キルヒアイスは三葉の部屋で起きると大量の手紙へ目を通した。
「……星系ごとの地方自治……」
夏休みが終わって、もう2週間ほどになるけれど、三葉は登校していないようで一日中、今後の帝国内政と軍事についての方向性について考えてくれている。手紙には、ところどころ四葉の字も混じっていて小学校が終わった後は二人で相談しながら進めてくれているようで、三葉とは直接に対話できないので四葉と話すことで細部を詰めることができたりしている。
「お二人とも真剣に私たちのことを……」
正直、キルヒアイスにとっても帝国宰相から、さらに皇帝という立場になったのは負担だった。それは本来ラインハルトが登り詰めるべき階段で、自分は一段低いところから支えようと思って生きてきたのに、今は頂上にいる。誰もが自分に敬語を使ってくるので、悩んでいる迷っているという顔ができず、それだけに三葉と四葉からの忌憚ない意見は希少だった。
「……そろそろ準備しないと」
けれど、今は銀河の頂上ではなく田舎町の女子高生という立場であることを忘れていないので制服を着て克彦たちと登校する。ときおり、以前の失敗について中傷を受けるけれど、毅然として無視していると、すぐに止む。
「テッシー、はい、あ~ん♪」
「自分で食えるから」
昼休みになり三人で木陰で食べているけれど、早耶香が克彦にべったりとくっついていた。早耶香は午前中は中傷から守ろうとしてくれるものの、中傷が止むと克彦の恋人は自分だという態度に変わる。ずっと夏休みの間、三葉は外に出なかったけれど、克彦と早耶香は屋外でも関係を隠さなかったので、新学期が始まると同級生たちも三葉早耶香戦争が早耶香の勝利で終わったのだろうと思っていて、さすがに自室外で三人仲良くキスしたりするわけにはいかない。
「………」
そうなると、いちゃつく二人を見ていると胸が苦しい。自分にはアンネローゼがいるはずなのに、この三葉の身体にいると、ほぼ完全に女性として嫉妬してしまう。まるで自分が第二婦人のようで悲しいし、寵愛を喪ったベーネミュンデや過去の寵妃たちの想いが擬似的に体験させられているようで、思わずタメ息が漏れる。
「はぁ……」
「三葉、ごめんな」
「いえ、平気ですから。どうぞ、おかまいなく」
嫉妬心を隠して微笑するのが習慣になってしまっている。早く放課後になって部屋で抱かれたいという、はしたない気持ちまで芽生えてくるほど、胸が痛い。食べ終わった頃に校内放送で呼ばれた。
「2年3組の宮水三葉さん、名取早耶香さん、校長室まで来てください。くりかえします、2年3組の宮水三葉さん、名取早耶香さん、校長室まで来てください」
「三葉ちゃんと私、呼ばれてるね………なにやろ……」
早耶香の顔が不安そうだった。克彦も緊張している。
「もしかしてオレらのことバレたのか……」
校則で男女交際は禁止されていないけれど、不純異性交遊は禁止されている。
「けど、オレが呼ばれないって……ことは……別々に取り調べなのか……」
「三葉ちゃん、お願い! 私がテッシーの彼女で三葉ちゃんは、ただの友達って言い張って。エッチしたことないって! キスも!」
「はい、わかっております」
早耶香の要求は状況的にも文化的にも理解できるけれど、心が痛む。胸が痛くて、気がつけば涙が出ていた。
「ぅっ……」
「三葉……」
「三葉ちゃん……」
「2年3組の宮水三葉さん、名取早耶香さん、至急、校長室まで来てください。くりかえします、2年3組の宮水三葉さん、名取早耶香さん、至急! 校長室まで来てください」
至急が着いた。小さな学校なので放送室から校庭にいる三人の姿は見えていたりするし、早耶香も放送部で、今呼びかけているのは同じ部員なので、もう声色から、もたもたしないで早く来い、と伝わってくる。
「「「………」」」
逃亡すると疑いを深めるのはわかっているので三人とも覚悟して立ち上がった。
「オレも廊下にいるよ」
呼ばれていない克彦も責任を感じて同伴する。早歩きで校長室に二人で入った。
「遅くなり申し訳ありません。宮水三葉、参りました」
