「ヘイ!チョットイイデスカ?」
春の東京神宮大会の1回戦の後、貴子ちゃんと一緒に家に帰っていたら片言の日本語で話し掛けられた。
俺は貴子ちゃんと一緒に振り向くと、そこにはブロンドヘアーに青い瞳の大人の男性と日本人の男性が立っていた。
「ボクハデスネ…。」
「『英語で良ければ少し話せますよ、ミスター。』」
俺が英語で言葉を返すと、男性は驚いた表情をしながらも笑顔になった。
「『綺麗な英語だね、葉輪くん。』」
「『俺の事を知っているんですね、ミスター。』」
「『おっと、これは失礼。僕はこういう者だ。』」
そう言って男性は俺に名刺を差し出してくる。
名刺にはロス・ロジャーズのスカウトのベックと書かれていた。
「『ロジャーズのスカウトですか?』」
「『その通りだよ、葉輪くん。』」
「『話には非常に興味あるんですけど、残念ながらスカウトの話をするなら学校を通してください。』」
俺がそう言うとベックはサムズアップをしながら話し出した。
「『問題無いよ。大会終了後に君とのアポイトメントは取ってある。今日はその前の挨拶さ。』」
「『随分と準備がいいですね、ベックさん。』」
「『ベックで構わないよ、葉輪くん。それに、もっとフランクに話してくれていいさ。』」
「『じゃあ、俺もパワプロでいいよ、ベック。』」
俺とベックがお互いにサムズアップをすると、同時に笑いだす。
うん、ベックはいい人だ。
実はベック以外にもプロ野球のスカウトの人が接触をしてきた事があるんだけど、ちょっと恩着せがましいというか、上から目線というか、面倒な相手だったのだ。
「『ところでパワプロ、そちらの女性は恋人かい?』」
「『うん、俺の恋人の貴子ちゃんだよ。』」
「『そうかい。それじゃあ、貴子も後日の僕達の話し合いに参加してもらおうか。』」
ベックの提案に俺と貴子は驚いて目を見開く。
「『ベックさん、私も参加していいんですか?』」
「『おや?貴子も英語を話せるのかい?』」
「『はい。小さい頃からフーくんと一緒に勉強してきましたから。』」
「『それは素晴らしいね。もっとも、一緒に来ている通訳の彼の仕事が無くなってしまったけどね、ハッハッハッ!』」
貴子ちゃんの言葉通りに俺と貴子ちゃんは幼稚園の頃から英語の勉強をしてきた。
当時の俺はメジャーに行くとは考えてなかったけど、もしかしたら父さん達はそうなるって思っていたのかもしれないな。
親って凄い。
ちなみに、最近の俺と貴子ちゃんはスペイン語の勉強もしているぜ。
何故か一也も参加してな!
「『それじゃパワプロ、大会での活躍を見守っているよ。スカウトとしてはもちろん、君のファンの一人としてね。』」
「『うん、頑張るよ、ベック!』」
俺とベックはお互いにまたサムズアップをして別れる。
ベックと一緒に来た男性は仕事が無くなったからなのか、ずっと苦笑いをしてたな。
「フーくん、大会が終わってからの楽しみが出来たね。」
「うん、ベックと笑顔で話す為にも優勝しないとね。」
俺は貴子ちゃんと手を繋ぐと、笑顔で会話をしながら家に帰っていったのだった。
◆
「一也、寮は慣れたか?」
「たまにモーニングコールを貰わないと起きられないくらい夜更かしをしちまうけど、それ以外では問題無いかな。」
「一番解決しなきゃならない問題が残っていると思うがな。」
ファミレスで食事をしながら御幸と会話をするのは彼の父親である。
御幸は今日の試合に途中出場をしている。
パワプロが川上と交代した際に、クリスと交代したのだ。
そこで打撃と守備での活躍をスタンドで見ていた御幸の父親が、試合終了後に食事に誘ったのだ。
「母さんも喜んでたぞ。」
「俺を誘わずに母さんを食事に誘う甲斐性ぐらい見せろよな。」
「そんな甲斐性があれば別れなかっただろうなぁ…。」
御幸の家庭は父子家庭である。
その為、御幸は父親一人に育てられて来た。
しかし、御幸の両親が別れたのはお互いに仕事を優先したかったからであり、夫婦としての仲が悪かったからでは無い。
その事を御幸は幼い頃から理解していたので、父親と別れた母親に悪い感情を持っていない。
もっとも、その事に納得出来る様になったのはシニアに上がってからだったが…。
「それで一也、お前はどうするつもりなんだ?」
「ん?なんのこと?」
「とぼけるな。」
そう言って御幸の父親は月刊野球王国のある記事のページを御幸に見せる。
「お前、葉輪くんとアメリカに行きたいって悩んでるだろ?」
御幸は父親の言葉を認める様に苦笑いをすると頭を掻く。
「父親ってすげぇな。」
「いや、気付いたのは母さんだ。」
「おい、感動を返せ。」
ジト目で見てくる御幸に、父親は口笛を吹いて誤魔化す。
「親父の言う通り、俺はパワプロとアメリカに行きたいって思ってる。」
「そうか、行ってこい。」
「いや、行ってこいって…。」
「金の事は心配するな。母さんには逃げられたけど、お前が自立出来るまで何とかするぐらいの甲斐性はあるつもりだ。」
笑顔でそう言う父親に御幸は頭を下げる。
「親父…ありがとう。」
「お礼は出世払いで母さんとのアメリカデートな。それと、後で母さんにも礼を言っておけよ。」
「おう!」
笑顔で返事をした御幸はファミレスでの食事を再開する。
育ち盛りな息子の食欲を見た父親は、その姿を携帯電話で撮影して母親へと送ったのだった。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。
御幸の家庭事情が少し原作と違うと思いますが、予めご了承ください。