キルヒアイスは低重力訓練室でベルゲングリューンとビューローの三人で酒盛りをしながら、成人雑誌を回し読みしていた状況を認識しつつ、涙ぐんだ目尻を拭いて軍服を整えた。
「飲み過ぎたようです。お先に失礼します」
「「……。はっ!」」
皇帝になっても気安く飲んでくれるものの12時になると、急にテンションが変わるのにも二人とも慣れてきていたので、皇帝になっても低姿勢なままの皇帝に敬礼した。キルヒアイスは酔ったまま艦橋にあがるのはやめて、居室で艦隊の運行状況を確認すると、一人で眠った。朝になり、いよいよ地球の上空に到達していた。
「陛下自ら、おいでになるおつもりですか」
オーベルシュタインに問われ、申し訳なさそうに答える。
「わがままに過ぎますが、お願いします」
「………。ご同行いたします。それに、護衛も完全装備で、陛下にも装甲服をお召しになっていただきます」
「はい」
地球教の本部はビッテンフェルトが壊滅させたものの、そのビッテンフェルト自身もナイフで毒傷を負っているし、オーディンでさえ地球教が蔓延っていたとの報告がケスラーからあがってきているので、キルヒアイスは暗殺を防ごうとしてくれる周囲に感謝して頷いた。そもそも、同盟政府と和平が成立した後、地球へ行きたいと言い出したこと自体が、完全な個人的なわがままで皇帝たる立場の濫用だという自覚は持っている。それゆえ、バルバロッサ単艦で向かうと言ったのに、安全のためにキルヒアイス艦隊全体で向かうことになり、それに先立ちミッターマイヤーが首都で燻っていたビッテンフェルトを露払いに派遣したところ、思いもかけない地球教徒からの襲撃を受けているので、たとえ本部を消滅させていても油断するという選択肢は近衛たちにも無い。キスリングが言ってくる。
「おそれながら、装甲服をお召しになっていただけるのであれば、陛下が陛下であるとわからぬ方がよろしいかと存じます」
「そうですね。では、少佐クラスの装甲服を用意してください」
「少佐ですか……せめて将官では?」
「私の年齢では将官は不相応でしょう」
「……。はっ」
キルヒアイスは近衛兵たちだけにわかるマークを付けた佐官向けの装甲服を着用してオーベルシュタインとともに岐阜県飛騨地方へ降り立った。すでに核戦争から1560年も経過しているので放射能の影響は薄れ、緑溢れる地域であることは変わりないし、幸いにして名古屋や大阪のような都市部ではなかったために直接の攻撃目標ともなったことがないようだった。
「まるで戦禍に巻き込まれない地域を選んで降りたように……」
日本そのものが地球史において国際的な戦争が少なかったし、また国内戦においても岐阜県飛騨地方は、ほとんど戦禍に遭っていない。歴史の先々を見通す目があるとしか思えない選定だった。オーベルシュタインが西暦3213年に隕石が落ちて形成されたクレーターを見て言う。
「やはり、この地に集中的に落ちているようですね」
「そのようです」
かつて糸守町だった地域には4つもの隕石落下痕らしき地形が残っている。その三つ目である宮水神社へ直撃した隕石痕に近づいたときだった。
「ようこそ、お姉様。それとも皇帝陛下の方がいいかな?」
風のように現れた少女がキルヒアイスの前に立っていた。そして少女は巫女服を着ている。
「なぜ、私だとわかったのですか……いえ、あなたなら、わかるのでしょうね」
キルヒアイスは装甲服の面鎧をあげた。キスリングたちと同じ装甲服姿なのに、一目でわかること自体、もはや人外の技だった。けれど、キルヒアイスは少女の顔を見て違和感と既視感を覚えた。
「……サヤチン…」
「違うよ。私の名は、名取那耶香」
「ナヤカ…、……名取早耶香の子孫なのですか?」
「残念ながら、名取早耶香も、この一本目では死んでいるの。あの日に」
「……では、あなたは?」
「サヤチンさんの姉妹の子孫だよ。顔が似てるでしょ」
「たしかに……」
少女の物言いと雰囲気は四葉そのものなのに、顔立ちは早耶香に似ていて、キルヒアイスは違和感と既視感の正体に気づいて納得した。
「ここの、みなさんは無事に暮らしているのですか?」
「それなりにね」
少女が水田を指した。もともと山地で平野が少ないけれど、ところどころに水田が見られる。神社も再建されていた。
「よかった………」
「美しい地域ですな」
