絢の軌跡Ⅲ   作:ゆーゆ

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四月二十二日 身を焦がして、恋焦がれて

 

 クラウ=ソラスのサーチモードを自身に向ける。各種バイタル値に異常なし、オールグリーン。イストミア大森林で虫に刺されてしまった患部には、後で薬を塗付しておこう。

 気になる点は体力面だ。しっかりと補給をして、午後の活動に備える必要がある。消耗時に対処できるよう携帯食も確保しておきたい。栄養価の高いチョコレート菓子があったはずだ。甘味は何より優先される。

 三号車へ向かうと、数名の生徒達が食事の最中だった。《Ⅷ組》や《Ⅸ組》も一時訓練を中断し、昼休憩を取っているようだ。

 

「はい、お待たせ。お代わりもあるから、足りなかったら遠慮なく言ってね」

「どうも」

 

 サンディさんから手渡されたランチを受け取り、奥のテーブルを目指す。入り口付近のテーブル席では、ユウナさんとクルトさんが情報交換―――とは名ばかりの、中身のない会話を交わしていた。

 

「ねえねえ。さっき言ってたオリヴァルト殿下って、どんな人?クルト君も会ったことがあるの?」

「まあね。どんな人かは……上手く言えないけど、立派な方だ。君も会ってみれば分かるよ」

「ふーん……ていうか、そんな人をつかまえて『自己満足』呼ばわりしたわけ?問題発言過ぎるでしょ」

「それとこれとは話が別だ。僕だって特務活動を無駄だとは思わないが、表現としては間違っていない」

「……リィン教官も言ってたけど、クルト君って考え過ぎなところがあるわよね。モテないわよ、そういう男子」

「君は考えが足りなさ過ぎると思うけどね」

「あー可愛くない。可愛くないわねー、ホント」

 

 どうして彼らはいつも、無益なやり取りを繰り返すのだろう。しかし二人はそうした行為を通して何かしらの感情を抱き、精神面の安定を図っている節さえある。まるで理解に及ばないけれど、要解析課題として保留としておこう。

 一方のカウンター席にはシーダさん。手元の取り皿からは、覚えのない芳しい香りが漂っていた。

 

「見たまえシーダ、サソリの素揚げに川ヘビの蒲焼きだ。ハチノコは蒸し焼きにしてみたぞ」

「わあ、いい香り!とても精が付きそうですね、フレディさん!」

 

 あくまでデータや知識として、ああいった物が一部地域で食されている事実を把握はしていた。栄養価だけでは語れないことも経験則的に熟知している。けれども、意気投合したあの二人の嗜好は、言うまでもなく理解から遠い。見なかったことにしよう。

 

「ふう」

「やあアルティナ。アンタらも昼飯かい」

「お疲れ様、アルティナ」

「……どうも」

 

 私が椅子に座るやいなや、同じ水泳部に所属するレオノーラさんとスタークさんが、テーブルを挟んで反対側の席に着いた。トレー上には私のランチと同じ品目が並んでいた。サソリやらヘビやらが盛られていたら相席を拒んでいたに違いない。

 ちなみにウェインさんは機甲兵搭乗時、コックピットに紛れ込んだ蜂に刺されてしまったそうで、トワ教官から塗り薬を処方されている最中らしい。私も後で貰っておいた方がいい。

 

「《Ⅶ組》も昼休憩中か。珍しいな、君達がバラバラで食事を取るなんて」

「ユウナさんの提案です。たまには他のクラスの生徒と積極的に交流を図った方が、私のためになるそうです。よく分かりませんが」

「いやいや、アンタ思いっ切り一人で食べようとしてたよね」

「……成程、そうでした。別行動だけでは意味を成さないのですね」

 

 思わぬ見落とし。どうも目的が不明確な中で自主性を求められると、足元が疎かになってしまいがちだ。

 慣れない行為に頭を悩ませていると、スタークさんの視線に気付く。何かを言いたげな表情が、私へと向いていた。

 

「どうかしましたか?」

「いや……気にしないでくれ。詮ないことさ」

「そう言われましても気になります。私に関することですか?」

 

 私が追及すると、スタークさんは観念した様子で溜め息を付いて、静かに告げた。

 

「もしかしたら君は、普通じゃないことが当たり前になり過ぎて、気付かないことだらけになっているんじゃないかって、漠然とそう感じたんだ」

「……よく分かりません。理解しかねます」

「そうだな。俺もアルティナのことはよく知らない。だから少しずつでも、知っていければいいって思うよ」

 

 当たり前だ。彼は私を知らないし、この先知ることもないだろう。私の出生も、過去も。

 けれど、どうしてなのだろう。スタークさんが並べた言葉が、一向に頭から離れなかった。

 

___________________

 

 

 午後十四時を回った頃、リィン達は馬を使ってサザーラント南の街道を下っていた。

 午前中に活躍したレンタカー店の導力車は、人形兵器との戦闘で損傷してしまう恐れがあることから使用を断念。脱線事故の影響で列車も運行を停止する中、その代わりにとハイアームズ侯の厚意で貸し出された馬の脚で次なる目的地へと向かっていた。

