夏の高校野球選手権の西東京地区大会準決勝。
青道と稲実の試合は8回の表を迎えようとしていた。
その8回の表の先頭打者となる稲実の4番バッターの原田は、
打席に入る前に大きく息を吐いた。
(春季大会でも思ったが、やはり葉輪は凄い投手だ。だが、うちの成宮も負けていない!)
原田はマウンドで何かを話しているパワプロと御幸に目を向ける。
(葉輪を相手に連打は望めない。ならば最低でも2塁に到達出来る長打が必要だ。)
そう考えると、原田はバットを目の前に持ち上げて両手でグリップを引き絞る。
(葉輪のカーブとチェンジアップは引っ掛けてゴロになる可能性が高い。
狙うは真っ直ぐ1つだ!)
原田はそう心を定めると、キャッチャーボックスに戻ってきた御幸に合わせて打席に入る。
本日3度目となるパワプロと原田の対決。
1球目。
パワプロはアウトローにバックドアとなるカーブを投げ込んだ。
原田はしっかりとタイミングを取っていたが、このカーブを見送る。
「ストライク!」
主審の判定はストライク。
これでカウントはノーボール、ワンストライク。
(8回でも衰えぬ抜群のコントロール…。見事なものだ。)
原田は1つ息を吐いてからバットを構える。
マウンドのパワプロはサインに頷くと、独特なノーワインドアップの投球モーションに入る。
2球目。
ストライクゾーンに入っているアウトコースのボールに原田が反応して踏み込む。
だが…。
(真っ直ぐ…!?いや、チェンジアップか!)
パワプロが投げたボールは、原田の目には途中までフォーシームに見えていた。
その為、原田はスイングを始動していたのだが、原田は身体が開かない様に懸命に堪える。
(態勢を崩すな!中途半端なスイングでは狙いを悟られるぞ!バットを振り切れ!)
ガキッ!
原田が打った打球は1塁側のファールゾーンに転がっていった。
「ファール!」
これでカウントはノーボール、ツーストライク。
追い込まれた状況だが、原田は内心で胸を撫で下ろしていた。
(助かった。あと1球チャンスがある。そして、2球外に遅いボールが続いたこの状況…、
内に速いボールが来る可能性が高い!)
原田の狙い球はパワプロのフォーシーム。
それが強く叩けるインコースに来る可能性が高い状況に、原田の心は昂る。
原田はタイムを取ると、打席を外して素振りをする。
(落ち着け、原田 雅功!緩急差に惑わされずにしっかりと振り抜け!)
原田は何度か軽く素振りをした後、最後に強くバットを振ってから打席に入る。
原田が大きく息を吐いてからバットを構えると、マウンドのパワプロはサインに頷く。
3球目。
パワプロが投げたボールは間違いなくインコースに来ている。
だが、そのコースはこれまでのものと違って甘いコースだった。
(絶好球!もらった!)
原田はパワプロが投げたボールをフォーシームと認識してスイングする。
だが…。
(バットに感触が無い!?ボールは何処だ!?)
原田は捉えた筈のボールの感触が無い事に混乱していた。
そんな原田に声が届く。
「走れ、原田!」
野球人の本能なのか、原田は混乱したまま1塁へと走る。
そして原田が1塁を走り抜けると同時に、青道の1塁手の結城のミットの音が鳴る。
「セーフ!」
1塁塁審の判定はセーフ。
原田は何が起こったのか確認したくて、御幸がいる方に振り向く。
御幸がいる位置はキャッチャーボックスの後方、バックネット付近。
(あのコースでワイルドピッチ?いや、パスボールか!)
そう思った原田の頭には新たな疑問がわきあがる。
(俺が真っ直ぐと思ってバットを振ったあのボールは…なんだ!?)
原田は1塁コーチャーボックスにいる仲間に声を掛けられるまで、
1塁の塁上で呆然と立ち尽くすのだった。
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