「名取です…」
二人が名乗ると、校長だけでなく町の教育長と町長である俊樹まで居た。二人とも緊張して表情が硬くなる。けれど、校長も教育長も、そして俊樹もにこやかに微笑んでいた。
「よくやった、三葉。それに名取さん、すばらしい自由研究でしたよ」
俊樹は三葉の肩を撫で、早耶香へはセクハラと言われると困るので、握手だけして表彰状を渡してくれた。表彰状は二人の自由研究に対する教育委員会からのもので記念撮影もされる。校長と教育長からも一言ずつ誉められて、ほっと安堵して二人とも校長室を一礼してから出た。
「どうだった?」
克彦が心配して訊いてくる。
「「……」」
二人とも女として息が合い、すぐに克彦を安心させず、少しだけ下を向いて、より不安にさせてから、同時に表彰状を見せた。
「な…なんだ、そういうことか、よかった…」
「まったくよ」
「とても不安でしたよ」
三人で安心し合い、午後の授業を受けて放課後、帰り道で早耶香が残念そうに言う。
「私、生理、はじまったし、このまま帰るわ」
「……」
二人きりになれると想うと、嬉しくて表情がゆるみそうになってしまう。
「そうか。じゃあ、また明日な」
「う~っ…テッシー、あっさりすぎ! もっと引き止めてよ」
「いや、引き止めても仕方ないだろ。はじまったんならさ」
「フンっ、どうぞ二人で、ごゆっくりぃ」
可愛らしく拗ねた早耶香が帰っていくと、二人で三葉の部屋にあがり、抱き合って2時間ほど過ごすと、名残惜しく見送った。一葉を手伝って夕食を作り、入浴もしてから四葉と話し合う。
「お姉様が…、っていうか、ジークフリード・キルヒアイスの氏名のまま、爵位無しで皇帝に即位したんだよね」
「はい、迷いましたが、そういたしました」
「日本だと天皇陛下は氏が無かったりするからね」
「それぞれの文化で多彩ですね」
「地球上での核戦争が文化的な多様性を失わせてしまったんだよ」
「………」
ドキリとしたけれど、表情に出さないようにした。当初、未来のことは一切教えないことにしていたけれど、三葉が妹へは気軽に話しているようで、ついつい自分も話しすぎてしまったかもしれない。核戦争は2039年に起こる。それは、あと26年後のことで、四葉が生きていれば36歳の女盛りで、何より来月に生じる隕石落下によって犠牲者が出て、その後に宇宙から飛来する物体を迎撃するためミサイル技術が一気に進展、加速して核戦争の遠因となってしまう。とくに高い技術力を持ちながら軍事転用しなかった被爆国の日本がリメンバーイトモリの掛け声で弾道弾を堂々と開発し始めたことが大きい。そんな史実を四葉と三葉が知ったら、どうなるか、やはり誰しも死にたくない、そして助けてあげたい、けれど、歴史を改変してしまったら、いったい何が起こるのか、因果律が狂い、下手をすれば宇宙そのものが崩壊するかもしれない。つい何度も入れ替わって慣れてきてしまったけれど、時間を跳躍していること自体が極めて異常な現象なのだと自戒し直した。
「文化的な多様性がないことも社会を不安定にしたし、なにより宗教的な規範意識が無くなったことが社会の退廃を招いているね。ルドルフが中世ドイツ文化に固執したり、自己神格化に至ったのも、文化と宗教の希薄さが原因だね」
「……………。四葉……あなたは、本当に10歳ですか?」
「…………」
お互いの顔に、話しすぎたかもしれない、という色合いが浮かび12時を迎えた。
三葉は明日に回せない皇帝としての仕事に精一杯取り組んでいた。かつてフリードリヒが座っていた玉座で次々と官吏がもってくる案件のうち、明日では遅いものや、三葉にも対処がわかるものを決裁している。そばには皇妃たるアンネローゼもいて、アンネローゼは皇妃たる地位に慣れているので平然と、そして穏やかに座っている。ただ、政治のことには一切口を出してくれないし助言もくれない。何度か、これどう思う? と訊いてみたけれど不干渉を貫かれている。意外と頑固だな、さすがラインハルトのお姉さん、と思っていたりする。
「はぁぁ……」
「お疲れですか、ジーク」
