楽しんでいただければ、幸いです。
深い森の奥――
「いやぁ困りましたねぇ」
森の中、人喰いと対峙しながら、俺は笑っていた。
「お腹が、空いていらっしゃるのですか?」
俺はまた、わざとらしく訊ねた。
「えぇ、とってもね……もう面倒だから、食べてもいい?」
子供が夕食の味見をしてもいいか、親に訊ねる。
彼女からしたら、それと何ら変わらない行為なのだろう。
俺の背筋に冷や汗が垂れた。
それは、体調的なものと、精神的なもの。どちらもの所為だ。
要するに俺は今、身体と精神のWパンチを喰らっている様なもの――それと同義である。あぁ、なんという非情。
「お腹が空いていらっしゃるというのならば……自らを捧げたいのは山々というか、直ぐにでもそうしたいのですが……」
「あらそう?じゃあまず右腕からね?」
怖い怖い怖い。雰囲気が怖過ぎる!
というか、俺が知る「なのかー」口調のルーミアは何処へ!?「そーなのかー」とか、一回も言ってくれないじゃん!どういうことだよ!
「いえいえ、そうしたいのですが――」
俺は眼前に手を翳す。そしてそのまま「やれやれ困った」といったような、芝居がかった動き。
「それをしてしまうと、貴女が困ってしまう」
「私が困る?寧ろ私は喜ぶのだけれど?」
当然の反応だ。
「唐突ですがルーミアさん……境界、ってご存知ですか?」
俺は手でチャックを開けるような、何かを開くような動きをしながら、ルーミアに問う。
「境界って……境界?」
「そう『境界』です」
「言葉は分かるわよ」
ルーミアは、だからどうした、といった表情だ。妖怪でも、反応は人間と変わらないな。
「境界とは実に曖昧で恐ろしいものですよねぇ……」
「そーかもねー」
おしい、ちょっと違う。
「そんな境界を操れるなら、実に愉快なことでしょう。ですがそんなことは……おや、一人だけいました」
ここまで言えば、いくら察しが悪くても気づくだろう。
「八雲紫のことね?」
「おぉそうでした!私の『友人』の紫さん」
友人をわざと強調しながら言う。
その言葉を聞き逃さなかった、ルーミアが質問してくる。
「友人?貴方、八雲紫と知り合いなの?」
「えぇ、そうなんですよ。彼女とは昔からの結構な仲でしてねぇ」
約一週間程の昔からな。
「今でも俺が呼べば、来てくれるくらいにはねぇ」
嘘だ。そんなことが出来たなら、すぐに帰っている。
「……え!?」
ルーミアが、表情を歪ませる。
「もし俺に何かあれば、駆けつけてくれるかもしれません」
「八雲紫が、駆けつけて……?」
ルーミアの表情は、困惑や疑念が入り混じったものだ。
まぁ普通に考えて、極平凡な人間である俺と、大妖怪が友人なんてことを信じろと言われ、信じるかというと否である。
「えぇ。ですから、貴女には考えて頂きたいです。よく、ね」
俺はルーミアを指差しながら言う。自分のことながら、よくペラペラと言葉が出てくるものだ。
「……」
「沈黙は反抗と見なしますが?」
「!……どうせ、ハッタリだわ」
うんうん、当たってる当たってる。
「貴女がそう思うならそうなんだろう、貴女ん中ではね」
居心地の悪い沈黙が俺とルーミアを包む。
あーヤバイ。何がヤバイって、主に体調的にヤバイ。
「これは――忠告なんですよ?」
「忠告?」
「そう、貴女への最後の忠告」
選択肢は二択なのだ。後は決めるだけ。
ゲームのように待っていれば、時間で正解の選択肢が出てくるなんてことは、ない。
「あんまり、嘗めないで」
「いえいえ、嘗めているなんて。そんな」
俺は飽くまで道化を演じる。
今は、相手から疑念を取り払うなんて無謀なことを考える時ではない。
自身の、態度で、不安を作れ。
「まぁ、じっくり決めてください。最後なんですからね」
俺はそう呟いて、姿勢を崩す。
「そういう態度が嘗めてるっていうの!」
姿勢を崩した隙をルーミアが一気に俺に詰め寄る。
ハァッ……結局そういう選択か。
俺はスッ、と左手を掲げる。
そのまま不敵に笑顔を作る。
「この指を俺が鳴らした瞬間。八雲紫が現れる」
「――!?」
