春の東京神宮大会の準々決勝の青道と市大三高の試合は1回の表で4ー0と青道がリードをしていた。
ランナー無しではあるが、ノーアウトで打順は5番バッターの増子。
増子はこの大会から1軍に復帰していたが、この試合が久しぶりの公式戦スタメンだった。
(出来れば守備から始めたかったが…。)
去年の秋の選抜東京地区大会の決勝戦でエラーをした事で2軍落ちした増子は、2軍の練習でひたすら基礎練習を重ねてきた。
そして今大会前の紅白戦でついに1軍に返り咲いたのだが、あの時のエラーの記憶は今もまだ増子の記憶に色濃く残り続けている。
(気持ちをきりかえろ。あの時の二の舞になる。)
ウガッ!と気合いを入れた増子は打席に入ると、天久と代わってマウンドに立つ真中に目を向ける。
(片岡監督の指示は『自由に打て』。だが、消極的な打撃をすれば俺の夏は無くなるだろうな…。)
積極的なチャレンジでの失敗には寛容な片岡だがその反面、消極的な姿勢での失敗には厳しい対応を取る。
故に、増子はこの打席が勝負だと思っていた。
(あの時の失敗を引き摺るか、振りきる事が出来るか…。)
バットを握る増子の手に自然と力が入る。
(俺に小湊の様な器用なバッティングは無理だ。詰まってもいい、振りきれ!)
心を決めた増子に対する真中の初球。
真中は力を込めたフォーシームを投げ込んできた。
コースはアウトコース寄りだが甘い。
この1球に増子はバットを振りきる。
だが…。
ガキッ!
差し込まれた形で振りきると、打球は1塁線を切れてファールとなる。
増子は一度打席を外してバットを振る。
(差し込まれたが悪くない。迷わずにバットを振れ!)
打席に戻った増子を見た真中が投球モーションに入る。
2球目。
真中はもう一度力を込めたフォーシームを投げ込んだ。
増子がバットを迷いなく振りきると今度は打球に角度がついたが、打球はライト線を切れてファールとなった。
これでノーボール、ツーストライク。
バットを短く持つか一瞬迷ったが、増子はグリップをそのままに打席に立つ。
3球目。
3球連続でフォーシームを投げ込んだのだが、真中は力が入り過ぎたのかこの1球は高めに外れてワンボール、ツーストライクとなった。
そして4球目。
ここで真中は得意球の高速スライダーを投げ込んだ。
追い込まれているのもあって増子はスイングをするが、バットはしっかりと振りきった。
だが…。
ガキッ!
ボールの上っ面を叩いた打球はショートゴロとなり、市大三高に待望のワンアウトをもたらす結果になった。
1塁まで全力で走った増子は悔しそうに表情を歪めながらベンチに戻る。
そんな増子に片岡が声を掛けた。
「増子、結果は出なかったがいいスイングだった。そのスイングを続けていけ。」
この片岡の一言で増子の中で燻っていた気持ちが晴れていった。
まだ完全にあの時のエラーを吹っ切ったわけではないが、これで増子はプレーに集中出来るだろう。
増子が片岡に大きな声で返事をすると、ベンチの仲間達が増子に次々と声を掛けていく。
その仲間達の声に、増子は半年振りに心からの笑みを浮かべたのだった。
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