『パワプロ成長』でダイヤのA   作:ネコガミ

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本日投稿5話目です。


第274話

春季東京大会の決勝戦である青道高校と稲城実業の試合も7回の表まで進んだ。

 

1点差を追い掛ける稲城実業打線も三巡目となるが、パワプロ攻略の気配は感じられない。

 

稲城実業の先頭打者であるカルロスはなんとか出塁しようと試みてセーフティの構えを見せるが、青道バッテリーも内野陣も揺らがない。

 

青道高校には倉持というカルロスと同等以上の足を持つ選手がいる。

 

なので練習で何度も経験して足の速い選手への対応に慣れているのだ。

 

(…ちっ!)

 

内心で舌打ちをすると、カルロスはタイムを要求して打席を外す。

 

(パワプロとの対戦は、いつも1塁が遠く感じる…)

 

己の足に自信を持つカルロスも、この日ばかりは自信を失いかけていた。

 

(くそっ!どうすれば塁に出れる?)

 

1塁まで行けばパワプロと御幸のコンビが相手でも2塁を盗んでみせる。

 

そう思うカルロスだが、1塁が遥か遠くに感じる。

 

素振りをしながらカルロスは倉持に目を向けた。

 

(なんでお前は鳴から出塁出来た?お前と俺の何が違う!?)

 

倉持は日頃からパワプロや降谷に沢村といった高校野球界でもトップクラスの好投手を相手に練習を重ねているのに対して、カルロスはマシンバッティングが中心である。

 

これは両校の監督の練習方針の違いもあるが、選手層の厚さの違いもあるだろう。

 

エース級の投手が成宮一人の稲城実業。

 

対してパワプロがいなければエースと呼ばれてもおかしくない実力を持つ沢村、降谷、東条を有する青道高校。

 

勿論、青道高校もマシンでバッティング練習をするが、色々なタイプの投手を相手にバッティング練習を出来る青道高校と比べれば、練習での経験に差が出来るのは当然の結果だ。

 

(何かねぇのか?!)

 

右打席に戻ろうとするカルロスの目に、ふと左打席が映る。

 

カルロスは右打者である。

 

遊びで左打席に立った事はあるが、練習や試合で左打席に立った事は一度もない。

 

更に試合終盤の7回に初めての左打席に立つのはあまりにもリスクが大きい。

 

しかし…。

 

(…このままじゃ、結果は変わらねぇ!)

 

カルロスは試合で初めて左打席に立った。

 

このカルロスの行動にキャッチャーボックスに座る御幸はチラリと目を向ける。

 

一般的に左投手と左打者では、左投手が有利と言われている。

 

これはリリースポイントの見えにくさやボールの角度のせいだ。

 

そのため倉持の様なスイッチヒッターは左投手と対する場合、右打席に立つのが一般的である。

 

そのセオリーに反するカルロスの行動に御幸は思考を巡らせる。

 

メジャーのスイッチヒッターは特定の投手と対戦する時に、セオリーを無視して打席に立つ事がある。

 

そうしなければ、まともにバッティング出来ないからだ。

 

御幸はパワプロをスイッチヒッターがセオリーを無視して打席に立つ程のボールを投げる投手だと思っている。

 

しかし、カルロスはスイッチヒッターではなく右打者だ。

 

(単純に考えれば少しでも1塁に近付いて内野安打、もしくはセーフティ狙いなんだけどな…。)

 

現在のイニングやカウントを踏まえ、御幸はリードを考え直す。

 

(カウントはノーボール、ワンストライク。とりあえず、カルロスの目を慣れさせない為に遊び球はいらないっと。)

 

御幸のサインに頷いてパワプロが投球モーション入る。

 

パワプロが投げ込んだのはフロントドアとなるカーブ。

 

試合で初めて左打席に立ったカルロスは、パワプロが投げ込んだボールが身体に当たると判断して歯を食い縛った。

 

しかし…。

 

「ストライクツー!」

 

ボールはカルロスの身体に当たらずにストライクゾーンへと変化した。

 

これまで散々打てなかったパワプロのボールが、慣れない左打席に立って1球で見慣れるわけがない。

 

手も足も出ない現状に、カルロスは悔しさで身体を震わせた。

 

今の1球でカルロスに集中力がなくなったのを感じ取った御幸は、パワプロに遊び球無しで高速スライダーを要求する。

 

サインに頷いたパワプロが投球モーションに入るが、カルロスは集中しきれていないままだ。

 

だが、勝負というのは何が起こるのかわからないものだ。

 

初めての左打席で慣れないスイング。

 

振り遅れて更にバットのヘッドが下がってしまうと、いいところのないスイングだ。

 

しかし…!

 

ガキッ!

 

それが上手くはまり、カルロスのバットはパワプロの高速スライダーに当たった。

 

手に打感を感じた瞬間、カルロスは反射的に1塁に駆け出す。

 

「サード!」

「シュー!」

 

御幸のコーチングがグラウンドに響く中で、青道高校の三塁手である樋笠が猛チャージを掛ける。

 

振り遅れて差し込まれ、更にバットのヘッドが下がってボールの勢いに負けたカルロスの打球は、理想的なセーフティバントに近い打球になっていた。

 

しかし、樋笠も青道高校のレギュラーの座を勝ち取った選手である。

 

樋笠はボールを素手で掴むと、メジャーの選手の様に身体を起こさずに下から送球した。

 

だが、不安定な握りと体勢から投げられた樋笠の送球はシンカーの様な変化をしてショートバウンドとなる。

 

そのショートバウンドを青道高校の一塁手である前園が掬い上げるのと同時に、カルロスが一塁を駆け抜けた。

 

塁審の判定は…。

 

衆人の注目が集まる中で塁審の拳が握られ始めるのを見たカルロスが天を仰ぐ。

 

しかし…。

 

「…っ!?セーフ!セーフ!」

 

アウトの判定が出掛けていたのに一転してセーフ。

 

驚いて目を見開くカルロスは、グラウンドを転がる白球を見付けた。

 

そう…前園はショートバウンドの送球を捕球しきれなかったのだ。

 

スコアボードにEのランプが灯る。

 

決して綺麗な形ではないが、カルロスは間違いなくパワプロから出塁した。

 

その事実を認識したカルロスは、両拳を突き上げて雄叫びを上げたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。

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