「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第7話

 

 

 キルヒアイスは三度目になる体験だったので落ち着いて起き上がった。

「制服がない……私服? 今日は日曜日か」

 三葉の制服はクリーニングに出されていて部屋に無く、私服がセットになって置いてあったので目を閉じて着替えた。

「三葉さんの予定は……」

 置いてあった手紙を読んだけれど、とくに予定はない様子で身体に触れないでほしいことが繰り返し書かれているだけだった。

「三葉さんの方は予定なしか。………けれど、ラインハルト様の方は、おそらく今日にもティアマト星域で同盟軍と交戦状態に……このタイミングとは。………艦隊戦そのものはラインハルト様なら問題ないとしても、ノルデン少将との関係も……。心配しても何もできない。今は忘れて、三葉さんとして行動しよう」

 窓から空を見上げたけれど、ラインハルトがいるのは遠い銀河のイゼルローン回廊の向こう、しかも時代さえ違う。何もできないと悟り、気持ちを切り替えて女性らしい振る舞いを心がける。髪を整え、一階におりて顔も洗った。

「おはようございます」

「あら、おはよう、ジークさん」

 一葉の家事を手伝い、ゆっくり寝ていた四葉が起きてくると朝食をともにして、平日にはできない家事や神社の掃除を手伝って昼食が終わってから、一葉に問う。

「町の中を散歩してみたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええよ。手伝ってくれておおきにね。これ、ジークさんに」

 一葉が3千円を渡そうとしてくる。

「いえ、このようなお気遣いまでいただかなくても…」

「もらっておいて。使うところなんてコンビニと自販機くらいしか無いけんど、三葉の財布とは分けて持っていれば、ちょっとしたことに気兼ねのう使えるでしょう?」

「それは……たしかに…。ありがとうございます」

 まったく通貨を持たずに行動するのは不便かもしれないと受け取り、前回に克彦へ缶ジュースを買った分を三葉の財布に補給してから、ポケットに入れた。家を出て町を見て回る。

「キレイな町だ。ここが…」

 隕石落下のことを思い出しそうになって頭を振った。

「忘れよう。ティアマト彗星のこともティアマト星域のことも。おっと、いけない」

 つい男言葉になっているのを自覚し、アンネローゼのことを思い浮かべ、しっかりと真似をする。

「どこへ行きましょう。学校ではない方向がいいかしら」

 女性らしい足取りで歩き、すれ違う町の人にも挨拶しながら散歩していると、気になる車が通りかかった。

「今日は糸守町町長選挙の日です! みなさん、投票に行きましょう!」

 町の広報車が早耶香の姉の声を響かせて周回している。

「投票………」

 とても興味が湧く。

「あれが投票所……」

 歩いていると、すぐに投票所と書かれた看板が公民館に置いてあり、中に入ってみたいと思いつつも迷っていると、外でタバコを吸っていた町職員に声をかけられた。

「三葉ちゃん、どないしたん?」

 親しげな声のかけられかたなので、向こうは三葉の顔を知っているようだった。

「はい、その……もし、よろしければ投票所の中を見学させていただけないかと思いまして」

「ああ、なるほど。いよいよ興味が湧いてきたんか。ええこっちゃ。ほな、案内するわ」

 気さくに職員が案内してくれ、中に入ると投票箱や入場整理券の受付があり、立会人もいて、みんな三葉の顔を知っているようで歓迎してくれる。

「なんでも訊いてや」

「では、なぜ、あそこの机にはついたてがあるのですか?」

 三葉の指が投票用紙を書くための机を指すと職員が答えてくれる。

「そりゃ秘密選挙ちゅーてな。誰が誰に投票したか、見られたら書きづらい場合もあるやろ。本当に支持していて入れたい候補者に票を入れられるよう、横から見られんためのもんや」

「そんな配慮があるのですか……すばらしい町ですね」

「……。いや、全国どこでもあるはずやで」

「国中で……本当に、すばらしい国ですね」

「……まあ、そうやな…」

「あの人たちは、やはり監視役なのですか?」

 今度は立会人について訊く。明らかに投票箱を監視できるような位置に座っているので気になった。けれど、MPのような制服ではなく、ただの私服を着ているし、性別も年齢もまちまちで警察や軍の人間とは思えない。

「監視役ちゅーか、立会人は有権者の中からランダムに選ばれて、投票に不正がないか、見守る役やから、まあ、監視役ちゃー監視役やけど、どっちかというと、ワシら役人が不正をせんか、見張る役やね。もちろん、日当もでるよ」

