「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第6話

 

 

 ミューゼル艦隊の旗艦タンホイザーの艦橋でラインハルトは定刻になってもキルヒアイスが現れなかったので指揮席から立ち上がった。それを見てノルデン少将がタメ息をつく。

「まったく、たるんでおりますな。これで二度目とは」

「………」

 お前は黙っていろ、という言葉を飲み込んでラインハルトは艦橋をおり、キルヒアイスの部屋に入った。想定通り、三葉はイスに座って待っていた。

「おはよう、フロイラインミツハ」

 なるべく優しい微笑みを心がけるとキルヒアイスの頬が赤くなったので複雑な気持ちになる。宮中の女性から同じような反応をされることには慣れてきたけれど、相手が親友だと反応に困る。しかも、宮中の女性が相手なら無礼でない範囲で冷たくすればよかったけれど、三葉には緊張させないように優しさを心がける必要があった。

「お…おはよう…ございます……ラインハルトさん?」

「もう、キルヒアイスからの手紙は読んでくれたようだね」

「はい」

 三葉の手元にはキルヒアイスからの手紙が日本語で書かれていた。

 

 宮水三葉さんへ

 はじめまして。私はジークフリード・キルヒアイスと申します。

 今回のこと、とても驚いておられると思います。正直、私も驚き、いったい何をすればよいのか、五里霧中の状態です。それでも、お互いに冷静になって自分たちのためには、何をすべきで、何をすべきでないかを、分別していかねばならないかと考えております。

 すでにご承知かと存じますが、私は銀河帝国の少佐であり、ラインハルト様の部下です。まことに勝手なお願いではありますが、三葉さんが私の身体におられる間、その立場で振る舞っていただきたいのです。

 子細につきましては、ラインハルト様よりご説明あるかと思いますので、どうか落ち着いて、イスに腰かけ静かに待っていてください。

 追伸 ラインハルト様が知らぬこととはいえ、シャワーを浴びていただく際に無礼があったこと深く反省しておられますので、どうかお許しください。また、私の身体で入浴していただくことは不快でなければ、どうぞご自由に。

 

 手紙を読み終えたことを確認したラインハルトは、すぐに手紙を処分した。余人をもって解読不能な文字ではあったけれど、コンピューターにかければ解読されるし、余計な嫌疑は避けたいので慎重に行動している。

「どうか、緊張しないでください。フロイラインミツハ」

「は…はい…」

「まずは一つ、私から詫びを入れさせていただきたい」

「え…?」

「知らぬこととはいえ、フロイラインの前で裸になってしまい見苦しいところを見せてしまった。どうか、許してほしい。気が済まなければ叩いていただいてもかまわない。どうか、この通り」

 ラインハルトが恭しく膝をつき頭を下げると、三葉も日本人らしい仕草で膝をついて頭をさげる。

「いえ、私こそ……いろいろ……わけ、わからなくて……」

「では、シャワー室の件は水に流してくださいますか?」

「はい、もちろん」

「ありがとう、フロイラインミツハ」

 安心した顔をしたラインハルトに三葉は好感を抱いた。キルヒアイスにも好感を抱いているけれど、やはり一言の言葉も交わしていないので人となりをつかみにくい。鏡をみれば、そこにいるけれど、それは自分の肉体として動くので、どうしてもキルヒアイスに会ったという実感はなかった。

