春の東京神宮大会の準々決勝である青道と市大三高の試合の2回の表、倉持はノーアウトで出塁すると、9番バッターである伊佐敷に対する初球に盗塁を敢行した。
「ち、チーターだ!あそこにチーターがいるぞ!」
「何言ってるのよ。」
スタンドで倉持の足の速さに驚く沢村に若菜が冷静にツッコミを入れているが、試合は止まらずに続いていく。
倉持の盗塁が成功してノーアウト、2塁の状況になると、片岡は伊佐敷に送りバントのサインを出した。
この送りバントは成功して状況はワンアウト、3塁へと変わり、打者は1番バッターのパワプロだ。
既に4点差がついている市大三高はこれ以上の失点は避けたい。
だが、失点を避けようとして余計に傷口を広げてしまう事もあるのが野球だ。
マウンドに集まった市大三高の内野陣に決断が迫られる。
「1点は覚悟しよう。」
エースである真中の言葉に市大三高の内野陣が頷く。
「ここで無理に葉輪を抑えても上位打線が続く。リズムを崩して抑えられる相手じゃない。」
マウンドで円陣を組んで気合いを入れてから市大三高の内野陣が守備位置につくと、パワプロと真中の勝負が始まった。
初球、真中はインローにワンバウンドとなる高速スライダーを投げ込んだ。
パワプロはしっかりとタイミングを取ったが、この1球を見逃した。
市大三高のキャッチャーはボールを捕球出来ずに弾いてしまったが、しっかりとブロッキングをしてボールを前に転がし、倉持のホーム突入を防いだ。
この1球にスタンドで試合を見ている落合が唸る。
(いいマウンド度胸だな。おそらくはアウトコースで勝負をかける為にインコースに投げ込んだんだろうが、後逸の可能性を考えるとあそこまで投げ込む事は難しいんだが…。)
顎髭を扱きながら落合は打席にいるパワプロに目を向ける。
(葉輪は基本的にインコースしか待っていない。それを考えれば今の1球はありだ。しかし、今のペースでは中盤までしか持たないだろうな。)
落合はパワプロに向けていた目を、レフトの天久に向ける。
(彼が復活する事を想定しているのか?それとも、夏の為にこの大会は捨てたか?どちらにしろ、これから先の市大三高のキーマンは彼だな。)
片目を閉じて天久を観察していた落合は、胸ポケットから手帳を取り出してメモをするのだった。
◆
(う~ん、もう少し高ければ打てたんだけどなぁ。)
真中が投げ込んだインローの高速スライダーを見送ったパワプロは、自然体で次の1球を待っている。
すると、パワプロの打ち気を外す為なのか、真中は3塁に牽制を入れた。
(もう1球インコースに来ないかなぁ?)
そう思うパワプロがケアをしているのは常にインコースである。
これはリトル時代にクリスからデッドボールに気を付ける様にと指導を受けたのを、今も変わらずに守っているからだ。
野手の練習をする様になって打撃にも興味が出てきたパワプロだが、彼が一番好きなのはピッチングである。
その為、デッドボールでケガをするのを避けるのを優先しているのだ。
もっとも、それ故にパワプロはアウトコースを打つのを苦手としているのだが、能力でミートを成長させた事でヒットを打つぐらいならばやってやれない事もない。
しかし…。
(もう一本ホームランを打ちたいなぁ。)
パワプロに上手く逆方向に打とうという気持ちは欠片も無い。
それどころか繋ごうという意識すら皆無である。
そんなパワプロを落合は苦笑いをしながら生粋のピッチャーだと称していた。
だが、パワプロもベンチから指示が出れば素直にバントをする。
しかし、そうでない場合は自身が楽しむ事を最優先するのだ。
パワプロがホームランを打ちたいと考えている中で真中が投じた2球目。
真中はアウトハイのフォーシームを選択した。
コースは甘めのストライクゾーンだったが、パワプロはこの1球を見送る。
(惜しい、もう少し内側なら引っ張れたのに。)
続く3球目、真中はインコースのボールゾーンにフォーシームを投げ込む。
この1球にパワプロのバットがピクリと反応するが、パワプロはバットを振らずに見送る。
(今の打ちにいっても良かったかなぁ?打てそうな気はしたんだけど。)
パワプロの打席の立ち位置はバッターボックスの内側のラインから一足分離れている。
その為なのか、ホームベースとバッターボックスの内側のラインの中間辺りのボールゾーンは、今のパワプロにとっては打てると判断出来るボールだった。
(もう1球同じところに来たら、ボール球でも打ちにいっちゃおう。)
4球目、市大三高のキャッチャーはアウトコースに寄っていたが、真中が投げ込んだボールはインコースのボールゾーンへといってしまった。
ボールが身体に当たらないと判断したパワプロは思いっきりスイングをする。
カキンッ!
高々と上がった打球は飛距離十分だが、ボールゾーンのボールを打ったからなのか、ライトポール際を飛んでいきホームランかファールの判断がつかない。
両チームの選手もスタンドの人達も打球の行方を見守る。
すると…。
カーン!
甲高い金属音と共にパワプロが打った打球はグラウンドに跳ね返ってくる。
打球がライトポールに直撃したのだ。
審判がホームランをコールすると、パワプロは笑顔でベースを回り始めたのだった。
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