『パワプロ成長』でダイヤのA   作:ネコガミ

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本日投稿3話目です


第124話

秋の選抜東京地区大会の決勝戦。

 

青道と稲城の試合は7回の表の稲城の攻撃、ツーアウト、ランナー3塁の状況。

 

打順は4番バッターの原田である。

 

原田は動画で何度も見返したパワプロのボールをイメージして素振りをする。

 

(長打はいらない。内野を抜けさえすればカルロスはホームに帰れる。)

 

原田は恵体であり、その長打力は東京地区でも上位に入る。

 

その原田がバットのグリップを余して打席に入った。

 

(1点でいい、1点でいいんだ。1点あれば今日の成宮なら勝てる。)

 

今日の成宮は秋の大会を通じて1番の出来だと原田は感じている。

 

それもその筈で、成宮は今日のパワプロとの投げ合いだけを見越して調整を重ねてきた。

 

今日という日にしっかりと仕上げてきた成宮の執念も見事だが、

その成宮をも上回る怪物が原田達の前にいる。

 

(葉輪 風路…。こいつと同時代にプレー出来る事を喜ぶべきか、嘆くべきか…。)

 

マウンドに笑顔で立つパワプロの姿に原田は威圧感を感じてしまう。

 

原田はそれを振り払う様に顔を両手で張った。

 

(試合に集中しろ!夏の悔しさを思い出せ!)

 

打席に入った原田は念入りに足場を作っていく。

 

(綺麗なヒットはいらない。だが、バットは振り切れ!迷えば飲み込まれるぞ!)

 

己を奮い立たせた原田は、ただひたすらに打席に集中するのだった。

 

 

 

 

原田が打席に入って足場を作っていた頃、急遽試合に出場する事になった青道の前園は、

三塁の守備につきながら早鐘の様に鳴る自身の心臓の音を自覚していた。

 

(なんやねん、これは。なんでこんなに緊張すんのや!)

 

前園は何度も深呼吸を繰り返す。

 

しかし、その緊張は解れない。

 

(あかん、膝が震える…。折角のチャンスやのに。)

 

前園は同じ1年生である倉持とパワプロに目を向ける。

 

(倉持、パワプロ、お前らは緊張せぇへんのか?)

 

倉持はどんなボールでも捕ると言わんばかりに鋭い視線で打者を見ている。

 

パワプロはいつもと変わらずにマウンドで笑顔だ。

 

(なんでこの状況で笑えるんや?どうやったらそんな風に笑えるんや?)

 

夏の大会ではスタンドで何度も見てきたマウンドのパワプロの笑顔。

 

それが、今の前園にはグランドの誰よりも輝いて見えた。

 

(なんやビビっとるのが阿呆らしくなってきたわ。)

 

ため息を1つ吐いた前園の身体からいい感じに力が抜けた。

 

前園はグローブをパンッと叩く。

 

「パワプロ!打たせてええで!全部さばいたるわ!」

 

その前園の声がキッカケとなり、他の青道メンバーも声を出していく。

 

声を出していく青道メンバーはパワプロにつられる様に笑顔になっていった。

 

(なんや、俺も笑えるやないか。)

 

気付けば他の青道メンバーと同じ様に笑顔になっていた前園は、

膝の震えも止まっていたのだった。

 

 

 

 

球場に声が枯れるのも気にしない両校の応援が響き渡る中で、

パワプロと原田の勝負が始まった。

 

1球目。

 

クリスのサインに頷いたパワプロは原田の打ち気を外す様にアウトローにカーブを投げ込んだ。

 

原田は態勢を崩されながらもバットを振りきるが、バットは空を切った。

 

これでノーボール、ワンストライク。

 

1球牽制を挟んでからの2球目。

 

パワプロはインハイにフォーシームを投げ込んだ。

 

先程のカーブが目に焼き付いていたのか、原田はボールの下を振ってしまう。

 

これでノーボール、ツーストライク。

 

簡単に2球で追い込まれた原田はタイムを取って1度打席を外す。

 

何度かしっかりとバットを振りきる素振りをすると、原田は打席に戻る。

 

そして3球目。

 

パワプロはインローにスライダーを投げ込んだ。

 

夏の大会で打ち取られたスライダーをイメージしていた原田が待っていたボールである。

 

原田はボールの軌道をイメージしてバットを振りきる。

 

だが…。

 

ガキッ!

 

鈍い打撃音がグランドに響いた。

 

原田は夏の大会で空振りをしたパワプロのスライダーを想定して、

この秋の大会までバットを振り続けてきた。

 

だが、パワプロのスライダーは原田の想定を超えて成長していたのだ。

 

完全に打ち取った打球が三塁線に転がっていく。

 

いや、打ち取り過ぎた打球だった。

 

打球は三塁と本塁のちょうど中間辺りに止まりそうな弱々しい勢いで転がっている。

 

この打球に前園は猛チャージをかけていく。

 

だが、前園の一歩目は遅れていた。

 

三塁手の守備機会において右打者の時は引っ張りの強い打球がくる事が多い。

 

そして右打者の原田がバットを振りきった事で、前園は一瞬強い打球を想定したのだ。

 

しかし、原田は完全に打ち取られたボテボテのゴロを打った。

 

そして原田は手に打感を感じた瞬間に打球の行方を見ずに、一塁に全力で走り出していた。

 

打球に猛チャージをかけながら前園の身体に直感が走る。

 

(グローブで取ってたら間に合わん!)

 

弱々しく転がる打球を素手で掴んだ前園が、ランニングスローで一塁の結城に送球した。

 

だが、握りが不十分であった前園の送球は高く浮いてしまった。

 

青道の一塁手である結城が飛び上がり、前園の送球を捕球をしようとする。

 

そして、結城が飛び上がった瞬間…。

 

「ウォォォォオオオオオオ!!」

 

原田が雄叫びを上げながら一塁にヘッドスライディングで飛び込んだ。

 

結城の着地と原田のヘッドスライディングが重なる。

 

一瞬の静寂が球場を包み込む。

 

判定は…?

 

「…セーフ!」

 

一塁の塁審の手が大きく横に拡げられると、球場全体から歓声と悲鳴が沸き起こる。

 

そしてそれらの声で待望の1点を得た事を認識した原田は、

片手を天に突き上げて雄叫びを上げたのだった。




次の投稿は13:00の予定です

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