「では、まず、着替えていただこうか。いつまでもパジャマのままとはいかないから」

「着替え……」

「もちろん、私は退室するが、軍服の着方は説明させてください」

「あ、はい。お願いします」

 三葉は帝国軍少佐の軍服の着方を教えてもらい、退室しようとしたラインハルトに告げる。

「わざわざ出てもらわなくても、背中を向けていてもらえば大丈夫です。この身体は女の子じゃないし」

「わかった。では」

 ラインハルトは背中を向けて立っている。三葉は教えられた通りに軍服を着てみたけれど、やはり微妙な乱れはラインハルトに調整してもらった。

「うむ、どこから見ても立派な帝国軍少佐だ」

「……そう…ですか…? せ…戦争、してるんですよね…?」

 キルヒアイスの身体が不安そうに立っているのは、ラインハルトとして少し悲しかったけれど、顔には出さず三葉を励ます。

「大丈夫、軍隊といっても、この艦は旗艦、めったなことでは傷一つつかない」

「………わ……私も戦うんですか…? 大砲とか、撃つの?」

「いえいえ、ただ私のそばに立っていてくれればそれだけで十分です」

「…た……立ってるだけ?」

「ええ」

「………ここにいちゃダメですか?」

「どうしても不安なら、それでもかまいませんが、艦の構造上、指揮を執る艦橋が一番安全です。私はフロイラインミツハの安全のためにも目の届く艦橋にいてほしい」

「……わかりました。……言われる通りにやってみます」

「では、まずは立ち方と、敬礼をお教えします。私の真似をしてください」

 そう言ってラインハルトは直立不動になり両手を腰の後ろで組んだ。

「これが基本の立ち方です」

「……こう、ですか?」

 三葉は真似してみる。

「もう少し胸を張って」

「…はい」

「そうそう完璧だ」

「……」

 もともと身体が覚えていたのか、やってみると、すぐにできた。

「では、敬礼」

「はい」

 二人で向かい合って敬礼すると、ラインハルトは笑い出してしまった。

「え? …へ、変ですか?」

「い、いや、失礼。ついキルヒアイスの顔と、まじめに向かい合って二人きりで敬礼するなど、可笑しな状況だと思ってしまい。失礼した」

「う~……二人って、どういう関係なんです? 上司と部下ってだけなの?」

「いや、キルヒアイスとは友人です。大切な」

「そうなんだ……じゃあ、敬語じゃない方が自然なんですか?」

「二人きりのときは、くだけてもらってかまわない。むしろ、私もその方が嬉しい。ただ、周囲の目があるときは上司と部下のように振る舞ってください」

「わかりました」

「では、艦橋にご案内します。フロイラインミツハ」

 ラインハルトと三葉は移動して艦橋にあがった。

「うわぁ……」

 三葉は全天の星空を見て驚く。士官室にあったモニターの比ではない艦橋から見える宇宙空間に立ちすくんでいる。画像が鮮明すぎて、まるで宇宙空間に立っているような錯覚さえ覚えた。

「これってガラス? ……軍艦なのに装甲は?」

「アハハハ、むき出しに感じるかもしれませんが、ぶ厚い装甲の内部ですよ、ご安心ください」

「モニターなんだ……」

 見上げている三葉にノルデン少将が近づいてきた。

「ずいぶんと遅い出勤ですな。さすがは少佐殿」

「…は…はい……」

 口調や目線の感じから、それが厭味だということは三葉にもわかった。とりあえず自分が着ている軍服よりも飾りが多いので敬礼をしたけれど、応答に困る三葉の前にラインハルトが立ってくれる。

「卿が言わずとも、私が指導する。しばらく離れていたまえ」

「わかりました。小言をともに聞いても仕方ありませんからな」

 ノルデン少将が離れていくと、ラインハルトが耳元で囁いてくれる。

「指揮席までいけば、周囲には音が漏れにくいよう力場が働いている。こちらへ、どうぞ、フロイラインミツハ」

「はい」

 二人で指揮席まで歩いた。

「女性を立たせて座るのは気が引けるが、立場があるので容赦してほしい」

「い、いえ、どうぞ、お気になさらず」

 ラインハルトが艦隊司令らしく座り、三葉は指揮席の隣りに立ち、教えられた立ち方をしてみる。

「これでいいですか?」

「ええ」

「………すぐ戦いになるんですか?」

「いや、おそらく今日も敵とは遭遇しまい。油断はしないが平穏でしょう。落ち着いて二人で話をしましょう。いろいろとフロイラインミツハには知っておいてほしいこともあるので」

「話を……じゃあ、戦っているのは宇宙人とですか? それとも怪獣みたいな?」

「っ……なるほど……」

 ラインハルトは少し考えてから口を開いた。

「過去から来たフロイラインミツハに未来の出来事を教えてしまうのは、危険が伴うかもしれないから、絶対に過去に戻っても話さないと約束してくれますか?」

「…は…はい…」

「まず、いまだ我々人類は宇宙人というような存在と出会ったことはない。怪獣もいない」

「……じゃあ、何と戦ってるんですか?」

「人間だ。我々と同じね」

「………どうして?」

「うむ、そう問われると哲学的だが、知っておいてもらわないと変なことを言い出されるから教えておこう。あなたがいた時代から、だんだんと人類は宇宙に進出していった」

「ワープとかで?」

「そう。だが、何度か統一されたり分裂したりと、争いを繰り返し、五百年ほど前、銀河帝国が人類をまとめて統一した。だが、そこから脱出して別の国家をつくった集団もある。それが自由惑星同盟、我々は叛乱軍、叛徒と呼んだりもするが、そこと戦争している。飽きもせず長々と」

