「優、気が散っている様だが、どうした?」
春季大会の関東大会出場を決めた青道高校は、関東大会が始まるまでの僅かの間も、
練習に励んでいた。
そんな青道高校のメンバーの1人であるクリスだが、肩の怪我から復帰したものの、
万全を期すために現在でもリハビリのメニューを続けているのだ。
そんなクリスの様子を見て、トレーナーをしているクリスの父である
アニマルが声を掛けたのだ。
「親父…。」
「集中を欠いている状態では怪我に繋がる、少し休憩をしよう。」
そう言って、アニマルはクリスにタオルとドリンクを渡した。
「それで、何を悩んでいるんだ、優?」
「やっぱり、親父にはバレるか。」
「当たり前だ、私は父親だぞ。」
アニマルの返事に、クリスは観念した様に話始めた。
「親父…感覚が戻らないんだ。」
クリスの悩みに、アニマルは笑みを浮かべながら答えた。
「優、感覚を戻すのではなく、作り直すんだ。」
「作り直す?」
「そうだ。これは、財前くんにもしたアドバイスだな。」
アニマルは掛けていたサングラスを外すと、クリスの目を見て話し始めた。
「プロの世界でも、色々な理由でシーズン中に感覚が崩れたり、相手に崩される事がある。
その結果、自分のピッチングやバッティングを見失って引退してしまう選手もいる程だ。」
クリスはアニマルの言葉に、プロの世界の厳しさを感じたのか、唾を飲み込む。
「だからこそ、かつての自分に戻るのではなく、今の自分に適応していかなくてはならない。」
「今の自分に適応…。」
そう呟くと、クリスの目に力が戻った。
「優、焦らなくていい。1つずつ適応していくんだ。」
「あぁ、ありがとう、親父。」
クリスのお礼の言葉に、アニマルはサムズアップで応えた。
「さぁ、メニューはまだ残っている。そろそろ、再開するぞ。」
「あぁ。」
クリスは立ち上がって、リハビリの続きを始めた。
「親父、何から適応していくべきだと思う?」
「私なら、試合勘だな。勝負所を見誤ると、勝てる試合も勝てなくなる。」
アニマルの言葉に、クリスはリハビリのメニューをこなしながら頷く。
「優、いっその事、リードは投手に任せてみたらどうだ?」
「リードを?」
「そうだ。1試合通してリードを考えていくだけでも、相当に負担がかかる。ならば、
投手が投げたい球種を投げさせて、自分はコースだけを指示していくのも1つの手だ。」
首を傾げるクリスに、アニマルは言葉を続けていく。
「葉輪くんのボールを信じられないか?」
「…わかったよ、親父。」
観念した様にクリスがため息を吐くと、アニマルは悪戯が成功した子供の様な
笑顔になったのだった。
◆
いよいよ、春季大会の関東大会が始まった。
その関東大会の1回戦、青道高校は丹波さんが先発した。
東京地区予選で手応えを掴んだのか、丹波さんは6回を3失点で抑えて降板した。
6回終了時点で6ー3と3点リードしていたからか、7回の裏に中継ぎとしてノリが登板した。
だが、ノリは相手打線に捕まって、1イニングを投げきる事が出来ずに3失点してしまい、
同点に追い付かれてしまった。
急遽登板した純さんが後続を抑えて、打線の援護に期待する。
すると、8回の表のチャンスの場面。
8番バッターの代打に一也が送られた。
この起用に一也は見事に応えて、タイムリーツーベースヒットを打った。
続くチャンスに、投手の純さんがタイムリーヒットを打って、2点勝ち越した。
9回の裏は、3年生が抑えとして登板して、見事に相手打線をシャットアウト。
関東大会の第1回戦は8ー6で青道高校が勝ち進んだ。
そして、関東大会の第2回戦。
先発する俺は、クリスさんとアップをしていたんだけど、その時に言われた
クリスさんの提案に、俺は心の底から驚いたのだった。
本日は5話投稿します
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