「ええ、まあ…」
中将や上級大将だったときに比べて、明日に回せない要件は多いし、暫定的にでも決めておかないといけなかったりする。だんだん、よきにはからえ、とフリードリヒのように言いたくなる気持ちがわかってきているものの、まだ投げ出さずに頑張っている。アンネローゼも紅茶を淹れてあげたいと思うけれど、そういったことも立場上、召使いがすることになっていて、二人とも広い玉座の間で窮屈な思いをしていた。ただ、アンネローゼも立場は同じでも隣にいる夫を愛しているか、愛していないか、で天と地の差があり、今は笑顔が明るい。
「最終的には、こういう形式ばったことも、なんとかしないと。かといって、まつりごとに形式と威儀が必要なのは、わかるし」
自分がやってきた巫女としての所作と神事など形式のもっともたるもので、それを否定したいけれど否定しきることもできない。それでもキルヒアイスと手紙で相談しながら、今後の帝国について方向性が決まりつつあったし、すでに思想犯でテロを試みたことのない者などは恩赦を出しているし、言論の自由も段階的に解放していた。また、刑務所の待遇改善や貧民救済なども進めている。それだけに仕事が多い。
「はぁ……お腹空いた…」
「フフ」
アンネローゼに笑われてしまった。
「お昼ご飯は……たしか、何か予定が入ってたよね?」
「ええ、陛下として初の臣下の屋敷へ、玉体をお運びになります」
「お運びされるのかぁ……」
「フフ」
「アンネローゼ、よく笑うようになってくれて、うれしいよ」
「ジークのおかげです」
「お腹は大丈夫?」
「ええ」
アンネローゼは妊娠している下腹部を優しく撫でた。
「………」
私とキルヒアイス、どっちとのエッチでできた子なのかな、まあ、どっちでもキルヒアイスの子だけど、避妊しないでエッチするの気持ちよかったぁ、テッシーには一度もさせてあげてないから、一回くらい月経寸前にやってみようかな、と三葉は高貴な玉座で歴代皇帝と似たような品性の低いことを考えていた。そこへフランツが現れて恭しく一礼した。
「本日は我が甥の招きに応じてくださり、まことに感謝いたしております。お時間となりましたので、ご案内させていただきます」
「うん。行こうか、アンネローゼ」
「はい、陛下」
過去の慣例では即位までに功績のあった臣下であるミッターマイヤーか、オーベルシュタインを訪ねるところであったけれど、二人とも望まなかったし、その慣例をあえて無視していく意味もあってハインリッヒ・フォン・キュンメルの邸宅へと出かけた。地上車を降りると、車イスに乗ったキュンメルが出迎えてくれた。
「お越しくださり、まことにありがとうございます。この一事をもって我が男爵家末代までの栄誉となりましょう」
自分の代で末代にする気でいるキュンメルが恭しく頭を下げ、咳き込んだ。
「大丈夫ですか。無理しないで」
三葉は普通に心配したし、アンネローゼも同様だった。咳がおさまってからキュンメルは皇帝一行を庭園へ案内した。そこには昼食のためにテーブルが設置されていて、他に先客があり従姉弟であるヒルダがいて三葉と目を合わせずに恭しく頭を下げた。
「………」
ヒルダ元気そうだけど妊娠はしてなかったんだ、ラインハルトさんが亡くなってから、すっかり忘れていたけど、どうしていたのかな、と三葉は声をかけたくなったけれど、ヒルダの方には、それを望まない空気がある。今日も出席するか、どうか迷っていたところをキュンメルに強く求められて顔を出しているのだった。
「さあ、どうぞ、おかけください。陛下」
「うん、ありがとう」
キュンメルに促されて主賓席に座り、左右にキュンメルとアンネローゼが着席して、キュンメルの隣にフランツ、その先にヒルダが座った。
「ささやかですが昼食を、ご用意いたしております」
男爵家の家名をかけ、さらに一世一代の舞台の前座として、贅をこらした昼食が提供されて、三葉は美味しく食べた。つわりが始まりかけているアンネローゼは少量にとどめ、病弱なキュンメルも少食だった。メインディッシュが終わり、デザートは何かな、と三葉が期待していると、キュンメルは暗い微笑を浮かべ、懐から無線スイッチのような物を取り出した。
