丹波達がフォーシームの握りをパワプロに教えてもらってから一ヶ月、世間は所謂クリスマスと呼ばれるイベントで賑わっていた。
だが、高校球児にとっては冬休み真っ只中のオフシーズンである。
この時期にどれだけ身体をいじめぬき、レベルアップ出来るのかに、春にレギュラーの座を奪取出来るか、レギュラーの座を守れるかが掛かっているのだ。
そして強豪と呼ばれる青道高校でもそれは変わらない。
いや、より厳しい練習をしているかもしれない。
青道高校野球部の冬休みの練習は午前は部活動としての練習だが、午後は部員個人に考えさせる自主練習となっている。
自主練習であるため残る必要はないのだが、部員の誰もが練習に励んでいた。
これはオーバーワークにならぬ様に片岡や落合が一軍、二軍など関係なく巡回しており、彼等にアピールする機会でもあるからだ。
その為、青道高校野球部の皆はクリスマスである今日も、世のカップル達に中指を立てて練習に励んでいるのである。
だが、そんな青道高校野球部の一員でありながら今日この日に限っては午後の自主練習に参加しない者がいた。
それは…。
「貴子ちゃん、お待たせ!」
パワプロこと葉輪 風路である。
パワプロは現在、幼馴染みである藤原 貴子と恋人として順調に交際をしており、クリスマスの今日は恋人の貴子とデートをする予定なのだ。
そんなパワプロに同じ青道野球部の一年生達が心のこもった言葉を送っていく。
「チクショー!絶対に一軍になってやる!」
「爆発しろぉ!」
「打撃投手の時にはピッチャー返しに気をつけろよゴラァ!」
皆が眉を吊り上げながら中指を立ててパワプロを祝福していく心暖まる青春の光景である。
その光景を見て貴子が苦笑いをするが、パワプロと手を繋ぐと頬を朱に染めて喜ぶ。
青道野球部の一年生達の大ブーイングの中、パワプロと貴子は仲良く帰路につくのだった。
◆
一度帰宅したパワプロと貴子はシャワーを浴びて着替えてから街中へと手を繋いで歩き出す。
クリスマスの今日ばかりは野球漬けの日々を忘れて二人きりでデートを楽しむのだ。
パワプロと貴子は先ず、予約していたレストランで昼食を取る。
周囲もカップルが多く、中には指輪を恋人にプレゼントして皆に祝福の拍手を送られている組もあったりした。
昼食を終えた二人は街中でウインドウショッピングを楽しんでいく。
カップルの二人なのだから洋服等を見ていくと思いきや、スポーツ用品店でグローブやらスパイクやらを見ていく何とも色気の無いデートである。
野球バカのパワプロにエスコートされているのだから仕方ないのだが、貴子も野球が大好きなので欠片も不満を持っていない。
それどころかパワプロとのデートを心の底から楽しんでいた。
次に二人が向かったのはバッティングセンターだった。
二人が何度か交互に打撃を楽しんだ後、貴子はパワプロに九分割の的当てをお願いした。
貴子はパワプロの投げる姿が誰よりもカッコいいと思っており、今日だけはパワプロに自分の為に投げてもらいたいと思ったからだ。
パワプロは貴子の願いを笑顔で受け入れた。
パワプロは貴子のリクエスト通りの番号の的を抜いていく。
フォーシームだけでなくカーブや高速スライダーも使って的を抜いていくと、初めはカップルで来たパワプロに舌打ちをした者達が、パワプロのピッチングを見る観客へと変わっていった。
2ゲーム、3ゲームと連続で貴子のリクエスト通りの番号を抜いてパーフェクトを達成していくと、バッティングセンターはお祭り騒ぎとなっていった。
4ゲーム目もパーフェクトを達成して二人がバッティングセンターを後にしようとすると、バッティングセンターにいた人達が二人を拍手で送り出したのだった。
◆
貴子ちゃんとのクリスマスデートも終わり、二人で家にまで帰りついた。
「貴子ちゃん、今日は俺ばっかり楽しんでゴメンね。」
「私も楽しかったよ、フーくん。」
そう言ってくれる貴子ちゃんは本当に最高の恋人だと思う。
名残惜しいけど、貴子ちゃんとのデートはこれで終わりだ。
「それじゃ貴子ちゃん、また明日!」
そう言って踵を返すと、不意に貴子ちゃんに袖を掴まれた。
驚きながら振り向くと、貴子ちゃんは顔を真っ赤にしながら俯いている。
「どうしたの、貴子ちゃん?」
「あ、あのね、フーくん。今日、お父さんとお母さんがいないの…。」
実は藤原家だけでなく、我が家の両親も今日はプチ旅行に行っているので家にいない。
「俺の両親と一緒に一泊二日のプチ旅行に行くって言ってたね。」
「うん、だからね、その…。」
貴子ちゃんは一度言葉を切ってからキュッと唇を結ぶと、意を決した様に顔を上げた。
「今日はずっと、私と一緒にいてほしいの!」
…はい?
貴子ちゃんの言葉を何度も頭の中で繰り返す。
えっと、その…どういうことだってばよ!?
「その…ね?お母さんからこういった物を…もらってるの…。」
そう言って貴子ちゃんはバッグからとある箱を取り出す。
それは…大人のエチケットアイテムが入った箱だった。
「…えぇ!?」
俺は本当に何度もその箱を見直してしまう。
そんな俺に貴子ちゃんは近付いて来て、正面から俺の腰に手を回し抱き付いてきた。
身体に感じる貴子ちゃんの柔らかな感触で俺の背筋がピンッと伸びる。
「フーくん…大好き。」
俺は夏の甲子園の決勝でも感じたこと無い大きな緊張で、心臓がバクバクと鳴り続けたのだった。
◆
ピロン♪
『おめでとうございます!大人の階段を登った事を祝福してボーナスポイントを贈呈します!』
『おめでとうございます!大人の階段を登った事で弾道が1成長しました!』
これで本日の投稿は終わりです。
不純異性交遊?恋は戦争なんですよ。仕方ないね。
また来週お会いしましょう。