夏の高校野球選手権西東京地区大会の準決勝。
青道と稲実の試合は、2回の表に進んでいた。
2回の表の先頭打者は、稲実の4番である原田。
春季大会で、パワプロからホームランを打った強打者である。
そんな原田を迎えるにあたって、今日の試合でマスクを被っている御幸は、
マウンドのパワプロに声を掛けた。
「パワプロ、1回の裏に鳴が三者三振をやった勢いを断つ為に、原田さんを三振にするぞ。」
「おぉ!?いよいよスライダーのお披露目か!?」
「それはちょっと様子を見てからだな。」
早くスライダーを投げたいパワプロの様子に、御幸が苦笑いをする。
「出来れば終盤の勝負所で使いたいから、使わずに抑える様に組み立てるつもりだ。」
「ふ~ん。まぁ、リードは一也に任せて、俺は原田さんとの勝負を楽しむよ。」
そう言うパワプロの言葉に、御幸はパワプロの胸をミットで軽く叩いてから、
キャッチャーボックスに戻った。
御幸はキャッチャーボックスに座ると、入念にバットを振ってから、
バッターボックスに入る原田の様子を横目で探っていく。
(さて、1球目はどうするかな?)
御幸がサインを出すと、パワプロが頷いて投球モーションに入る。
1球目。
御幸が要求したのはインハイへのフォーシーム。
原田が反応してバットを振る。
ガキッ!
「ファール!」
原田が打った打球は、後ろにそれてファール。
これでワンストライク。
御幸は今の原田のバッティングの意味を考える。
(原田さんが狙っているのは真っ直ぐか?)
御幸は確認する為に、アウトローにボール1つ分外したフォーシームを要求した。
パワプロが投じたフォーシームが、要求通りのコースに投げ込まれる。
ガキッ!
「ファール!」
アウトローのフォーシームを踏み込んで打った原田の打球は、1塁線を切れてファール。
これでノーボール、ツーストライク。
原田を追い込んだ状況だが、御幸は原田の狙いに確信が持てなかった。
(どうする?1球外すか?)
横目で原田の様子を見ながら御幸は決断をする。
御幸がサインを出してミットを構える。
パワプロが独特な投球モーションでボールを投げ込む。
バシッ!
「ストライクスリー!バッターアウト!」
アウトローにバックドアとなるカーブがピンポイントで投げ込まれると、
主審が力強くストライクコールをした。
見逃し三振に倒れた原田は、御幸を一瞥すると黙してベンチに戻っていくのだった。
◆
2回の表。
パワプロは原田を三球三振で抑えると、その勢いのままに三者三振で抑える。
そして迎えた2回の裏。
マウンドに上がった成宮は、打席に入った東をふてぶてしく見下ろしていた。
「あ~あ。折角クリスさん対策で新変化球を覚えて来たのになぁ。」
そう言いながらマウンド横のロージンバッグに軽く指を付けると、
フッと息を吹いて余分な滑り止めを飛ばした。
「まぁ、この人も右打者だしちょうどいいか。」
成宮は左手で帽子の鍔に触ると、原田のサインを見る。
そしてサインに頷いた成宮はゆっくりと投球モーションに入っていく。
1球目。
成宮が選択したのはアウトローのフォーシーム。
そのボールに東のバットが反応する。
キンッ!
東の打った打球は外野フェンスに直撃したが、ライト線を切れていてファール。
「うわぁ、馬鹿力。でも、フェアゾーンに入んなきゃ意味無いし。」
主審が投げたボールを受け取りながら、成宮はマウンドから東を見下ろしていく。
原田のサインに頷いて成宮がボールを投げる。
2球目。
成宮が投げたのは、インローのストライクゾーンからボール球になるフォーク。
東はこれを見逃す。
これでカウントはワンボール、ワンストライク。
「今のを見送るとか、面倒だなぁ。」
ワンバウンドしたボールに付いた砂を、原田はユニフォームで拭き取ってから、
成宮にボールを返球する。
ボールを受け取ってサインを見た成宮は首を横に振る。
原田はため息を1つ吐いてからサインを出し直す。
「そうそう、それだよマサさん。」
サインに頷いた成宮が、ゆっくりと投球モーションに入りボールを投げる。
成宮が投げたボールはインコースのベルト付近に入っていく。
甘いコースに投げ込まれたボールに、東はバットを振り抜く。
だが…。
ガキッ!
東の打球は3塁線のボテボテのゴロになってしまった。
打球を見た東が1塁へと駆け出す。
3塁線上を転がる打球を、稲実の3塁手が処理して1塁へ送球。
タイミングは確実にアウトだが…。
「ファール!」
3塁の塁審は打球が切れたと判断して、判定はファールとなった。
駆け足で打席に戻っていく東を見ながら、成宮は不満気に言葉を溢す。
「サード、一歩目が遅すぎ。」
成宮がそう愚痴るのだが、これは稲実の3塁手の怠慢では無い。
成宮が東に投げたのは、クリス対策として覚えた新変化球『カットボール』である。
東は得意なコースに来たボールを、フォーシームと認識してフルスイングしていた。
それ故に稲実の3塁手は強い打球を想定したのだ。
だが、実際はボテボテのゴロだった為、稲実の3塁手の一歩目が遅れてしまい、
打球は3塁線を切れてファールとなってしまったのだ。
「まぁ、いいけどね。どうせ三振で抑えるから。」
マウンドの成宮は原田のサインに自信を持って頷く。
成宮が決め球に選んだのはチェンジアップ。
シニア時代の海外チームとの練習試合の後に、パワプロの助言で握りを変えたものだ。
以前の握りではチェンジアップの制球に苦しんだ成宮だったが、今の握りにしてからは
しっかりと低めに制球出来る様になっていた。
そして、握りを変えた事で制球以外の副産物として緩急だけでなく、フォークの様な落差が
成宮のチェンジアップに持たらされていた。
成宮はそのチェンジアップをアウトローに投げ込む。
そして…。
ブンッ!
東のバットは空を切り、成宮は東を三振に抑えたのだった。
「はっ、チョロいね。」
本日は5話投稿します
次の投稿は9:00の予定です