御幸とキャッチボールをして肩が出来上がったパワプロは、御幸を座らせて
各種ボールの感覚を確かめていく。
「一也、フォーシーム！」
「おう！」
ミットを叩いて応えた御幸に、パワプロが独特な投球モーションでボールを投げ込む。
パァン！
御幸のミットが心地好い捕球音を出すと、バッティングケージの後ろで川上達と一緒に
パワプロの投球を見学する沢村の全身に鳥肌が立った。
（なんだよ、今のボールは…？）
パワプロが投げ込んだフォーシームは沢村にとって見たことが無いボールだった。
いや、正確にはフォーシームならば沢村も多く見てきている。
だが、パワプロのボールは同じフォーシームだと認識出来ない程のノビを見せたのだ。
２球、３球とフォーシームを投げ込むパワプロの姿を沢村は瞬きを忘れて凝視する。
（どうすれば…どうすれば俺もあれを投げられる？）
羨望、憧れと入り雑じりながらも沢村はパワプロから目を逸らさない。
「一也、カーブ！」
パワプロは簡単なジェスチャーと一緒に球種を宣言するとカーブを投げ込んだ。
（高めに抜けた？）
沢村がそう勘違いする程にパワプロのカーブは高めへと…それこそバッターが立っていれば、
その頭を超えるのではと思う高さへと向かっていく。
だが、パワプロが投げ込んだそのボールはそこから急激な変化を見せて、
真ん中に構える御幸のミットに納まった。
「はぁ！？なんだ？！今の変化！？」
思わずといった感じで沢村が声を出してしまう。
何でもない事の様に続けてカーブを投げ込むパワプロの姿に、
沢村は興奮した様子で東条に声を掛けた。
「な、なぁ東条！今のボールは何だ！？」
「何だって、葉輪さんはカーブって言ってただろ。」
東条は夏の高校野球選手権大会や秋の高校野球選抜大会のパワプロの
ピッチングを動画で見ている。
なので目の前でパワプロのピッチングを見ても沢村程の動揺はなかった。
もちろん、東条もパワプロのピッチングを見て興奮はしているのだが、
自分以上に興奮している沢村を見て逆に冷静になったのだ。
「だから、カーブってどうやって投げるんだよ！？」
「…いや、お前もピッチャーなんだよな？」
沢村の言葉に東条は呆れた様に言葉を返す。
「一也、次チェンジアップ！」
２、３球投げて感覚を掴んだパワプロが次の球種を投げ込む。
だが、沢村はフォーシームやカーブ程の驚きは感じなかった。
「ん？何だあれ？すっぽ抜けたのか？」
沢村のその言葉に東条と川上の膝がカクッと抜けた。
「おい、沢村ぁ！」
思わずといった感じで東条が沢村にツッコミを入れると、沢村はチェンジアップを
投げ込んでいるパワプロを指差して話す。
「でもよ東条、あんな緩いボールなら俺でも打てるぞ。」
その沢村の物言いに東条は両手で頭をガシガシと掻く。
「まぁ、チェンジアップの凄さは実際に打席に立ってみないとわかりにくいから。」
そう言って川上が沢村をフォローする。
後輩になるかもしれない沢村を気遣ういい先輩である。
尊敬するパワプロの凄さを沢村がいまいち理解していないと思っている東条は、
首を傾げている沢村に小一時間は話をしてやりたいと感じていた。
「一也、最後にスライダー！」
チェンジアップを２、３球投げて感覚を掴んだパワプロが最後にスライダーを投げ込む。
パワプロがボールを投げ込んだ瞬間、沢村はそのボールを右打者のアウトコースに
外れる真っ直ぐだと認識した。
だが、そのボールは圧倒的なキレで変化して真ん中に構える御幸のミットに納まった。
「…え？」
沢村はパワプロのスライダーの変化を理解出来ずに呆然としてしまう。
そしてパワプロが２球目のスライダーを投げ込むと、興奮した沢村が
東条の肩を掴んで揺さぶった。
「お、おい東条！今の！今のは何だ？！」
「ゆ、揺するな沢村ぁ！」
「だって！こう、真っ直ぐだったボールがギュンって！ギュンって変化したんだぞ！？」
大きな手振りを加えて話す沢村の反応に、バッティングケージの後ろにいた皆が苦笑いをする。
「沢村くん、あれは葉輪くんのスライダーよ。」
「スライダー？」
「葉輪くんのスライダーはちょっと特殊な握りで、ツーシームと同じ握りなのよ。」
「へ～…で、ツーシームって何だ東条？」
「そこからかよ！？」
東条のツッコミに川上と高島がクスクスと笑ってしまう。
「沢村、それと…東条やったな？」
「は、はい！」
バッティングケージ内でパワプロのボールを見ていた東が沢村と東条に声を掛けた。
「お前らが来年青道に来るんやったらよう見とけ。お前らが争う青道の
エースのピッチングをな。」
「エース…。」
エースの言葉に沢村は唾を飲み込む。
「今の青道は秋の大会に負けた事でレギュラー争いが激しくなっとる。その中で唯一、
１軍のレギュラーが確定しとるのがあの男や。」
東が目を向けた事につられて沢村と東条もパワプロに目を向ける。
「もし仲間とワイワイ楽しい野球をやりたいんなら他の高校に行った方がええ。
せやけど、本気でうまなりたいんなら葉輪と争うのをすすめるで。」
そう言って東は振り向くと沢村と東条に不敵な笑みを見せる。
「葉輪は俺達が１つ成長する間に２つも３つも成長する奴や。ホンマに
追い掛けがいがある男やで。」
東のこの言葉に沢村と東条はパワプロにまた目を向ける。
そして本当に楽しんで投げているパワプロの姿に、沢村と東条は身を震わせたのだった。
本日は５話投稿します。
次の投稿は９：００の予定です。