「何のために?」

「まあ、銀河帝国としては人類はすべて銀河帝国のもとにあるべきだ、と考えているし、自由惑星同盟としては皇帝が支配する体制を打倒し民主主義を広めるべきだ、と考えているのだろう」

「銀河帝国って皇帝がいるの?」

「ああ」

「ふ~ん……」

「………うむ、第三者からみれば、ふ~ん、で終わることかもしれないな」

 ラインハルトは一瞬、自分の人生目標がありきたりな虚しいことに感じられそうになって気を取り直して語る。

「私と二人きりのときは、皇帝に対して、どう言っても問題ないが、他人がいるときは不敬な発言は絶対にしないでほしい。不敬罪で処刑されることもあるゆえ」

「はい、気をつけます」

「キルヒアイスから聞いたが、フロイラインミツハのいた国もテンノウという皇帝のようなものがおられるのであろう? 不敬罪はあるか?」

「いえ、別に」

「その支配は、どうだ?」

「……う~ん……支配はしてないかな」

「………。では、何をしているんだ? 放蕩の日々か?」

「えっと、普通の人は意識してないけど、うちは神社だから知ってますが、祭祀王っていう位置づけなんですよ。人だけど、神さまに一番近い人というか、半分神なような、やっぱり人のような。だから、神事も多くて大変なのに外交儀礼もあったりで、放蕩どころか、ご高齢なのに毎日忙しくて、私も巫女っていうのをやってるから、わかるんですけどお正月も……この話、とても長くなりますけど、聞きますか?」

「…………。やめておこう、フロイラインミツハには知っておいてほしいことが多いが、私が日本のことを知っても仕方ないからな。他に訊きたいことはあるかな?」

「銀河帝国と自由惑星同盟、どっちが勝ってるんですか?」

「うむ、いい質問だ」

 ラインハルトは現在の情勢についてフェザーン自治領の存在も含めて説明していく。そのうちに昼食の時間になった。

「ノルデン少将、しばらく艦隊指揮を頼む」

「はっ」

「何かあれば、すぐ連絡するよう」

 ラインハルトと三葉は士官食堂ではなく艦隊司令官としての住居室に入った。また二人っきりになったので三葉が訊いてみる。

「あのノルデン少将さんのこと、ラインハルトさんは嫌ってるんですか?」

「わかるのか」

「なんとなく」

「うむ、女性の勘というやつか…」

 ラインハルトは通信で従卒に昼食を2人分もってくるように言い、三葉のためにイスを引いた。

「どうぞ、座って」

「ありがとうございます」

 立ちっぱなしだったので座れるのは嬉しい。テーブルを挟んで二人で座った。

「ご察しの通り嫌っている。公言してもいいが、まあ黙っているのが大人というものだろうな」

 すぐに昼食が運ばれてきて、食べながら午後の予定を説明される。

「午後からは避難訓練を行う」

「避難? ………やっぱり危険なんですね…」

 三葉が不安そうに問うと、ラインハルトは優しさと厳しさ、どちらを表情に出そうか迷い、結局は優しさを選んだ。

「フロイラインミツハ、この艦は旗艦ゆえ安全度は高い。だが、万が一ということもある。そんなときに安全にシャトルで脱出する訓練なのだ。しておいて損はない。………それに、フロイラインミツハのいた平和な時代でも、避難訓練はしておいて損はないと……いや、まあ、何でもない。ともかく、ここにいるからには、万が一のとき一人でもシャトルに乗り込めるよう手順を覚えておいてくれ」

