「フーくん、今日の試合もカッコ良かったよ。」
「ありがとう、貴子ちゃん。」
関東大会の第2回戦が終わり、青道高校に戻った後にミーティングをしたんだけど、
それも終わった今は、貴子ちゃんと一緒に家に帰っていた。
寮で生活しているメンバーは、まだ寮に帰らずにグランドで練習をしている。
俺も残って練習したかったんだけど、今日の試合は1人で投げ抜いたから休めと、
片岡さんに言われてしまったので大人しく家に帰っているのだ。
そういえば、貴子ちゃんと一緒に帰る前に、礼ちゃんが貴子ちゃんに何かを
耳打ちしていたんだけど、何を言ってたんだろうな?
「家に帰ったら、マッサージをしてあげるからね♪」
そう言って貴子ちゃんは、繋いでいた手を離して、腕を組んできた。
おうふ…右腕に幸せな感触が…。
非常に嬉しいんだけど、いいのかな、これ?
貴子ちゃんを見ると、なんか嬉しそうに笑っている。
うん、貴子ちゃんがよければ、このままでいいか!
その後は今日の試合の事とかを、貴子ちゃんと楽しく話しながら家に帰ったのだった。
◆
パワプロが家に帰っている一方で、青道高校の野球部グランドでは多くの者が汗を流していた。
今日の試合で見せた、パワプロの圧倒的なパフォーマンスが、青道高校野球部に所属する、
多くの部員の心に火をつけたのだ。
パワプロと同じ1年生の投手の中には、監督の片岡に守備位置のコンバートを相談する者も
いるが、多くの者は夏の大会のレギュラーの座を勝ち取るべく、汗を流している。
そんな青道高校野球部部員の中で、部室でスコアブックを見ながら、
厳しい表情をしている者がいた。
「今日の試合で葉輪に首を横に振られたのは、およそ5割か…。」
スコアブックを見ながら、そう言うのはクリスだった。
「今日の試合の葉輪のボールがキレていたのは、あいつが投げたいボールを投げたからという
可能性が高い…。もし、今まで通りに俺のリードで投げさせていたら、
半分はボールのキレを活かせなかったかもしれないのか…。」
そうクリスが言うと、部室に誰かが入ってきた。
「あれ?クリスさん、それって今日のスコアブックですか?」
その言葉にクリスが顔を上げると、そこには御幸がタオルで汗を拭きながら立っていた。
「それで、クリスさんは何を悩んでたんですか?」
御幸の言葉に、クリスは無言でスコアブックを渡した。
「相変わらず、藤原先輩の書いたスコアブックは見やすいですね。」
そう言いながら、御幸はスコアブックに目を通していく。
「御幸、もし今日の試合でお前がリードしていた場合、葉輪はどれだけ首を横に振った?」
「ちょっと待ってくださいね。え~と…?」
クリスの質問に、御幸はスコアブックを見ながら考えていく。
「ざっと2割ってとこですね」
「2割か…」
「はい。もっとも、フォーシームとカーブの2球種だけの話ですから、球種が増えたらもっと
増えるかもしれないですけどね。」
御幸はそう言うが、内心では然程変わらないと思っている。
対してクリスは、パワプロが首を横に振る回数が増えると思っていた。
これは、クリスの試合勘の欠如が、リードの際の情報処理能力を下げているのが原因なのだ。
「…かなり苦戦しているみたいですね。」
「あぁ。だが、手応えはある。」
御幸はスコアブックを見て、クリスのサインとパワプロの投げたいボールの
ズレを認識しながらそう言うが、クリスは意外にもこの状況を前向きに捉えていた。
そんなクリスの様子に、御幸は面白そうに笑みを浮かべる。
「どうやら、大丈夫そうですね。」
「なんだ?心配していたのか?」
「1時間も1人で部室に籠っていたら、心配の1つもしますって。」
御幸が苦笑いしながらそう言うと、クリスも苦笑いを返した。
「それはすまなかったな、御幸。」
「いえいえ、出来た後輩でしょう?」
「自分で言うな。」
クリスがそう言うと、御幸は大きな声で笑った。
「さて、御幸。少し話に付き合ってもらうぞ。俺の認識と動きが、
どれだけズレているのか知りたいからな。」
「いや~、練習してきたんで喉が渇いたなぁ?」
御幸の要求に、クリスはプッと吹き出してしまう。
「性格が悪いぞ、御幸。」
「キャッチャーにとっては誉め言葉ですね。」
その後、クリスと御幸はスコアブックを見ながら、日が暮れるまで話し合いを続けたのだった。
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