オーベルシュタインも、しみじみと言って見渡している。
「二人とも、わざわざ確かめに来てくれて、ありがとう。じゃ、これをお願いね。最終の内政提案書」
「「………」」
渡された和紙にはドイツ語で内政についての提案という名の命令に近い指示があった。キルヒアイスが目を通す。
「……宗教法人として地球教を認可して残党を、ゆるやかに監視…………他に、ルドルフ真理教を用意して、主神をルドルフとして、現在の爵位を戸籍から外し、一宗教法人内の資格とすること……宮内庁を独立行政法人を経て、NPO団体としてからルドルフ真理教へ編入………同盟領土内の日本教についても同様の扱い……。信仰の自由を広く認めること……。地球の自然環境の保全のため出入りを制限……歴史学的研究および生物学的研究を優先……。わかりました。そのようにいたします」
「よろしくね」
少女は土産に1トン近い白米と、唾液は混ぜていないよ、と言い添えた日本酒7樽を村人たちに用意させて送ってくれた。そして、バルバロッサが宇宙へと離陸していくのを見送りながら気づいた。
「あ、そっか。あのとき三葉様にはブラスターがあったから、ラインハルトを助けることもできたかもしれないのか………ホント、三葉様はダメだなぁ………けど、やっぱり、ラインハルトがいても戦乱が……うん、今がベストだね、今が」
そう言って赤毛の皇帝を見送った。
三葉は宮水神社の境内で克彦に抱きしめられていることに気づいた。それから自分が靴下しか身につけていないことにも気づき、克彦と何をしていたのか察した。
「…………」
こんな状況が、もし入れ替わりが始まった直後だったら自殺したかも、と思いつつ、もう処女でも童貞でもないので、克彦に微笑みかける。まだ、ベルゲングリューンたちと男ばかりの軍隊生活らしい遊びをしていた余韻が残っていた。
「もう一回やれる?」
「………キルヒアイス?」
「あ……あいつ、話したの。まあ、それでもいいかな。もうキルヒアイスじゃないよ、私、三葉」
「……三葉……なのか?」
「そうだよ。お楽しみだったみたいね。……あ! ゴム使ってないでしょ?!」
三葉は避妊具を使った痕跡が無いことに気づいた。
「妊娠したら、どうしてくれるのよ?!」
「ご…ごめん、つい…」
「なんてね。そろそろ生理だし、きっと大丈夫だよ。私も一度、ゴム無しでやってみたかったの。もう一回、やって」
そう言って三葉が脚を拡げて、男のように腰を振ったので克彦は、もう君は居なくなったのか、と思い知り、そして7歳の頃からの10年の恋が急速に冷めるのを感じた。ほんの数瞬前までの貴婦人のような少女と、なんだか男っぽくなった三葉が本当に別人だったのだと思い知らされる。とくに夏休み明けからは、いっしょに長く過ごしていたのはキルヒアイスの方だったのだと、わかってくる。もしかしたら、オレが好きだったのはキルヒアイスだったのかもしれない、とも想った。
「テッシー、早く、もう一回やろ」
「……ごめん……もう勃たないし……疲れたから……」
「う~っ…私は、ぜんぜん気持ちいい記憶が無いんだよ……」
「家まで、送るよ」
「また、自分一人で……あ~あっ…」
三葉は家に送ってもらい、入浴してシャワーで遊んでから布団に入った。そして秋祭りの日なので早朝から四葉が準備していることには気づいたけれど、布団から出ないことにした。お昼過ぎになって早耶香が訪ねてきた。
「三葉ちゃん、まだ寝てるの?」
「……どうせ、起きたら、祭りに出ろって言われるもん」
「あのね。昨日、クラスのイジメしてた人たちにも、あのあと、ちゃんと約束させたの。もう、絶対に三葉ちゃんを、からかわないって」
「…………」
あのあと、って、どのあと、かな、と三葉は手紙もなかったので状況もつかめず、早耶香への返事に困る。
「だから、もう大丈夫だよ」
「……………ヤダ……そんなこと言って、サヤチンまで私に祭りに出ろって言うの?」
「お祭りは…………イヤなの?」
「絶対ヤダ! 町の人たちだって、みんな来るんだよ?! みんな、私のおもらし知ってるのに!」
「…………そうだよね……イヤだよねぇ………」
早耶香は布団を撫でてから立ち去った。しばらくすると、町営放送が避難を呼びかけ始めた。早耶香の姉の声で高校へ避難するように告げている。
