「よっしゃぁぁぁあああああ!」
市大三高の最後のバッターを打ち取った純さんが、マウンドの上で吠えている。
グランドにいる青道の皆は、マウンドに集まって手を高々と上げて人差し指を立てている。
俺達は夏の高校野球選手権西東京地区大会を優勝したんだ!
ウォ―――!
グランドの皆の喜びは主審の人に整列を促されるまで続いた。
東さんを含めた3年生は挨拶をしながらも全員号泣している。
あ、太田部長もつられて泣いてる。
整列をして挨拶が終わると、今度は球場に応援に来てくれた人達に挨拶に向かった。
なんせ5年振りの甲子園出場とあって、青道を応援してくれていた人達の盛り上がりは
実際に勝ち上がった俺達にも負けない程なのだ。
しっかりと頭を下げると、祝福の拍手と声が雨の様に降り注いできた。
リトルやシニアの時にも経験したけど、この瞬間は何度味わっても堪らない瞬間だ。
挨拶を終えて球場を出ると、球場の外には片岡さんの教え子だった
青道高校野球部OBの人達が待っていた。
OBの人達はそれぞれが片岡さんに祝福の声を送っている。
「こうして甲子園にいけるのは、俺が監督になってからの青道の基礎を
作っていってくれたお前達のおかげだ。…ありがとう!」
片岡さんは帽子を取ってからOBの人達に頭を下げると、そう言って涙を流した。
OBの人達も片岡さんの涙につられて泣いている。
そして誰が言ったのかわからないが、皆で片岡さんを胴上げする事になった。
ビックリして固まっている片岡さんを皆で取り囲む。
ふふふ、逃がしませんよ。
胴上げが避けられない事がわかると、片岡さんは照れ臭そうに微笑む。
東さんが代表して胴上げの声掛けをする。
「行くでぇ!せーの!」
イエーイ♪
何度も宙を舞う片岡さんを中心に、改めて勝利の気持ちを固めた俺達は、
意気揚々と甲子園に乗り込むのだった。
◆
東京の地方新聞には青道高校が5年振りに甲子園出場を決めたと大きく掲載された。
だが、高校野球界では優勝候補として西の大阪桐生高校と、
北の巨摩大藤巻高校に注目が集まっていた。
そんな中で始まった夏の高校野球選手権全国大会で、青道高校のメンバーは躍動した。
1回戦、既にドラフト候補として注目されている東がホームランを2本打ったのを中心に、
青道打線は二桁得点となる11点を叩き出し、打の青道の名を甲子園に広めた。
投げては先発の丹波がクリスのリードに導かれて3失点の完投をしてみせた。
出番の無かった伊佐敷は不満気に丹波を睨んだが、憎まれ口と共に丹波とハイタッチをした。
だが、1回戦の青道メンバーの活躍を霞ませる程の出来事が2回戦で起きた。
青道高校の2回戦、先発をしたパワプロが御幸とのコンビで完全試合を達成したのだ。
相手チームは高校生としては異質なノビをみせるパワプロのフォーシームに、
打球を前に飛ばす事が出来なかったのだ。
パワプロが打者一巡を全て三振で抑えると、球場にはざわつきが拡がっていった。
相手チームがパワプロのフォーシームに食らいつく為に、バットを短く持って
タイミングを合わせようとすると、それを嘲笑うかの様に大きな変化のカーブや、
チェンジアップで打者のタイミングを外していったのだ。
日本の高校野球はレベルが高い。
そのレベルの高さは世界でもトップクラスである。
今の高校野球では150kmの真っ直ぐを投げる投手は珍しく無いのだ。
それ故に1年生ながら145kmのフォーシームを投げるパワプロは、
目の肥えた高校野球ファンにとっては『1年生にしては速いボールを投げる投手』、
程度の認識でしかなかったのだ。
だが真っ直ぐ、変化球の球質が共に一級品であり、なおかつコントロールも
いい投手となると、滅多に見れるものではない。
その滅多にが現れると人々はこう呼ぶのだ。
怪物。
マウンドで躍動するパワプロの姿はかつて甲子園を賑わせ、プロの世界でも
色褪せる事の無い輝きを放った名投手達の姿を思い起こさせる。
甲子園球場に訪れた高校野球ファンの人々は、新たなヒーローの誕生を目撃し、
その躍動する姿に酔いしれるのだった。
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