がある」

「はい、どうぞ」

「お前は伯爵令嬢のことを愛していたのか?」

「………恋ってほどじゃなくて……つい、男の性欲に負けた感じです……すみません。でも、愛着はありますよ」

「……性欲……」

「ラインハルトさんだって女の子を見たら抱きたいって感じるでしょ?」

「…………いや、そんな風に思ったことはない」

「…………………それは……男の人が好きってこと? たまに、いますよね。そういう人なんですか?」

「違う」

「…………それなら、一度、病院で診てもらった方がいいかもしれませんよ。朝とか、元気ですか?」

「………もういい。とにかく、伯爵令嬢とは関係を精算しろ」

「はい。その分、ヒルダのフォロー、よろしくお願いしますね。ラインハルトさんとヒルダも、けっこうお似合いかもしれませんよ。貴族同士だし」

 自分が関係した女性のフォローをラインハルトに頼む様子を見てオーベルシュタインが感想を述べる。

「本当にキルヒアイス提督とは、まったく違いますな。ですが、いずれ迎える内戦でも伯爵を味方につけておくことは悪くないかもしれません。根回ししたところで前回と同じような条件をつけられるでしょうから、元帥閣下がお引き受けになるということであれば、伯も望外の喜びでしょう」

「…………」

 婚約者も恋人も好きな人もいないラインハルトは拒否する理由を思いつけなかった。そして、いくつか打ち合わせすると、ヒルダを高級レストランの個室へ呼び出して、三葉とラインハルトが迎えた。三人で談笑しつつ夕食を摂るものの、三葉は別れ話を切り出す予定なので、いちゃついたりせず、むしろ距離をとる。反対にラインハルトは親しげに接してみるけれど、慣れないことなので苦労している。

「どうかな、フロイラインマリーンドルフ、もう一杯、ワインは」

「ありがとうございます。でも、もう十分ですわ」

「「………」」

 ラインハルトと三葉が、そろそろ、という目配せをしていると、ヒルダは仲がいいのだと勘違いする。

「お二人が元帥府前で争われたと聴いたときは、心配いたしましたわ。でも、仲が良さそうで本当によかったです。ケンカするほど仲がいいと申しますものね」

「そうですね。キルヒアイスとは幼馴染みですから、殴り合うことがあっても、すぐに和解しています。はははは! な、キルヒアイス」

「はい。………」

 返事した三葉は意図的に浮かない表情をつくった。それに対して打ち合わせ通りにラインハルトが問う。

「どうした? 浮かない顔をして」

「いえ………その……ずっと黙っているわけにもいきませんから、場にふさわしくないのを承知で中尉へ言っておくことがあります」

「私に……ですか……」

 レストランで出会ってから、ずっと距離をおかれているのでヒルダも良い知らせとは思えず、表情を少し硬くした。三葉は目をそらして告げる。

「他に好きな女性ができたので、これからは中尉とは………会えない。ごめんなさい」

「っ…」

「おい、それはないだろう! キルヒアイス、考え直せ!」

「いえ、もう決めたことですから。つきましては、ラインハルト様にお願いがございます。中尉を私の副官から外してください」

「キルヒアイス、なにも、そこまで…」

「けじめですから」

「だが、フロイラインマリーンドルフの気持ちも考えて…」

「決めたことですから」

 交渉の余地がないという様子で三葉が席を立つと、ヒルダが問う。

「好きな人というのは、グリューネワルト伯爵夫人のことですか?」

「「…………」」

 知っていたのか、女の勘は怖いな、と二人とも思ったし、嘘もつけない。

「はい。そうです。でも………ヒルダのことも、好きではいたよ。……ごめんね。ごめんなさい!」

 そう言って三葉は走っていく。追う気力がない様子のヒルダの肩へラインハルトが触れた。

「フロイラインマリーンドルフ、気の毒に。そうだ、私の副官として働いてくれないか。大尉として待遇しよう」

「……ぅっ……ぅっ……」

 返事もせずにヒルダが泣き出したので、ラインハルトは胸に痛みを感じた。傷ついたヒルダが泣きやむまで色々と慰め、声をかけているうちに、ラインハルトはヒルダに好意を覚えた。当初の嘘くさいフォローから、だんだん真剣味を帯びて慰めていくうちに、ヒルダも受け入れていった。