「避難……? なんで、お祭りの日に……」
不思議に思っていると、四葉が二階へあがってきて巫女服姿で問う。
「お姉ちゃん、避難しないの?」
「…………」
「避難した方がいいよ。リュックサック一つ分くらい、想い出の品とか、大事な物を持って」
「………あ、わかった! そういう作戦なんだ! そういう謀略ってわけね! 町営放送まで使って、私を家から出そうって!」
「……………」
「そんな手に引っかかるもんか! 絶対お祭りは出ないからね!」
「お祭りは無いよ。避難するから」
「じゃあ、どうして四葉は巫女服を着てるの?!」
「これは、これで別に必要だから」
「私は絶対、着ないからね!! もう絶対に巫女なんかしないから!!」
「…………………そんなに巫女でいるのイヤ?」
「イヤ!!」
「…………どうしてもイヤ?」
「イヤっ!!!」
「……………ごく普通の女の子になりたい?」
「……うん、なりたい」
「わかったよ、お姉ちゃん。一つだけ言うことをきいてくれたら、今後、巫女の仕事は全部、私がしてあげる。もともと宮水の巫女は一人が基本だしね。いいよ、私が全部、やってあげる。お姉ちゃんは、ごく普通の女の子として自由に生きて。この町を出て行ってもいいし」
「…………四葉………いいの? ………全部、………四葉に押しつけちゃうことに……」
「そう、したいんでしょ?」
「……………もう巫女……ヤダもん」
「いいよ、巫女、辞めて」
「………でも、一つだけ、って何?」
三葉が警戒気味に訊くと、四葉は穏やかに答える。
「私と5分間、キスして」
「っ…………本気?」
「それだけで、あとは全部、私がしてあげるよ」
「……………」
三葉が迷う。ヒルダやアンネローゼとはキスをしたけれど、そのときは男の身体だったし、そもそも血のつながりがない。実は早耶香あたりとなら一回くらいキスしてみようかな、という余計な好奇心も持っていたりするけれど、さすがに実の妹には何の興味もない。むしろ、はっきり言って気持ち悪い。とくに夏休み前頃には四葉に唾液を舐められたりした記憶も鮮明に残っている。やっぱり、この子はガチなんだ、そういう系の人なんだ、と三葉は思った。
「……………」
「どうするの? お姉ちゃん」
「………………その一回で、……一生、巫女やらなくていい?」
「いいよ」
「…………………キスって軽いキス? 舌とか、入れる?」
「入れるよ。お姉ちゃんの唾液を一滴残らず吸い出す感じ。お姉ちゃんは私にすべてを捧げるイメージを強くもって。うまくいけば5分で終わるから」
「…っ…っ…」
三葉は寒気がした。どうやったら、肉親に、そんな欲情がもてるんだろう、と三葉は気持ち悪いと思うと同時に、あわれにも想った、どうして、この子は男を好きにならないんだろう、よりによって姉の私、かわいそう、ちゃんと異性を好きになれたら、可愛い顔してるからモテたのに、ううん、案外、同性でも好かれたかもしれない、けど、何も実の姉を、そういう対象にしなくてもいいのに、と哀れんだ。
「どうするの?」
「………」
けれど、もう巫女はやめたい。もう二度と町民の注目を浴びる舞台には立ちたくない。もともと、ずっとやめたくて仕方なかった。とくに口噛み酒はイヤだった。
「……………巫女……やめたい」
「じゃあ、口を開けて」
「………」
三葉は身震いしながら口を開けた。
「そう。そのまま、唾液をいっぱい出すの。そして全身のすべてを私に捧げるイメージをもって。それで、終わるから。早く終わるように、ちゃんとイメージしてね」
「……うん…」
口を開けたまま、鼻声で返事した三葉の唇へ、四葉の唇が吸いついた。
「ぅぅ……」
「…………」
強く吸ってくる。口の中の唾液も、あたらしく湧いてくる唾液も、どんどん吸われる。言われた通り、全身を捧げるイメージをもつと、さらに大量の唾液が溢れて、それを四葉に吸われる。長い長い、今まで誰としたよりも長く感じるキスが、ようやく終わった。ぐったりと三葉は身体から力が抜けた。まるで男の身であったときに成人雑誌を見ながら一日に何度も遊んだり、午前中にヒルダ、午後からアンネローゼ、そして夜にはまたヒルダという至福の一日を送ったときのように、身体から何かが抜けていった気がする。
「…ハァ……ハァ…」
「うん、これでもう、お姉ちゃんは、ただの女の子になったよ」
