秋の高校野球選抜東京地区大会の準決勝、青道の相手は市大三高との試合を制した稲城実業だ。
青道の先発はパワプロ、稲城の先発は成宮とシニアの頃からの因縁を持つ二人の投げ合いの可能性が高いとあって、スタンドにはプロのスカウトの姿もチラホラと見える。
そんな満員御礼の球場の中でもパワプロはいつもと変わらぬ笑顔でアップをしていた。
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「パワプロ、今日は真っ直ぐとスライダーを軸にリードを組み立てていくぞ。」
これまでは決め球に使う事が多かったスライダーを軸にするという御幸の言葉に、パワプロは首を傾げた。
「リトル時代から続けていた真っ直ぐとカーブの組み立てを変えるのは抵抗があるかもしれないけど…試させてくれないか?」
「片岡さんと落合さんは何て言ってるんだ?」
「任せるだってさ。」
「片岡さんと落合さんがいいなら構わないぞ。」
優勝候補を相手に今までやらなかった事をやる。
ある意味で奇襲にはなるかもしれないがリスクも生じるだろう。
それでも片岡と落合がGOサインを出したのは、パワプロと御幸に対する信頼からだ。
「真っ直ぐとスライダーを軸にしながら要所でカーブとチェンジアップを要求する。それと縦のスライダーもな。」
「わかった!」
グローブとミットを合わせた二人は、笑顔でアップに向かうのだった。
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試合前のパワプロの投げ込みを、稲城のメンバー達が観察する。
動画で何度も何度も繰り返し見たパワプロのボールだが、それでも明確に打つイメージが出来ていない。
1点。
1点でいい。
それを奪う事が出来れば俺達のエースは勝てる。
だが、その1点が果てしなく遠い。
例外なく稲城のメンバーがパワプロの投げ込みを凝視する。
中にはバットを持ってベンチの前でタイミング取る者もいた。
稲城のメンバー達が打倒パワプロに意識を向ける中で、成宮は別の事を考えていた。
それは夏で引退した原田に代わって新たにバッテリーを組む事になった多田野の事だ。
多田野 樹(ただの いつき)。
成宮が声を掛けて集めた優秀な先輩を差し置いて、1年ながら稲城の正捕手の座を勝ち取った男である。
だが、そんな多田野にも一つだけ問題があった。
それは…ブロッキングが甘く、成宮の決め球であるチェンジアップを後ろに逸らしてしまう事があるのだ。
この多田野のブロッキングの甘さが響いて、成宮は準々決勝の市大三高戦で失点してしまっている。
(多田野は五月蝿く要求してくるだろうけど、チェンジアップは無しだな。パワプロと投げ合っている時にボールを逸らされて気持ちが萎えたら絶対に勝てないし。)
成宮は原田と違って信頼しきれない多田野を差し置いて一人でピッチングを考える。
(カットを主体にするとして、決め球はどうする?スライダー?フォーク?)
あれこれと成宮が考え続けていると、多田野が青道の練習時間が終わったと声を掛ける。
自分の気も知らないでと不満な表情をした成宮は、ため息を吐きながら多田野と共に試合前の投球練習に向かうのだった。
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