1軍と2軍の紅白戦は4回の裏にツーアウトながら結城がパワプロからヒットを打ち、ツーアウト、ランナー1塁で打席にはクリスを迎えていた。
2軍のキャッチャーである小野はタイムを取ってマウンドに向かう。
「パワプロ、どうする?」
「勝負でしょ。」
「わかった。」
ほんの一言だけ交わしてキャッチャーボックスに戻る小野は必死に思考を巡らせていた。
(キャプテンにヒットを打たれたのは俺のミスだ。亮介さんにいい当たりをされてスライダーを狙われていると思って要求する事を躊躇してしまった。)
小野はキャッチャーボックスに戻ると、野手陣に大声で声を掛けてから座る。
(今の俺のキャッチング技術ではパワプロのスライダーを捕るのは難しい。ランナーがいる状況で後ろに逸らすリスクはあるが、スライダー無しでクリスさんは抑えられない。怖れるな!捕れないなら身体を張って止めろ!)
初球、小野は1打席目のクリスを抑えた高速縦スライダーを要求した。
結城にヒットを打たれてから、より楽しそうに笑みを深めたパワプロがクイックモーションで高速縦スライダーを投げ込む。
試合形式でパワプロとバッテリーを組んだ経験が少ない小野は知らなかった。
笑みを深め、ギアを上げた時のパワプロのピッチングを…。
小野は必死に目を凝らしてパワプロのボールを捕球しようとする。
しかし小野が要求した球種である筈なのに、小野の視界からボールが消えた。
ガッ!
小野が捕球出来ずにミットの下面に当たったボールが小野の後方へと逸れる。
小野はマスクを外して直ぐにボールを追ったが、1塁ランナーの結城は2塁へと進んだ。
だが、事はそれだけで終わらなかった。
小野がパワプロにボールを投げ返す前に、ボールについた土を落とそうとミットを外してボールを揉もうとすると、小野は指に激痛が走って表情を歪めた。
その小野の様子に一早く気付いたパワプロが直ぐにタイムを取って片岡に目を向ける。
片岡がベンチを飛び出した。
「小野、手を見せろ。」
小野は痛みを堪えながら片岡に左手を見せる。
そこには真っ赤に腫れ上がり、爪が割れて血を流していた親指があった。
片岡は試合を止めると、小野に保健室で応急処置をしてから病院に行くように指示した。
小野は痛み以上に悔しさで涙を流す。
「小野、よく積極的にチャレンジした。しっかりとケガを治してから戻ってこい。待ってるぞ。」
「…はい!」
小野は太田部長に寄り添われてグラウンドを後にする。
紅白戦で怪我人が出た事は残念だが、野球に限らずスポーツにはケガが付き物である。
ここで紅白戦を終わらせるわけにはいかない。
しかし、2軍にはパワプロのボールを取れるキャッチャーがいない。
そこで片岡は1軍ベンチに目を向けた。
すると、そこには既にキャッチャー防具を身に付け始めていた御幸の姿があった。
片岡は1軍ベンチに歩いていくと、既に準備を始めていた御幸にあえて問い掛けた。
「御幸、いけるな?」
「俺はパワプロのボールならいつでも捕る準備は出来てますよ、片岡監督。」
不敵な笑みを浮かべて答えた御幸に頷いた片岡は1軍チームの監督をしている落合に目を向ける。
落合が頷いて了承すると、御幸が2軍チームの捕手となって試合が再開される事になった。
防具を付け終えた御幸はマウンドのパワプロの元に向かう。
「パワプロ、小野がケガをしたからって気の抜けたボールを投げるなよ。」
「一也、俺に出来るのはいつだって楽しんで投げる事だけだよ。」
互いに笑みを浮かべたパワプロと御幸がグローブとミットを掲げる。
「パワプロ、クリスさんを抑えるぞ!」
「おう!」
グローブとミットでハイタッチをした二人は、現在の高校野球界でナンバーワン打者の呼び声が高いクリスに挑んでいくのだった。
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