「……ぅぅ……」
気持ち悪い、と三葉は口元を手の甲で拭いて、布団に潜り込んだ。実の姉にキスしておいて、ただの女の子になったよ、と言われて、これ以上に何かされるとイヤなので三葉は布団を丸めて防御する。布団を球状にして要塞形態になった。
「もう、いいでしょ! 早く出て行って!」
「いいけど、避難しないとダメだよ」
「キスだけでいいって言った!」
「………それと、これとは…」
「もう何もしない! 何もさせないから!!」
「お姉ちゃん………あのね、そこにいると死んじゃうよ?」
「………そんなウソついてまで、何が目的なの?!」
「ウソじゃないよ。放送では詳しく言ってないけど、ティアマト彗星が落ちてくるの」
「ウソだッ!!」
「……本当だよ?」
「私は未来でティアマト彗星を太陽系内で見たもん! 落ちるはずない!」
「それは母体部分で、今回落ちてくるのは3回目の分だよ」
「意味不明! もう、四葉の言うこと何も信じない!! 巫女は絶対やめるからね!!」
「………やっぱり、バカな姉」
一瞬、四葉は苛立った顔を見せたけれど、次の瞬間、深い哀れみと強い悲しみの表情になった。
「そっか。わかったよ。好きにして、お姉ちゃん」
「……………」
「さようなら、お姉ちゃん。……小さい頃、いっぱい遊んでくれて、ありがとう」
そう言って四葉は涙ぐむと、三葉のタンスを勝手に開けて形見分けでも受けるように下着と靴下を巫女服の懐へ入れた。姉の衣類を懐に入れる妹を見て、三葉も深い哀れみと強い悲しみを抱いた。
「「…………」」
どうして、この子は、こうなんだろう、かわいそうに、という目でお互いを見つめ合った。しばらく見つめ合って、もう一度、四葉が悲しそうに言った。
「さようなら、ありがとう、お姉ちゃん」
「…………」
四葉が出て行くと、とても静かになった。
「………歯磨きしよ」
朝から洗顔もしていないし、長い妹とのキスをしたので歯を磨きたくなった。布団の要塞を出て、そっと一階に誰もいないか気配を探る。祭りの日なので氏子や当番など、どんどん人が出入りするはずなのに誰もいない気配だった。
「…………」
寝間着のままでは人に出会うと恥ずかしいので、とりあえず制服を着て巫女服を着る意志は無いことを表しつつ、降りて顔を洗った。
「はぁ……お腹空いた」
ちゃぶ台を見ると、お菓子が置いてあった。四葉の字で、食べていいよ、とメモがある。
「いただきます」
お菓子を食べながら、冷蔵庫を開けて牛乳を飲む。誰も来ないおかげで一階で寛げる。のんびりとテレビをつけてみた。
「ご覧ください。ティアマト彗星が美しい尾をひいております」
「ほら、落ちてこない」
そう言って二つめのお菓子を食べる。不意に棚にあったはずの家族写真が無いのに気づいた。
「どこにやったのかな?」
俊樹と二葉も写っている、五人そろった貴重な家族写真が見あたらないし、二葉の遺影も消えていた。
「…………なんで、こんなに静かなんだろう……お祭り、本当に無いのかな……」
あまりにも周囲が静かなので、少し不安になった。そっと玄関から外を覗いてみる。
「………………誰もいない…」
祭りの日なので、すでに屋台が設営されて、そろそろ人が増える時間なのに、誰一人いなかったし、屋台も設営されていない。
「……………」
靴を履いて玄関から出てみた。
「………すごい……静か……」
町に誰もいないように静寂だった。車の音さえ聞こえないし、世界中から誰もいなくなったような気がするような静寂だった。
「時間が止まってるみたい……」
もともと人口の少ない町だけれど、今日は賑やかになるはずなのに、まったく人の気配がない。けれど、遠くを見ると高校の校庭に大勢の人と車が集まっているのに気づいた。
「避難……本当に、してるんだ……した方がいいのかな……」
そう感じたけれど、あんなに大勢の町民が集まっているところに顔を出したくない。
「……どうせ、大丈夫……。彗星は……」
神社の境内から空を見上げた。
「……割れてる…」
ティアマト彗星が分裂して、その一欠片が、こちらに向かってきている気がする。
「…………直撃コース……」
戦場で培った感覚が、音速の数倍で落下してくる隕石が大気との摩擦で、どんなコースを描いて進行するか、わかった。ぐんぐんと隕石が迫ってくる。