「国民が役人を監視するのですか?」

「そうや。とくに開票作業は、しっかり立会がされるよ」

「国民が……役人を……よくこれほど、すばらしい制度を、どうやって築いてこられたのですか?」

「そ……それは、まあ……長年の努力ちゅーか、コンプライアンス的な? 公職選挙法も、じわじわ厳しくなるでの」

「……。厳しくなるというのは、やはり思想信条によって投票が制限されていくということですか?」

「いやいや、厳しくなるのは立候補者の方や。まあ、一番露骨なんが票の買収やけど、他にも選挙活動に使っていい金額も上限があるし、何より金権政治にならんよう、どんどん厳しくなっていっておるよ」

「…………」

 三葉の顔が感動している。

「三葉ちゃん、そんなに興味があるんやったら、お父さんの事務所に行ってきたらええやん。きっと、喜ばはるよ」

 そう言って職員が俊樹の選挙事務所を教えてくれる。教えられると、目立つ看板と幟旗が立っていたので、すぐにわかった。近づいていくと、運動員から声をかけられた。

「あら、三葉ちゃん、来てくれはったの。どうぞ、中に入って」

 運動員といっても、同じ色のエプロンをしただけの近所のおばさんで登校中に見かけたことがあるような気もする。選挙事務所は勅使河原建設の資材置き場にあるプレハブで中に入ると、必勝という文字が大きく書かれた紙が何枚も貼ってあり、中央には片目のダルマが鎮座している。そして、パイプイスが並び、20人くらいの町民がヒマそうに雑談していたけれど、三葉の顔を見ると一斉に声をかけてくる。

「おお、三葉ちゃん!」

「よう来たね!」

「まあまあ、三葉ちゃんやないの!」

「ぉ…お邪魔いたします…」

 圧倒されて返答に困るけれど、強く歓迎されている。それでも、しばらくして落ち着くと、俊樹が奥から顔を出した。

「三葉、どうして、ここに来たんだ?」

「すみません。ご迷惑でしたら、すぐに帰ります」

「いや、別に迷惑ではないが…」

 俊樹が対応に困っている様子だったけれど、運動員のおばさんが三葉の両肩を抱いてくる。

「ホンマは喜んではるんよ。あんな顔してても」

「……お父様が……」

「ま、…まあ、…来てくれて嬉しいが……どうした? 何か用事か?」

「…………」

 問われて三葉の瞳が迷い、それから決意して言う。

「お父様にお伺いしたいことがあります」

「そ…そうか…なんだ?」

「お父様にとって民主主義とは、どのようなものですか? 共和制を、どのようにお考えですか?」

「………」

「「「「「………」」」」」

 いきなりの質問に俊樹は目を丸くしたし、にぎわっていた町民たちも静かになる。

「………。三葉、ずいぶんと本質的な質問をするのだな」

 俊樹は娘の瞳を見る、とても真剣に問う、澄んだ瞳だった。

「わかった、私も真剣に答えよう」

 そう言って俊樹は咳払いをして語る。

「私の目指す民主主義とは、単に多数派の意向をもってよしとするものではない。むろん、多数派の求めることこそ最重要視するが、それは少数者を無視するということではない。多数派の代表が少数者に配慮しつつ、政治を采配することこそ肝要だ。こんな小さな町でも、ときに争いは起きる。我田引水という言葉があるだろう。昔は村内でさえ、水利一つをめぐって殺し合いになることもあった。人は利益を求めるし、生存を求める。ときに、それは衝突を招く。その衝突を防ぐために、話し合う。和をもって尊しというように、目指すところは、みなの合意が得られることだが、必ずしも全員が頷くとは限らない、それでも少数側に強い不満が残らぬよう、配慮した采配を行っていく。建設工事の発注もそうだし、農業用水の整備も、そうだ。保育園の増設だって必要だ。だが、予算には限りがある。その中で、どれを行い、どれを我慢してもらうか、配慮しつつ決める。その采配が最善でなくとも次善の範囲におさまり、皆さんが納得していてくれれば、私は来期も町長であるし、そうでなく失政や慢心があり、また何度も少数者への配慮を欠けば、それは重なって次第に多数者となるだろう、そして、人心は離れ、いずれは選挙に負け、去るのみとなる。そうならぬよう、町民の声を聴き、みなに配慮する。それが、私にとっての民主主義であり、共和制への考えだよ、三葉」

