「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第25話

 

 

 

 キルヒアイスは三葉の部屋で起きると、日付を見て心痛を覚えた。

「あと少しで……三葉さんは……四葉も…」

 鏡を見ると三葉の顔が映る。

「………三葉さんを……助けたい……けれど、歴史は変えられない……。歴史が変えられるなら……ラインハルト様……」

 このままでは朝から泣いてしまいそうなので気持ちを抑えて、女子高生として登校する。克彦と早耶香に合流して通学路を歩く。

「テッシー、私の生理、終わったよ」

「そうか。……」

「今、エッチなこと考えてる顔してるよ」

「お前が、そういう話をモロに振ってきたじゃないか!」

「きゃははは♪ ねぇ、ねぇ。冬になって寒くなる前に、もう一回、どこかの遊園地に行こうよ。三人で。それか、バラバラに二回いく? うん、デートしよ」

「その計画だとオレは同じ遊園地に二回いくのか……」

「そのくらいの責任は取ってもらわないとね。あ、クリスマスは、どうしよ? もちろん、プレゼントくれるよね?」

「考えておく」

「………………っ…」

 あなたたちは、その季節は迎えられないのです、と考えてしまい、三葉の目から涙が溢れてきて止まらなくなった。

「ちょ、三葉ちゃん? ごめん、いちゃつき過ぎた? それとも、学校に行くの、イヤ? やめておく?」

「三葉、大丈夫か。無理なら欠席するか?」

 気遣ってくれる二人が死んでしまうと想うと、止めようと思っても涙が止まらない。泣きながら言った。

「サヤチン、今すぐ、行きたいところに行きませんか?」

「今すぐって……学校を休んで?」

「そうです。サヤチンの行きたいところ、テッシーとお二人で行ってきてください」

「二人でって……三葉ちゃんは、どうするの?」

「私はいいですから。どうか、お二人で」

「………。そんな譲られ方されても……。なら、三人で行こうよ。どこでもいいよ、私は。テッシー、どこか行きたいところない?」

「急に言われてもなァ……」

 普通に登校するつもりだったのに欠席して遊びに行くと言われても克彦も困る。そもそも始発で出発すれば遠くまで行けるものの、終電が早い。今からでは岐阜市さえ遊んでいる時間がないくらいだった。

「弁当もあるし、あの山でも登るか」

 克彦は目についた山を指した。

「そうやね。三人で行くなら、どこでもいいよね」

 早耶香も小学校の頃には登ったけれど、最近は見上げるだけだった故郷の山へ登るのに同意した。三人で山道を歩き、頂上に着いて弁当を食べる。

「いい景色だなぁ」

「うちらの町、小さいね」

「こんなに小さい町だったのですね」

 地図で見たことはあっても実際に見下ろしたのは初めてだった。そして、気づいた。

「……………」

 ここには、すでに2度、隕石が落ちている、あちらの湖と、こちらのクレーター、明らかに戦争による爆撃ではなく、この時代の化学爆弾では、これほどの威力は出せない、そもそも米軍も、こんな田舎町を強力な爆弾で攻撃する意味がない、地形の風化から見ても第二次大戦の爪痕ではなく数百年、いえ、千年以上を経ているかもしれない、と糸守町の地形から読み取った。

「……………」

「テッシー、ここでエッチしてみない?」

「ここでか………まあ、誰もいないしな」

 お腹がふくれた二人は、もともと人口の少ない町の山頂まで来て、まったく人気がないので若い情熱と冒険心が疼いている。

「三葉ちゃん、どっちが先にするか、ジャンケンしよ」

「え……あ……はい」

「ジャンケン、ポン」

「ポン」

 思わず手を出して勝ってしまった。

「…………」

「負けちゃった。どうぞ」

「……ありがとうございます」

 もしかしたら日本の文化で女子高生のスカートが極端に短いのは、このためかもしれない、と思いながら克彦と抱き合った。それから早耶香の番が終わるのを待って下山前に考える。

