「お~、120mは飛んだかな?」
「いや、130mは飛んでると思うけど…。」
沢村が投げ込んだインハイのボールを弾き返した東さんの打球は、
間違いなくホームランといえる程に飛んでいった。
その飛距離に東条は口があんぐりと開いたままになっている。
「残念だったね、ノリ。東さんに頭を下げてもらえなくて。」
「もし下げられたらって考えたら吐きそうだったよ。」
「ハッハッハッ!」
苦笑いをしながら胃を押さえるノリの姿に俺は笑ってしまう。
「東条くん、貴方も東くんと1打席勝負してみる?」
礼ちゃんが微笑みながらそう言うと、東条は腕を組んで悩みだした。
「東さん程の打者と勝負出来るのはやりがいがあるんですけど…
俺、葉輪さんのピッチングも見たいんですよねぇ。」
東条の言葉を聞いた礼ちゃんが俺の方を見てきた。
「葉輪くん、大丈夫かしら?」
「俺は大丈夫だけど、時間は大丈夫なの?」
「えぇ、問題ないわ。元々、東条くんと沢村くんには葉輪くんのピッチングを見てもらおうと
思って、学校見学の時間に余裕を持たせていたのよ。」
おぉ!流石は礼ちゃん!出来る女性だぜ!
礼ちゃんの言葉で東条は俺のピッチングを見る事に決めたので、
俺は一也に声を掛けて肩を作り始めたのだった。
◆
東にホームラン級の当たりを打たれた沢村は、今もまだ打球の方向を呆然と見続けていた。
「小僧。」
そんな沢村に東が声を掛けると、沢村はハッとした様に勢いよく東の方に振り向いた。
「勝負は俺の勝ちやな。」
腕を組んで不敵に笑う東の姿に、沢村はぐぬぬとリアクションを見せる。
「もう1回!もう1回勝負!」
「俺はそれでもよかったんやが、お前以上に勝負したい相手が準備をしとるからな。
泣きの1回は無しや。」
東は顎でパワプロの方を示すと、それにつられて沢村もパワプロを見る。
「…誰?」
沢村のその一言に、東は膝が抜けてしまった。
「葉輪を知らんのかい!?世間知らずが過ぎるやろ!」
「あー!?田舎者だからってバカにするな!」
「しとらんわ!アホか!」
沢村のオーバーリアクションに東は血が疼いてついついツッコミを入れてしまう。
頭をガシガシと掻いた東は改めて沢村に目を向ける。
「なんだ?!もう1回勝負するなら受けて立つぞ!」
「やらんわ!」
東の返事に沢村はブーイングをする。
(ったく、なんとも憎めん奴や。)
そう考えながら東は苦笑いをした。
「小僧、たしか沢村やったな?」
「おう!」
「最後のインハイ、あれは良かったで。」
東がそう言うと、沢村は満面の笑みを見せる。
「だよな!あの1球は最高に手応えがよかった!」
「まぁ、俺は打ったんやけどな。」
「くっそ―――!!」
沢村は両手で頭を抱えて身を捩る。
そんな沢村の反応に東は大笑いをした。
「やっぱりもう1回!もう1回勝負!」
「やらへん言うてるやろう。」
苦笑いをしながらそう言う東に、沢村はまたしてもぐぬぬと悔しがる。
「沢村、お前もピッチャーならよう見とけ。」
東のその言葉に沢村はキョトンとする。
「あいつは葉輪 風路。今の高校野球界で間違いなく日本一のピッチャーや。」
「日本一?」
東のパワプロに対する評価に、沢村は懐疑の目を向ける。
「俺でもどこまで葉輪に食い下がれるかわからへん。せやけど、お前にホンマもんの
怪物のピッチングを見せられる様に頑張ったるわ。」
沢村は息を飲んだ。
沢村は東との1打席勝負で、東は間違いなく自分が今まで対戦したバッターの中で
一番の強打者だと確信している。
その東をして、どこまでやれるかわからないというパワプロのピッチングが
全く想像出来ないのだ。
沢村は御幸とキャッチボールをして肩を作っているパワプロを見る。
すると、沢村はキャッチボールをしているパワプロのボールを見ただけで
ゾクリと寒気の様なものを感じたのだった。
これで本日の投稿は終わりです
また来週お会いしましょう