 黙って聴いていた三葉の頭が深くさげられた。

「お父様のご見識、感服いたしました。誇りに思います」

「三葉…………お前も大人になったな」

 俊樹は涙腺を指先で押さえて頷いた。静かに聴いていた町民たちも拍手してくれる。三葉の頭が町民たちへも向かってさげられた。

「お父様へのご支持まことにありがとうございます。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」

 三葉の唇が支持を願うと、近くにいた町民が握手を求めてくる。

「ええ娘さんに育って! おっしゃ、福井で仕事しとる弟にも声かけちゃるわ。住民票は、こっちのままやしな」

「おう、ワシも息子に声かけたるわ! あいつ、いっぺんも選挙に行きおらんし! いい加減、大人にしたる!」

「私も!」

「オレもや!」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 三葉の手が何人もの町民と握手を堅く交わしていくと、どうせ今回も俊樹が勝つだろうという事前予想でたるんでいた雰囲気が一変した。まだ、昼過ぎなので急いで親類縁者に声をかければ1票でも集まる。にぎわってくると、なにか手伝いたくなって俊樹に問うた。

「何か私にお手伝いできることはありませんか?」

「う~む……未成年者の選挙運動への参加は禁止されているのだよ。気持ちは嬉しいが……みなさんに、お茶を淹れることくらいかな……」

「わかりました」

 そう言って、お茶くみをしながら三葉の唇が頑張っている運動員たちに微笑みかけると、より頑張ってくれる。そうしているうちに、日が暮れて開票時間が迫ってきた。そろそろ帰宅しなければ、とも考えるけれど、どのように選挙が終わるのか、とても興味があり知りたい。

「三葉、夕食もこちらで食べていきなさい。まあ、オニギリくらいしかないが」

「ありがとうございます」

 礼を言って心配をかけないよう三葉のスマフォで家に電話をかけた。

「もしもし、宮水です」

 四葉の声がする。

「三葉です」

「ああ、お兄さん。遅いから心配してたよ」

「すみません」

「まだ帰ってこないの?」

「はい、お父様の選挙結果を見守りたいのです」

「……………そんなの面白い?」

「とても興味深いです」

「そっか……それなら仕方ないか」

 電話を終え、時計を見ると8時だった。俊樹がマイクを持ち、事務所内にいる町民たちに挨拶する。

「ただいま投票が閉め切られ、いよいよ開票となります。本日までの皆様のご支援、まことにありがとうございました。今暫くお時間をいただけますよう、よろしくお願いいたします」

 町民たちと三葉の手が拍手をして、そして静かに待つ。開票作業が始まって15分で選挙管理委員会が当確を町内放送で流してくる。早耶香の姉の声が事務所内に響く。

「こちらは糸守町選挙管理委員会です。本日開票されました町長選挙の結果を発表します。当選、宮水俊樹さん。繰り返します、当選、宮水俊樹さん。以上です」

「万歳!」

 誰かが叫ぶと、すぐ続く。

「宮水先生、万歳! 糸守町、万歳!」

「お父様、万歳! 民主主義、万歳! 共和制に栄光あれ!」

「「「「「……。万歳!! 万歳!!」」」」」

 娘さんが少し変なことを叫んだけれど、若い子の言うことなので町民たちには深く気にされず、みんなが万歳し、俊樹はダルマに目を入れる。どういう風習なのだろうと、見ていると若い美人の秘書が声をかけてきた。

「宮水先生への花束の贈呈役をお願いします」

「…はい」

 一瞬躊躇したけれど、娘という立場なので儀礼上、当然だと判断して花束を持ち、俊樹に近づく。

「お父様、ご当選、おめでとうございます。これまで以上のご健勝ご活躍を祈念いたしております」

「うむ……うっ、うむ!」

 花束を受け取った俊樹が涙ぐみ、上を向いて涙を流すまいとしたけれど、ダクダクと涙が溢れてきた。

「宮水先生が泣いてはるわ。そら娘さんに祝ってもろたら嬉しいわな」

「ぐすっ…これは目の玉が汗をかいておるのです」

 実娘と似たような言い訳をして泣き笑いになっている。感動が伝染して、三葉の目尻も濡れた。

「本当におめでとうございます。お父様」

「ああ、ありがとう、三葉」

「お二人とも記念撮影をいたします。こちらを向いてください」

 撮影が終わり、さすがに酒宴になると未成年なので帰宅する。玄関に入る前に、ふと違和感に気づいた。

「……なぜ、お父様と三葉さんたちは同居されていないのでしょう……」

 今さらながら、気になった。

「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません」

「おかえり~ぃ」

「おかえりなさい」

 四葉と一葉が迎えてくれた。

「選挙なんか面白かった?」

「はい、とても興味深いもので感動いたしました」

「そっか。………」

「……。立ち入ったことを訊くようですが、お父様と三葉さんたちは、なぜ、同居されていないのですか?」

「………」

 四葉が無言で一葉を見る。

「ジークさん、立ち入ったことはお訊きにならないでください」

「はい、大変失礼いたしました、どうぞ、お許しください」

「私はもう休ませていただきますね。四葉も夜更かしはダメよ」

 そう言って一葉は寝間へ入り、四葉も自室で布団に入る。一人になって三葉への手紙を書き終えると、三葉のスマフォを使って公職選挙法について調べているうちに12時前になった。