「テッシー、ここで夕日を見ることはできるでしょうか」

「見ることはできるけど、下山が危なくなるな。せいぜい黄昏時までが限界やろな」

 暗い中を下山するのは危険だとわかる。

「黄昏時まで、ですか」

「待つか?」

「いえ、テッシーと見た夕日は、この胸の中にありますから」

「……」

 克彦はキスをしたくなって、三葉の唇を見つめ、キスをした。

「いい雰囲気になってるところ、悪いけど、私、おしっこしたい」

「あ、オレも」

「………」

 三葉の膀胱も解放されたがっていた。けれど、山道はあってもトイレはない。何もない山頂だった。

「三葉ちゃんもしたいよね。あっち、行こう」

「……はい」

 茂みの中で早耶香と並んで二人で済ませる。地球の大地に三葉と早耶香の小水が降りそそぐ。

「「…………」」

 二人とも不思議な親近感を覚えた。衣服を整え戻ると、立ちションを終えていた克彦が訊いてきた。

「もうエッチしてるのに、それは隠れてするんやな」

「見せられるところと見せられないところがあるの。ね」

「はい」

 色々な想い出ができた一日だったけれど、三葉への手紙には、あまり詳細は書かないでおこうと思った。

 

 

 

 三葉はヤンと対戦していた。麾下にある艦隊はバルバロッサを旗艦としたキルヒアイス艦隊、さらにミュラー艦隊、メックリンガー艦隊、ルッツ艦隊、ワーレン艦隊だった。すでに長期間にわたってイゼルローン要塞の近くに布陣して、嫌がらせのような攻撃をしていた。先走った行動をしそうにないメックリンガー艦隊に命じて、要塞主砲の射程距離外から、小惑星を次々と加速してぶつける、平行してランダムなタイミングで指向性ゼッフル粒子を要塞へ向けて散布してみたりもしている。前線からメックリンガーが通信を送ってきた。

「ご命令通りにしておりますが、すべて迎撃されております」

「うん、それでいいよ。ずっと、続けて、ずっと」

「はっ」

 通信が終わると、三葉は満足そうに微笑んだ。

「落ちぬなら、埋めてあげよう、イゼルローン」

 字余りの句を詠んで紅茶を飲む。

 一方でヤンは辟易としていた。敵襲の報を受けたとき、ちょうど査問会に呼び出されて出港するところだったので、これで査問会に行かなくて済む! と帝国軍に感謝しつつイゼルローンの指令室へ戻ったけれど、引き続く三葉からの稚拙な攻撃にタメ息をついている。

「はぁぁ……まったく、困ったものだ……」

「嫌がらせのような攻撃ですわね」

 フレデリカが紅茶を差し出しながらモニターを見上げた。あいかわらず小惑星が次々とぶつけられてきているけれど、すべて浮遊砲台やミサイルで迎撃できている。大きいものは要塞主砲で対応する場合もあるが、きわめて強力な主砲であるだけに2射、3射の連発には耐えるものの、50回を超えるような連発は設計想定外であり、あまり多用して、いよいよ敵艦隊が接近してきたときに使えなくなると困るので控え目に使っている。アッテンボローが、どうせ出撃命令が無いので、艦を降りて指令室に来ていた。

「なんて腹の立つ、うっとおしい攻撃だ! こっちに十分な艦隊があれば、出て行って蹴散らしてやるのに!」

「アッテンボロー、籠城は基本的に籠もっている側が兵力的に不利であることが戦史の常だよ。出て行って蹴散らせるくらいなら、籠城しない」

「それは、そうですが……クーデターを鎮圧するのに、こちらも、かなり損害が出ましたからね。フィッシャー提督がいてくれれば、もう少し早く鎮圧できたろうし、損害も少なかったろうに」

 かろうじで一個艦隊を保っている要塞駐留艦隊たるヤン艦隊では出撃しても勝ち目が薄い。一度だけアッテンボローが前線にはメックリンガー艦隊しか出ていないこともあり挑戦していたけれど、三葉からの指示通りにメックリンガーは整然と後退して、アッテンボローを左右に布陣しておいた4艦隊で挟撃しようとしてきた。それを逆手にとって狼狽して逃げるふりをして要塞主砲の射程内へ誘導しようとしたものの、どの艦隊も追ってきてくれなかった。そして、アッテンボローが帰港すると、また嫌がらせのような攻撃が延々と続いている。

