春の高校野球選抜全国大会の決勝戦が始まろうとしていた。
青道と戦う大阪桐生の監督である松本は、その大きな身体を揺らす様にして大きなため息を吐いていた。
「どうにか準決勝は勝てたんやが、葉輪君相手にあんなおこぼれは願えないやろうなぁ…。」
松本の脳裏に浮かんでいるのは成宮の敬遠暴投である。
どこかで成宮の気持ちが切れるのを狙って待球作戦を仕掛けたのだが、万全の状態のパワプロ相手には意味が無いだろうと考えていた。
「そうなるともう完全に決め打ちしかあらへんやんか。相手はまだ高校1年生やで?なんやねんそれ。」
松本は帽子を外すと頭をガシガシと掻きながら肩を作っているパワプロに目を向けた。
(去年の夏に比べて身体の厚みが増しとる。それに、背も伸びたんやないか?まるで高校生の中に一人だけプロがおるような気がするで…。)
パワプロがキャッチボールしている姿を見ていた松本は、パワプロが縦縞のユニフォームを着ている姿を幻視した。
松本は片手でピシャリと自身の頬を張る。
(アホか!現実逃避してる場合ちゃうぞ!気を引き締めんかい!)
マネージャーに頼み水を貰った松本は、それを頭から被って気を引き締めたのだった。
◆
(う~ん、今日は調子がいいなぁ。)
御幸と肩を作っているパワプロは、一球一球の感触に手応えを感じていた。
そしてその調子の良さを感じているのはパワプロだけでなく、ボールを受けている御幸も感じ取っていた。
(去年以来だな、後逸するかもって思うのは。)
そう考えた御幸は苦笑いをする。
(ほんと、受けていてこんなに面白いピッチャーはお前以外にいねぇよ、パワプロ。)
パワプロが投げてくる一球一球を御幸は笑みを浮かべながら受けていくのだった。
◆
春の高校野球選抜全国大会の決勝戦が始まった。
先攻は大阪桐生。
1回の表、大阪桐生打線はセーフティバントの構えを見せたり、バスターの構えを見せたりしてパワプロを揺さぶっていこうとした。
だが、パワプロの投球は逆に大阪桐生打線を飲み込んでいった。
初球、パワプロの152kmのフォーシームがインハイに決まると、大阪桐生の先頭打者はバントの構えのまま硬直してしまった。
パワプロのフォーシームに満員の甲子園が静かになる。
そんな空気など知らないとばかりに御幸がパワプロに返球すると、今度は歓声が甲子園球場を包み込んだ。
これを見た松本は直ぐに大阪桐生のメンバーに指示を出す。
「1打席は捨てても構へん。葉輪君のボールの軌道を目に焼き付けてくるんや!」
歓声に飲まれぬ様に松本が声を張り上げると、大阪桐生のメンバーも声を張り上げた。
まるでそうしなければ何も出来ずに負けると感じたかの様に。
続けて松本はエースの館に指示を出す。
「館、後を考えんでもええ、最初から全開で飛ばすんや!」
「はい!」
松本が出した指示はパワプロ攻略の為のものではない。
先ずはパワプロの投球に飲まれずに勝負出来る状況を作らなければならない。
こんな経験は松本の長い監督経験の中でも久しぶりのことだった。
(思い出すで…昔、怪物と騒がれたあの投手を攻略しようとした頃のようやないか。)
松本はその細い目を見開いてマウンドにいるパワプロを見詰める。
「久しぶりや。勝つためやのうて挑む為に采配を振るうのはな。さぶいぼが立って来たで。」
そう言いながらも松本は不敵に笑みを浮かべたのだった。
◆
春の高校野球選抜全国大会の決勝戦は中盤戦となる4回に突入した。
パワプロの投げる球筋を見る為に1打席を捨てた大阪桐生打線はここまで九連続三振されていた。
対する青道打線は大阪桐生のエースである館の全開投球の前に、ランナーは出すものの得点にまでは至らない状況が続いていた。
そんな状況から続く4回の表の大阪桐生の攻撃。
大阪桐生の先頭打者である1番バッターは、パワプロがここまで一番投げているフォーシームに狙いを絞って打席に入った。
初球、狙い通りのフォーシームが投じられたが、バットはかすりもしなかった。
この一振りで狙いを察した御幸はパワプロに変化球を要求して10連続目の三振を奪った。
続く2番打者も初球のフォーシームに決め打ちをしてピッチャーフライを打ち上げると、御幸は大阪桐生の狙いを察した。
(1球種に絞っての狙い打ちか…。少し球数が増えるけど、誘い球を使っていくか。)
ここで御幸は初球に高速スライダーを要求した。
大阪桐生の3番打者はこの1球を見送る。
(狙いは一番見せて来たフォーシームっぽいな…。まぁ、今日のパワプロのボールは狙われてても打たれる気がしないけどな。)
御幸は2球目にカーブを要求して緩急を作ると、3球目に高めに外れるフォーシームを要求した。
このつり球に大阪桐生の3番打者は手を出してしまい、11個目の三振を献上してしまったのだった。
本日は5話投稿します。
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