青道高校と明川学園の試合の6回の表、楊がこの回も青道打線を3人で抑えると、
球場内は多くの高校野球ファンの歓声に包まれた。
そして6回の裏のマウンドにパワプロが上がると、心無い野次が飛んでくる。
それは明川学園の打線を応援するものではなく、パワプロ個人を貶めるものだった。
そんな野次からパワプロを守ろうと、青道高校の応援が明川学園の応援を、
上回る勢いで声を張り上げている。
だが、マウンドのパワプロはどこ吹く風と言わんばかりに、笑顔で投球をしていく。
6回の裏の明川学園の先頭打者は三塁線へのボテボテのゴロを打った。
そのボテボテのゴロに、東が猛チャージをかけて捌く。
明川学園の打者が懸命にヘッドスライディングをするが、判定はアウト。
この判定に球場内の観客の一部からブーイングが飛ぶ。
ゴロを捌いた勢いでかなり前に出ていた東が、守備位置に戻る前に
マウンドのパワプロに声を掛けた。
「葉輪、明川のピッチャーのボールは必ず打つから、この野次を気にするんやないで!」
東にそう声を掛けられたパワプロは首を傾げながら耳を澄ます。
そこで、パワプロは初めて野次に気付いた様に驚いた表情を見せた。
「へぇ~、なんか色々言われてたんですね。」
「なんや、気付いてへんかったんか?」
「はい。楊との投げ合いが楽しくて夢中になってました。」
なんとも頼もしい後輩の言葉に、東はニヤリと笑みを浮かべる。
「ならついでに、お前のピッチングでこの野次を黙らせたれ。」
「俺に出来るのは楽しんで投げるだけなので、その注文はクリスさんに言ってください。」
東はパワプロとグローブでタッチをすると、守備位置に戻っていった。
「しかし、なんでこんなに野次られてるんだ?」
パワプロはファーストの結城からボールを受け取りながら、そう考えた。
「まぁ、考えてもわかんないし、楊との投げ合いを楽しもっと。」
そして、パワプロが6回の裏もノーヒットで抑えると、
楊とパワプロの投げ合いは続くのだった。
◆
7回も両チーム共にノーヒットで終わったが、8回の表で試合が動いた。
8回の表の先頭打者である東が、レフトスタンドに豪快にホームランを叩き込んだのだ。
これで試合は1ー0で青道高校が一歩リード。
明川学園は、楊が実戦を想定した投球をしたいという要望を受け入れて、
練習の多くはシートバッティングをしている。
その為、チーム全体で守備が上手い。
だが、バッティングは守備のレベルに追い付いておらず、守り勝つ野球をしてきたのだ。
その明川学園が追う1点は遠い。
相手は『怪物』と噂されるパワプロなのだ。
グランドの明川学園ナインの足が重くなる。
この状況に気付いたクリスは、軽打を心掛けて打席に入った。
楊は折れそうになっている心を奮い立たせてボールを投げ込む。
これまで通りに打ち取った打球が、2塁方向に転がっていく。
だが、明川学園のセカンドの一歩目は遅れてしまい、ボールは外野へと転がっていく。
ここで楊は自身の失敗に気付いた。
東のホームランで傷付いていたのは自分だけではなかったのだと…。
しかし、楊が気付いたのは遅かった。
東のホームランに続く、このクリスのヒットが明川学園の選手達の緊張感を、
完全に奪ってしまったのだ。
試合の流れは、一気に青道高校側に傾く。
青道高校は8回の表だけで4点を奪うと、8回の裏のマウンドに上がったパワプロが、
三者三振で反撃の糸口すら掴ませない。
そして9回の裏。
明川学園のベンチから選手達は必死に声援を送るが、最後の打者が
見逃し三振に抑えられるとガックリと項垂れた。
青道高校と明川学園の試合は4ー0で青道高校が勝利した。
そしてパワプロは、高校野球で2度目となるノーヒットノーランを達成したのだった。
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