ザザン!!という斬撃音が、森の中に響く。
バシュウ!!というガスの噴出音とともに、一人の少年が森の中を飛び回っている。
「(チッ……斬撃の深度も速さも申し分ねえはずなんだが、何かしっくりこないな……)」
15メートル級巨人に見立てた人形のうなじを削いでから、少年、リオ=ヴィラッグは再び立体機動装置を操作する。
立体機動装置はアンヘル=アールトネンによって開発された対巨人用兵器で、主に建物の多い住宅地や森林などでその真価を発揮する。
装置は主に、腰裏に装着する筒状の本体と、そこから展開されているアンカー射出装置、武器と操作装置を兼ねる剣(の柄)、全身に張り巡らされた耐Gベルト、大腿部に吊り下げられた刀身ボックスと動力源のガスボンベからなる。
両手に握る操作装置で二本のアンカー付きワイヤーを発射し、ガスの噴出とワイヤー巻き取りの両方で移動、操作装置に脱着可能な刃で巨人の弱点であるうなじを削ぐのだ。
今行われているのは、立体機動装置を適切に扱えるかどうかの確認と、森林で巨人と戦闘を行う場合の実戦形式訓練だ。
主に斬撃では、ミカサ=アッカーマン、アニ=レオンハート、ベルトルト=フーパーが、装置の扱いでは、ジャン=キルシュタイン、コニー=スプリンガーが高い評価を受けている。
「(サシャがメチャクチャ勘が鋭かったり、エレンが努力を評価されているように、単に斬撃や装置の扱いだけで全てが決まるわけじゃねえ。なら、俺だけのスキルって奴を見つけることだってできるはずだ)」
一気にガスを蒸かし、周囲に巨人のモデルがないか探す。今回の訓練では、こういった索敵能力も評価対象に入っているのだ。
凄い勢いで景色が流れていくが、リオは冷静に、アンカーを樹に撃ち込み、回収しては撃ち込みを繰り返し、調査兵団の精鋭にも引けを取らない勢いで移動していく。
太陽の反対側(今は午前なので、つまり西側)に向かって移動していくと、まだ誰にもうなじ部分を削ぎ落されていない巨人のモデルを発見した。
体長はおよそ三メートル。リオの二倍もないサイズだ。場所から考えても、明らかに見つけにくいように隠すことを考えた配置。
「(コイツを狩れば、多少は他の奴にも追い付くだろッ……!)」
バシュウ!!という音を立てて豪快にガスを蒸かし、モデルまでの距離を一気に詰める。
前にジャンが自慢していた方法だ。一気に強くガスを蒸かして初速を高めることで、慣性を利用し、継続的にガスを噴射するよりも総合的な消費量を軽減させる。
試しにやってみたが、感覚は大体つかめた。
後は、一気に刃の刀身を振りぬくのみ。
「……ッッ!!」
斬!!と思い切り刀身を振りかぶり、そして抜く。
キン!という甲高い音が一瞬響く。うなじの部分にあったクッションは、無残に削がれ、地面に落ちていた。
立体機動装置を使って近くの足場になりそうな太い枝の上まで登り、自分の刃を見つめるリオ。
「……やりすぎたな」
見ると、左右の刃のうち、右側の刃が刀身の真ん中あたりから折れて吹き飛んでいた。
ついさっき攻撃した巨人のモデルの方に視線を向けると、クッションがあった部分から木材が顔を覗かせている。
「(力を入れ過ぎて木材まで刃が届いちまったのか。今回はたまたま当たらなかったから良かったが、刃の破片が顔面に飛んできたら致命傷は必至)」
力の加減を考えなきゃな、と呟いて、リオは大腿部に吊り下げられた予備の刀身を納めるボックスに操作装置を持って行き、刃を付け替える。
リオは冷静に分析していたが、実際問題あんなことが起きれば普通に怖い。
一言でいえば、肝が据わっている。というか、据わりすぎている。
そして、再びガスを噴射して索敵に戻ったリオを高所から見つめる人物が一人。
この訓練の採点者、キース=シャーディスだ。