「お兄さん、入るよ」

 寝ていたはずの四葉が起き出してきて入室してくる。なぜか、背中にバケツと雑巾、タオルを隠すように持っていた。

「四葉、それは何ですか?」

 あいかわらず貴婦人のように問うと、四葉も宮廷文化のことを午前中に聞いていたので、恭しく膝をつき、頭を垂れて答える。

「口の端にのぼらせるのも憚り多きことなれば、どうか、お気になさらず」

 クラウス・フォン・リヒテンラーデのように見守る四葉の前で、三葉の身体は布団へ横たわると、穏やかに目を閉じた。

 

 

 

 第三次ティアマト会戦が三葉の眼前で開戦していた。前衛のミュッケンベルガー元帥の艦隊が、すでに同盟軍と砲火を交えている。三葉は指揮席の隣りに立って、かなり遠くに見える戦闘の光りを見ており、ラインハルトが余裕をもって問う。

「どうかな、フロイラインミツハ、艦隊戦を見ての感想は?」

「……あの光り……あの爆発で人が死んでいるんですか?」

「そうだな。艦の大きさによるが、数百人から千人単位といったところか」

「………」

 怖いような、怖くないような、まだ実感が湧かない三葉が緊張しないようにラインハルトは会話を続ける。

「もし、フロイラインミツハなら、どんな風に艦隊を動かして戦うかな?」

「素人に訊いても仕方ないと思いますが……」

「素人の発想が新しい戦術を生むかもしれない、というのは冗談だが、何か無いかね?」

「たしか、武装が艦の前方に集中しているから包囲して十字砲火にするか、相手の側面や後背をつく方が優位なんですよね。だったら、相手艦隊の後方にワープして攻撃したら、どうですか? それか、ワープするミサイルでも作って敵旗艦に撃ち込めば早いんじゃ?」

「なるほど、ワープするミサイルか、やはり面白いことを言う。すばらしい発想力だ」

「それ、誉めてないでしょ」

「いや、失敬。まず、基本を教えていなかった私が悪い。ワープというのは繊細なガラス細工のようなもので、そうそう簡単にはできない。準備にも時間を要するし、ワープに入る場所はもちろん、ワープから出て行く先の空間にも、無視できるほど星間物質が無い状態であることが必要なのだ。たとえば、1光年先の空間を観測したとき、その情報はいつのものだと思う?」

「一年前ですか」

「そうだ。見通せる先の安全を確認しつつワープするのだが、1年前の情報では不安定要素が大きい、ゆえに既存の航路であれば安全である蓋然性が高いが、まったく知らぬ宙域を進むには、かなりの時間と労力を要する。そして、たとえば地球と近いシリウスまで何光年か、知っているかね?」

「8.6光年ですよね」

「ほお、よく知っていたな」

「私の住んでる町は星がキレイで有名だから、ちょいちょい話題になるんですよ」

「なるほど。で、地球とシリウスまで1光年ずつワープしたとして9回のワープになるが、もしも太陽系とシリウス星系の間で戦闘することになっても、たいていは、どちらかの星系内で行うことになり、あまり途中の宙域で会敵することはない。なにしろ、宇宙は広いからな。だが、広い反面、狭い部分もある」

「イゼルローン回廊みたいな?」

「そう。あそこまで狭くないにしても小惑星帯でも低速で隠れるにはいいが、高速で動けばたちまち衝突してしまうし、ワープなど、もっての他だ。ワープは、ほとんど何も無いことが確実にわかっている宙域でしか行えず、逆に戦闘は隠れるに最適な小惑星帯やレーダーの邪魔をする星間物質が多い星系内で行われる。そういうわけで、戦闘中のワープは、ほぼできないわけだ」

「あ……味方が押されてませんか?」

 三葉が前方のモニターに映し出されている彼我陣形図を指した。同盟軍の第11艦隊がホーランド中将の指揮で猛攻をかけてきている。その突撃に帝国軍の前衛は混乱しつつあった。ノルデン少将もラインハルトへ近づいてきた。

「敵の艦隊運動、なかなかに見事ですな。我が軍が押されている」

「ふんっ……速度と躍動性にはすぐれているが、他の部隊との連携を欠き、補給の伸長を無視している」

 ラインハルトの指摘通り、第5艦隊のビュコック中将と、第10艦隊のウランフ中将は動かず、ホーランド艦隊のみが孤軍奮闘し、ミュッケンベルガー艦隊を押している。ノルデン少将が提案してくる。