俺の眼前でルーミアが止まる。
その間は、僅か数センチ。状況が状況なら、とてもドキドキする距離だが、今はそういう雰囲気ではない。
「おや?止まるんですか?まぁこちらとしてはどうでもいいのですが」
神経を逆撫でするように言う。
「どうしますか?」
「……戯言ね」
皮肉っぽく言い放つルーミア。
声色や表情から察するに、俺の言葉にはまだ半信半疑といったところか。
「いいですよ」
「え?」
「いいですよ。貴女が戯言と、ハッタリと、嘘と認識しようが――俺は嘘などいっていない。そう断言するだけですから。自信を持ってね」
俺は自信まんまんまんのすけ、という表情でルーミアに目を向ける。
「最期の忠告です」
最期の忠告。
「『最後』ではなく、『最期』」
「……!」
「俺を――喰らいますか?」
重みの有る、低い声で告げる。
『最期』の忠告。
実に意地悪な言葉である。
俺は今、選べといっているのだ。
『死ぬ』か『生きる』か。
普通に考えれば、五分五分か。
俺が紫を呼べるか、呼べないか。結論的には呼べないのだが。
甘めに、贔屓目に、偶然も考慮しながら、ルーミアが紫に勝てる確立を、可能性を考える。
これは、限りなく0に近い。
俺が紫を呼べた場合、俺が賭けに勝利した場合、ルーミアは命を失う。
何よりも重い結果だ。
では、ルーミアが賭けに勝利した場合は?俺が嘘を吐いていた場合。
ルーミアが獲られるものは、一人の人間。食料でしかない人間。それだけなのだ。
簡単に言えば、『晩飯を我慢』するか、『死ぬ』か選べ。である。
そんな選択肢を突きつけられた者は、どちらを選ぶ?
賭けに出る者も、勿論いるだろう。
根拠が有る者と、馬鹿である。
ルーミアが俺を睨む。
俺は覇気も邪気もない、嘘偽りのない笑顔をルーミアへ向ける。
実際的には、俺が紫を呼べるかと言われると、呼べないであると考えるものだ。
だが、0じゃない。
もし呼べたら、そう考えれば、考えてしまえば、根拠がなければ、自信に騙されれば――
――次の台詞は、決まる。
「私は……」
「貴女は?」
「――諦めるわ」
それは極普通の、当たり前過ぎる判断だ。
「頭のいい人で、よかったですよ」
知能がなければ、話し合いなんて出来なかったし。
知能を使いこなせていない⑨なら、こうはいかなかった。
馬鹿は深追いするから後悔をする。
ルーミアは、遠くに逃げすぎた獲物を諦めることが出来るようでよかった。
「あんなに自信有り気な顔を見せられれば、信じざるを得ない」
「えぇ、信じてください。これでも俺は嘘を吐いたことがないんです」
その台詞が嘘だ。
人は生きていれば必ず嘘を吐く生き物である。それは普通のことだ。
一生、嘘を吐かない人間がいるとするならそれは――ただの化物だ。
だが俺にはまだ問題が残っている、体調的に考えて。
「あぁ!困った!」
「!?」
「あぁ、どうしよう……」
「ど、どうした?」
「あぁ!聞いてくださいルーミアさん!俺今、この森から出たいんですよ!」
「そーなのかー」
「!ル、ルーミアさん!」
「え?」
「今の台詞もう一回言ってくれません?」
「え?そ、そーなのかー」
静かな森に、機械独特のイントネーションで『録音しました』という音が響く。
「録音!?」
「うわっ、感激!着信音にしよう、誰からもかかってこないけど」
俺はケータイを握り締める。
何故ケータイを持っているのかという突っ込みは、携帯だから携帯している。と答えよう。誰からもかかってこないけど、なんとなく携帯しておくと落ち着く。え?よく分からない?貴方も転生したら分かるさ。
「あ、すいません」
「い、いや」
「で、困ってるんですよ!誰か優しい人が案内してくれないかなぁ?人じゃなくてもいいんだけど!」
「じゃ、私はこの辺で……」
「そんな優しい人が、いたら『友人』に話そう!きっとそんな人はあいつも気に入るよね!」
また、友人を強調する。
「……!」
「あーでも、そんな優しい人はいないかぁ……」
わざとらしい落胆。胡散臭い胡散臭い。紫のが移ったか?