「わかりました」

 食事が終わると、二人でシャトルに乗り込み、艦外へ出て、くるりとタンホイザーの周囲を遊覧飛行した。

「うわぁぁ……」

「やはり、見ごたえがあるかな?」

「はい、すごく……」

 三葉は巨大な戦艦を見て感嘆している。ラインハルトは説明を始めた。

「前方に主砲をはじめ武装が集中している。後方は動力部、中央が居住区と艦橋になる」

「へぇぇ……」

「しっかり覚えておいてほしい」

「はい」

「では一度、艦に戻り、フロイラインミツハが一人で操作して同じことをやってもらう」

「え………」

「大丈夫、私もついてはいく。ただ、操作は一人でやってほしい」

「…はい……やってみます…」

 シャトルが艦に戻り、わざわざ一度、艦橋まで戻ってから三葉の判断だけで艦内の通路を進み、シャトル発着装置まで行き、乗り込む操作も三葉が挑戦するけれど、一度は見たものの、モニターや計器に表示されているのがドイツ語なので読めない。もたついていてもラインハルトが優しく指示してくれた。

「このボタンを押して。やはり、キルヒアイスが予想したとおり会話はできても、文字は不自由するのだな。夜にはドイツ語の勉強をしていただく」

「……はい…」

「では、艦に戻り、次は射撃、ブラスターの使い方を習得していただく」

「………やっぱり、撃つことが……あるんですか?」

「万が一、もしもというときに身を守る訓練ですよ、大丈夫、万が一です」

 艦内の射撃場に行き、ブラスターの撃ち方を説明されて撃ってみる。

 ピシュゥン!

 一発目から的に当たった。

「フロイラインミツハは筋がいい」

「………3メートルしか離れてなければ、当たりますよ。お世辞はいいです」

 見え透いた世辞を言われて三葉は少し疲労感を覚えた。

「そうか、すまない。では次は10メートルで」

「はい」

 だんだんと遠くなる的に、それでも身体が覚えていてくれるのか、集中して狙えば当たるけれど、集中力がきれると外してしまう。三葉がタメ息をついた。

「はぁぁ……」

「はじめてにしては、とてもいい成績だ。世辞ではなく」

「ありがとうございます。この銃って、ぜんぜん反動がないんですね。オモチャみたい」

「うむ、旧式の火薬銃は私も撃ったことがあるが、かなり反動が大きかったな」

 以前の古式決闘戦を思い出しているラインハルトの前で、三葉がブラスターの発射口を覗いている。

「どういう仕組みで動いてるのかなァ…」

「っ?! 何をしている?!」

 ラインハルトが怒気をはらんだ声をあげると、三葉がビクっと身を縮めた。

「この…」

 この大バカ者が、と怒鳴りつけそうになってラインハルトは握った拳を反対の手で押さえ込む。

「……落ち着け……相手はフロイラインだ……そうだ、オレたちの方が悪い……勝手な都合を押しつけて……ハァ……そうだな、キルヒアイス……オレは発射口を覗くな、という説明をしなかった。うむ、オレの方が悪い、そうだな、キルヒアイス、お前が帰ってきたら、オレを誉めてくれ、オレは我慢したぞ」

 ラインハルトは三葉へ背中を向けて心の中のキルヒアイスと会話すると、笑顔をつくった。

「フロイラインミツハ、大切なことを説明し忘れていた」

「は…はい…」

「発射口は絶対に覗いてはいけない。たとえエネルギーパックが入っていなくても」

「はい、す、すみません」

「もちろん、友軍に向けてもいけない。向けていいのは的と敵だけだ」

「はい、わかりました」

「では次は動いている的を狙ってもらう」

「……少し休憩させてもらえませんか?」

「そうだな。では、ブラスターの訓練が終わったら休むとしよう」

 そう言ってもらえたけれど、三葉は動的射撃の後には、物陰に隠れてから打つ訓練や、伏せて打つ訓練、さらには模擬戦用のブラスターに替えてラインハルトとの射撃戦を経験させられてから、ようやく休憩になった。