「(……リオ=ヴィラッグ。斬撃、装置の扱い、索敵、どれをとってもトップクラス。ミカサ=アッカーアンに勝るとも劣らない逸材。そして特筆するべきは、あの冷静な判断力と高い行動力。それが立体機動で顕著に表れ、高い移動技術と戦闘技術に直結している。またどんなことにも動揺しない精神は、窮地に追い込まれれば追い込まれるほど力を発揮し、状況次第ではアッカーマンを遥かに凌ぐ可能性もある)」
キースは冷静にリオを分析し、羊皮紙に評価を記していく。
そして、キースはさらに分析を続け、書き記していく。
「(……そしてリオ=ヴィラッグの凄まじい――――いや、恐ろしいところは、限界がないところである。エレン=イェーガーやジャン=キルシュタインのように、何か目的があるわけではなく、ただひたすらに『強さ』を求める姿勢は、力をつけることに躊躇せず、限界を作らない)」
そこまで書き記して、キースは危ういと思った。
思えば彼の親、バスクもそうだった。
バスクは柔軟な発想で常に新しい戦術を考え、思いついては実行し、周囲を驚かせていた。中には、戦闘技術というより曲芸に近いものさえあった。
だが、リオはバスクとは違う。
バスクとは違い、明確かつ具体的な目的がない。
キースは知っている。そういった、明確な目的を持たずに兵士になり、膝をついて立ち上がれなくなった人間がどれほど多いかを。
教官としても個人としても、リオにはそうなってほしくなかった。
「ギャ!」
そんな風に結構感傷に浸っていたキースの耳に、アホみたいな悲鳴が届く。
音源の方を向くと、そこにいたのはキースの予想通り、カレン=プラチナだった。なぜか顔面を枝に埋めている。
キースの若干憐れみの混じった視線に気づくことなく、鼻を押さえながら移動していった。
キースはとても嫌そうに、カレンの評価を記していく。理由は簡単、書き出すとほとんどがマイナスの評価になるからだ。
「(……カレン=プラチナ。潜在的な能力値は最低レベル。立体機動装置の扱い以外はほぼ平均以下。かろうじて移動と索敵が出来るが、それも極めてずば抜けているわけではなく、他よりは出来ると言った程度)」
書いていくと、いいことが一つも見当たらない。
教官陣の間でも、カレンの評価をしていると心が折れると言われるほどに、彼女はまったく才能がない。
立体機動装置は扱えているので(それでも時々ミスをすることがあり、たまに実戦でなくても笑えない)、強制的に開拓地に移されることはないだろうが、キースの私見ではあるが、どの兵団に所属することになっても疎まれてしまうことは明白。根性だけは人一倍あることと、諦めることが決してしないということを、思い出したように書き加えるキース。彼は優しい人物である。
そしてキースがあくまでも私見としてだが、カレンについて考察していることがある。
『あ、リオー! 私だよ、カレンだよー!』
『何だ、何か用か?』
『何か用かって、用がなくちゃ話しかけちゃ――――キャー!?』
『お、おい、カレン!? 大丈夫か!?』
カレンは多分、リオに恋してる。
リオの両親である二人の英雄に興味を持っている可能性もあるが、リオが自分の両親に興味がないのは普段の言動を鑑みれば明白。どころか、調査兵団さえも興味の外だ。おそらく話を聞くことは不可能。
勿論、キースの全く知らない第三の理由の可能性もあるが、普通に考えれば女子が男子にまとわりつく理由は一つだ。
『おい、大丈夫か?』
『うん……ワイヤーが枝に引っかかって絡まるなんて……』
『そういうことが起きないようにするには、小さな枝が少ない幹の太い部分を狙えばいい。あとは、他の樹木との距離も考えて……』
『り、リオ…顔が近いよ……ポッ』
『うなじ削ぐぞ』
というより確定的だった。
訓練中にも関わらずいきなり夫婦漫才を始める二人を無視して、キースは他の訓練兵の評価に移る。
《現在公開できる情報》
第104期の主席は、ミカサ=アッカーマン、ライナー=ブラウン、リオ=ヴィラッグの三人が最有力候補とされている。