青道と稲城の試合の2回の表、パワプロは稲城打線の4、5、6番も連続三振に抑えた。
対して2回の裏の成宮のピッチングだが…苦戦を強いられていた。
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(ウザい…チェンジアップは投げねぇよ、多田野。)
稲城の正捕手である多田野の要求に成宮は首を横に振る。
出し直されたサインにも首を横に振っていった成宮は、ようやく納得がいくサインに頷いた。
(イライラするなよ、俺。気持ちが切れたら負けだからな。)
夏までバッテリーを組んでいた原田のリードは投手主体のものだったが、現在バッテリーを組む事になった多田野のリードはどちらかというと打者主体のリードだった。
どちらのリードにも良い面があるだろうが、やはりピッチャーにも好みというものがある。
そして成宮の好みは圧倒的に投手主体のリードだ。
それ故に成宮は多田野のブロッキングだけでなく、リードにも不満を持ち始めていた。
(雅さんだったらすんなりサインが決まるのにな…。)
そんな事を思いながらも、成宮はカットボールで青道の6番、7番バッターを内野ゴロに打ち取ってランナー無しでツーアウトにする。
「まったく…エースは大変だぜ。」
成宮がロージンバッグを手にそう呟くと、今大会でヒットを1本しか打てていない倉持が打席に入るのだった。
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現在打撃においてスランプ中の倉持は危機感を感じていた。
(これ以上はやべぇ…どうすればヒットを打てる?)
倉持は守備と走塁においては青道野球部で1、2を争っている。
だが打撃に関してはレギュラーである事に首を傾げる状況だ。
そんな倉持は成宮のボールにあっさりと内野ゴロに打ち取られてしまった。
それも積極性が見られない当てるだけのバッティングで…。
(くそっ!ヒットの打ち方がわかんねぇ…!)
悔しそうに歯噛みしながらも、倉持は攻守交代の為にベンチに走って戻る。
そんな倉持にパワプロが声を掛けた。
「なぁ、倉持。」
「…なんだよ、パワプロ。」
投球に関しては高校野球界でナンバーワン。
さらに打撃に関しても青道でトップクラス。
そんなパワプロに倉持は顔を向ける事が出来なかった。
今の自分にパワプロの後ろを守る資格があるのだろうか?
そんな疑問を感じているからだ。
だがそんな事など知らないとでも言うように、パワプロは常と変わらぬ様子で倉持と話す。
「今の倉持って、バッティングが楽しいか?」
「は?」
スランプで全く打てないのに楽しいわけがない。
倉持は試合中でありながらも睨む様に目を細めてパワプロを見る。
「たしか倉持って埼玉ホワイトリオンズのトリプルスリーを達成したあの人に憧れているんだろ?あの人ってしっかりバットを振り切るバッティングをしていた様に思うんだけど…違ったっけ?」
「バットを振り切る…あっ。」
自分は憧れを目指す為にスイッチヒッターを続ける選択をした筈だった。
なのに結果が出ないからと縮こまったバッティングをしていて、あの憧れの選手の背中に辿り着ける筈がない。
そう気付いた倉持はどこか吹っ切れた様に笑い声を上げた。
「…サンキュー、パワプロ。なんか難しく考え過ぎてたぜ。」
「うん、いつもの倉持に戻ったみたいだな。」
「ヒャハッ!俺の所に打たせろよ。全部捕ってやるからな!」
倉持はパワプロとハイタッチをすると、笑顔のままグランドに駆け出すのだった。
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