春の東京神宮大会の決勝戦はあいにくの雨だった。
1回の裏のマウンドに上がった俺はスパイクでマウンドの感触を確かめる。
(うん、まだ滑ったりはしなさそうだな。)
イニング間の投球練習を終えると、明川学園の1番バッターが打席に入る。
「雨の日の登板はリトルの時以来だけど、楽しんでいくぜ!」
俺は一也のサインに頷いて、思いっきり楽しみながらボールを投げ込んでいったのだった。
◆
3回終了まで両チームとも無得点の展開が続くと、4回の始まりに雨が強くなった事で試合が中断となる。
その中断の間にパワプロはアンダーシャツを交換していた。
「パワプロ、マウンドの状態はどうだ?」
アンダーシャツを交換しているパワプロに御幸が声を掛けると、パワプロは苦笑いをしながら答えた。
「ちょっと投げにくい。踏み込んだ時に何度か滑りそうになった。」
「時間を掛けてもいいから、足場はしっかりと作れよ。」
「おう!」
パワプロと御幸が会話をしていると、アンダーシャツの交換を終えたパワプロに、貴子が上着を持ってくる。
「フーくん、肩を冷やさないようにね。」
「うん、ありがとう、貴子ちゃん。」
パワプロのお礼の言葉に貴子はニッコリと微笑んだのだった。
◆
雨の勢いが弱まって4回の表から試合が再開されると、明川学園のエースである楊は先頭打者の小湊にボール球を3つ続ける投球をした。
一見すると中断により調子を崩したかのように見えるが、楊はボール球を使って自身の状態を確かめていたのだ。
(肩は問題ない。しかし、リリースの感覚がしっくりこないせいか、細かいコントロールが利かないな…。一度、強く腕を振っておきたい。)
雨天中断から再開された4回の表の最初の打者を、楊は1つもストライクを取れずに歩かせてしまったが、これは再開前に予め明川学園の仲間達に話していた事なので、守備についている明川学園のメンバーに動揺はなかった。
続く青道の3番打者は送りバントで小湊を2塁へと進めてワンアウト、ランナー2塁の状況で青道のバッターは、今日の試合で4番に入っている結城だ。
楊は迷わず結城を歩かせた。
そしてワンアウト、ランナー1、2塁の状況で5番バッターの増子が打席に入ると、楊はインコースのツーシームで2塁フォースアウトのショートゴロに抑えた。
これで状況はツーアウト、ランナー1、3塁となり、バッターは6番の御幸だ。
チャンスに強い御幸が打席に入ると、スタンドからは大きな歓声が上がった。
だが、楊は御幸を歩かせて満塁の状況にすると、次の7番バッターと勝負をして無失点で4回の表を切り抜けたのだった。
◆
「くっそ~、勝負しろよ、ピッチャー!」
スタンドで頭を抱えながらそう吠えるのは沢村である。
「栄純、敬遠だって立派な作戦なのよ。」
「でも、逃げるなんて卑怯だろ!」
「あのねぇ、敬遠はルール違反じゃないの。それで卑怯なんて言ってもただのワガママじゃない。」
「うぐっ!?」
若菜の言葉に沢村が呻くと、近くにいた小湊 春市がクスリと笑う。
「ねぇ、東条。5番バッターの先輩が打ち取られたボールって何?少しだけ動いた様に見えたけど。」
「スタンドからじゃよくわかんねぇけど、多分ツーシームだと思う。」
「ツーシーム?」
「後で握りを教えてやるよ。」
「うん、ありがとう。」
試合を見て感じた疑問を素直に聞いた降谷に、隣にいる東条が答える。
その様子を高島は微笑みながら見ている。
(素直に聞くことが出来るのは降谷くんの美点ね。東条くんも降谷くんに教える事で、自分が持つ技術と知識の再確認をして成長出来れば最高だわ。)
高島は雨が降る空を見上げると表情を曇らせる。
(雨、試合の中断、チャンスを逃す…試合の流れを失う要素が揃っているけれど…大丈夫かしら?)
不安を感じた高島がマウンドに目を向けると、そこには笑顔でイニング間の投球練習をするパワプロの姿があった。
(頑張ってね、葉輪くん。雨にも野次にも負けない笑顔の貴方が、なによりも頼もしいわ。)
パワプロがイニング間の投球練習を終えて4回の裏が始まると、雨足がまた強くなってきたのだった。
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