「誰かが生きていてくれれば、あのことがなければ、それを言ったらきりがないよ。そもそもアムリッツァがなければよかったし、もしかしたら、私がイゼルローンなんて落とさなければ、よかったかもしれない。よくもまあ、半個艦隊でイゼルローンを落としてこいなんて命令を出したものだよ。案外、あのときの上層部の狙いは私に恥をかかせることで、出陣したものの諦めて帰還したところを笑ってやろうとしたのかな……いや、半個艦隊なら、どの提督だって諦めて帰ってきても笑われないだろう。もしかして、死んで来い、ということだったのか。いくら何でも私一人を抹殺するのに半個艦隊の将兵を道連れにさせるのは合わないし。むしろ、フォーク准将のように私自身が絶対に落とせるからと作戦を上層部に売り込んだなら、わからなくもないが………、実際、落とせたからいいようなものの実に不可解な命令だった。査問会といい、理不尽なことが多い」

「行かなくて済んだのは幸いですが、それはそうと、いつまで続ける気なんですかね。このくだらない攻撃を」

「こちらが音をあげるまで……でなければいいけれど。もう一つ、気になることもあるしね」

「それは?」

「今、ここに来ている帝国軍の数は、全軍の約半数なんだよ。もう半数に大規模な作戦行動をさせているとしたら」

「大規模な別働隊といっても、このイゼルローン回廊を通る以外にないでしょう」

「今まではね。どうも以前から、こうならなければいい、ということばかり起こるからさ。そして敵将は、あの追撃の赤鬼だ。もし、ここを引き払って撤退するにしても考えたくない、しつこい追撃をされそうだ」

「ここが落ちることはないでしょう」

「そうありたいね。ジークフリード・キルヒアイス、彼とは会ったけれど、子供のような印象だった」

「二十歳そこそこですからね」

「いや、精神年齢的には10歳くらいかもしれない印象だった」

「……たしかに……この攻撃も…」

 二人が辟易としていると、アレックス・キャゼルヌが計算結果の資料をもって来た。

「計算してみたが、現状の攻撃が続くと、2年半後には、この要塞は落ちるぞ」

「やはり、そうか。敵の狙いは堀を埋めることだったか」

「堀?」

 アッテンボローの問いにヤンが答える。

「古代の城には堀と呼ばれる人工の川みたいなものがあったのさ。防御のためにね。そして攻城戦の常套手段だったのが、その堀をチマチマと埋めることだよ。そうなると城は裸同然になる」

「いや、しかし、そんなものとイゼルローンの流体金属層は違うでしょう? しかも小惑星は迎撃している」

「迎撃はしているさ。大きなものはね。けれど、破片は飛び散る。その一部は降ってくる。そんな小さな破片まで迎撃していられないし、ミサイルは撃てば無くなるし、無くなれば製造もできるが、その材料だって無限にあるわけじゃない。浮遊砲台にも、ときどき散布される指向性をもったゼッフル粒子のおかげで、じわじわと損害が出ている。我々は少しずつ消耗する。けれど、小惑星は無限にある。降り積もった物を工作艦で除去しようにも視界の悪い流体金属層の中で不成形な岩石を取り除くのは難作業だし、いつ次の破片が降ってくるかわからないから危険すぎる。そうしているうちに、チマチマと降ってくる小惑星の破片でイゼルローン外壁は埋まり、大小のハッチの開閉にも支障をきたすし、港湾機能も2年半後には喪失する。文字通り埋められるわけさ」

「うっ……しかし、2年半とは気長な」

「気長だね。けれど、数万の将兵を死なせる作戦に比べれば、一兵も損なわずに要塞を落とせる。2年半、向こうはのんびりと眺めているのだろうね。こちらが音をあげるのを待ちながら。古代の籠城戦でも長期包囲は定石だったよ。たいてい士気が落ちて損害計算上の落城より早く降伏していたりする」

