秋の選抜東京地区大会もいよいよ大詰めとなる決勝戦が始まろうとしていた。
決勝戦の組み合わせは青道高校と稲城実業だ。
両校共に絶対的なエースを有する東京地区の強豪校だ。
試合が始まる前から球場は満員となり、多くの者達がパワプロと成宮の投げ合いに
大きな期待を寄せていた。
そんな空気の中で一度汗をかいた成宮は、稲城側のベンチで1人頭から
タオルを被って集中をしていた。
(気をつけるのは4番のクリスさんだけ…あとはチョロイ。)
集中をしながらも成宮は、青道打線をどうやって抑えるのかを考えていた。
(ヒットは打たれてもどうでもいい。ランナーをホームに帰させなければいいだけだし。)
そう考えた成宮はタオルを外して立ち上がった。
そして…。
「全員捩じ伏せる。そして、今日こそはパワプロに勝つ!」
そう宣言をした成宮に、周囲にいた稲城のメンバーは同意する様に頷いたのだった。
◆
秋の大会の決勝戦。青道と稲城との試合は多くの者が予想した通りに
パワプロと成宮の投げ合いになった。
パワプロは5回戦である準決勝からの連投だが、準決勝と決勝の試合には日程に
余裕があったこともあり、片岡はパワプロの先発を決めた。
1回の攻防はパワプロの三者三振のスタートに応える様に、成宮も三者三振に抑える
完璧な立ち上がりを見せた。
2回の表は稲城の4番である原田がセカンドゴロを打ったが、
残りの打者はパワプロに三振で抑えられてしまった。
2回の裏は先頭打者である4番のクリスにヒットを打たれた成宮だが、
後続の青道メンバーは全て三振に抑える力投を見せる。
そんな2人の投げ合いは球場にいる多くの者達に延長戦での決着を予想させた。
だが、終盤に突入する7回の表に試合が動いた。
稲城の先頭打者であるカルロスが打席に入った時にそれは起こったのだった…。
◆
(打てない…。何でだ?)
青道の三塁手である増子は思い悩んでいた。
それは3回戦で打ったヒット1本以外は全て凡退していたからだ。
打の青道の5番を任される自分が大会で打ったヒットが1本のみ。
この事実が増子に守備の意識を欠けさせる要因になってしまっていたのだ。
(いっそのこと御幸のように完全に狙い球を絞った方がいいんだろうか?)
増子が目を地面に向けて思い悩んでいた事で、球場に潜む魔物が青道に牙を向いた。
ガキッ!
打ち取った打撃音がグランドに響くが、思い悩む増子の耳には届かない。
「サード!」
クリスのコーチングが耳に届いた事で漸く増子の意識はグランドに戻った。
普段であればなんてことはない平凡なゴロ捕球の処理だった。
だが集中力に欠け、一歩目の始動が遅れた増子はその平凡なゴロ捕球を弾いてしまう。
増子は慌てた。
ボールを弾いてしまった事で早く送球しなくてはと意識が1塁へと向いてしまう。
増子が伸ばした右手は空を切りボールを掴む事が出来なかった。
そうこうしている内に、カルロスは1塁を駆け抜けていた。
相手のエラーでの出塁であるが、パワプロからの出塁に稲城ベンチが活気づく。
増子は顔を青くした。
自身がやらかしてしまった失態に気付いてしまったからだ。
青道の監督である片岡は積極的なプレーでのミスは咎めない。
だが…。
『青道高校、選手の交代をお知らせします。増子に代わりまして、サード、前園。背番号…。』
球場アナウンスが耳に入った増子は青道ベンチに顔を向ける。
そこには怒りを持った視線で増子を睨む片岡がいた。
「増子さん、ドンマイです!」
選手交代によるプレー中断の間に、マウンドのパワプロが増子の元にやって来て声を掛けた。
だが、その一言が増子の心に重くのし掛かった。
成宮との勝負は間違いなく1点勝負になる。
その勝負に水を差す様な自身の怠慢なプレーが、チームにピンチを招こうとしていた。
増子は自身の顔を思いっきり殴りたい衝動にかられていた。
だが、それをすれば目の前のエースの心を乱してしまうかもしれない。
だから、増子はただ一言。
「すまない、パワプロちゃん。」
そう言って増子は、前園と交代してベンチに下がっていったのだった。
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