「我々も手をこまねいて見ているばかりとはいきますまい。前進して攻撃に参加しては、どうですか?」

「いや、ここは後退だ。全軍! 後退せよ!」

 ラインハルトが麾下の艦隊を後退させる。

「ここは後退して味方にも後退するスペースを与えるのがよい。我々が前進しては、かえって混乱が増すばかりだ」

「「………」」

 ラインハルト艦隊が後退したことを攻勢の好機と見たホーランド艦隊は、さらに激しく突撃を繰り返し、ミュッケンベルガー艦隊は陣形が崩れていく。ラインハルトが立ち上がって言う。

「なぜ、敵の無秩序な動きに合わせて、無意味な混乱を繰り返すのか、なんというていたらくだ」

「………」

 それなら、そろそろ味方を助けに行った方がいいんじゃないかな、と三葉は思ったけれど、黙っている。それでも顔に出ていたのでラインハルトが問うてくる。

「どうした、キルヒアイス、何か言いたいことがあるようだな?」

 近くにノルデン少将がいるのでキルヒアイスと呼びかけられて三葉は少し遅れつつも反応する。

「あ、はい。…あの、そろそろ少しは攻撃に参加した方がいいんじゃないかな、と。余計なお世話かもしれませんが」

「なるほど」

「キルヒアイス少佐の言う通りですぞ。ここは前進して攻勢に出ましょう」

「……」

 お前には訊いていない、と言いそうになりラインハルトは冷静を保つためにキルヒアイスの前髪を触りたくなったけれど、今は中身が三葉なので遠慮してタメ息で誤魔化した。

「はぁぁ……二人とも、よく聞くがいい。敵の動きは、まもなく行動の限界点に達し終局するだろう。そこを待って攻勢に出て、一挙にこれを叩く」

「なるほど、敵が行動の限界に達するまで待つとおっしゃる。それは一年後ですかな、それとも百年後ですかな」

「………」

 あ、イラっとする喋り方する人だなぁ、と三葉が思っていると、ラインハルトは猛烈に苛ついて拳を握り、それから冷静になろうとしてキルヒアイスの前髪を見つめる。

「………」

「………」

 え、なにヘルプアイ? 何を求めてるの、と三葉は困った。ラインハルトは右手でキルヒアイスの肩に触れた。肩くらいならいいかな、という判断だったし、別に三葉もイヤではない。

「キルヒアイス」

「はい…何ですか?」

「いや、呼んでみただけだ」

「……」

 さらに戦局が推移し、とうとうミュッケンベルガー艦隊が瓦解しかかっている。それを見ていると、三葉は少し怖くなった。味方を圧倒した敵艦隊が、次はこちらに来るかもしれない、という本能的な恐怖だったけれど、それはノルデン少将も同じだったようで提案してくる。

「こうなっては退却するしかありますまい。損害を被らぬうちに、さっさと撤退いたしましょう」

「いや、今一歩で敵の攻勢は止まる。それを待って一挙に撃つのだ」

「それは机上の空論、そのような妄想に拘泥せず、ここは潔く撤退を」

「黙れ!!」

 とうとうラインハルトが怒鳴り、さらに怒鳴りつけようとするものの、攻勢に出る好機が到来し、ホーランド艦隊の動きが止まったので指令を出す。

「今だ。全艦、主砲斉射3連!!」

 命令に従い、艦隊が主砲を斉射する光りの帯がホーランド艦隊を撃ち、薙ぎ倒していく。

「第2射用意! ファイエル!」

 二度目の斉射で戦局は一変し、ホーランド艦隊は瓦解した。三葉が感動して声をあげる。

「うわああ! すごい!!」

「フっ…」

 ラインハルトも嬉しそうに微笑み、グッと拳を握った。ノルデン少将が提案してくる。

「すばらしい……さあ、ここは一挙に追撃いたしましょう。もはや敵は烏合の衆」

「うむ………」

 ラインハルトは少し考え、キルヒアイスの顔を見て首を横に振った。

「やめておこう。残敵掃討の功など、他の提督に分けてやる」

 そう言って追撃はしなかったけれど、ミュッケンベルガー艦隊の残存戦力は復讐とばかりに殺到し、追撃していくものの、待ちかまえていたビュコックとウランフの両艦隊に逆撃に遭い、そこで戦闘は終了した。

