貴子ちゃんとのクリスマスを過ごした翌日、俺は朝早くに先日から準備をしておいた冬合宿のための泊まり込み用の荷物を背負って『藤原家』の玄関に立つ。
「フーくん、お待たせ。」
優しく微笑む貴子ちゃんの表情はいつも通りの筈なのに、昨日よりもずっと魅力的に見える。
一緒に大人の階段を登ったからだろうか?
顔がニヤケそうになるのを頬をピシャッと叩いて引き締める。
「行こうか、貴子ちゃん。」
「うん。」
俺が差し出した手を貴子ちゃんは自然に取ってくる。
そして澄み渡る冬空の下を俺達は手を繋いで歩き出すのだった。
◆
かなり時間に余裕を持って青道高校に辿り着いた俺達なんだけど、校門前に何故か夏川と梅本、そして礼ちゃんが待っていた。
三人が何かを問うように目線を貴子ちゃんに向けると、貴子ちゃんは微笑んで応えた。
すると、三人から小さな歓声が上がった。
…こういうとき、男ってどうしたらいいんだ?
俺は夏川と梅本の二人と笑顔で話しながら歩いていく貴子ちゃんの背中を呆然と見送った。
そんな俺に礼ちゃんが話し掛けてきた。
「葉輪くん、おめでとうって言った方がいいのかしら?」
「いや、礼ちゃん、それは教師としてどうなの?」
「教師として対応してほしいのなら、ちゃんと先生って呼んでね。」
俺は礼ちゃんの返事に苦笑いを返す。
「教師としては節度を持ってお付き合いを…と言わなければいけないんでしょうけど、私個人としては二人の事を応援しているから。」
「うん、ありがとう、礼ちゃん。」
俺が笑顔でお礼を言うと、礼ちゃんがため息を吐いた。
「一時間後には冬合宿が始まるから、葉輪くんも早く準備をしなさい。」
礼ちゃんの言葉に返事をすると、俺は寮に向かって歩き出すのだった。
◆
青道高校恒例の冬合宿が始まった。
例年通りならクリスマスから年末までが冬合宿の期間なんだけど、今年はクリスマスが終わってから元旦の休みを挟んで、三日までが冬合宿となる。
これは落合コーチとの合宿メニューの相談に時間が掛かったからだそうで、来年は今年の冬合宿の様子を見て日程を戻すかどうか判断するそうだ。
そんなわけで始まった冬合宿は身体作りが中心だった。
午前中はダッシュやサーキットトレーニング等をしていって、午後からは主にフリーバッティングやシートバッティングが中心だった。
俺達投手陣は寒い時期という事もあって過度の投げ込みは禁止されている。
なので軽めの投球でバッティングピッチャーをしていく。
しかし、俺が投げる時には妙にセンター返しを狙おうとする人が多いんだけど…気のせいかな?
「もっと引き付けてコンパクトに!」
「惜しい惜しい!タイミングは合って来てるよ!」
「あの日の涙を忘れるな!せめて一本だけでも弾き返せ!」
軽めの投球ということでフォーシームの球速を140km前後に抑えているんだけど、皆のやる気が空回りしているからなのか、打球が中々前に飛ばないみたいだ。
「バットを短く持ってるのに当たらねぇ!」
「諦めるな!あの日に涙を流した多くの俺達のためにも諦めるな!」
「リア充ノ発展ニハ俺達ノ犠牲ガ付キ物デース…。」
そんな感じでやる気に満ちた冬合宿はあっという間に過ぎていき、完全休養となる元旦の日がやって来たのだった。
◆
「それじゃ俺は貴子ちゃんと初詣に行ってくるけど、一也はどうするんだ?」
「ん?筋肉痛で動けないからストレッチで解してからゆっくり寝正月を過ごす。」
そう言いながら一也は熱いアップルティーを一口飲む。
俺は特殊能力のおかげで筋肉痛にならないんだけど、他の部員の皆は残らず筋肉痛になってるんだよね。
「パワプロ、門限に遅れるなよ~。」
ニヤニヤと笑いながら一也に見送られて、俺は貴子ちゃんと一緒に初詣に向かったのだった。
◆
「フーくん、何をお願いするの?」
私服姿の貴子ちゃんが俺と手を繋ぎながらそう聞いてくる。
「お願いする事はないかな。貴子ちゃんとは恋人になれているし、野球に関しては自分で叶えたいからね。だから、今日は神様に感謝しようと思うんだ。」
「それじゃ、私もフーくんと恋人になれた事を感謝するね。」
そう言って貴子ちゃんは笑顔になった。
可愛い。
貴子ちゃんと恋人になれた事を全力で女神様に感謝しよう。
俺はお賽銭を入れて女神様に感謝の念を捧げる。
すると…。
ピロン♪
頭の中にいつもの機械音が流れた。
絶対に女神様は俺の事を見てるだろ…。
そう思いながら通知を確認する。
『明けましておめでとうございます。ささやかですがお年玉としてボーナスポイントを贈ります。』
え?感謝しただけで1試合分もポイントをくれるの?
今までのポイントもまだ使いきれてないんだけど?
…まぁ、貰えるものは貰っておくか。
俺はもう一度女神様に感謝を捧げると、貴子ちゃんと手を繋いで初詣の混雑の中を歩き出すのだった。
◆
初詣を終えた後は少しデートをしてから早めの昼食を取った。
まだ冬合宿中という事もあって今回のデートはこれで終わりだ。
そんなわけで貴子ちゃんを家にまで送っていくのだった。
◆
「フーくん、今日はありがとう。楽しかったよ。」
家の前まで辿り着くと貴子ちゃんがお礼を言ってきた。
「うん、俺も楽しかったよ、貴子ちゃん。」
心の底からそう思う。
まだ時間は早いけど、冬合宿中だしもう戻ろう。
「それじゃ、俺は寮に戻るね。」
そう言って踵を返した俺の袖を貴子ちゃんが掴む。
あれ?なんかデジャヴ。
「あのね、まだ時間は大丈夫だよね?」
「うん。」
「今日、お父さん達、お祖母ちゃんの家に行ってるからいないの…。」
我が家も同じ状況である。
…謀ったな!?母さん!
貴子ちゃんに抱き付かれた俺は胸がドキドキとしながらも抱き締め返す。
そして門限ギリギリに寮に戻る俺の脳内に、また機械音が鳴り響いたのだった。
本日は5話投稿します。
ほら、正月って目出度いやろ?せやからお祝いせなアカンねん。
赤飯炊いて。
次の投稿は9:00の予定です。