夏合宿の練習試合で青道高校は巨摩大藤巻高校に敗れた。
青道高校が敗れたのは2年前の秋以来とあって、少なからぬ動揺が広がった。
その動揺が影響したのか、午後に行われた2試合目の練習試合でも青道高校は敗れてしまった。
先発した沢村が疲労により本調子でなかった事もあるが、それ以上にチーム全体の動きに精彩を欠いていたのが原因だろう。
連敗をした青道メンバーの雰囲気は決してよくない。
しかし、そんな状況を見ても落合は…。
『負けたら終わりの公式戦で負けるよりは、ここで負けを経験出来てよかった。』
と、前向きに捉えていた。
片岡も勝ちに慣れすぎていた青道メンバーに檄を飛ばす。
檄を受けた青道メンバーは悔しさに拳を握り締めながらも、前を向いて返事をしたのだった。
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ダブルヘッダーの練習試合で連敗をした青道高校は、翌日の大阪桐生高校との練習試合で合宿の疲労を感じさせないプレーをみせていった。
館の後を継いだ大阪桐生高校のエースも疲労で本調子ではなかったのだが、それ以上に青道メンバーの勝利への貪欲さを感じさせる果敢な攻めは、老獪な松本も称賛の言葉を送る程だった。
しかし、この練習試合で松本が最も驚いたのは青道メンバーの勝利への貪欲さではない。
松本が最も驚いたのは…パワプロが投げ込んだある1球なのだった。
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「やれやれ…生きている内にこの目で拝めるとは思わんかったで…。」
松本の手にはスコアラーから渡されたスピードガンが握られている。
そのスピードガンには…160kmが表示されていた。
「時代が変わった…いや、葉輪くんが時代を変えたんやな…。」
そう言って松本がスピードガンからマウンドに目を移すと、そこには笑顔でボールを投げ込んでいるパワプロの姿があった。
「敵チームのエースやのに、ピッチングを見るのが楽しいやなんてシャレにならんで…。」
苦笑いをしながら頬を掻いた松本は、パワプロのピッチングに圧倒されて押し黙ってしまった大阪桐生メンバーに檄を飛ばすのだった。
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練習試合終了後、松本は片岡の元に足を運んだ。
「片岡はん、よう葉輪くんを育てましたなぁ。」
そう言って手を差し出す松本と握手をしながら、片岡は首を横に振る。
「私は何もしていません。私に出来たのは、葉輪が怪我をしない様に注意していた事だけです。」
「その怪我をさせへんちゅうのが一番難しいんや。どんだけ注意しようとも、レギュラーになろうと隠れて無理をする子もおるからな。胸を張っていいで、片岡はん。」
片岡は松本の言葉に頭を下げる。
「ありがとうございます、松本監督。ですが、私一人の力ではありません。落合コーチ、太田先生、高島先生にご助力いただいての事です。そしてなによりも、選手一人一人が自覚して練習に取り組んでいったからなし得た事です。」
「相変わらず、片岡はんは謙虚やなぁ。」
微笑んだ松本はもう一度握手を求める。
「今日はええものを見せてもらいました。この礼は甲子園で返させてもらいますわ。」
「えぇ、望むところです。」
固く握手を交わした二人は、それぞれ選手達の元に歩き始めたのだった。
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