「すごいですね、ラインハルトさん」

「フフン」

「たった二回の攻撃で勝っちゃうなんて」

「敵の動きを見極め、好機を突けばよい、それだけのことだ」

「すごい、すごい!」

 キルヒアイスの顔が強く感動してキラキラと輝く瞳で見てくれるのはラインハルトとしても、かなり嬉しい。ラインハルトは艦隊戦についてのイロハを語りつつ、艦橋で撤収の指揮を執り、三葉も12時の10分前まで艦橋で見学して、ラインハルトに言う。

「すいません。そろそろ入れ替わるので、部屋に戻っていいですか」

「ああ。お疲れ様、フロイラインミツハ」

 キルヒアイスの身体が艦隊司令官より先に休息するのを艦橋要員は不思議そうに見ているけれど、三葉は艦内の自室に早歩きで戻ると、紙にペンで、大勝利、とだけ書いてイスに座って構える。

「あと30秒。………四葉の前で3回もとか、ありえないから。今度こそ、私も負けない。勝つ、きっと勝つ。行動の限界点に達するまでに」

 姉として守りたいものがあった。

「3、2、1!」

 ぐっと下腹部に力を入れて臨戦態勢をとった。

 

 

 

 キルヒアイスはイスに座って構えていた姿勢を不思議に思ったけれど、目の前にあった大勝利という文字を見て立ち上がった。

「ラインハルト様が勝った! お勝ちになった!」

 負けるはずがないとは信じていたけれど、何もできずに過ごした一日の不安を打ち消してくれた三葉の文字に感謝しつつ艦橋へあがった。

「ラインハルト様」

「その顔は知っているな。そうか、手紙か。フロイラインミツハめ、オレの楽しみを横取りしおって」

 そう言いながらも嬉しそうに艦隊戦の経緯をキルヒアイスに語って聞かせた。

「さすがは、ラインハルト様です」

「フ、だが、フロイラインミツハは、もっと嬉しそうな顔をしてくれたぞ、キルヒアイス」

「そう意地悪を言わないでください。私はラインハルト様の勝利に慣らされているのですから」

「そうだな、そうだった。これまでも勝ってきた。そして、これからも勝つ」

「はい、ラインハルト様」

「お前の方は、どうだった?」

「こちらも勝利です!」

「勝利? 何に?」

「選挙に勝ったのです! 三葉さんのお父様が! 再び町長に選出されました!」

「そうか、それはめでたいな。イゼルローンに帰ったら祝杯といこう」

 二人は喜びを分かち合いながら凱旋していった。

 

 

 

 四葉は階段を拭いた雑巾を洗い終わるとバケツとともに片付けて、自分も裸になると風呂に入った。先に入浴していた姉は湯船に目元まで浸かって零れる涙を誤魔化している。

「…………」

「そろそろキルヒアイスさんにトイレも行ってもらったら?」

「………おもらしじゃないもん……ヨガだもん…」

「うん……そうだね……。それはそれとして、キルヒアイスさんは誠実そうな人だし、きっと変なことしないよ? っていうか、変なことする人なら、とっくにしてるよ? おっぱい揉んだり、どこか舐めたり」

 四葉は二度目の入浴なので、そのまま湯船に入った。水位が上昇して三葉の目が洗われる。

 ぶくぶく…

 三葉が泡を噴き出して沈んでいる。

「はぁぁぁ…」

 四葉にタメ息をつかれると、三葉は、また悲しくなってきた。もう息が苦しいので上昇して顔を出す。

「ぐすっ……ごめん……片付け、ありがとう…」

「そろそろキルヒアイスさんを信頼してみたら?」

「…………」

 黙って三葉は湯船から出ると、洗い場でカミソリとソープを手に取った。

「四葉だって、もう10歳なんだから、裸を男の人に見られるのが、恥ずかしいとか、怖いって気持ちはある?」

「それはあるよ」

 三葉は鏡の前で両腕をあげて左右の腋をチェックして、右腋に3本の腋毛が伸びてきていたのでソープをつけるとカミソリで剃った。

「お姉ちゃん、いつも左は剃らないね」

「左は生えてこないの。右だけ3本、中学生の頃から生えるようになって、そろそろ半袖の時期だから気をつけないと。女の子って、いろいろ大変なんだよ」

 三葉はシャワーで腋を流して、完全に剃りきれたか鏡で再チェックしてから頭を洗う。

「女の子の身体から出るものでキレイなものなんて、せいぜい涙くらいだよ。唾液とかも見られるのイヤだし。おしっことかも恥ずかしいよ」

「でも…………、あのヨガは……どうなの? 続けるの?」

「…………。四葉がさ、もし、公園で遊んでるときに両手をケガして自分でパンツが脱げない状態なのに、ものすごく、おしっこしたくなったとして、近くにいた誠実そうな男の人に頼んでトイレでパンツ脱がしてもらうのと、漏らしちゃうかもしれないけど急いで家に帰って私やお婆ちゃんにパンツを脱がしてもらうの、どっちが安心する?」

