1軍と2軍の紅白戦は4回の裏でツーアウト、ランナー無しの状況を迎えていた。
1軍チームのバッターは結城 哲也。
結城はパワプロが投じたフロントドアのスライダーをジャストミートした小湊 亮介のバッティングを見て、自分も負けられないと燃えていた。
(小湊は弟のファインプレーでヒットを阻まれたが、チームで最初に葉輪のボールをジャストミートした。小湊のバッティングは間違っていない。)
結城は打席に入る前に身体を解す様にゆったりとバットをスイングする。
このゆったりとしたスイングが今の結城の打席に入る前のルーティンだった。
オフシーズンに打撃投手をしたパワプロの打席に何度も立った結城だが、最初の方は散々な結果だった。
オフシーズン故に力を抜いた投球をしているパワプロのボールを前に飛ばせない。
シニア時代から打撃には定評があり、青道に入ってからも一番バットを振ってきたと自負していた結城だが、その結城のバットマンとしての自信はボロボロになった。
パワプロはものが違う、クリスでも打てないんだから仕方ないと2軍、3軍のとある者達が口々に言ったが、クリスだけでなく小湊 亮介も少しずつだがパワプロのボールを捉えられる様になっていたのだ。
その状況が結城を追い込んだ。
冬に大汗を流してバットを振り続けた。
だがその先に光明は見えず、結城は2軍、3軍の投手のボールも打ち込めなくなる程のスランプに陥ってしまった。
しかし、年明けの頃に結城の意識に変化をもたらす出来事が起こった。
それは冬合宿が終わり、年始の休みの日の事である。
自宅から青道高校に通う結城は、冬合宿でいじめ抜いた身体を休ませる為に、焦る気持ちを抑え込んで家でゆっくりとしていた。
その時、家のテレビには年始のスポーツ特番の番組が映されていた。
そしてその番組にはメジャーへと渡った孤高の天才打者の姿があった。
その孤高の天才打者はその番組でこう言った。
『詰まったら負けという考えは捨ててください。』
この一言に結城は衝撃を受けた。
そしてこの一言が結城の意識とスイングに変化を起こしたのだ。
休み明けの結城は誰よりも早く青道高校のグランドに姿を現しバットを振っていた。
そして、貴子と一緒にグラウンドにやって来たパワプロの姿を見つけると、結城はパワプロに打撃投手を頼んだ。
そこで結城はスランプを脱出し、スランプに陥る前よりも成長を果たしたのだ。
(詰まる事は負けではない。)
年始のあの日から結城は己にずっと言い聞かせてきた。
詰まる事は負けではない。
その考えの元、結城はメジャーのバッター並みにミートポイントを後ろに置いたバッティングをするようになった。
だが、そのバッティングでもパワプロのボールを捉えるのは容易ではない。
だからこそパワプロのボールをジャストミートした小湊 亮介に敬意を持ち、結城は静かに燃えていた。
打席に入った結城の目に笑顔でマウンドに立つパワプロの姿が映る。
結城が小さく息を吐くと、マウンドのパワプロが頷いて投球モーションに入った。
結城はタイミングを取ると、ノーステップに近い小さなステップを踏んでパワプロが投げ込んだフォーシームを懐深くに呼び込んでバットを振る。
カキッ!
打球はキャッチャーの頭上を超えて後方へのファールとなった。
(上手く呼び込めたが捉えきれてなかったか。)
タイムを取り打席を外した結城がゆったりとバットを振ってから打席に戻る。
2球目、小野はパワプロにチェンジアップを要求した。
結城はパワプロのチェンジアップをフォーシームと判断してスイングをして空振りをしてしまった。
2球目のチェンジアップを空振りして追い込まれた結城は、もう一度タイムを取って気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐く。
(やはりあのチェンジアップは厄介だな…。)
ミートポイントを極端に後ろに置いた結城はムービングボールを捉えられる様になったが、フォーシームと全く同じ腕の振りと同じ出所のチェンジアップを苦手としていた。
それでも成長の手応えを感じている為、結城の心は折れなかった。
一層闘志を燃やして結城がバットを構えると、小野は3球目に釣り球として真ん中高めのボールゾーンにフォーシームを要求した。
この1球を結城は手を出さずにしっかりと見送る。
以前の結城ならこの1球に手を出してファール、もしくはボールを打ち上げて打ち取られていただろう。
その事を理解している結城は打席の中でまた成長の手応えを感じていた。
4球目、パワプロがボールをリリースすると、結城が小さくステップを踏んでスイングを始めようとする。
結城のステップのタイミングはフォーシームに合わせていた。
しかし、パワプロが決め球として投げ込んだのはアウトローへのチェンジアップだった。
3球目との緩急差に結城は体勢を崩してしまう。
だが詰まる事を怖れない結城の意識が、まだグリップを後ろに残させていた。
崩された体勢をオフシーズンに鍛え抜いた身体が支えると、結城はバットを振りきった。
カキンッ!
金属バットの快音を残して打球はライナーで右中間へと飛んでいく。
結城の一振りは右中間フェンスに直撃となるヒットとなった。
しかし打球の勢いが強すぎた為に、ツーベースとならずシングルヒットになってしまった。
だが、1塁ベースに辿り着いた結城は拳を天に突き上げる。
そして…。
「ウォォォォオオオ!」
感情を爆発させた結城の雄叫びが1軍チームのベンチから歓声を沸き起こさせる。
その様子を見たマウンドのパワプロは楽しそうに笑みを深めたのだった。
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