「よし、10分間の休憩の後、次は小銃と小火器の訓練を行う」

「……はい…」

 すぐに終わった休憩の後で小銃や携帯型の小火器の扱いを学び、午後5時になった。

「少し早いが夕食にしよう」

「はい!」

 まだ混雑していない士官食堂の使い方も教わり、食事が終わるとラインハルトが当然のように言ってくる。

「シャワーを浴びた後、装甲服に着替えていただく」

「え……」

「あ、ああ、もちろん、シャワーがイヤなら省略してもいいが、射撃訓練で汗をかいたから、その方がよいかと思うのだが、どうだろう?」

「いえ、その…シャワーはいいんですけど、装甲服というものに着替えて、何をするんですか?」

「むろん、白兵戦の訓練をしていただく」

「……まだ、続くんですね…」

「すまない。お互いの安全のためだ。いろいろな状況に対応できるよう。一通り学んでほしい」

「……わかりました……頑張ります」

 疲れてきた三葉は、それでもシャワーを浴びてから装甲服の着方を教えてもらい、格闘戦で身を守る方法を教授された。

「では、次は攻撃の方法だ」

「……はい…」

「攻撃は主に戦斧、ナイフ、そして素手となる」

「………はい…」

 だいたいは身体が覚えていてくれるので実演され、真似してみるとできるけれど、やっぱり疲れる。体力はある感じがするけれど、精神的に疲れてくる。軍事知識も教えてもらうと、忘れていたことを思い出すかのように頭へ入り、記憶の引き出しが整理されるようになっていくものの、やっぱり大変だった。

「…ハァ…ハァ…あの、そもそも、こんな戦い方をすることってあるんですか? さっきのブラスターで決着がつくんじゃ?」

「あ、そうか。ゼッフル粒子の説明を忘れていた。休憩がてら説明しよう」

「………」

 休憩中にも、いろいろと説明され、午後8時なって装甲服のまま艦橋に戻った。ノルデン少将が驚いて声をかけてくる。

「どうしたのですか? そのような姿で」

「これより全艦規模での模擬白兵戦を行う」

「「えぇぇ……」」

 三葉とノルデン少将が異口同音したけれど、ラインハルトは指令を発する。

「艦内の各員に告ぐ! これより全艦規模での模擬白兵戦を行う! まず陸戦要員を7対3に分け、7を侵入した敵兵、3を守備兵とし、陸戦要員でない者も艦航行に差し障りのない者はすべて守備側として参加するよう! 敵軍の勝利条件は司令部要員の制圧、防衛側は司令部要員を守りきるか、シャトルにて脱出させれば良いとする!」

「「…………」」

 三葉とノルデン少将が、やる気無さそうに聴いているし、他の艦橋要員も金髪の司令官が急に言い出した模擬戦を迷惑そうにしている。すでに、午後8時を過ぎていて夕食も終わり、艦内の全員が舌打ちしたくなるような指令だったけれど、それはラインハルトも自覚していた。

「むろん、時間外超過勤務手当は支給される! さらに、勝利側へは今月の私の給料をすべて差しだそう! 一個艦隊司令官の給料だ! 男子に二言はない! 15分後、模擬戦開始とする!!」

 個人的な報償の設定により、一気に艦内が沸き立った。

「やるぞ!」

「こっちは守りきるか脱出させればいいだけだ!」

 遮音力場をこえて響いてくるほど艦橋要員も盛り上がっているけれど、三葉とノルデン少将だけは興味が無さそうにしている。

「……お金もらっても……」

「私は白兵戦が苦手でして、この演習はパスさせていただきたいのですが…」

 貴族出身らしい発言にラインハルトの瞳がギラリを光った。すでに三葉に対して忍耐と優しさを一ヶ月分は差しだしているので、容赦なく怒鳴る。

「ノルデン少将! 苦手なればこそ訓練するのが道理であろう!!」

「ぅぅ……」

「さっさと装甲服に着替えてくるのだ! もっとも、そのまま参加でよいなら、そうしているがいい!」

「はっ…」

 仕方なくノルデン少将が更衣室へ走っていく。三葉は艦橋の階段に座り込んでいる。

「……おうち帰りたい……男子に二言はなくても女子には、二言、三言いいたいことがあるよ…」

「フロイラインミツハ」

 キルヒアイスの肩が見たことがないほど落ちているので、ラインハルトは今までの生涯に無いほど、優しく、そして申し訳なさそうな顔で告げる。

「巻き込んで済まない。だが、お互いの安全のためなのだ。万が一、この艦に敵兵が侵入した場合、どういう対処がされ、フロイラインミツハが、どう動くのが最適か、学んでおいてほしいのだ。頼む」

「……は…い…」

 三葉は祖母の顔を思い出した。小さな頃から参加させられた神事の舞いや祝詞の練習は三葉が疲れたといっても、やりたくないといっても、優しく厳しく予定通りに進められた。まったく二人の顔は似ていないけれど、三葉にはラインハルトと一葉が重なって見えてきた。