「………う~ん………でも、目を閉じてくれるなら……」

「その男の人は目を閉じるって言ってくるかもしれないけど、トイレの中で四葉も目を閉じて耳も聞こえなくなって触られてもわからなくて記憶も残らない。もちろん、トイレの中で起こったことは、その男の人にしかわからない。それでも自分の身体を預けたい?」

「……お姉ちゃん……大変なんだね……」

 頭を洗い終わると、再び三葉が湯船に入り、二人で向かい合って浸かる。

「向こうは今日、どうだったの? また訓練?」

「ううん、戦争だった」

「とうとう……勝ったの?」

「うん! ラインハルトさん勝ったよ!」

 暗い顔をしていた三葉が明るくなったので四葉も安心する。

「どんな感じに勝ったの?」

「まずね。ラインハルトさんとミュッケンベルガー元帥さんの艦隊があってね」

 三葉は湯船に黄色いアヒルを浮かべてラインハルト艦隊とし、緑の亀も浮かべるとミュッケンベルガー艦隊とした。それから、ふと思い出して付け加えておく。

「これ、未来のことだから、ここだけの話ね」

「話しても、誰も信じないよ。もちろん言わないけど。で?」

「でね。同盟軍はホーランド艦隊と、ウランフ艦隊、ビュコック艦隊が来てたの。両軍ほぼ3万」

 ホーランド艦隊の代わりにブルーの小舟が浮かべられ、その後方にウランフ艦隊が赤い金魚、ビュコック艦隊が白い白鳥のオモチャで代替表示される。

「開戦するとホーランド艦隊が押してきたの。二倍あるミュッケンベルガー艦隊は苦戦して、だんだん崩れていく」

 ブルーの小舟が緑の亀をコツコツと打つ。

「私と参謀役のノルデン少将さんは、我々も前に出て攻撃に参加しようって言ったけど、ラインハルトさんは、まだだっ! まだ早い。相手がエネルギー切れになるチャンスを待つんだって少し後退するの」

 黄色いアヒルが少しさがる。

「そしたら、ホーランド艦隊が余計に強く攻めてきてミュッケンベルガー艦隊は、もうチリヂリに」

「二倍の差があるのに、ホーランドさん強かったの?」

「なんかね、すごい動きしてた。アメーバみたいな躍動的な」

 ブルーの小舟に緑の亀がひっくり返されて腹を見せている。

「でも、とうとうラインハルトさんが今だ! 撃て!って」

 黄色いアヒルが突撃してブルーの小舟がひっくり返る。

「相手のエネルギー切れを狙った、すごい一撃だったよ。でも、追撃はしないでいい。そんなのは他の提督の手柄にすればいいって。そしたら、ミュッケンベルガー艦隊の残りが仕返しに追っていくの。ところが、これを予想してたウランフ艦隊とビュコック艦隊が迎え撃って」

 ひっくり返った緑の亀が、ひっくり返ったブルーの小舟を追い、その行く先を塞ぐように左右から赤い金魚と白い白鳥が、つつきに来る。ひっくり返った緑の亀は後ろにさがった。

「そこで戦闘は終わり。ラインハルトさんの一人勝ち! ………ん? ん~……」

 そう言った三葉が5つのオモチャを見つめ、少し考える。

「ちょっと、この戦い、ひどくない? このウランフ艦隊とビュコック艦隊が、たとえば猛攻してるホーランド艦隊をフォローするように左右から前進していけば、片方はホーランド艦隊のフォローができて、もう片方はラインハルト艦隊への牽制になるでしょ」

 赤い金魚と白い白鳥がブルーの小舟の左右を固め、緑の亀をひっくり返すと、白い白鳥と黄色いアヒルが睨み合った。さらに赤い金魚が黄色いアヒルに向かってくる。

「こうなると、ラインハルトさん2対1で不利になるし……ビュコック艦隊が何度も後退命令をホーランド艦隊へ出してたのは傍受してたけど、イゼルローン回廊ほど狭い宙域でもないんだから見てないで助けてあげればよかったのに」

 再び三葉は5つのオモチャを初期位置に戻すと、また考える。

「ラインハルトさんも後退なんかしないで、こう左側を迂回するように進んでホーランド艦隊の側背を突けば、ミュッケンベルガー艦隊の被害も、もっと少なかったかもしれないし」