「対抗手段はないんですか?」

「籠城戦に活路があるのは援軍があるときさ。2年半以内に、外の艦隊を蹴散らせるだけの援軍がハイネセンから派遣されてくれればいい」

「ハイネセンにはビュコックの爺さんしか……」

「来てくれても、外の半数にしかならない。これは詰んだな」

「………」

「一応、この計算結果をハイネセンへも送信しておいてくれ。あと、ミサイルの材料と食料も多めに送ってくれるよう。港湾やハッチが使えるうちに兵糧を取り込んでおこう」

 ヤンが長期籠城戦の備えを始めた。

 一方で三葉はオーディンにいるケスラーから超光速通信で報告を受けていた。

「逮捕いたしましたアルフレット・フォン・ランズベルクとレオポルド・シューマッハですが、やはりエルウィン・ヨーゼフ少年を誘拐しようとしていたようです」

「そうですか。よく、やってくれました」

「いえ、陛下が監視カメラを増設せよとお命じになってくださったことと、ヨーゼフ少年の周囲に同じ年頃の子供を集めて生活させておられたことで、二人とも、すぐにヨーゼフ少年を特定できなかったのでしょう。もたついているところをモルト中将が捕らえており、私が成したのは事後処理にすぎません」

 キルヒアイスと三葉が相談し、退位させたヨーゼフを孤児院で普通の子供として生活させようとしたのを、ケスラーが警備上の問題があるといって修正提案し、皇居内に平民の孤児と、リップシュタット戦役で孤児となった貴族の子弟を集めて、生活させていたのが幸いし未然に誘拐事件を防ぐことができていた。ケスラーにも周囲にもヨーゼフを、ただの少年として扱い育てるよう命じてもいる。

「いえ、ケスラーさんのおかげでもありますよ。モルトさんにも、よろしくお伝えください」

「はっ。逮捕した二人は、どのようにいたしましょう。未遂に終わったとはいえ、大逆罪ともなりかねぬ犯行です」

「……。ただの少年を誘拐しようとして大逆罪になりますか?」

「これは、したり。ただの誘拐未遂事件といたします」

 通信を終え、再び戦況を見守ると、イゼルローンの表面上で爆発が起こった。隣に立っているオーベルシュタインがつぶやく。

「これで3度ですな。同盟の生産体制が疲弊しているとはいえ、ミサイル発射直後の暴発が、これほど続くものではない……」

 ミサイルの生産技術は両軍で確立されているので、人が造るものである以上、不良品は存在するものの、それは万に一つもないはずなのに、さきほどから3度も続いていた。オーベルシュタインが不審に思い、詳細を調べさせると、ベルゲングリューンが報告してくる。

「ケスラーシンドロームでした。陛下」

「……ケスラーさんはオーディンにいるはずじゃ…」

 ケスラーさんは優秀だから何か、すごい必殺技でもしてくれたのかな、でも勝手に攻撃しないでほしいな、と三葉がオーディンへ問い合わせようかと思っていると、ベルゲングリューンが否定する。

「いえ、同じケスラーでも憲兵総監殿は無関係です。古い天文学者のドナルド・J・ケスラーが提唱した現象で、我々がカストロプ動乱のおりラパート星でも生じさせております。片付けるのに少々手間を要しましたが、……また、お忘れですか、陛下」

「うん、忘れた。もう一回、説明して」

 もうベルゲングリューンも、ときどき色々なことを丸忘れしていることがあるのに慣れているので説明する。隣にいるオーベルシュタインも今日は三葉であることは、とっくに感じているので、あえて何も言わない。

「ケスラーシンドロームとは主に可住惑星などの重力のある星の軌道上でスペースデブリ、いわゆる宇宙ゴミが一定以上に増えすぎ、お互いに衝突して加速度的に、その数を増す現象です。人工衛星などを無計画に増やすと、お互いに衝突して、そうなりますし、ラパート星の防衛衛星を破壊したおりも、相当のデブリが生じて、戦艦や恒星間旅客艦などの防御措置のある艦では問題となりませんが、惑星の周囲を飛ぶ程度の小型船では大変な脅威となります。当然に、ミサイルも戦艦のような防御があるわけではありませんから、高速で飛来するデブリを受ければ、当たりどころによっては暴発するでしょう」

「………。なぜ、それがイゼルローンで起こるの?」

「我々がぶつけている小惑星の破片がイゼルローンに降りそそぐ場合もあれば、イゼルローンの重力に捉えられつつも落下する軌道とならず、その周囲を回り続ける軌道をとる場合もあり、これだけ大量かつ長期に続ければ、イゼルローンの重力は可住惑星におよばぬものの表面に大気はありませんから減速する要因がなく、ずっと回り続けるのです」