「状況開始します!」

 模擬戦が始まる。右舷から侵入したと想定された敵兵に対して、ラインハルトは防衛陣を構築していくけれど、もともと陸戦要員が3に対して敵側が7なので、じわじわと押されていく。ノルデン少将が不安そうに提案してくる。

「そろそろシャトルへ移動しませんか?」

「いや、まだだ。この状況で艦を捨てるのは早い」

 気質的に逃げるのが好きではないため、自ら設定した勝利条件を満たすより、より実戦に近い判断をしていたけれど、敵側はラインハルトたち司令部要員が早々に逃げ出すと想定してシャトル方面への兵力を大きく割いていた。おかげで艦橋を守りつつ、敵兵力を待ち伏せによる逆襲で減らしていけたけれど、結局は艦橋への侵入をゆるした。

「突破されました!」

「迎え撃て!」

 艦橋に雪崩れ込んできた敵兵は15名、もともと白兵戦の訓練が少ない艦橋要員は報奨金ほしさに奮戦したけれど、やはり倒されていく。三葉も倒されないことを目標に戦っていた。

「ハァ…ハァ…ぅう…ノルデン少将さん、もう、やられたの?」

「ははは、すみません。白兵戦は苦手で」

 なるべく痛くないように殴られて倒れたノルデン少将は立ち上がらず、もうダメージ判定をほしがっている。ラインハルトは後ろから蹴ってやろうかと思ったけれど、もともと期待していなかったので自制して三葉に叫ぶ。

「キルヒアイス! 私の後ろにいるんだ!」

「ハァ…ハァ…」

「キルヒアイス! こっちだ! キルヒアイスぅぅ!」

「………あ、私か…」

 そう言って振り返った瞬間、敵兵に打たれてダメージ判定をもらった。

「あう……ごめんなさい…」

「いや、よくやった。想定以上に」

「へへへ、とうとう、お一人ですな。金髪の司令官どの」

 敵兵がラインハルトだけになったので嬉しそうに近づいてくる。

「だが、貴様らも3人だ」

「3対1、もう降伏していただいて、けっこうですよ」

 そう言われて降伏する性格なら、とっくにシャトルへ向かっていたので、奮戦してラインハルトは3人の陸戦要員を倒しきった。

「ハァ…ハァ……我々の勝ちだ」

「「………」」

 これが実戦だったら、たった一人、艦内に残った司令官、という状況で、それはそれで勝ちなのだろうか、と三葉とノルデン少将は疑問に思ったけれど、余計なことは言わないでおく。

「模擬戦終了です! 守備側勝利!」

「司令官万歳!」

「ミューゼル閣下万歳!」

「…ちっ……最後の最後で…」

「…くそっ……白兵戦が得意な艦隊司令官って、どうだよ…」

「…自分が暴れたかっただけじゃねぇのかよ…」

 報奨金がもらえる方は喜んでいるし、負けた方は悪態をついている。それでも年齢のわりに頼もしい艦隊司令官で部下を置いて逃げ出す可能性は低そうだと感じられていた。

「フロイラインミツハ、よく頑張ってくれた」

「…逃げ回っただけですけど…」

 そう言いつつも三葉も疲れた顔で嬉しそうに微笑み、装甲服を脱いで自室に戻ったけれど、ラインハルトがドイツ語と日本語が併記されたキルヒアイス手製の学習帳をもってきたので、子供が嫌がるように首を横にイヤイヤと振った。

「…うう…」

「フロイラインミツハ、もう少し頑張ろう」

「もう10時ですよ。少しは休ませて……」

「あと2時間だ。頑張ろう」

「………鬼……」

「本当に、すまない。だが、次にフロイラインミツハが入れ替わって来たとき、そこが戦場でないとは限らない。今のうちに頼む」

「………………金髪の鬼」

「大丈夫、キルヒアイスが言っていたが、すぐに覚えられるそうだ。もともと会話は成立するのだから、普通に言語を習得する何倍も早く」

「……こいつは……赤鬼だよ……」

 三葉は赤毛の頭を抱えつつ、学習帳に12時まで向かった。

 

 

 

