夏の高校野球選手権西東京地区大会の準決勝。
青道高校と稲城実業の試合が始まった。
この試合、奇しくも両チームの先発は1年生である。
まだ高校生になって半年も経たない者が、甲子園行きを賭けた試合のマウンドに立つ。
それも強豪である青道と稲城の双方がだ。
この事実は話題となり、まだ地区大会でありながら球場が満員となっていた。
そんな球場に葉輪、藤原両家の両親が応援に来ていた。
「頑張れよぉ、風路!」
「負けるな!風路くん!」
両家の父親は、兼ねてからの計画通りに会社から休みをもぎ取って来た。
もちろん、その際に上司との睨み合いをしてきたのは言うまでもない。
「風路くんは本当に楽しそうに投げるわねぇ、葉輪さん。」
「フーくんが子供なだけですよ、藤原さん。私としては早く貴子ちゃんと、
恋人になって欲しいんですけどねぇ…。」
試合前から早くも熱狂して応援している父親2人とは違い、両家の母親は
子供達の恋愛について話していた。
「貴子はこの前、風路くんと腕を組んで帰って来たって言ってましたけど、
風路くんにはあまり効果が無かったんでしょうか?」
「いえ、その日のフーくんは嬉しそうでしたから、ちゃんと効果はありましたよ。」
両家の母親だけでなく、青道高校野球部の副部長である高島を含めた、
パワプロ、貴子の包囲網が形成されているのだが、大人の女性達が期待する程の
2人の仲の進展はまだ無い状態だ。
「これ以上を求めるとなると、やっぱりキスをさせるしかないでしょうか?」
「そうですね。確か、貴子は風路くんに甲子園に連れていってもらうって約束しているので、
それを出しにしてキスさせちゃいましょうか。」
「あらあら、幼馴染みとの約束を果たしてキスだなんて、ロマンチックでいいですねぇ。」
「ふふ、帰ったら貴子を焚き付けておきますね。」
「よろしくお願いしますね、藤原さん。」
◆
「…っくしゅん!」
「ん?藤原君、風邪かね?」
「い、いいえ、大丈夫です、太田部長。」
球場の観客席で葉輪、藤原両家の母親が子供達の恋愛話に興じていた頃、
その話の当人である貴子は、青道ベンチでくしゃみをしていた。
「この時期は風邪だけでなく、暑さで体調を崩す事も多いからね。気を付けなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
太田は貴子の返事に頷くと、試合前の挨拶を終えてマウンドで投球練習を始めた、
パワプロに目を向けた。
「はぁ…試合前なのに胃がキュッとしてきたよ。」
太田の言葉に貴子はクスクスと笑うと、膝に置いていたスコアブックを手に取り、
マウンドで投球練習をしているパワプロの姿を見詰めるのだった。
◆
1回の表、パワプロは稲城打線を三者凡退の2三振に抑えた。
順調な滑り出しのパワプロのピッチングに、1回の裏のマウンドに上がった成宮は、
青道ベンチにいるパワプロに挑戦的な視線を送っていた。
「ふんっ!お前が2三振なら、俺は3三振で抑えてやるよ!」
成宮は左手で弄んでいたロージンバッグをポイッとマウンド横に捨てると、
手に余分についた滑り止めを、フーッと息を吹き掛けて飛ばす。
そして成宮は、打席に入った青道の1番バッターの小湊をマウンドから見下ろすと、
ゆっくりと投球モーションに入る。
成宮が1球目に選んだのはスライダー。
そのスライダーを、左打者の小湊の膝元に投げ込む。
背中からくるような角度に、小湊はボールが身体に向かってくる様に錯覚した。
フロントドアのスライダーに、小湊は僅かに避ける様に身を捩る。
だが…。
「ストライク!」
主審の判定はストライク。
この判定に、小湊は冷や汗を流す。
「はい、いっちょ上がりってね。」
原田からの返球を受ける成宮の頭には、既に小湊を三振で抑える映像が見えていた。
成宮は思い描いた通りにボールを投げ込んでいく。
青道の1番打者の小湊は、1球もバットがボールにかすらずに、
三球三振に抑えられてしまった。
「せめて、クリスさんレベルのバッターになってから出直してきなよ。」
そう言いながら舌を出した成宮は、1回の裏の青道打線を三者三振で抑えたのだった。
これで本日の投稿は終わりです
また来週お会いしましょう