「………つまり、破片が弾丸みたいに、ビュンビュンと表面近くを飛び交っていて、ミサイルを発射すると、たまたま衝突することもあるってこと?」

「そうです」

「もしかして、より攻略が早くなる?」

「はい、計算いたしました結果、敵がミサイル発射装置の損壊を覚悟で発射し続けても、およそ6ヶ月後には要塞を落とせます」

 イゼルローンにミサイル発射装置や浮遊砲台が何台あるかは、増設されていなければ完全に帝国軍も把握しているので計算は現実になりやすい。

「よし」

 キルヒアイスの唇が得意げに微笑んだ。

 

 

 

 キルヒアイスは旗艦バルバロッサから、引き続く小惑星と指向性ゼッフル粒子によるイゼルローンへの攻撃を指揮していた。三葉はランダムに散布させていたけれど、キルヒアイスは敵の心理を探りつつ、より効果的な散布を心がけている。

「さすがですな」

 また浮遊砲台の一つを破壊したのでオーベルシュタインが誉めた。

「…いえ……それほどでも」

 この人も他人を誉めることがあるのだな、とキルヒアイスは思いつつもヤンとの心理戦に集中している。オーベルシュタインがオーディンを介したミッターマイヤーからの戦況報告を読んだ。

「敵の降伏も、そろそろ、でしょうな」

「……甘いと、お思いですか?」

「いえ、人が死なぬのは、よいことです」

「はい、本当に」

 ラインハルト様の死から、この人も変わった、とキルヒアイスは旧友を想った。

 一方で、ヤンは日付が変わるとともに、微妙に攻撃が変化してきたことに気づいていたけれど、対処方法を大きく変える選択肢も無かった。

「…………」

「一度、お休みになってはいかがですか、閣下」

 フレデリカが心配してくれるけれど、同じ攻撃なのに敵から稚拙さが感じられないので指揮席を離れる気になれない。

「急に重圧感が増したな」

「はい、まるで人が変わったように」

「まあ、司令官と副司令官で交代することもあるだろうさ。紅茶をもらえるかな」

「はい、すぐにお持ちしますわ」

 数分後、フレデリカは紅茶といっしょに悪い報告も持ってきた。それが顔色に出ていたのでヤンが気遣う。

「悪い知らせのようだね。気にせず読んで」

「はい。ハイネセンからの情報で、帝国軍がフェザーンを占領し、さらに同盟側へ侵攻してきているそうです」

「………やるかとは、思ったよ。敵の数は?」

 周囲を動揺させないように、あえてヤンは軽く肩をすくめた。それでもフレデリカは激しく動揺している。

「敵の数は5個艦隊、さらに巨大なる移動要塞をもって、と」

「移動要塞だって?」

「はい。ほぼイゼルローンと同じ規模の要塞をワープ可能に改造し、フェザーン回廊から同盟側へ侵攻してきているそうです」

「………はは…」

 シャフトが指向性ゼッフル粒子を開発したとき以上の情熱をもって計画予定より少し早く完成させたドライ・グロスアドミラルスブルクはミッターマイヤー艦隊を本隊として、アイゼナッハ艦隊、シュタインメッツ艦隊、ファーレンハイト艦隊、レンネンカンプ艦隊の5個艦隊と、要塞司令官をケンプとして進んでいた。

「移動するイゼルローンか……これは、また壮大で、もはや反則のようなものを……」

 つぶやきつつ紅茶を啜る。

「うん、美味しいね」

「閣下……」

「ハイネセンから指示はなかったかい?」

「最善と思われる手を打て、と」

「………あるといいね、その手が…」

 そう言いつつも、ヤンはイゼルローンを放棄して、ともかくもビュコックと合流する手段を模索する。

「敵の追撃は、しつこいだろうね」

「陰険なヤツですから」

 アッテンボローが忌々しげに言う。

「今までの傾向だと、我々が脱出するのを素直には見送ってくれんでしょうな。きっと小惑星を投げつけてきたり、ゼッフル粒子を散布したりと、退路もさんざんに邪魔するでしょう」

