腕の振りやリリースの感触と違ったボールに俺は首を傾げる。
すると、クリスさんが近づいてきた。
「葉輪、腕だけで投げてるぞ。」
「腕だけ?」
「あぁ、しっかりと体重移動せずに腕だけで投げている。」
体重移動?ちゃんと踏み込みましたぞ?
「踏み込みの幅が大き過ぎだ。そのせいで倒れたりしないようにバランスを取る為に
身体が後ろに残ってしまっている。」
ファッ!?
「どうすればいいんですか先生!?」
「誰が先生だ…踏み込みの幅をもっと小さくしてみろ。」
クリスさんの言葉に疑問を持ったのでぶつけてみる。
「投手の人って踏み込み大きく無いですか?」
「確かに日本の投手は踏み込みが大きな選手が多い…だが、メジャーでは
逆に小さい選手の方が多いくらいだな。」
メジャーとな?
「先生!どういうことでしょうか!?」
「メジャーでは踏み込みの幅を小さく使って投球の際に膝を伸ばす動きをする。そうする事で
股関節を回して横回転の力を利用するんだ。」
「横回転?」
「あぁ、対して日本の選手は縦回転で投球する事が多い。」
「先生!どっちがいいんでしょうか!?」
「人によりけりだな。」
「うぇ~い…。」
クリスさんの答えに俺は項垂れてしまう。
「今日始めたばかりでフォームの固まっていない今の内に色々と試してみろ。」
「おっす!」
俺はクリス先生の言葉に元気よく返事をする。
「それと、あまり足を上げない方がコントロールが安定するとか聞いた事がある…
合わせて試してみろ。」
そう言ってクリスさんがボールを受ける場所に戻っていった。
さて、歩幅に足の高さか。
取り合えず1つ1つ試していくか!
俺は歩幅を小さくして投げてみる。
すると、クリスさんが目一杯手を上に伸ばしてギリギリ取れる場所までコントロール出来た。
「おぉ!今のどうですか!?」
「…判定はボールだな。」
そういうことじゃないよ!
クリスさんが投げ返してくるボールを受け取って今度は足をあまり上げないで投げてみる。
ボールはクリスさんの顔の高さぐらいでミットに入った。
「よっしゃ!どうですか!?」
「…さっきの球より遅いな。」
「ちくしょ―――!」
それから俺はアレコレ試行錯誤しながら投球していく。
振りかぶると意識がそっちにいってコントロールがよくないので振りかぶるのはやめた。
カッコいいんだけどなぁ…振りかぶるの…。
歩幅を狭くして膝を伸ばすようにして投げると、リリースの感触がいい感じになって
我ながらいいボールが行くのだが、コントロールがよろしくない。
足を上げないようにするとコントロールは比較的にいいのだがボールの勢いがない。
俺はこの二者択一に悩まされ続けた。
「う~ん…。」
「葉輪、今日初めてにしては十分な成果だろう。そう欲張るな。」
「そうだぞ、クリスの言う通りだ。」
クリスさんとコーチがそう言ってくるが俺は納得いかない。
「それに、そろそろクリスに自分の練習をさせないとな。」
「…そうですね。」
「ワー!待って!後10球だけ!」
俺の言葉を受けてコーチとクリスさんは顔を見合わせるとお互いに頷く。
よ、よかった…まだ投げられる。
とは言うものの、このままでは満足な結果にはなりそうにない。
う~ん…歩幅を狭くするフォームと足を上げないフォームのどちらを優先しよう?
ん?待てよ?
どっちもやるのって有りじゃね?
そこまで思い至ると不意に俺の頭に前世の記憶が甦る。
頭に浮かぶのはとある選手の投球フォーム。
俺と同じ左投げで現役メジャーリーガー最強の左腕と称されたロサンゼルスのエース。
それが、俺が思い至った今の俺に最適な投球フォームだった。
よし!思い立ったら即行動だ!
脳裏に思い描くイメージに重ねるようにして投球動作に入る。
ボールを投げ込む瞬間に今までに無いほどの強い感触を指先に感じる。
すると、俺が投げ込んだボールはクリスさんのミットに吸い込まれるようにして入っていった。
◆
後10球か…。
俺はため息を吐きながらキャッチャーボックスに座る。
葉輪 風路。
今年入ってきた新入りだ。
その新入りがブルペンのマウンドで悩んでいる。
あまりに下手くそだったので色々と口を出してしまったが素直に聞いた事に逆に驚いた。
投手志望の者は色々と癖の強い奴が多いので葉輪の素直さに驚いてしまったのだ。
もっとも、その葉輪もリアクションが大きかったりと癖が強いのだが…。
そんな事を考えていると葉輪の目に力が入ったのがわかる。
どうやら投げ込んでくるようだ。
俺が面を大きく見せるようにミットを構えると葉輪が動きだす。
ノーワインドアップで動き出して足を大きく上げる。
…葉輪が選択したのは制球よりも球威か。
だが、そこからの葉輪の投球フォームは俺の予測と違っていた。
大きく上げた足をゆっくり下ろす様にして軸足にしっかりと体重を乗せていく。
そして、足を下げていくと今度は前に滑る様にして体重移動を開始する。
小さく踏み出した足の膝を伸ばすようにして股関節を使いオーバースローで左腕を振る。
これまでのどこかぎこちなかった投球フォームに比べて遥かに洗練された葉輪の投球フォーム。
その投球フォームから投じられた一球は俺が今日教えたものが集約された最高の一球だった。
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