東さんと沢村ってやつの1打席勝負が始まった。
その初球、沢村のボールはホームベースに到達する前にワンバウンドした。
一也は東さんにタイムを要求すると、ボールを手で揉みながらマウンドに向かった。
「ボールが引っ掛かったのかしら?」
礼ちゃんがボールペンを顎に当てながら首を傾げている。
「多分だけど、無理矢理引っ掛けたんだと思うよ、礼ちゃん。」
俺の言葉に礼ちゃんだけじゃなくて、ノリと東条も俺の方を見る。
「どういうことかしら、葉輪くん?」
「たまにあるんだけど、ランナーがスタートをきった時とかに、リリースの瞬間に
ボールにわざと指を引っ掛けてコースを変える事があるんだよね。」
礼ちゃんは感心の声を上げながらボールペンでメモ帳に何かを書いている。
「川上さん、葉輪さんが言ったこと出来ますか?」
「いや、無理無理。」
東条の質問に、ノリは顔の前で手を横に振って否定した。
そんなに難しいことかな?
「それで葉輪くんは、沢村くんがわざと指を引っ掛けてワンバウンドを
投げたと思っているのね?」
「多分だけどね。」
俺が肩を竦めながらそう言うと、一也がマウンドからゆっくりと戻って来ていた。
「パワプロ、御幸が要求したコースって東さんの好きなコースだったけど、
お前ならさっきの1球どうしてた?」
「ん?一也のミット目掛けて投げ込んでたよ。」
ノリは俺の返事に首を傾げる。
「本当に?俺なら怖くて首を横に振ってると思うけど…、抑える自信があるのか?」
「う~ん、抑える自信というよりは一也への信頼かなぁ?」
俺の返事に礼ちゃん達は興味を引かれた様に俺をジッと見てくる。
「葉輪さん、バッターの好きなコースに投げたら打たれると思わないんですか?」
「その打たれるかもしれない1球にも、一也ならしっかりと意味を
持たせているって俺は信じてるよ。」
俺のその言葉にノリと東条は感心の言葉を上げ、礼ちゃんは柔らかく微笑んだのだった。
◆
「東さん、タイムをお願いします。」
「おう。」
沢村のワンバウンドのボールを捕球した御幸は、東にタイムを要求してマウンドに向かった。
御幸がマウンドに向かう途中、沢村は腕で顔の汗を拭っていた。
「沢村、さっきの1球、わざとか?」
「…あぁ。」
半ば確信を持って聞いてみた御幸だが、沢村の返事に僅かに驚いた。
「なんでワンバウンドにしたんだ?」
「あの1球、投げる瞬間に嫌な予感がした。」
この沢村の返答に御幸はまた驚いた。
そして…。
(へぇ、いい勘してるじゃん。)
そう思いながら御幸は笑みを浮かべた。
「沢村、実はあのコース、東さんの得意なコースなんだ。」
「はぁ!?」
見事な沢村の反応に御幸は笑ってしまう。
「お前も敵かぁ!?これがアウェーの洗礼ってやつか!?」
「ははは!悪い悪い。でも、緊張は解れただろ?」
「へ?」
御幸の言葉に沢村は身体の力が抜けたのを自覚した。
「次の1球からはキチンとリードするから、しっかりと腕を振って投げ込んでこいよ。」
御幸がそう言いながら沢村の肩を軽く叩くと、沢村はニッと笑顔を見せた。
マウンドからキャッチャーボックスに戻る間に御幸は思考を巡らせる。
(さて、どうするかな?)
御幸はわざとゆっくりと戻りながら東の素振りを観察する。
(本当なら、さっきの1球で東さんの打ち損じを狙いたかったんだけどな…。)
キャッチャーボックスにまで戻った御幸はマスクを被りながら座る。
(正直、沢村の球質を見られたら東さんとの勝負は厳しいんだけど…。)
悩む御幸の耳に声が聞こえてくる。
「その打たれるかもしれない1球にも、一也ならしっかりと意味を
持たせているって俺は信じてるよ。」
このパワプロの言葉に、御幸はマスクの奥で口角をつりあげる。
(やれやれ、それじゃ相棒の信頼に応えるとしますかね!)
ミットに拳を叩きつけて気合いを入れた御幸は、キャッチャーボックスの中で
大きくミットを構えるのだった。
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