 シェーンコップも追撃を懸念している。

「いっそ、小官が要塞に残って殿を務めましょうか。さんざんに抵抗してから、降伏いたしますよ」

「………できれば、全員というのは甘いかな」

「甘いですな。少なくとも放棄せず抵抗すれば、あと6ヶ月はイゼルローン回廊で敵の半数を食い止めていられる。その間に、ミラクルヤンなら5個艦隊と移動要塞を、なんとか、できるでしょう」

「こちらは、たった2個艦隊でかい?」

「イゼルローン攻略戦時の4倍ですぞ」

「一度、奇跡を起こすと、次も期待されるから困ったものだ」

 一度目の奇跡に立ち会ったフレデリカが言う。

「閣下、せめて非戦闘員だけでも無事に脱出させる方法をお願いします」

「ああ、そうしたいね。この常に降ってくる小惑星を、どうにかして、その間に」

「要塞主砲を連射して小惑星の攻撃に空白をつくり、その間というくらいでしょうか」

 シェーンコップの提案にヤンも頷いた。

「そうだね。同時に浮遊砲台で退路の安全も確保しないといけない。どこにゼッフル粒子が散布されているかわからないし、小惑星の破片も大小が飛び交っている。実に嫌がらせのような攻撃だよ、まったく」

「弱い物イジメみたいだ。チクショー」

 アッテンボローが右手の拳で左手のひらを打った。ユリアンが何か言いたげにしているのでヤンが促す。

「ユリアン、なにかあるかな?」

「やはり、要塞を放棄することを敵に告げ、追撃を控えさせるか。せめて非戦闘員だけでも追撃しないでほしい、とお願いしておく、というのは、情けないでしょうか?」

「敵の温情に期待するのが、情けないというわけではないさ。むざむざ、何も手を打たないよりは、ずっといい。ただ、ジークフリード・キルヒアイス、彼の人となりがつかめない。帝国では、ずいぶんと温情ある内政を敷いているようだけれどね。領民と敵国民は違う、と判断する支配者も多い。いや、むしろ、それが世の常だ」

 そう言っている間にも迎撃のために発射したミサイルがデブリと衝突して至近で暴発し、かすかな揺れが生じた。

「さて、仕方ない。引っ越し荷物を整理するとしよう」

 できるだけ軽い調子で言ったヤンに通信士官が新たな通信を持ってきた。それを読んでヤンは指揮席に座った。

「閣下?」

「すべては終わった。もう悩むことはないよ」

 ヤンが通信をフレデリカに見せる。

「っ……同盟政府が降伏を受諾………戦闘行為の完全停止……現状を維持せよ…」

「そう。すべてはボクの手を離れた。むしろ、ちょっと嬉しいね」

「同盟政府のヤツら情けなさすぎるだろ!」

 アッテンボローが机を蹴って、逆に足が痛かったけれど、それでもおさまらない。

「こうなったら、我々だけでも、ここで抵抗しよう!!」

「そして6ヶ月後には埋められるのかい? まあ、その時点で降伏すれば、もっと情けないだろうね。掘り出してくれ、と頼まないと。ともかく、戦闘停止! これを通達して」

 ヤンが通達を出すと、小惑星の攻撃も慣性の法則で飛んでくる分を除いて止み、ゼッフル粒子の散布も止まった。そして、キルヒアイスから通信が入ってきた。

「降伏を受諾していただき、ありがとうございます」

「………いえ、……お礼を言われるようなことではありませんよ」

「ヤン提督とは一度お会いしてお話してみたいと思っていたのです、こちらに来ていただけませんか?」

「は…はい。…ですが、一度、お会いしていますよ?」

「………」

 キルヒアイスが恥ずかしそうに目線を伏せた。うっかり会った実感が無いので忘れていたけれど、三葉が捕虜交換のさいに出会っていた。

「失礼しました。そうでした。もう一度、お会いしてみたいと思います。いかがでしょうか」

 礼儀正しく申し込んでくる青年にヤンは好感を覚え、会うことにした。旗艦バルバロッサに招かれ、応接室で対面した。

「ヤン・ウェンリーです」

「ジークフリード・キルヒアイスです」

 二人とも肩書きをつけなかった。そしてキルヒアイスは通信したときヤンの周囲にいたアッテンボローたちの顔が不満そうだったので、降伏文書のコピーを差し出した。

「こちらが、同盟政府に受諾していただいた条件となります」

「これは…」

 ヤンが読み進める。

 