 

 

 

 朝、キルヒアイスは三葉からの手紙を読んでヒルダとの関係が終わった事を知り、安堵と心痛を綯い交ぜにした複雑な気持ちになった。

「…………中尉……気の毒に……」

 自分のせいではないけれど、自分が深く関係しているし、もしも、最初からアンネローゼが好きだと三葉に伝えていれば、こうはならなかったかもしれない。どうしても三葉が性欲を持て余すなら、クロイツナハⅢまで行かなくても、オーディンにも、そういう店はあった。とはいえ、そこに自分の身体で行かないで欲しいという気持ちも大きい。

「何よりも、まずアンネローゼ様に会わなくては」

 ようやく胸を張ってアンネローゼに会うことができる。キルヒアイスはシュワルツェンの館を訪ね、引っ越し後の片付けを手伝い、アンネローゼと心から微笑み合える時間を過ごすことができた。けれど、ラインハルトはいなかった。

「ラインハルト様は、いつ頃お戻りになるのでしょう?」

「ラインハルトは昨夜、外泊すると連絡がありましたよ。そろそろ戻ってもよい頃ですが、元帥府へ行ってるのかもしれませんね」

「こんなときスマフォでもあれば…」

 つい三葉がもっている便利な道具のことを思い出した。なぜ、帝国では廃れたのだろう、やはり共和主義者の地下活動に便利すぎ社会秩序維持局が存在そのものを許さなかったのだろうか、それとも惑星単位でしか使えないことが経済的な採算があわず普及しないのだろうか、と考えていると、アンネローゼが紅茶を淹れてくれた。

「お飲みなさい。ジーク」

「はい、ありがとうございます」

「ラインハルトがいないなんて、なんだか二人きりで……」

 そこまで言ってアンネローゼは淑女らしく続きは言わない。もうキルヒアイスの目を見れば、他に関係する女性がいないことはわかる。ただ、やはり五歳も年上なことと、後宮へ入れられていた身であることに、この若く将来性ある青年に対して気後れしないとはいえない。夕方までキルヒアイスとアンネローゼが静かな時間を過ごしていると、ラインハルトが帰ってきた。

「ラインハルト、それは、どうしたの?」

 アンネローゼは弟が巨大なバラの花束をもっていたので問うた。

「いえ……これは……この館に飾ったら良いのではないかと…」

「そう。では飾るところを決めましょう」

 実の弟のことなので、だいたいわかった。おそらく性急すぎて受け取ってもらえなかったのだと察して、何も言わず新居に飾った。

 

 

 

 三葉は一学期の終業式も欠席して、克彦と早耶香が持って帰ってきてくれた成績表を眺めていた。

「……まあ、キルヒアイスには感謝もしておこうかな……」

 修学旅行から二日に一回しか出席していないけれど、なんとか出席日数は足りたし、期末テストも二日間のうち一日分は、すべて満点を取ってくれ、欠席した日のテストは再テストで、これも満点を取ってくれたけれど、それは満点を取っても平均点としてしか評価されない学校システムだったものの、かなりの好成績ではあった。

「……あ~……ずーーーっと夏休みだったら、いいのになぁ……」

 似たようなことを願った人類の構成員は多かったけれど、通りがかった妹に冷めた目で見られた気もする。

「宿題はテッシーとサヤチンの三人で協力すればいいし。っていうか、キルヒアイスが全部やってくれたら最高かも」

 ころりと寝転がってキルヒアイスとアンネローゼのことを考える。

「…………あ、アンネローゼさんなら、抱いてもOK……なのかな……」

 また余計なことを閃いていた。

 

 

 

 

 

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