「成宮さん!すいませんでした!」
青道との準決勝に負けた翌日、稲城の正捕手である多田野は成宮に頭を下げていた。
そんな頭を下げている多田野を一瞥すると、ため息を吐いてから成宮は練習に向かう。
準々決勝に続いて準決勝でもチェンジアップを後逸した事で完全に信頼を失った。
そう考えた多田野の心を絶望が占める。
「…何してんの?」
成宮の呆れた様な声色に多田野が恐る恐る顔を上げる。
「お前、俺のインタビュー聞いてなかったの?あの失点は俺のせいなの!1年坊が一丁前に責任取ろうとしてんじゃねぇよ!」
ビシッと指差しながら言い切る成宮の姿に、多田野は何度も瞬きをする。
「ほら、行くぞ。失った信頼ってのは言葉じゃなくて結果を出さないと取り戻せないんだからな!」
そう言って離れていく成宮の小さな背中が、多田野には誰よりも大きく見えた。
「…はい!」
このオフシーズンは誰よりも練習してやる!
必ず成宮さんのチェンジアップを捕れる様になってやる!
そう心に誓った多田野は、涙を拭いながら成宮の背中に付いていくのだった。
◆
秋の高校野球選抜東京地区大会の準決勝第2試合は、東京地区ナンバーワン右腕の呼び声が高い楊 舜臣をエースに据えた明川学園と、現1年生ナンバーワンスラッガーの呼び声が高い轟 雷市を擁する薬師高校の対戦カードとなっていた。
一足先に決勝戦に駒を進めた青道高校野球部のメンバーは、この両校の試合をスタンドから見学している。
試合前には打撃力に欠ける明川学園が不利と予想されたが、蓋を開けてみれば明川学園が2ー0の勝ち越している状況で試合終盤である7回まで試合が進んでいた。
しかも、明川学園のエースである楊がノーヒットノーランを継続しながらだ。
「パッと見、なんか凄いボールがある様に見えないけど、これはあれか!?投球術ってやつか!?」
楊のピッチングを見ながら叫んでる沢村に、御幸は苦笑いをする。
「パワプロ、お前はどう思う?」
「ん?なんかあの大きなカーブが関係してるんじゃないかなぁって思ってるけど。」
「パワプロもそう思うか。」
パワプロと見解が一致した御幸はニヤリと笑う。
「どういう事だ御幸!…先輩!」
「いや、取って付けた様に敬称をつけなくていいから。」
中学時代まで大きな上下関係の無い環境で野球をしてきた沢村は敬語に慣れていない。
なのでパワプロやクリス等の沢村が心から尊敬している先輩以外には、時折敬語を話せないのだ。
「楊のカーブの球速が以前に比べて遅くなっている。それが他の球種との緩急に繋がって、楊のピッチングの幅を拡げているんだ。」
「遅く?」
「お前もチェンジアップを投げるだろ?それと一緒だ。」
楊の持ち球はこれまでフォーシーム、ツーシーム、フォーク、カーブだった。
だが今大会の楊はカーブの代わりにスローカーブを投げている。
この楊のスローカーブは偶然によって得たものだ。
楊は普段の練習に打撃投手をする事を多くしているのだが、その打撃投手をしている際に切るイメージで投げていたカーブがすっぽ抜けてしまったのだ。
だがそのすっぽ抜けたカーブは、楊がそれまで投げていたカーブ以上にブレーキが効いて、楊のボールに慣れていた明川学園の打者達でも打ち損なう程の緩急を産み出していた。
この緩急に目をつけた楊はカーブの改造に取り組んだ。
もっともそのカーブの改造は夏の大会やUー18の大会には間に合わなかったが、それが今大会に活きて猛威を振るっている。
「一也はあのカーブを打てそうか?」
「…打席に立ってみないとわからないな。」
御幸が楊のカーブに抱いたイメージは、左右の違いはあれども元名古屋の球団に所属し、右利きなのに左で投げていた伝説の投手のスローカーブだ。
「俺達野手が楊を打てるかどうかもあるけど、パワプロは初めての連投だけど大丈夫だよな?」
「おう!大丈夫だぜ!」
意外に思うかもしれないがパワプロはリトル時代から一度も連投を経験した事がない。
これはパワプロが選手層の厚い強豪に入ってきた事に加えて、指導者の指導方針も関係している。
「少しでも違和感があったら言えよ?」
「本当に大丈夫だよ、一也。」
「お前が嘘をつくとも思わないけど、楽しみ過ぎて自覚症状が無いとかはありそうだからなぁ…。」
心配性な相棒にパワプロは苦笑いをする。
その後は大人しく試合を観戦すると、楊が薬師高校相手にノーヒットノーランを達成した。
試合後の挨拶を終えた楊は、スタンドにいるパワプロに目を向けてくる。
パワプロはそんな楊に笑みで応えたのだった。
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