『パワプロ成長』でダイヤのA   作:ネコガミ

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本日投稿1話目です。


第186話

春の東京神宮大会の準決勝の稲城実業と明川学園の試合が始まった。

 

先攻は稲城実業だ。

 

1回の表のマウンドに明川学園のエースである楊が上がる。

 

楊はロージンバッグを手にしながらスタンドに目を向けた。

 

「葉輪、あと1回勝てば、またお前と投げ合える。」

 

そう呟いた楊は次に稲城ベンチに目を向けた。

 

「成宮、お前がどんな理由で投げないかはわからないが、容赦はしない。」

 

成宮と目が合った楊はロージンバッグを置くと、成宮から目を切って投球練習を開始した。

 

 

 

 

「…くそっ。」

「鳴、気にするな。」

「わかってるよ、雅さん。」

 

楊と目が合った成宮が悔しそうに愚痴を溢すと、稲城の正捕手である原田が宥めた。

 

「それで、状態はどうだ?」

「…雅さん、聞かなくてもわかってるでしょ?」

 

そう言うと成宮は原田から目を逸らした。

 

成宮は春の選抜の準決勝でサヨナラ暴投をしてから、1週間程立ち直る事が出来なかった。

 

今では立ち直ったかに見えるが問題は残っている。

 

それは、成宮の投球フォームが崩れてしまっているのだ。

 

おそらくは精神的ショックによるものと考えられているが、現在でも投球フォームの改善は完璧ではなく、投球の際に以前の様なコントロールで投げる事が出来なくなっていた。

 

それでも成宮が稲城のエースである事は変わらないのだが、崩れた投球フォームによるピッチングでケガをするリスクを考えて、成宮の先発は回避されているのが稲城の現状だ。

 

「井口を信じろ。あいつも、鳴がいなければ稲城のエースになれる力はあるんだ。」

 

原田はそう言うと、成宮の肩を軽く叩いてから仲間の応援に向かう。

 

そして…。

 

「わかってるよ、雅さん。でも、俺が投げたいって気持ちだけは、これからも絶対に変わらないよ。」

 

成宮はそう呟くと、3番バッターとして打席の準備をするのだった。

 

 

 

 

稲城と明川の試合は中盤までお互いのスコアボードに0を刻む投手戦となった。

 

しかし、内容は明川のエースである楊が一枚上手であった。

 

楊はランナーがいない状況ではツーシームを主体に打たせて取る省エネピッチングをしているが、ランナーが出るとオフシーズンで最速142kmにまで成長したフォーシームを中心に三振を奪うピッチングで稲城打線を捩じ伏せていった。

 

対して稲城先発の井口は原田の好リードとバックのファインプレーに助けられて何とか0に抑えているといった感じで余裕が無い。

 

そんな試合の流れは5回の表の稲城の攻撃の時に変わった。

 

それまでランナーがいない状況では打たせて取るピッチングをしていた楊が、ランナーがいない状況でも捩じ伏せるピッチングをしてきたのである。

 

この楊のピッチングに5回の表の稲城打線の攻撃は三者連続三振で抑えられてしまった。

 

これで流れが明川に行ったのか、5回の裏の明川学園はワンアウト、満塁の状況を作り上げる事が出来た。

 

そして、打席には5番打者の楊。

 

稲城はタイムを取り、内野陣がマウンドに集まる。

 

「すまん、皆。」

「気にするな、井口。」

 

ピンチを招いて謝罪をする井口に原田はそう声を掛ける。

 

(鳴に任せたい場面だが…監督はどう判断する?)

 

原田がベンチに目を向けるが、稲城の監督である国友は動かなかった。

 

(監督は井口に続投をさせると判断したか…。)

 

春の選抜の準決勝で満塁の状況で暴投をした成宮が、万が一この場面で抑えに失敗した時、長期的なスランプやイップスになると国友は考えた。

 

成宮にとっていずれは乗り越えなければならない試練だが、今は時期尚早と判断したのだ。

 

この国友の判断をなんとなくだが察した成宮は不満な態度を隠そうともしない。

 

そんな成宮の姿を原田はチラリと見たが、直ぐに井口に目を戻した。

 

「満塁だがしっかりと、いつも通りに行くぞ!」

「「「応!」」」

 

原田の檄で内野陣が守備位置に戻り試合は再開される。

 

(バッターとしての楊は読みで打ってくる…。その楊の読みを俺が読み切れるかが勝負だ。)

 

初球、原田は様子見でアウトコースのボール球となるスライダーを要求した。

 

この1球に楊は反応を見せない。

 

(外してくると読まれていたか…。)

 

満塁である状況を考えるとボールカウントを先行させたくない。

 

次の1球でストライクを取れるかが勝負の分かれ目だと原田は判断した。

 

(井口にはコースギリギリを狙って投げ込めるコントロールは無い。ならば、多少甘くても力で押し込める全力のストレートだ!)

 

2球目、原田は井口に全力のストレートを要求した。

 

このサインに井口は頷いて投球モーションに入る。

 

「シュッ!」

 

井口は口癖の掛け声と共に、目一杯腕を振ってストレートを投げ込んだ。

 

しかし、初球を見送った楊はこの1球を読んでいた。

 

楊はコンパクトなスイングで、井口が投げ込んだボールの軌道にバットを出していく。

 

キンッ!

 

打球はややライナー性でショートの白川の頭を超えて左中間へと飛んだ。

 

この打球にセンターのカルロスが落下点に全力で走る。

 

後ろに逸らすリスクを負ってダイビングキャッチをするつもりなのだ。

 

カルロスの動きを見たレフトの成宮はカバーに入る。

 

(カルロス…頼む!)

 

原田がマスクを外して祈る様に見詰める中でカルロスが打球に飛び付いた。

 

結果は…?

 

「回れ―――!!」

 

明川学園の3塁コーチャーが大声と共に腕を回して2塁ランナーもホームに向かわせる。

 

楊の打球は左中間へのヒットになったのだ。

 

カルロスが捕球出来なかったボールをカバーに入った成宮が、2点目を阻止する為に素早くバックホームをする。

 

しかし…。

 

「セーフ!」

 

ホームでのクロスプレーに主審はセーフの判定を出した。

 

この結果にマウンドに立つ井口は両手を膝について項垂れたのだった。

 

 

 

 

その後の稲城は追加点は防ぎ、7回の裏から成宮が登板して力の投球で味方を鼓舞したものの、稲城打線は9回の表に原田が意地で打ったソロホームランによる1点しか楊から奪えなかった。

 

こうして稲城実業と明川学園の試合は、2ー1で明川学園が勝利したのだった。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

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