青道と巨摩大の練習試合は既に7回の裏まで進み、6ー0で青道が勝ち越していた。
6回の裏からマウンドに上がった本郷は7回の裏も青道打線に挑んでいく。
現在打席に入っているのは、この練習試合で4番バッターの結城である。
本郷はツーストライクと結城を追い込むと、渾身の真っ直ぐを投げ込んだ。
しかし…。
カキンッ!
本郷は打球方向に勢いよく振り向く。
ライナー性の当たりはフェンス直撃のツーベースヒットになると本郷は予測した。
しかし、打球は本郷の予測を裏切ってそのままスタンドに突き刺さってホームランとなる。
本郷は打球の行方を見たまま唖然とした。
シニアでは経験した事のない一発だったからだ。
6回の裏に登板した直後は0ー3だった点差は6回の裏だけで0ー6になり、そしてこの結城の一発で0ー7と更に突き放されてしまった。
それでも巨摩大の監督である新田は本郷を替えない。
(高校野球の洗礼としては厳し過ぎるだろうが、これを乗り越えねば葉輪と同じ土俵には立てんぞ、本郷。)
新田はこの練習試合で本郷の心が完全に折れてしまい、野球部を辞めるのも覚悟していた。
マウンドでは天を仰いで大きく息を吐く本郷の姿がある。
そしてキャッチャーのサインを覗き込む本郷の目は…まだ折れていなかった。
その本郷の目を見た新田は一つ頷く。
(それでいい、本郷。今はただ学べ。その先に、お前が目指す男の背中がある。)
この練習試合で本郷は、疲労で動きにキレが無い青道打線相手に8失点をした。
しかし本郷は練習試合が終了した後も、練習試合前と変わらぬ闘志をその目に宿していたのだった。
◆
予定していた全ての練習試合を終え、青道野球部の夏合宿は最終日を迎えていた。
最終日である今日の野手陣は、毎年恒例のノックを受けている。
「もう一本!お願いします!」
多くの者がグランドに身体を横たえる中で、気力だけで立ち上がった結城が声を上げる。
その結城の声に応えて片岡がボールを打つ。
歯を食い縛って結城が打球に飛び付くと、次は小湊 亮介が声を上げる。
肩で息をしている片岡だが、教え子達の気迫に応えてバットを振る。
小湊も飛び付いてボールを取ると、1軍の2年生、3年生達が次々と立ち上がりボールを要求する。
そんな彼等の気迫に、今年初めて青道の合宿を経験する沢村達1年生投手陣は驚き、身を震わせた。
この人達と一緒にプレーをしたい。
必ず1軍に行く。
グランドに渦巻く熱気が、グランドに渦巻く情熱が限界に近い選手の身体を動かしていく。
そして全員がケガなく無事に合宿を乗り越えると、夏の大会の1軍メンバーが発表されるのだった。
◆
「背番号1!葉輪!」
「はい!」
片岡さんに呼ばれ、背番号を受け取る為に前に出る。
背番号を受け取った俺は笑顔になる。
現役時代の片岡さんがつけていたエースナンバーをまた手に出来た事が本当に嬉しい。
俺が受け取った背番号を見て笑顔になっている間も、次々と夏の大会の1軍メンバーが発表されていく。
正捕手は一也だ。
クリスさんは肩のケガ等を考慮されて正捕手になれなかったみたいだな。
正捕手の座を奪えた一也が満面の笑みで背番号を受け取っている。
1塁手に哲さん。
2塁手に亮さん。
3塁手に増子さん。
そして遊撃手は…倉持ではなく3年生の名前が呼ばれた。
続いて外野手の発表が終わって次に控えメンバーが発表される。
2番手投手に丹波さん。
中継ぎにはノリ。
抑え兼中堅手に純さんと名前が呼ばれていく。
ちなみに俺はエース兼左翼手だ。
控え投手の次に控え野手の名前が呼ばれていく。
2番手捕手にクリスさん。
2塁手の控えに亮さんの弟くんの名前が呼ばれた。
そして遊撃手の控えに倉持の名前が呼ばれる。
名前が呼ばれても倉持は悔しそうな表情をしていた。
1軍メンバーの発表が終わると、片岡さんは一度全員の顔を見渡した。
「以上のメンバーで夏の大会を戦っていく!名前を呼ばれなかった3年は残れ!解散!」
残った3年生達は拳を握り締めて身体を震わせている。
俺達レギュラー組がその場を去ると、背後から嗚咽が聞こえ始める。
俺達は振り返らずに、前を向いて歩いていった。
夏の大会の勝利を誓って…。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。