夏の高校野球選手権西東京地区大会の準々決勝、青道高校と薬師高校の試合が始まった。
1回の表の攻撃で青道高校は、パワプロと御幸のタイムリーヒットで3点を奪う。
パワプロが先発をする試合で3点差。
薬師高校を応援する為に球場に駆けつけた観客には半ば諦めの様な雰囲気が漂う。
しかし、薬師高校のメンバー達は違った。
一人一人が実に楽しそうに打席に立っていく。
その選手達の姿に薬師高校を応援する者達は息を吹き返した。
まだ行ける!選手達は諦めていない!
薬師高校を応援する者達は選手達に力を送ろうと声を張り上げた。
しかし、そんな応援する者達の希望をパワプロが力付くで捩じ伏せていくのだった。
◆
4回の表の攻撃が終わって防具をつけている時、御幸は薬師高校メンバーの様子に違和感を感じていた。
(薬師の連中…なぁんか違うんだよな。)
薬師高校の野球は文字通りに『打って勝つ』である。
その為、非常に攻撃に特化したチームなのは周知の事実なのだが、選手一人一人が考えて動くからなのかチームにはこれといった形がない。
唯一形があるとすれば、4番の雷市がチームの精神的支柱といったところだろう。
それ故に雷市に繋ごうとする傾向が時折見受けられるのだが、この試合ではそういった打順の流れの様なものが一切無いのだ。
(緊張感が無い?試合中だぞ。いや、待てよ…。)
スコアボードに刻まれる数字を一切気にしない薬師高校メンバーの姿に、御幸は推測を立てた。
(試合の勝ち負けを気にしていないのか?だとすれば…。)
御幸は薬師高校のベンチにチラリと目を向ける。
そこにはどっかりとベンチに腰を据えている轟 雷蔵の姿があった。
(随分と思いきったもんだ。これは秋の大会では苦労するだろうな。まぁ、後輩達の頑張りに期待するとしますかね。)
◆
(ちっ、ばれたか。可愛い気のねぇガキだ。)
無精髭を擦りながら雷蔵は舌打ちをする。
(世間じゃあ最後まで諦めの悪い連中が称賛されるが、勝負の世界に生きる者にとっちゃあどんだけ頑張ろうが負けは負けだ。負けに意味があるとすりゃ、次の勝ちに繋げられるかどうかだろうよ。)
一口水を飲んだ雷蔵は、頭上に響き渡る声援にため息を吐く。
(全力でプレーしろ?諦めなきゃ勝てる?そういう時もあるだろうよ。だがな、どうにもならねぇ事だってあんだよ。高校生のガキ共があの怪物くんに勝つとかな。)
帽子をとって頭をガシガシと掻いた雷蔵は、マウンドのパワプロに目を向ける。
「あの怪物くんはうちの雷市でも歯がたたねぇんだ。点の取りようがねぇだろ。宝くじの様な確率に期待してバットを振り回せってか?そんな事するぐれぇなら、うちのガキ共に上のレベルを体験させて次の大会の糧にする方がよっぽどマシだぜ。」
雷蔵が呟き終わると球場にざわめきが広がる。
何事かと雷蔵が周囲を確認すると、電光掲示板に注目が集まっているのがわかった。
雷蔵も電光掲示板に目を向けると、そこには160kmの数字が刻まれている。
球場に大歓声が響き渡った。
大歓声が響き渡る中、雷蔵は苦笑いをしながら脱帽をしたのだった。
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