「貴子ちゃん、お待たせ。それじゃ、一緒に行こう。」
「うん。」
春の高校野球選抜全国大会が終わってから少し経った頃、パワプロは高校2年に、貴子は3年生に進級した。
そして先日、青道高校野球部には一般入学の生徒に先駆けて、推薦入学や特待生の生徒が入寮していた。
今日はその推薦入学や特待生として先駆けて入寮した新1年生が初めて野球部の練習に参加する日なのだが、パワプロと貴子はいつも通りに二人で朝練に向かっていく。
「貴子ちゃん、ちょっと一也にモーニングコールをするね。」
そう言うとパワプロは利き手である左手で携帯電話を操作していく。
空いている右手は貴子の左手と繋がれていた。
先日の春の甲子園で優勝した事もあって、現在のパワプロは以前よりも多くのマスコミに取材を申し込まれる様になっていた。
もちろんその中にはパワプロのゴシップネタを狙う輩もいるのだが、パワプロと貴子の二人は以前と変わらずに交際を続けている。
これは両家の両親と高島による連携のおかげである。
両家の父親達は既に勤めている会社の顧問弁護士に色々と話を通しており、何かがあった場合には直ぐに動いてもらえる様にしている。
対して高島の方はというと…。
「誠実なひととなりと野球に対する理解を持った藤原さんとの交際が葉輪くんにとって最適です。」
この様な事を言って父親である青道高校理事長を説得して二人の関係を全面的に応援する態勢を作り上げていた。
ここで不純異性交遊を問題として理事長が上げたが、パワプロの知名度から多くの異性が寄ってくることは明白である。
ならば献身的にパワプロを支えるとわかっている貴子が最適であると結論をだし、二人の関係を応援していくと決めさせたのだ。
貴子が携帯電話で御幸に電話を掛けているパワプロの横顔を見ると、どうやら御幸が電話に出た様だ。
『…もしもし?』
電話越しの御幸の声はとても眠そうである。
パワプロがモーニングコールをしなければ確実に朝練に寝坊していただろう。
その事がわかったパワプロと貴子は揃って苦笑いをする。
「おはよう、朝練の時間だぞ、一也。」
『うぇっ!?サンキュー、パワプロ!』
慌てた様子で御幸が電話を切ると、パワプロと貴子は顔を見合わせて肩を竦めたのだった。
◆
「おい!起きろ、沢村!朝練の時間だぞ!」
パワプロからのモーニングコールで目覚めた御幸は、大きな声でまだ寝ている同室の者を起こす。
「ん~?朝練?」
寝惚けた様子で身体を起こしたのは高島のスカウトで青道に入学した新1年生の沢村だ。
昨日、故郷の長野から上京して入寮した沢村なのだが、昨夜は御幸を質問攻めしたのと、慣れない環境のために少々寝不足になっていた。
「…あっ!?」
「飯を食ってる時間は無いぞ!顔を洗って目を覚ましてこい!俺は目覚ましの飲み物を淹れておくから!」
「おう!」
慌ただしく沢村が洗面所に駆けていくのを見送った御幸に、もう一人の同室の者が声を上げる。
「まったく、朝から騒がしいな。」
「すいません、丹波さん。」
青道野球部の寮は1年、2年、3年を合わせて部屋が割り振られている。
なので沢村、御幸、丹波が同室になっているのだ。
「御幸、初日ぐらいは沢村を遅刻させてもよかったんじゃないか?」
「きついっすねぇ、丹波さん。」
「冗談だ。昨日はお前達に付き合わされて俺も少し寝不足だからな。嫌味の一つぐらい言わせてくれ。」
昨日、入寮するなり御幸と丹波に沢村はパワプロ超えを宣言したのだが、丹波は沢村のその前向きな性格を評価していた。
沢村が高島にスカウトされた事は知っていたので、沢村にはそれなりに才能があるのだろうと認識していたが、それ以上に投手向きな性格がスカウトされた理由かもしれないとも考えていた。
「御幸、葉輪を超えると言った沢村をどう思う?」
「無理とは言いませんよ。俺もクリスさんに挑んでいる立場ですからね。」
「そうか。まぁ、俺や伊佐敷も葉輪を追いかけているからどうこうは言えないか。」
丹波にとってパワプロは憧れのヒーローに近い存在だ。
そんなパワプロの背中を追うことは丹波にとってこの上なく楽しい事であり、成長を自覚出来る事であるのだ。
「それじゃ、俺は先に行くぞ。」
「はい。」
既に着替えを終えていた丹波が部屋から出ていくと、入れかわる様に沢村が戻ってくる。
御幸は電気ケトルで沸かしていたお湯でアップルティーを淹れると、沢村にもアップルティーを差し出しながら寝起きで渇いている喉を潤していくのだった。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。