「デザートにゼッフル粒子など、いかがですか、陛下」
「…ゼッフル粒子かぁ…」
非指向性シャフト粒子だと、やっぱり長いかな、と三葉はキルヒアイスと意見が分かれていて、名称改変の布告を出すか迷っている事案を思い出した。すっかりケスラーによる警備と、ギュンター・キスリングたち近衛兵がいてくれることで安心しきっていて、危機感が無くなっている。キルヒアイスは安易な思いつきによる名称改変は社会を混乱させるといい、三葉は移動要塞を研究開発中のシャフトを励ますことになるといい、意見が分かれていた。それでも、明らかに不穏なセリフにキスリングたち近衛兵には緊張が走っている。三葉が空を見上げて移動要塞のことを考えているので、キュンメルは苛立って問う。
「聞いていますか、陛下」
「あ、ごめん。聞いてなかった。もう一回、お願い」
「くっ…」
キュンメルは仕切り直すことにした。
「デザートにゼッフル粒子など、いかがですか、と申したのですよ、陛下」
「あれって食べられるの?」
「………いえ。ゴホッ…ゴホッ…」
キュンメルは無線スイッチを握りながら咳き込み、今一度、仕切り直す。考えておいたセリフの中で、より直接的なものを選ぶ。
「いい庭でしょう」
「え、ええ。そうですね」
「けれど、この地下にはゼッフル粒子が充満していて、陛下を死の世界へとご案内すべく待っているのです」
「っ……」
今度こそ、三葉は戦慄した。皇帝が驚き恐れてくれたのでキュンメルは我が意をえたり、と暗く微笑した。
「ハインリッヒ、なんと畏れ多いことを!」
「ハインリッヒ、どうしたというの?!」
フランツとヒルダも困惑している。
「ヒルダ姉さん、ごめんよ。けれど、ボクはこの男が許せない」
「ハインリッヒ……」
マクシミリアンといい、ハインリッヒといい、どうして、こうも自分の親戚には問題行動を起こす人が多いのだろう、それも大逆罪などという大問題を、とヒルダは悲しく思い、フランツは胃が痛くなった。
「だって、そうでしょう。たしかに、この男はヒルダ姉さんをマックから救出したかもしれない。けれど、一時の慰みものにして、あっさりと捨てた! 平民だったくせに、伯爵令嬢だったヒルダ姉さんを!」
「ハインリッヒ……そのことは……」
「ヒルダ姉さんはボクにとって憧れだった。そのヒルダ姉さんを娼婦のようにあつかったことを、この男に謝らせてやる! さあ、そこに膝をついて、ヒルダ姉さんに謝れ!! ゴホっ…ゴホっ…」
キュンメルは苦しげに咳き込みつつも無線スイッチを誇示するように握っている。三葉は心から謝ることにした。
「ごめんなさい、ヒルダ。本当に私が悪かった。どうか、許して」
「「陛下………」」
三葉が帝国の文化様式に合わせた片膝を着いて頭を下げる姿勢を取ったけれど、帝国の文化様式では皇帝がする行為ではなかった。あまりにも、あっさりとキュンメルは目的を達成してしまい、もっと勝ち誇ってから膝を着かせるつもりだったのに納得がいかない、ある意味で満足したはずなのに、別の意味で満足できない。
「い、いいや! ダメだ! そうだ、ヒルダ姉さんを皇妃にしろ! そう誓え! そう約束する公文書を出せ!」
「…それは……」
三葉が困るし、ヒルダは叫ぶ。
「やめて、ハインリッヒ! そんなことされても私は少しも嬉しくないわ!」
「ヒルダ姉さん……けれど……」
「もう、やめて。そのスイッチを渡して」
「い、いいえ! ダメです! 陛下、ヒルダ姉さんを皇妃にすると誓え! 誓うんだ! でなければスイッチを押すぞ!」
「…そ…それは……えっと……その……」
三葉は困り、そして振り返って現皇妃を見て問う。
「……あの……もう一人、皇妃をもらっても、いいですか?」
「…………」
ずっと黙っていたアンネローゼがキルヒアイスの瞳を見つめて問い返す。
「あなたはジークではありませんね?」
「っ…、…い、いえ! ジークフリード・キルヒアイスですよ!」