「……ヤダ………私…死ぬ…」
三葉は久しぶりに小水を漏らした。
ジョーぉ…
我慢の限界で漏らしたのではなくて、恐ろしくて力が抜けて失禁したので、速度と躍動性には劣るけれど、さながらアメーバのような動きで生温かさが下着の中に拡がり、すぐに滴って落ちる。黄昏時の陽光を反射して、キラキラと宝石のように三葉の小水が地面に落ちて染みこんでいる。ちょうど、ここに隕石が落ちてくる、そんな気がして一歩も動けなくて腰が抜けそうになった。ブルブルと震えたせいなのか、月経まで始まった感触あって下着が汚れた。
「………ひぃっ……」
私、ここで一人で死ぬんだ、避難しなかったバカな女子高生として死ぬんだ、ラインハルトさんみたいに死体も残らないような死に方するんだ、と三葉は避難の呼びかけを舐めていたことを後悔して涙も零した。隕石は、まっすぐに、まるで神社の鳥居が着陸ビーコンであるかのように向かってくる。
タララッタララッ♪ タッタ、タンタン♪ タッタ、タンタン♪ タッタタァーンタンタン♪
スカートのポケットに入れてるスマフォが鳴った。ほぼ無意識で女子高生の反射的な動作としてスマフォを出して電話を受けた。
「走れ!! まだ間に合う!!」
着信音は早耶香からのものだったけれど、四葉の声が響いてきた。
「コンビニの裏まで!! 走れ!!」
「っ!」
抜けそうだった腰に力が入って走り出した。
「ハァハァ!」
通りまで駆け下りると、ちょうど乗りやすい位置に自転車が置いてあって、鍵もかかっていなかった。それに飛び乗って必死に漕ぐ。立ち乗りしてスカートが捲れあがって汚してしてしまった下着が丸見えになるのも気にせず、コンビニを目指した。
「ハァハァハァ!」
コンビニの裏へブレーキもかけずに突入した瞬間だった。
ドゥ!!!
轟音と爆風が背中を通り過ぎていき、その余波で吹っ飛ばされる。
「キャァ?!」
自転車ごと転がったけれど、擦り傷くらいで済んだ。
「ハァ…ハァ……ハァ……た、……助かった…」
「はい、お姉ちゃん、人が来る前に着替えて」
爆風を電柱の影でやり過ごした四葉がショーツと靴下、ナプキンを巫女服の懐から出して渡してくれた。
「……ぐすっ……四葉ぁ……ありがとうぅ…」
「着替えたら、あと少しだけ手伝ってくれると、嬉しいかな」
「……はい」
三葉はコンビニの裏で汚した下着と靴下を脱ぐと、四葉が差し向けてくれたビニール袋に入れて、新しい物を着けて四葉に従って宮水神社へ戻った。神社にはクレーターができて、その中心に隕石がある。三葉はコンビニの裏に四葉が用意していた立て札と杭、大きな金槌をもって、まだ表面が熱い隕石に近づいた。
「四葉、こんなに近づいて大丈夫なの?」
「平気だよ。でも、お姉ちゃんは隕石に触らないようにしてね」
「うん……」
「ここに、その杭を打って立て札を掲示して」
四葉の腕力と体格では大仕事になる杭打ちを姉に頼むと、隕石に触れて囁いた。
「ようこそ、地球へ」
そして隕石から染み出していた液体を舐めると、振り返って近づいてくる自衛隊のヘリコプターを見た。すぐに降下してきた隊員が、隕石調査のために接近してくると、響き渡る朗々とした声で告げる。
「これなる御石は当社の御神体である!! 触れること一切まかりならぬ!! これは勅命なりっ!!」
立て札には813年に嵯峨天皇より受けた書状があり、近づいてきた隊員たちは顔を見合わせ、堂々と所有権を主張する四葉への対応に困り、結局は宮内庁が書状を真正であると確認すると、余人に触れさせること無く、守りきった。
「四葉、あんな書状、どこにあったの?」
「いつも口噛み酒を奉納してる御石様の裏だよ」
「………私は何も知らないんだね………ごめんなさい」
「いいよ。やっぱり一人っ子より、小さい頃に遊んでくれる人がいた方が楽しかったから。きっと、お母さんもそれを考えてくれたのかもしれない。ごめんね、お姉ちゃん、何回かイラっとして、ひどいこと言って。これからは二人以上の子供を産んで、そのうち一人を選ぶことにするよ」
そう言って四葉は過ぎ去っていくティアマト彗星の本体を見送り、なんとなく三葉は敬礼した。
副題「君の名は。はそこで終わり、だから終止符。」
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