春季東京大会の決勝戦である青道高校と稲城実業の試合が始まった。
先攻は稲城実業。
1回の表、先頭打者のカルロスは初球にセーフティバントを仕掛けるが、パワプロが素早いフィールディングを見せてアウトにする。
続く白河はバスターを仕掛けるが、バットがボールに当たらずに三振。
そして3番バッターも三振に倒れ、1回の表の稲城実業の攻撃は三者凡退で終わる。
攻守が入れかわって1回の裏、青道高校の先頭打者である倉持はお返しとばかりにセーフティバントを仕掛けた。
だが、ボールはキャッチャーの目の前に転がってしまった。
倉持のセーフティバントも失敗かと思われたその時、稲城実業の正捕手である多田野の送球は逸れて倉持のヘルメットに当たってしまった。
倉持のヘルメットに当たったボールが1塁側ファールグラウンドを転がっている間に、倉持は1塁を駆け抜けてセーフとなる。
1回から成宮を相手にノーアウトでランナーが出るという状況に、青道高校を応援している者達から大きな歓声が上がった。
塁に出た倉持は貪欲に2塁を狙っていた。
倉持の足の速さは高校野球では既に有名である。
故に成宮が慎重になって牽制をするのも無理はないだろう。
しかし…。
(ヒャハッ!俺のリードを小さくしたかったら、パワプロ並みの牽制をするんだな。)
特殊能力により抜群の牽制技術を持つパワプロを相手に、倉持は日頃から塁上での駆け引きを磨いてきた。
故に倉持は成宮からの盗塁成功を確信していた。
成宮はセットポジションからクイックモーションでボールを投げ込むが、倉持は抜群のスタートを切る。
倉持の盗塁を警戒していた稲城実業バッテリーはボールを外す。
しかし、多田野は握りかえを失敗してボールを2塁に投げられない。
ここで成宮は多田野の異変に気付いた。
現在の状況はノーアウト、2塁。
成宮はタイムを取り、多田野をマウンドに呼び出すのだった。
◆
「すいません、成宮さん。」
青道メンバーに見られない様にマスクで隠しているが、多田野の表情は悔しそうに歪んでいる。
「原因はわかってんの?」
「去年の後逸が頭を過って…。」
「ふ~ん。」
成宮は多田野を責めなかった。
自身も浮わついていたところがあったのを自覚したからだ。
「この回が終わったら怒られる覚悟をしておけよ。監督が睨んでるからな。」
茶化す様に言った成宮の言葉に反応して多田野がチラリとベンチに目を向ける。
そこにはマウンドを凝視している稲城実業の監督である国友の姿があった。
『うへぇ。』と呻く多田野の姿に、成宮はグローブで顔を隠して笑う。
ため息を吐いてからキャッチャーボックスに戻る多田野の背中に成宮が声を掛ける。
「おい、多田野。」
振り返った多田野に成宮は不敵な笑みを見せる。
そして…。
「逸らすなよ、ギアを上げるからな。」
力強く頷いた多田野は、駆け足でキャッチャーボックスに戻ったのだった。
◆
『春季東京大会の決勝戦、青道高校と稲城実業の試合ですが、1回の裏から稲城実業はピンチを背負いました!解説の――さん、この状況をどう見ますか?』
『キャッチャーの多田野くんのミスですね。二度続けての送球ミス、一昔前の強豪校なら即座に交代させられましたよ。』
呆れた様な口調の解説者に、実況者は苦笑いを浮かべる。
『さぁ、バッテリー間のタイムも終わり試合再開です!ノーアウト、2塁の状況で打席には巧打者の小湊選手が入ります!』
『バント、エンドランと多くの戦術が考えられますね。稲城実業は苦しいところですよ。』
『稲城実業バッテリーがどう凌ぐのか注目ですね。成宮選手、セットポジションからクイックモーションで投げました!球速は…なんと!?自己最高球速を更新する152kmです!小湊選手、思わず主審にタイムを要求しました!』
驚く実況者と同じく球場にも驚きの声が上がる。
『流石は成宮くん。彼は東京地区で1、2を争うサウスポーですからね。このぐらいは当然でしょう。』
パワプロアンチ故に対戦校を贔屓する解説者に、実況者はため息を堪える。
カウントが進んで春市を追い込むと、成宮はチェンジアップで三振に抑えた。
『成宮選手!小湊選手を伝家の宝刀チェンジアップで三振に抑えました!』
『これでワンアウトですがまだ気は抜けませんよ。』
その後、成宮はパワプロにセンターへの大きな当たりを打たれたが、中堅手のカルロスのホームランボールを掴み捕る超ファインプレーに救われてツーアウト目を奪うと御幸を歩かせ、続く白州から3つ目の三振を奪ってピンチを切り抜ける。
そして2回の表からは、パワプロと成宮による三振ショーが繰り広げられるのだった。
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