動揺して名乗る三葉にヒルダも問う。
「あなたはミヤミズミツハではありませんか?」
「っ…、な、なんで、その名を…」
「私を助けに来てくれたとき、とっさに、そう名乗られたのを覚えています」
「っ……」
失血死しかけていた気絶寸前の記憶を聡明に覚えているヒルダに追いつめられ、もう三葉は言い逃れできないと覚悟した。二人の女の勘は誤魔化せない。部下や同僚であれば接触時間は限られているけれど、ベッドを共にした異性は気づいている。三葉がキスリングに命じる。
「離れていなさい」
「で、ですが、陛下、御身に危険が…」
「離れていなさい! マリーンドルフ伯も! 私たち4人だけで話します!」
厳命されて、近衛として危機にある皇帝から離れるのには大きな抵抗があったけれどキュンメルが求めている内容から考えると、最終的に皇帝を害する気がないようにも思え、キスリングたち近衛とフランツは離れた。人払いが終わり、三葉はヒルダを見つめた。
「そうです。私は宮水三葉です」
「っ…やっぱり……」
「正直に話しますから、アンネローゼも聞いてください」
「はい」
「今の私は宮水三葉という人間の精神が、ジークフリード・キルヒアイスに入っています」
「「「………」」」
「第三次ティアマト会戦の頃から、週に1度ほど、私とキルヒアイスは入れ替わっています。もともとの私の身体には今、キルヒアイスが入っている。そして夜12時になれば元に戻ります」
「「…………」」
ヒルダにもアンネローゼにも思い当たる節があった。明らかに落ち着きがなくなり幼稚なことをしたり、仕事を後回しにしたり、性欲に負けやすくなったりする。それは嬉しいときもあったけれど、困惑するときもあった。ただ、キュンメルは意味がわからない。
「陛下は人格のご病気なのですか?」
「そう見えるかもしれないけれど、そうではないと思っています。そして、私はヒルダが好きだった。けれど、キルヒアイスはアンネローゼが好きで、だから、ヒルダをラインハルトさんにお願いして……。ごめんなさい、ヒルダ、こんなことになって、全部、私のせいだから、キュンメルさんが罰されないよう、キルヒアイスにも伝えておきます」
「ミヤミズミツハ様……そのお言葉だけで十分です」
「ヒルダ、ごめん。ごめんなさい。大好きだったよ、ヒルダ」
見つめ合う二人を見ていると、キュンメルは頼みたくなった。
「たとえ、週に1度でも、ヒルダ姉さんを皇妃にしていただけませんか? 陛下」
歴代の寵妃には月に1度も相手にされない者も多かった。とくに門閥貴族からの輿入れだと、単純に好みに合わず、数人の子供をもうけた後は、まったく相手にされなくなった者もいる。それを思えば、たとえ人格の病であって週に1度の関係でも、そう悪くはない。
「陛下、どうか、ヒルダ姉さんをお願いします」
「…わ…私はヒルダが好きだけど……」
三葉がアンネローゼを振り返ると、もともとフリードリヒの皇妃生活をしていたアンネローゼは穏やかに頷いてくれた。争ってベーネミュンデのようになるくらいなら、分かち合う方がいいし、まだキュンメルはスイッチを握っている。この場を治めるためにも三葉は決めた。
「ヒルダ、好きだよ。皇妃になってくれる?」
「……はい、ミヤミズミツハ様」
二人が抱き合い、そして三葉は重要なことを告げておく。
「皇妃になってもらっても皇位継承は……その…」
「はい、当然にアンネローゼ様のお子に」
聡明なヒルダは数十年後の争いを避けるために明言したけれど、三葉はヒルダの耳元に囁いた。
「まだ、正式に決まってないけど、皇帝による支配体制そのものを大きく変えるから、そう思っておいて」
「…はい」
「ゴホっ! ゴホっ! グフッ…」
キュンメルが激しく咳き込み、退場した。その顔は満足そうだった。そっとヒルダがスイッチを拾い上げ、キスリングに渡した。
「陛下を安全な場所へ!」
三葉はアンネローゼと護送されかけて、ヒルダも呼ぶ。
「ヒルダも来て!」
「……はい」
皇居へ戻り、しばらくしてケスラーが報告に来た。
