秋の高校野球選抜東京地区大会の決勝戦、青道高校と明川学園の試合は明川学園の攻撃から始まる。
1回の表、青道の先発マウンドに上がったパワプロは先頭打者のセーフティバントも危なげなく処理をして、続く2番、3番を連続三振に抑えた。
1回の裏の青道高校の攻撃は明川学園のエースである楊のスローカーブを巧みに使った緩急に揺さぶられ、三者凡退に終わってしまう。
2回の表の明川学園の攻撃は5番の楊も含めて、1回から続く5連続三振に抑えられたが、明川学園のメンバーに動揺はなく溌剌とした様子で守備につく。
2回の裏の青道高校の攻撃。
先頭打者の御幸は楊のスローカーブを決め打ちしてレフト前ヒットで出塁したが、その表情は優れなかった。
それは…。
(あのスローカーブ、予想以上に飛ばないな…。)
直球等の速いボールならその分の反発でボールが飛んでいくが、楊のスローカーブの様に遅いボールだと純粋なパワーでボールを運ばなくてはならない。
それ故に御幸は長打を狙うならスローカーブ以外と判断した。
2回の裏の青道高校の攻撃は御幸が出塁をしてノーアウト、ランナー1塁の状況となったが、後続が続かずに終わった。
3回以降はパワプロがパーフェクトゲームの勢いで明川学園打線を抑え、楊はランナーを出しながらも要所要所でしっかりと抑えていく好ゲームになっていった。
そして青道高校と明川学園の試合は9回では決着がつかず、延長タイブレークへと突入するのだった。
◆
延長となる10回の表、パワプロはタイブレークルールなど関係ないとばかりにノーヒットを継続して無失点で切り抜ける。
そして10回の裏、青道高校は打順良く1番の小湊 春市からの攻撃。
延長戦はタイブレークとなるのでランナーが1、2塁にいるのだが、その2塁ランナーには打順の関係で倉持だ。
2塁の塁上に立つ倉持は楊の背中をジッと見ていた。
(…行ける!)
楊が投球モーションに入る直前に倉持はスタートを切った。
この倉持の盗塁を読んでいたのか楊はピッチアウトをしたが、倉持は見事に盗塁を成功させた。
ノーアウト、1、3塁でカウントはワンボールの状況となると、楊は春市を敬遠する選択をした。
(3塁に足の速い8番がいる事を考えると定位置の外野フライでも失点の可能性が高い。この1番はまだ1年だが、俺のボールを狙って外野フライにする技術があるやっかいなバッターだ。ならば、内野ゴロゲッツーを狙いやすい2番と勝負だ!)
スクイズの危険性はあるが、それは春市がバッターでも同じだ。
故に楊はより打ち取りやすい白州を選択したのだ。
白州は打席に入る前に大きく息を吐く。
(俺はこの試合ヒット0。明らかに楊に合ってない…どうする?)
キャプテンとしてチームの為に何が出来る?
白州は打席に入る前の数秒でその答えを出す。
打席に入った白州を見て、楊は違和感を覚えた。
(…打つ気配が無い?)
勝負所で集中していたからこそ気付けた白州の違和感。
楊は白州という男の心意気を感じ取った。
(ダブルプレーになるぐらいならワンアウトで次のパワプロに回す…簡単な様で難しい見事な判断だ。)
結果が出なければ明日にはレギュラーの座を剥奪されるかもしれない。
そんな勝利至上主義の世界でチームプレーを選んだ白州に、楊は心の中で称賛を送った。
白州に打つ気配が無いのはわかっていても、楊は慎重に配球を選んだ。
そして白州からワンアウトを奪うと、次にパワプロとの勝負を迎える。
(ここでダブルプレーを取れるかで、この試合が決まる!)
今日の試合、楊は御幸に全打席でヒットを打たれていた。
決して自身が劣っているとは思わないが、楊は御幸との相性が悪いのを実感していた。
それ故に、ツーアウトでも満塁の状況で御幸と勝負したくないのだ。
パワプロが打席に入ると楊はタイムを取り、アンダーシャツで額の汗を拭う。
(勝負球はアウトロー。インコースのボールは全部見せ球だ!)
試合前のミーティングでキャッチャーと話していた打者パワプロの攻略法。
楊はこの試合を通じてパワプロとの勝負はアウトコースを徹底していた。
それによりここまでパワプロをノーヒットで抑えてきたのだ。
だからこそ、この打席でもパワプロとはアウトコースで勝負する。
楊はインコースを見せ球にしてパワプロをツーボール、ツーストライクと追い込んだ。
だが…。
(インコースには勝負にこないんだろうなぁ…。)
パワプロもアウトコースで勝負にくる事は察していた。
そんな中で投じられた5球目、楊はアウトローにツーシームを投げ込んだ。
ストライクゾーンからボールゾーンにボール1つ分だけ外れる楊の渾身の1球。
しかし…。
カキンッ!
金属バットの音に楊が打球の行方を追ってレフト方向に振り向く。
ツーシームの勢いが勝ったのか打球に勢いはなく、ボールの落下点は左翼手の定位置。
だがボールの落下点を見た3塁ランナーの倉持は不敵な笑みを浮かべた。
明川学園の左翼手がボールを掴むと同時に、明川学園のメンバー全員が同じ声を上げた。
「「「バックホーム!」」」
明川学園の左翼手は全力でボールをキャッチャーに投げる。
しかし…。
「セーフ!」
明川学園の左翼手の返球よりも早く、倉持はホームベースに滑り込んでいたのだった。
◆
延長10回の裏、1ー0のサヨナラ勝ちで青道高校が秋の高校野球選抜東京地区大会を優勝した。
敗れた明川学園は整列の際に全員が涙を流していた。
そして明川学園のエースである楊は、深々とグランドに頭を下げ続けたのだった。
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