 緑の亀をひっくり返そうとするブルーの小舟へ、黄色いアヒルが突っ込む。

「いくら後方待機を命じられたからって、観戦しすぎじゃ……」

「これ、どっちもひどいね。なんで味方を助けようとしないの?」

「あ~……ラインハルトさんは、あんまり良く思われてなくて、孤立しやすいらしいよ。っていうか、帝国軍って、お互いに非協力的で要塞司令と駐留艦隊司令も仲悪いって。あと、このビュコックさん…」

 三葉は会戦中に見た敵将経歴を思い出す。

「士官学校出じゃないから、かなりの年齢で。なのに若いホーランドさんに階級が追いつかれて。だから、じゃないかな?」

「男社会のあるあるだね」

「せっかくホーランドさん、面白い動きして頑張ってたのに誰も協力しないから」

 三葉はブルーの小舟を撫でた。

「ホーランド艦隊に必要だったのは100回の後退命令より、一個の味方艦隊だったんじゃないかな」

 ウィレム・ホーランドは未来ではなく過去に知己を得たけれど、いずれにせよ本人の知るところではなかった。

「ラインハルトさんにしても、反応が遅すぎるのだ、あの金髪は! って、ミュッケンベルガー元帥さんに怒られて降格されてなきゃいいけど。追撃もしないとか、仕事しなさすぎじゃないかな」

 三葉は次に入れ替わったときが軍法会議だったらイヤだな、と思った。

「お姉ちゃん、そろそろ寝よ」

「そうだね」

 入浴を終え、三葉は眠る前にキルヒアイスが置いておいた手紙に気づいたけれど、眠いので後回しにして眠り、朝になって寝惚けたまま一階へおりた。

「お姉ちゃん、おはよう」

「おはよう、三葉。顔を洗いなさい」

「ん~……おはよー…」

 顔を洗って髪紐を結び、食卓につくと三人で朝食を摂る。テレビがニュースを流していた。

「昨日行われました糸守町の町長選挙が即日開票され、宮水俊樹さんが再選されました。事務所内の映像です。宮水先生、万歳! 糸守町、万歳! お父様、万歳! 民主主義、万歳! 共和制に栄光あれ! ……。万歳!! 万歳!!」

「「「ブッ!」」」

 三葉と四葉と一葉が味噌汁を噴いた。

「「「ゴホっ! ゴホっ!」」」

「お父様、ご当選、おめでとうございます。これまで以上のご健勝ご活躍を祈念いたしております。うむ……うっ、うむ! ぐすっ…これは目の玉が汗をかいておるのです」

「っ?! ちょっと! 何してくれちゃってるのよ?! 変なことしてるじゃない!」

「「………」」

 三葉がテレビにつかみかかったけれど、もう次のニュースになっている。三葉は新聞を乱暴に開いた。

「うわあぁぁぁ……載ってるよぉ……」

 地方欄には花束を俊樹へ贈呈している三葉の写真が載っていた。

「イヤだぁぁぁ……恥ずかしいぃぃ!」

 三葉が制服でゴロゴロと畳を転がって手足をバタバタさせているのでスカートの中身が見える。

「うう~………だいたい、このスマした顔は何よ?! いかにも町長のお嬢様でございますわ、みたいな、この顔! こんなの私じゃない!」

「「………」」

「ああもおお! あ、そうだ、手紙」

 三葉が立ち上がって階段を叫びながら駆け上がる。

「キルヒアイスぅぅ!!」

 部屋にキルヒアイスがいるわけでもないのに怒鳴り込むと、手紙を取り上げた。

 

 お父様のご当選、心よりお祝い申し上げます。

 

 それ以上は読む気がしない。

「うあああああ!! キルヒアイスぅぅぅ! アイスぅぅぅ! あいつぅぅぅぅ!」

 朝から大声をあげた三葉は学校に行きたくないと言ったけれど、一葉に説得されて登校する。その道すがら、当然のように会う町民の誰もが、お祝いを言ってくれるし、それに対して挨拶しないわけにもいかないので頭をさげて歩く。やっと学校についてもテレビと新聞の影響で話題の中心にされて放課後までに疲れ切った。

「私は平凡に生きたいのに……町長の娘とか……巫女とか……イヤなのに……まして、少佐とか、もっとイヤなのに……」

 フラフラと昇降口で靴を履き替えると、ラブレターが2通も入っていた。読む気がしないけれど無視はできないのでカバンに入れた。

「あいつに丁寧な断りの返事、書かせてやる」

 帰り道も町民たちから声をかけられて三葉はアイドル扱いされるけれど、それがイヤで仕方なかった。

 

 

 

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