代打サヨナラ満塁ホームランを打ったクリスがゆっくりと1塁に向かって走り出した頃、スタンドで見学をしていた稲城の原田が席を立ち上がった。
「さぁ、表彰式だ。行くぞ、鳴。」
秋の大会以降名前を呼ぶようになった成宮に、原田は声を掛ける。
だが、成宮は俯いたまま顔を上げない。
それを見た原田は近くにいた稲城の仲間達に目を向ける。
「皆、すまんが先に行ってくれ。」
稲城の皆が行ったのを確認した原田は成宮の隣に腰を下ろす。
「…本当なら、俺がパワプロと投げ合う筈だった。」
「あぁ。」
「…俺ならクリスさんを抑えられた。」
「あぁ。」
ポツリポツリと溢す成宮の言葉に原田は返事をしていく。
「…ゴメン、雅さん。」
「何を謝る必要がある。あそこで俺が敬遠を選択しなければ、お前の集中が途切れる事は無かった。」
「…ゴメン。」
あの敗戦以降、それまでの勝ち気な性格が嘘だった様に成宮は肩を落とし続けている。
原田はそんな成宮の左肩にそっと手を置いた。
「お前のこの肩が、俺達をこの甲子園に連れて来てくれた。それは間違い無い事実だ。」
返事を返さない成宮に原田は言葉を続ける。
「お前は後1年半、高校野球で葉輪に挑戦が出来る。いや、お前ならさらにその先の大学やプロでも葉輪に挑戦出来る…ここで腐らなければな。」
原田は成宮の左肩を軽くポンッと叩くと席を立ち上がる。
そして…。
「待ってるぞ、お前が自分の足で立ち上がるのを。」
そう言うと原田は去っていった。
成宮は原田が去った後も俯いて肩を落とし続けたのだった。
◆
表彰式が終わって今は帰りの新幹線の中だ。
記者の人やテレビの取材で危うく新幹線に乗り遅れるところだったぜ。
そう言えば成宮が表彰式にいなかったんだけど、どうしたんだろうな?
「フーくん、どうしたの?」
隣の席に座っている貴子ちゃんが声を掛けてきた。
「ん?表彰式に成宮がいなかったなぁって思って。」
「暴投でサヨナラ負けしちゃったから、まだ落ち込んでいるんじゃないかな?」
う~ん、貴子ちゃんの言う通りかな?
疑問が解けたら眠気が出てきて欠伸が出てしまった。
「フーくん、寝ていいよ。」
「うん、おやすみ、貴子ちゃん。」
俺は貴子ちゃんの言葉に甘えて目を閉じたのだった。
◆
寝息を立て始めたフーくんの肩が冷えない様にタオルを掛ける。
(やっぱり、フーくんの寝顔は可愛いなぁ…。)
フーくんと初めて出会った幼稚園の頃から、私はずっとフーくんを見続けて来た。
そんな私は今、フーくんと恋人関係になって順調に交際を重ねている。
去年のクリスマスからは恋人として…その…そういうこともする様になったし、フーくんの寝顔は何度も見ているんだけど、何度見ても飽きる事は無い。
フーくんの恋人である事で、学校ではそれなりに嫌がらせの様な事をしてくる人もいるけれど、そういう事があった時には高島先生が直ぐに対処してくれるから問題無い。
フーくんが有名になってから近寄って来る様な人達に譲るつもりは欠片もないわ。
だって、私はずっとフーくんが好きだったんだから。
私はもう一度フーくんの寝顔を見る。
…恋人だし、いいよね?
私は周囲を確認すると、静かに寝息を立てるフーくんと唇を重ねたのだった。
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