夏の高校野球選手権西東京地区大会が始まった。
青道高校はシードなので2回戦からだ。
俺達は対戦相手になる市大三高と薬師高校の試合を見学している。
前評判は市大三高の方が高かったんだけど、5回終了時点で4ー4の同点。
そして勢いは薬師高校にあった。
「お?6回からは天久が投げるのか。」
一也の言う通りに6回の表のマウンドには天久という選手が上がった。
そして打席には薬師高校の4番バッターが入る。
薬師高校の4番は天久が投げた初球に対して、小さな身体を思いっきり使ったフルスイングをした。
空振りをしたけど、あのスイングスピードは哲さんに匹敵するかもしれない。
「藤原、薬師のデータはあるか?」
「ごめんなさい、ほとんどないの。」
クリスさんの質問に貴子ちゃんが申し訳なさそうに答える。
カキンッ!
金属バットの快音を響かせた薬師の小さな4番バッターの打球は、センター方向のスコアボードを直撃するライナー性のホームランになった。
マウンドの天久はショックを受けたのか、スコアボードを呆然と見ている。
「真中に続いて天久からもホームランを打ったか。」
「豪快な空振りをした後にジャストミートのホームランですからね。あれは立ち直るのに少し時間が掛かるんじゃないですか?」
「真中をマウンドに送るのだろうが、真中がどこまで立ち直っていて、どこまで踏ん張れるかが勝負を分けるな。」
その後、市大三高と薬師高校の試合は7ー9で薬師高校が勝利した。
「御幸、どう思う?」
「積極的な攻めを見せてましたけど失敗も多かったですね。仕掛けて来てもあまり気にしなくていいと思います。だけどあの4番…轟には注意が必要ですね。」
貴子ちゃんが教えてくれた薬師の小さな4番の名前は轟 雷市。
市大三高相手に5打数4安打2本塁打の大活躍をした1年生だ。
しかしバッティングではそれだけ活躍した彼なのだが、守備ではエラーを4回記録している。
わかりやすいぐらいにバッティングに特化した選手だ。
「葉輪、予定変更だ。2回戦の先発はお前で行く。」
「はい!」
片岡さんに予定変更を告げられた。
あの轟って奴との勝負が今から楽しみだぜ!
◆
「雷市、イメージは出来たか?」
「カハハハ!全然イメージ出来ねぇ!」
市大三高に勝利した後、薬師高校の轟 雷市とその父親であり監督でもある轟 雷蔵は、薬師高校の視聴覚室で次の試合の相手である青道高校のパワプロのピッチングをビデオで見ていた。
しかし、轟 雷市はビデオを見てもパワプロのボールをイメージ出来ないと言い、その事に轟 雷蔵は頭を抱えた。
(ったく、やっぱり今大会に出るのは早かったか?)
今年、薬師高校の野球部監督に就任した轟 雷蔵は元々夏の大会に出場するつもりはなかった。
しかし息子の野球人としての成長の為に、夏の大会への出場を決めたのだ。
(稲城の成宮か明川の楊とやれれば恩の字と思ってたんだが…まさか本命とやれるたぁな。)
轟 雷蔵は苦笑いをしながら頭を掻く。
(今のうちの連中じゃあ荷が重いが、遅かれ早かれ経験する事だからな。)
ニヤリと笑った雷蔵は息子の雷市に発破を掛ける。
「雷市、葉輪からホームランを打ったら肉を食わせてやる!」
「カハハハ!肉!」
両手を突き上げて立ち上がった息子を見た雷蔵は、その息子の姿に僅かばかりの期待と財布の中身の心配をしたのだった。
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