「周辺を捜索いたしましたが、ゼッフル粒子は確認されませんでした。起爆スイッチと見せかけていたものも、ただの無線機でした」
「ブラフだったわけね」
「はい。また背後関係も捜索中ではありますが、おそらくは男爵の単独犯かと思われます」
「そう。……私の、身から出たさび、ね」
「…………。この件につきまして伯爵と令嬢の罪状は、いかにいたしましょうか?」
「本人以外も罰されるの?」
「ことは大逆罪となりますれば、一族ことごとく極刑が通例にございます」
「…………」
三葉が自裁を思い出した。あの部屋でヒルダを見送りたくないし、フランツも気の毒すぎる。いい加減、あの部屋そのものを廃止したい。そして思い出した。
「カストロプのときはフランツさんも、ヒルダも被害者扱いで、親戚でも大丈夫だったはずじゃ?」
「たしかに……、では、巻き込まれ人質にされたということで処理いたしましょうか」
「はい、それでお願いします」
「はっ」
「あと、ゼッフル粒子って誰でも簡単に手に入れられるもの?」
「いえ、ゼッフル粒子規制法によって軍または軍に準じる機関のみ保有が認められておりますが、その軍からの横流し品がございます」
「……腐敗しすぎ…」
「規制を強化いたします」
ケスラーが退出し、三葉がつぶやく。
「刀狩り令っぽく、ゼッフル粒子も……あと、私兵も問題。……銃規制も……」
キルヒアイスに伝えるべきことを書き出しておき、それからアンネローゼと二人になって問う。
「本当に、ヒルダを皇妃にしても、いいですか?」
「ミヤミズミツハさんが、なさりたいのであれば、そうなさってください」
アンネローゼは三葉が、ときどき寝言でヒルダと言うのを聴いていたので、もう受け入れる気でいた。そうなると、三葉は妊娠していて抱き合えないアンネローゼより、ヒルダと夜を過ごしたくなる。警戒厳重な後宮でヒルダと抱き合い、キルヒアイスへ手紙を書いた。
キルヒアイスは後宮の一室でローブを着て、ヒルダとソファに対面して座っている状況を認識した。ヒルダもローブを着ていて、抱き合った後のように感じられる。
「………」
「ミヤミズミツハ様から、お手紙がございます」
「っ…」
驚きつつもキルヒアイスは落ち着いて手紙を読む
ごめんなさい、いろいろありました。
まず、ヒルダの親戚から以前の関係について責任をとれ、と脅迫され、皇妃とする約束をしました。
その場にアンネローゼもいて承諾してもらっています。
事件の詳しいいきさつは二人から聴いてください。
私からのお願いとしても、やはりヒルダを皇妃にしてあげてください。
前は平民だったかもしれないけど、今は皇帝なので二人くらい問題ないと思いますし、何より勝手ですが、私がヒルダを好きです。
そばにいてほしい。
お願いします。
あと、ヒルダもアンネローゼも、私たちが入れ替わっていたことに、薄々気づいていたようです。
これ以上は隠せないと思い、話しました。
ヒルダは可愛いし、そして私たちが考えている方向性にも賛成してくれました。
とても色々と知っていて助言してくれるし、助かります。
そういう意味でも、いてほしいです。
さらに手紙は内政について気づいた点などが書かれていた。手紙はドイツ語で書かれていたのでヒルダが見てもわかるようになっている。
「………気づいておられたのですね。フロイラインマリーンドルフ」
「はい」
「……………」
「アンネローゼ様が、お待ちです。どうぞ、行ってください」
「………あなたからも、お話を聞いておきます。今日の出来事を教えていただけますか?」
「はい、では…」
ヒルダからの説明は三葉の手紙より明晰で必要十分なものだった。それだけでなく内政について三葉が指摘した点を的確に発展して伝えてもくれる。アンネローゼとは政治的な話は一切しないのと対照的だった。
「なるほど、たしかに。その件は財務省へ伝えておきます。いえ、あなたから伝えて……、あなたに何か政務補佐官のような役職を与えることに承諾してもらえますか?」
「はい。喜んで。ですが、皇妃としてお迎えいただけるのであれば、その権限に制約があった方が良いかと存じます」