 キルヒアイスの瞳がイヤイヤ勉強している子供のような目から、穏やかな貴婦人のような瞳に変わり、そしてキルヒアイスとしてラインハルトを見上げた。キルヒアイスは机に向かって学習している姿勢だったし、ラインハルトは隣にいて教えている体勢だった。

「家庭教師のようなラインハルト様を見ることができるとは思いませんでした。案外、ラインハルト様も教師に向いているかもしれませんよ」

「はぁぁぁ……やっと、戻ったか。疲れたぞ、オレは!」

 ラインハルトはベッドに倒れ込む。

「キルヒアイス、オレを誉めろ! これほど忍耐と優しさを総動員したことは、かつて無いぞ!」

「それは、ご苦労様です。三葉さんの方も疲れたでしょうね」

「そうだろうな………外見がキルヒアイスだから、つい忘れそうになるが、17歳のフロイラインに一日で叩き込めるだけ叩き込んだのだ。ひどいことをしているとは思うが……あいつめ……なかなかに口が悪い…」

「彼女は、何と?」

「金髪の鬼」

「クスっ…、それは、それは」

「お前のことは赤鬼と言っていたぞ」

「このカリキュラムを考えたのは、私たち二人ですから、そう思えるでしょうね。それで三葉さんであるときの私は、どうでしたか?」

「まあ、素材がいい、というか、キルヒアイスの身体だからな、白兵戦はそこそこ、射撃も悪くない。もう2、3回、訓練すれば、お前の半分くらい。半人前キルヒアイスにはなるだろう」

 ラインハルトが起き上がって問う。

「お前の方は、どうだった?」

「もともとが平和な時代の、ごく平和な国ですから、学校に行って帰る。それだけです」

「羨ましいことだな」

「興味深いのは、やはり彼女の父親ですね」

「ほお、どんな父親だ?」

「誠実そうな政治家です。しかも、選挙の真っ最中で公約なども配布されています」

「ん? テンノウが君臨するのではなかったか?」

「君主は象徴に過ぎず、国政も地方自治体の運営も共和主義的な選挙によって選出されていますよ」

「ふ~ん……」

 そう言ってからラインハルトは三葉と同じ反応を自分がしたことを自覚して、笑った。

「なるほど、どうでもいいことだ」

「お疲れでしょう。もうお休みください」

「お前も疲れているだろう?」

「そうですね……身体は不完全燃焼というか、全力で白兵戦をしたかった身体が、とてもハンパなところで終了のホイッスルをもらったような感じです」

「アハハハ、そうだろうな。さて、寝るとしよう」

 そう言ってラインハルトは退室し、キルヒアイスも一人になると、すぐに眠った。

 

 

 

 三葉の貴婦人のように伏せられた睫毛が、イヤイヤ夜中まで学習させられている小学生のような目で開いた。

「Schlachtschifft…戦艦…あ! やっと戻った!!」

「お帰り、お姉ちゃん」

「はぁぁぁ……殺されるかと思ったよ」

「戦場だったの?」

「くうっ…ううっ! 戦場! こっちが戦場だよ!」

 三葉が下腹部を押さえて丸くなったので、四葉は察する。

「二人とも大変だね。朝から夜12時まで」

「うぅぅ……た、…立たせて…」

「はいはい」

 四葉が布団から三葉を起き上がらせるけれど、精神的に消耗しきっていた三葉は布団の上で力が抜けてしまった。

「やぁあぁあぁぁあぁ……」

「………」

 四葉が見ている前で、ぽろぽろと三葉が涙も零している。

「ひっ…ひっく…うぅ…ぐすっ…おもらしじゃないから……これはヨガだから…」

「そうだね。大宇宙と一体になるヨガだったね」

「ぐすっ…ううっ…私……今日、頑張ったのに……」

「そうなの?」

「頑張ったもん! お客さん扱いしてくれたのは最初だけで、あとは訓練! 訓練! それが終わったら10時から12時まで勉強だよ! ひどいと思わない?!」

「……かなりスパルタだね」

「ぐすっ…誉めて、私を誉めてよ、四葉」

「うん、頑張ったね、お姉ちゃん、よしよし」

 妹に頭を撫でてもらっても濡らした布団の真ん中にいると余計に悲しくて再び泣けてきた。

「ぐすっ…ひっく…ふぇぇん! ふわぁぁん!」

「はいはい、大きな声で泣かないの。お婆ちゃん、寝てるから」

「ひっく……お布団どうしよう…」

「干せば乾くよ」

「これじゃ……おねしょしたみたいだよ……ヨガなのに…」

「ヨガだから恥ずかしくないよ」

「ぐすっ……今夜……寝るところが……もうヘトヘトなのに…」

 精神的にも疲労きわまっているし、肉体の方も普段はしない姿勢を維持していたのか、とても疲れている。もう横になって眠りたいのに、それができない。四葉が本当の優しさで背中を撫でてくれる。

