青道と稲城の準決勝は中盤まで両チーム共に無得点のまま進行していった。
しかしその内容には大きな違いがある。
青道のエースであるパワプロは三振の山を築いているのに対して、成宮はランナーを出しながらもなんとか抑えているといった状況なのだ。
後一本のヒットが出れば得点出来るという青道と、ヒットが一本も出ない稲城。
両チームへの声援に込められる感情に大きな違いが出るのも当然だろう。
そして6回の表からパワプロの投球のギアが上がると、スタンドに訪れていたスカウト達の動きが忙しくなる。
スカウト達の中でゆったりと試合を楽しんでいるのはロジャーズスカウトのベックのみだ。
ギアが上がったパワプロがまたしても三者連続三振で抑えると、パワプロは6回の表終了時点で稲城打線から16個の三振を奪っていた。
対する成宮も6回の裏にギアを上げるが、決め球のチェンジアップを投げないからなのか、思った様に三振数が伸びず6回の裏終了時点で青道打線から奪った三振数は7個だ。
この成宮の三振数も十分に優秀なのだが、パワプロと比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。
そんな事をスタンドにいる人達は感じていた。
そしてそのスタンドの人達が醸し出す雰囲気が影響したのか、7回の裏に試合は動き出す。
7回の裏、青道の先頭打者である倉持が、三遊間の深い所にボールを転がして内野安打で出塁したのだ。
成宮のカットボールに完全に詰まらされていたのだが、パワプロの一言で吹っ切れた倉持は迷わずにバットを振り切っていた。
その結果として生まれた内野安打に、倉持は一塁ベース上で雄叫びを上げる。
そして間髪を入れずに初球で盗塁を成功させると、倉持はノーアウト、ランナー2塁のチャンスを作り出した。
ウエストしても盗塁をされた事に、稲城の捕手である多田野は悔しそうに顔を歪める。
だがピンチの場面を背負っても成宮は冷静だった。
成宮は青道の9番打者に送りバントをさせると、確実にワンアウトをものにする。
その際、倉持がホームに突っ込まない様に声を掛けながらだ。
ワンアウト、ランナー3塁の状況で迎えるのは1番バッターの小湊 春一。
スクイズに犠牲フライと作戦は色々と考えられる場面。
しかし、成宮はここで小湊を歩かせる選択をした。
次の打者である白州でゲッツーを取れる状況を作るためだ。
(やっといい状態で打席に入れたのにね。)
歩かされた春一は内心でそう思った。
緊張でいつも通りに動けていなかったのが、第2打席を終えた辺りからやっといつも通りに動ける様になったからだ。
打席に白州が入ると、多田野はチラリと横目で見る。
(スクイズに時間差でのダブルスチールも考えられる…どうする?)
ここまで成宮が一度もチェンジアップのサインに頷かなかった事で、多田野はリードに迷いが出ていた。
(ゲッツー、三振、どちらを狙うにしても、勝負球にはチェンジアップを使いたい。)
だが、成宮が首を縦に振るだろうか?
そんな迷いを持ちながらも、多田野は成宮にサインを出す。
一球目、稲城バッテリーはスクイズを警戒して外した。
倉持の動きはあくまで自然に、そして塁上で自信に満ち溢れている。
そんな倉持の姿が多田野に疑念を抱かせる。
(…次でくるか?)
2球目、稲城バッテリーはここでもボールを外した。
これでツーボール。
バッターが有利な状況だ。
(次のバッターは葉輪さんだ。このバッターで最低でもツーアウトにしたい。)
多田野は1塁手と3塁手にスクイズ警戒のブロックサインを出してからバッテリーサインを出す。
3球目、成宮が投じたカットボールに白州がバントの構えを見せる。
稲城の1塁手と3塁手がチャージを掛けるが、白州はバットを引いた。
主審の判定はストライクで、カウントはツーボール、ワンストライク。
4球目、多田野はチェンジアップで決める事を想定してフォーシームを要求した。
これに頷いた成宮は、横の角度を大きく使って白州の胸元を突くフォーシームを投げ込んだ。
この4球目に白州は僅かに仰け反ったが、主審の判定はストライク。
このピンチの場面で見せる成宮の制球力に、スタンドの人達が盛り上がる。
そして5球目、ここで多田野は成宮にチェンジアップを要求した。
しかし成宮は首を横に振る。
だが、多田野もここでは譲らなかった。
幾度か首を横に振ると、成宮はタイムを要求してロージンバッグを手に取る。
ポンポンとロージンバッグを手の上で跳ねさせると、成宮は大きく息を吐いた。
(わかったよ…俺が背負ってやる。)
何か覚悟を決めた様な目で成宮はチェンジアップの要求に頷いた。
そして投じられた5球目。
低めへとしっかり制球されたチェンジアップに白州のバットが反応する。
しかし成宮のチェンジアップは緩急だけでなく、ホームベースの手前でスッと落ちて白州のバットを掻い潜った。
だがフォークと見間違う程の落差を誇る成宮のチェンジアップはワンバウンドしてしまう。
多田野はしっかりと膝を落としたが、上体は甘いブロッキングだった。
それを見た瞬間に倉持はスタートを切っていた。
倉持の走塁勘がGOサインを出したからだ。
ワンバウンドしたボールは多田野の肩付近に当たってファールグランドに転がったが、素早くマスクを外した多田野が直ぐにボールを手に取る。
故に通常ならばランナーはホームに戻って来れなかった。
しかし抜群のスタートを切った倉持は、必死に伸ばしてくる多田野の手を掻い潜ってホームベースに滑り込む。
主審が横に手を広げると、倉持は拳を突き上げて喜びを表現する。
多田野は2塁に直ぐ目を向けたが、そこには抜け目なく進塁していた春一の姿があった。
成宮がタイムを取ると多田野は肩を落とす。
しかし成宮はからかう様な表情で、多田野の肩に手を置いたのだった。
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