第一条、銀河帝国と自由惑星同盟の戦争を停止する。

第二条、この停止は10年間とし、以後可能な限り、これを更新する。

第三条、双方は現状の戦力比を維持したまま、年3%ずつ軍縮する。

第四条、前条の確認のため、双方に駐在武官をおくこととする。

第五条、銀河帝国は10年以内に議会を設置し、20年以内に帝政を廃止する。

第六条、前条にともない、帝国暦を廃し、西暦を使用する。

第七条、双方は国交の樹立に向け、フェザーンにて交流する。

第八条、双方の境界はイゼルローン要塞から帝国側へ1光時までと、フェザーン回廊に設置するドライ・グロスアドミラルスブルク要塞から同盟側へ1光時までとする。

第九条、銀河帝国と自由惑星同盟の戦争は帝国の勝利であったとする。

第十条、同盟がフェザーン自治領に対して負っていた債務は帝国が引き継ぐこととする。

 

 読み終えたヤンが問う。

「あなたは皇帝をお辞めになるのですか?」

「はい。そのつもりです」

「………それで、どうする、おつもりですか?」

「……………」

 問われてからキルヒアイスは気づいた。国体のことばかり考えていて、自分のことを考えていなかった。

「そうですね。その頃に私は40歳そこそこ……どうするかは、決めていませんでした。軍人しか能がないので、困るかもしれませんね」

「…ははは………皇帝に年金がつくことにすればいいですよ」

「それでは特権階級になってしまいます」

「……たしかに……では、軍役について年金をおつけになれば?」

「なるほど、そうですね。そうします」

 お互いの戦術や前回の邂逅について語ることはなく、しばらく会談するとヤンはイゼルローンに戻り、降伏文書をアッテンボローたちに見せた。

「西暦とはまた……にしても、九条の、帝国の勝利であった、ってのは必要なんですかね?」

「これがないと実質的には同盟の勝利であった、と後世の歴史家は判断するかもしれないね。同盟は領土を失わないし、フェザーンに負っていた債務は、もともとあったもので賠償金ではないし、それなのに帝国は議会を設置して帝政をやめてしまう。この条件を、10個艦隊と移動要塞を差し向けて突きつけられれば、同盟政府も、まいりました、と言うしかないさ」

「…………10年後、また戦争になるってことは……」

「その可能性は低いね。しかも、双方の要塞が………そうか、これはアスターテと似たような終わり方だな」

 ヤンが気づいて三次元モニターに銀河の地図を出して言う。

「アスターテ会戦が終わったとき、2匹の蛇が食い合うようになっていた。それが銀河規模で再現されている。フェザーンの要塞が帝国の頭、イゼルローンが同盟の頭、もし、また戦端を開けば、実に面倒だ。もう、やめておこう、そう思うような形だ」

「とはいえ、彼我戦力差は大きいですよ。龍と蛇くらいに。しかも龍の頭は動く」

「キルヒアイス氏が生きていてくれれば、それはないだろうさ。もしくは、がらりと人が変わるようなことがなければね」

「そういえば、人柄は、どうでした? 結局、子供みたいなヤツでしたか? オレたちの勝利だァみたいな」

「いや……今回は違ったなぁ……とても、まともな青年だった。少し自分のことを考えるのが、後回しになるくらいの」

 ヤンは20年後でも、自分もまだまだ老人ではないので、キルヒアイスと、また会える日もあるかもしれないと思った。

 

 

 

 三葉は自宅で帝国の今後を考えていた。

「もう戦闘は終わってるかなぁ……それとも、しつこく粘って、生き埋めになったり、ハイネセンまでドライ・グロスアドミラルスブルクで攻め込まないと降伏しないかなぁ」

 戦闘の途中だったので続きが気になってしかたない。

「けど、すぐ降伏されてると一回もラインハルト・ロイエンタール・ノルデン砲を撃つ機会がないかも」

 ガイエスハーケンにも新しい名称をつけていた。

「………それにしても、キルヒアイスとの入れ替わり、いつまで続くのかな。あいつが学校に行ってくれなくなったら、ちょっと困るかも」

 今日も学校を休んで家にいたのだった。

 

 

 

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