「私の布団で、いっしょに寝ればいいよ」

「ぐすっ……ぐすっ…お婆ちゃんは私が、おねしょしたって思うかな……?」

「………」

「ヨガなのに…」

「もういっそ私が、おねしょしたことにしてあげようか? お婆ちゃんには、そう説明しようか?」

「……いいの?」

「いいよ、まだ10歳だし。ほら、お風呂に入って、もう寝よう。洗ってあげるから」

 本当に優しい妹と二人で入浴して身体を洗ってもらい、一つの布団で眠った。疲れていて、すぐに眠った三葉が寝言を漏らしている。

「…ぅう……鬼……金髪の鬼……」

「………」

 どんな世界を見てきたのか、四葉は想像しながら眠ったために、何百万匹という金髪の鬼のような宇宙人が地球へ侵略しに来る夢を見て朝を迎えた。

「はぁぁ……変な夢だった」

「ぐすっ……」

 三葉は眠りながら、まだ泣いている。

「よしよし」

「………っ?! あ、よかった、こっちだ」

 目を開けた三葉は自分の部屋ではなく、四葉の部屋だったので一瞬焦ったけれどホッと安堵している。

「おはよう、お姉ちゃん」

「…うん……おはよう…」

「そろそろ起きないと、また遅刻するし」

「………」

 まだ寝ていたそうな顔で三葉は起きて着替える。

「…あ……スカートが…」

 制服のスカートは濡らしてしまったので入浴時に洗って乾燥機に入れてある。

「……四葉、ごめん、スカートを取ってきて………あと、……その、夕べの……ヨガ…」

「うん、わかってる」

 四葉は返事をして一階におりた。そして脱衣所から台所にいる祖母に言う。

「ごめん、お婆ちゃん、夕べ、おねしょしちゃった」

「あらあら、じゃあ、お布団、干しておくね」

「お婆ちゃんには重たいから危ないよ。お姉ちゃんに手伝ってもらって干しておくね」

「そうかい、じゃあ、そうしておくれ」

「北側に干すけど、南側に移したりしないでね」

 自宅が神社と近いので、毎日のように高齢者の参拝があり、目立つ側には干さないでほしいと念押しした四葉は乾燥機から姉のスカートを出して二階へあがろうとしたけれど、祖母が脱衣所に来た。

「四葉、濡らしたパジャマとパンツは洗濯機に入れておいて…」

「………」

「………」

 四葉のパジャマは濡れていないし、急いで姉のスカートは背中に隠したけれど、見られてしまった。

「しー…」

 四葉が人指し指を唇にあてると、一葉は孫娘の頭を撫でた。

「いい子だね。四葉」

 小さな声で言った祖母は台所に戻っていく。四葉は二階に戻って姉にスカートを渡して二人で布団を干して、それぞれの学校へ向かう。三葉は路上で早耶香と克彦に出会った。

「おはよう、三葉ちゃん」

「おはよう、三葉」

「おはよぉー…」

 元気が無さそうな三葉を見て早耶香が言う。

「今日は電池切れみたいやね」

「私はロボットか……あ、テッシー、昨日は、ありがとうね」

 布団を干すときに四葉から聴いていた上級生にからまれた件の礼を言った。

「おう。いいってことよ」

 そう言って克彦がガッツポーズすると、三葉は気になったので克彦の上腕二頭筋に触れる。

「ふ~ん……普通は、これくらいか…」

「…ま、まあな。何と比べてだよ?」

「ううん、何でもない」

「テッシーは普通より、逞しい方だよね」

 早耶香が言って、反対の上腕二頭筋に触れた。三葉より、ゆっくり長く触れる。

「ほら、テッシーって現場の手伝いもしてるから、運動部よりあるくらいだよね」

「ま、まあな」

 今日から筋トレしよう、克彦は決意しながら二人と登校した。

 

 

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