「……あいかわらず聡明な人だ……三葉さんがいてほしいというのもわかります」
中将の副官であった頃から性的な関係を除けば有能な人物だと思っていた。こうなってしまった以上、キルヒアイスも覚悟する。
「あなたを女性として愛せるか、どうかは、まだわかりません。それでも男爵との約束でもありますから、……アンネローゼと話してから決めさせていただきます」
「はい」
ヒルダと別れ、アンネローゼのもとへ急いだ。
「遅くなりました」
「フフ、そんなに慌てて、ジークに後ろめたいことはないのでしょう?」
「は…はい……いえ、三葉さんのことを隠しておりました。申し訳ありません」
キルヒアイスが頭を下げるのでアンネローゼは愛しく夫の頭を撫でた。
「皇帝陛下が、そのように軽々に頭を下げるものではありませんわ」
「はい。ですが、私はアンネローゼの前では、ただのジークです」
「そうね」
「………フロイラインマリーンドルフの件、どのようにお感じですか?」
「皇妃が一人でないことには慣れています。けれど、私のジークが私だけのものでなくなるのは、少し淋しいわね」
「では、彼女のことは断ります」
「そう結論を急ぐものでもないわ。何よりミヤミズミツハさんとのことの方が重大事ではなくて? ずっと困っていたでしょう」
「はい。ですが、助かっている面も大きいのです。とくにラインハルト様が亡くなられたとき、アンネローゼを救いに行かねば、と動き出してくれたのは三葉さんです。あのとき私が私であったなら茫然自失して何もできず、今のような生活はなかったでしょうから。三葉さんには感謝してもしきれないくらいです」
「そう……そんな風に支えてくださっていたのね」
「はい。………ですが、それも、おそらく、………あと少しで終わるでしょう。三葉さんの死によって」
「………どういうことですか?」
「三葉さんは説明しなかったようですが、あの人は過去の人間です。これは、私とアンネローゼだけの話としてください。三葉さんを好きでいるフロイラインマリーンドルフにも伝えないでください。三葉さんは過去から来ています。そして調べたところ、あと少しで亡くなられる運命にあります」
「っ……それを本人は知っているの?」
「いえ、伝えておりません」
「…………」
アンネローゼがキルヒアイスを抱きしめた。
「つらかったでしょう、ジーク」
「っ…くっ…いえ……」
強がって否定したけれど涙が零れた。
「ジーク、泣いてもいいのよ、ただのジークなのですから」
「…はいっ…うっ…くっ…ありがとうございます」
ラインハルトが亡くなってから、三葉のことを相談できる相手がいなかったキルヒアイスは静かに泣いた。
三葉は朝起きると、迎えに来てくれた克彦と早耶香に謝る。
「ごめん……行きたくない…」
「そうか」
「また放課後、来るね」
「うん、ありがとう」
もう一日おきの不登校が慣例になっているので強く誘われることもなく、三葉は朝食を摂る。それから神社の内職をして二階に戻った。
「銀河帝国皇帝陛下、ご入来~ぃ」
自分の部屋に入るのに自分で宣言して布団に座ると、内政に取りかかる。キルヒアイスからの手紙へ目を通したり、スマフォで調べものをしているうちに四葉が帰ってきた。
「やってるね。お昼ご飯も食べた?」
「うん。ちゃんと内職したよ」
「お姉ちゃんに食べさせてないとき、お婆ちゃんも抜いてたからね。いよいよ、お婆ちゃんの健康の方が心配だったよ。で、内務省は、どうするの?」
「う~ん……迷い中……国造りの最初って、すごい大変……明治政府も昭和憲法も、よく頑張ったよねぇ」
「最初で、だいたい国の運命が決まっていくからね。あ、そうそう。これ、見た?」
四葉が自由研究を表彰されて俊樹と記念撮影されている姿が載った新聞の地方欄を見せてくれる。
「うっ……あいつ、また目立つことを……これでヒルダの件とチャラね」
「それは、だいぶ違う気がするけど、まあ男だし、そのうち落ち着くかな」
そう言って四葉も座り、内政に関わった。