「八雲紫に恩が売れるなら……」
「え?何か言いましたか、ルーミアさん」
「……私が、案内するわ」
「え、本当ですか!」
「えぇ、気前がいいのよ、これでもね」
「それは、有難いです」
「……貴方、八雲紫と結構な仲というのは本当なんでしょう?」
「えぇ、彼女には良くしてもらっています」
「そう。いいわ……行きましょう」
「有難うございます!お礼もキチンと用意しますので」
「楽しみにしてる」
結構素直だな。
「ではでは、行きましょう」
俺とルーミアはゆっくり歩き始めた。
あ、もうちょっと速く歩いてくれないかな、ちょっと気分が……
*
「――着いた」
歩くこと――
「3分!?」
徒歩3分。カップラーメンが作れる時間である。3分と聞いてカップラーメンを想像してしまうのは、日本人としての性か……5分待つものも有るが。
「で」
「で?」
「お礼は?」
直球ドストレート。
あーそういえば言いましたねそんなこと。
「おやおや、ルーミアさん。確かに俺はお礼を『用意する』とは言いましたが、お礼を『する』なんて一言も言っていませんよ?それに、お礼をいつ用意するかも指定はしていません」
二年後か、三年後か……はたまた十年後か。用意すれば、嘘は吐いていない。
ルーミアは口を開けて呆然としている。俺悪いこと言ったか?まぁいいが。
「ハァッ……もういい」
まぁ、今日のことは家に帰って、きちんと紫に話すことにしよう。
夕飯時にでも……ん?
「家?」
「どうしたの?」
「家?家家家……」
んー。なんか違和感が……
「あー!!!家!」
「どっ、どうした」
「あれ、まだいたの」
「酷い言い様!?」
「いやね、何でもないんですけど……」
紫が来ない。何故来ないんだ?スキマ使えよ……何か有ったのか?
確認したい、が。する方法がない。
ということはとりあえず、今日は帰れないことを考えなければいかん。
まだ完全に体調が治ったわけじゃない。そんなわけないが……
「野宿は覚悟か……」
「ねぇ、どうしたの?」
「あぁ、もう用ないから、帰っていいよ」
「いくらなんでも!……あぁ、もういいや。じゃ私はもう行くから……」
「んじゃー」
軽く手を振る。敬語?今そんな場合じゃないよ。
「バイバーイ」
あー、どうするかなぁ?人里とか行けば宿が……金がない。そもそも人里ってどこだよ。
「んー……あぁ!」
俺は唐突に有ることを思い、ルーミアを追いかける。
「おーいルーミアさん!」
「んー?」
運良く、遠くには行っていなかった。飛んだりしてなくてよかった。
「やっぱり、感謝を示したいから、お礼渡しますよ」
「ん?なに?」
俺は徐にルーミアの手を取る。
そして、ギュッ、と握手をした。
妖怪とは言うが、体温は極普通のものだった。
「……なに?」
「俺と仲良くなる権利をあげます!」
「え?」
「だから俺と仲良くしてください」
「押し付けじゃない!」
「いいじゃないですか。別に悪い話ではないでしょう?」
「そうだけど……」
おー戸惑ってる戸惑ってる。反撃が来ないと分かっている相手を弄ぶのはとても楽しいものだが、今は止めて置こう。
「じゃ、決まりな!敬語もめんど……堅苦しいからやめる!」
「今、面倒って言わなかった?」
「言ってない言ってない」
言いかけたけど。
「まぁ、分かった。それじゃ……」
ルーミアは疲れたように去ろうとする。
「ちょい待ち!」
「今度はなに?」
「友達の誼で――この辺の建物とか人がいるところ教えてくれ!」
*
「ここか……」
ルーミアに連れてきてもらったところは、先程の場所から徒歩1分。カップラーメンで例えると、硬い。
そこは、雑貨屋か古道具屋のような雰囲気の店だった。確かにここなら人がいそうだ。
看板のようなものを見ると、そこに書かれていた文字は。
「香霖堂……?」
どこかで聞いたことがある名前だと思った。
いるのは普通の人だよな?大丈夫だよな?
今回の成果、友達が増えました。
次回は香霖堂ですって。何故?男キャラが書きたくなりまして。ストーリーは考えてません。
え?紫たち?あーどうなったんでしょうか?書けたら書きたいです。番外編でも。
後、普通ルーミアからすれば「私じゃなくて八雲紫呼べばいいのに」だと思いますが、そこは気付かなかったことにしてください。
感想ご指摘、どんどん年中募集中です!また次回も早く出せたら嬉しいです!