日本の夏には風物詩と呼ばれる物が幾つもある。
祭り、花火、学生の長期休暇。
そして、葉輪家と藤原家が一緒に見ようとしている高校野球もその1つだろう。
『さぁ、夏の高校野球選手権大会の決勝戦が甲子園球場で行われようとしています!
決勝戦に出場するのは西東京地区から勝ち上がってきた青道高校と…。』
青道高校。
俺の家から歩いて行ける近所にある高校だ。
地元の高校が数年振りに甲子園に出場、しかも決勝戦まで勝ち進んだとあって
葉輪、藤原両家の野球好きである父親達は大盛り上がりだ。
『甲子園のマウンドに上がるのは後攻の青道高校のエース、片岡 鉄心です!』
テレビのアナウンサーが紹介する地元の高校のエースの顔がテレビ画面にアップで映る。
怖っ!
この人、本当に高校生か!?
テレビ画面には片岡という人の投球練習の姿がある。
「疲労はあるだろうけど、踏ん張れよ片岡―!」
「後はこの試合だけだ!投げきれ片岡!」
我が家の父さんと貴子ちゃんの父さんがメガホン片手に応援している。
『解説の――さん。決勝戦の展開をどう予想しますか?』
『青道高校は片岡君が最後まで投げきれるかが勝負のカギでしょうね。』
『片岡選手と言いますとドラフト候補として高校野球界では注目されていますね。』
『えぇ、こう言っては何ですが青道高校は伝統的に打者は優秀なのですが投手の方は
あまり高校野球界で有名な選手が出てきていませんでしたからね。』
テレビではアナウンサーと解説者の話が続いていく。
『そんな青道高校にあって頭角を現してドラフト候補にまで成長したのが片岡君です。
酷な言い方ですが彼以外の投手がこの舞台で投げるのは荷が重いでしょう。』
『なるほど…おっと、どうやらそろそろ試合開始のようです。実況は私…。』
間もなく決勝戦が始まるとなって父さん達が拳を握りしめてテレビを見ている。
だが、俺はそれほどではない。
何故なら俺は前世でプロ野球観戦が趣味だったからだ。
そのせいか、高校野球はプロへの登竜門的な感じで一段低く見ている所がある。
だから、父さん達の熱狂が正直理解出来なかったのだ。
だが、そんな俺の認識は今日壊れる事になる。
『さぁ、マウンドの片岡選手、第一球を振りかぶって投げました!』
『140台後半の真っ直ぐが打者の膝元一杯に決まりましたねぇ~。流石は片岡君
キレもコントロールも見事ですね。』
『えぇ、それにあのマウンドで見せる闘志!迫力十分です!』
『あれには青道ナインも勇気を貰えるでしょう。』
気がつけば、俺はテレビ画面を食い入るように見詰めていた。
隣で見ていた貴子ちゃんが俺の手を握ってくる。
俺は軽く握り返しながらもテレビ画面から目を離さない。
『片岡選手!まずは一回を三者でキッチリと抑えました!』
『疲労がある筈なのですがそれを見せない素晴らしい気迫ですねぇ。』
試合が進んでいく中で俺の認識が変えられていく。
プロの様に洗練されたプレイも魅せるプレイも殆ど見られない高校野球だが
彼等が一心に白球を追っていく姿が俺を昂らせていく。
「カッコいい…。」
俺は無意識にそう口にしていた。
「うん!カッコいいね!フーくん!」
俺の手を握っていた貴子ちゃんが賛同してくる。
以前は俺の事を《パワプロくん》と呼んでいたのだが皆と違うのが良いと
こうして母さんと同じ《フーくん》と呼ぶようになったのだ。
「はっはっは!そうか、カッコいいか、風路!」
「うん!カッコいいよ、父さん!」
「野球の良さがわかってくれて父さんは嬉しいぞ~!」
俺は父さんとの会話の間もテレビ画面から目を離さない。
いや、離せない。
俺は片岡 鉄心の熱投に、闘志に魅せられていた。
試合は投手戦で進んでいき八回、ここまで0点に抑えていた
片岡選手が相手打線に捕まり始める。
『あーっと、片岡選手!連打を浴びてワンアウト、1、3塁です!』
『片岡君が肩で息をするようになりましたね。ここは踏ん張り所ですよ!』
父さん達と一緒に俺と貴子ちゃんもテレビ画面の片岡選手に声援を送る。
『三振!片岡選手、ツーアウトまで辿り着きましたが次の打者は4番バッターです!』
『ツーアウトですし歩かせてもいいのですが、片岡君なら勝負するでしょうねぇ。』
解説者の言葉通りに青道高校は勝負を選択する。
そして…。
『カキーン!』
テレビ画面から響いたのは無情な金属音だった。
『タイムリーヒット―――!片岡選手!遂に点を取られました!』
『この終盤で先制点を取られてしまいましたねぇ…。』
テレビ画面からは歓喜の声援と悲鳴の様な声が聞こえてくる。
その後、八回、九回と青道高校も得点圏にランナーを置くが
相手高校の継投策の前に後一本が出なかった。
『西東京の雄、青道高校!惜しくも敗れてしまいました!』
『敗れてしまいましたが、両校共に良い試合を見せてくれた事に拍手を送りましょう。』
テレビ画面では試合終了の挨拶の為に選手達が整列している。
青道高校の選手達は俯き涙を流している。
だが唯一人、片岡 鉄心だけは涙を流しながらも顔を上げ前を見据えていた。
俺はそんな片岡選手の姿に心が熱くなり、強い憧れを抱くのだった。
実況と解説が一方に偏っているのは作者の描写力量の問題からです
なので地方局とか地元局とかなんだと脳内変換していただけると助かります
次の投稿は17:00の予定です