 

「紡績町パルム。帝国最南端の町ですか」

「俺も初めてだが、噂に違わぬ風景だな」

 

 やがて辿り着いた先、紡績町パルム。古くから紡績業で栄えた町中には多数の水路が引かれ、何台もの水車が連なっている。彩り鮮やかな織物達が風に揺れる光景は、それだけで価値のあるパルムの象徴だった。

 

「うんうん、すっごく綺麗な町ね」

「この町が、お兄ちゃんが初めての実習で……。帝国にも、こんな人里があるんですね。とても居心地の良い風を感じます」

 

 各々が思い思いの感想を述べる一方、クルトは郷愁に耽るような、何処か寂しげな面持ちで広場の噴水を見詰めていた。その表情と背中が、ユウナの目にはとりわけ新鮮に映っていた。

 

「十歳ぐらいまで、ここで暮らしてたのよね。やっぱり、懐かしい?」

「まあね。知り合いも何人かいるはずだし……。教官、早速魔獣の調査に向かいますか?」

「いや、町の中を一通り見て回ろう。人形兵器や脱線事故の情報が得られるかもしれないからな」

 

 土地勘のあるクルトの案内で、目ぼしい施設や建物を訪ねていく。

 工房に宿酒場、仕立て屋。顔が利くクルトが同行していたことで、時に思い出話に花を咲かせつつも、滞りなく情報収集は進んだ。

 

「むぐっ」

 

 町の教会に繋がる階段付近に差し掛かった頃、突然リィンが足を止めた。すると後方を歩いていたシーダが、勢い余ってリィンの背中に身体を預けてしまう。シーダは鼻の先を擦りながら、首を傾げて聞いた。

 

「リィン教官、どうかしました?」

「驚いたな。ヴィヴィに続いて、こんな所で……。すまない、少し時間をくれないか」

 

 リィンが逸る気持ちを抑えるように言うと、教会の方から階段を下って来る女性に声を掛けた。

 

「久し振りだな、ミント」

「ん……え?え、ええ?り、リィン君!?わわ、リィン君だー!」

 

 今日二度目となる、卒業以来の再会。予期せぬ邂逅にリィンとミントが胸を踊らせる中、四人の生徒達はやや距離を取って、二人のやり取りを見守っていた。会話の内容から、間柄は容易に想像が付いていた。

 

「まさか、あの女性もトールズの卒業生なのか?」

「わ、私も見覚えがあります。あの内戦中に、ノルド高原のゼンダー門でお会いしたことがあります」

「リィン教官の同級生ってわけね。……ヴィヴィって人と同じで、元士官候補生って感じが全然しないかも」

 

 唯一面識があったのが、ノルド高原出身のシーダ。シーダはかつて混乱の渦中にあった頃の思い出に浸りながら、声を弾ませて会話を交わすリィンの横顔を見詰めた。釣られるように、自然と笑みを浮かべていた。

 

「ヴィヴィさんの時もそうでしたけど……とっても嬉しそうですね。リィン教官のあんな顔は、入学してから初めて見たような気がします」

 

 柔らかく屈託のない微笑み。大人びた顔立ちの中に残る、まるで少年のようなあどけなさ。

 目が離せなかった。声を掛けるのも憚られて、立ち尽くす。あのアルティナでさえも、誰も気付かないであろう極々小さな笑みを湛えて、時の流れを忘れていた。

 

「折角の再会に水を差すのも、気が引けるな」

「それもそうね……。えーと、リィン教官?あたし達、先に行って町中を見て回っておきますね」

 

 ユウナの声に「すまない」と応じたリィンに先んじて、四人は町の東部へと向かった。

 道なりに歩を進めて、市内に引かれた水路上の小橋を渡る。町並みの東端には、周囲よりも一回り大きい建物が佇んでいた。

 

「そういえばこの町には、クルトさんの実家の剣術道場があったと記憶していますが」

「ああ。あの建物がそうさ。……やっぱり懐かしいな。小さい頃は、ここで暮らしていたんだ」

「へえー。小さい頃のクルト君、見てみたいかも」

「茶化さないでくれ」

 

 ユウナのからかいを受け流すと、クルトは改まった声で告げた。

 

「道場自体は、去年の暮れに閉鎖されたんだ。建物は残っているけどね」

「え……そ、そうなんだ」

 

 唐突に切り出された事実に、ユウナが戸惑いを露わにする。

 ヴァンダール流。アルティナから聞いた話では、二大流派と呼ばれる双璧の片葉。帝国のみならず、大陸全土に名を馳せる一大流派の道場が、何故閉鎖に追い込まれてしまったのか。

 聞いてよいものかとユウナが思案していると、屋内から威勢のいい声が流れ出てくる。しかも複数人分。四人は互いの顔を見合わせ、一様に首を傾げた。

 

「あ、あのー。閉鎖された割には、とても賑わってはいませんか?」

「少々気になりますね」

「……みんな。少しだけ、覗いてみてもいいか?」

「もっちろん」

 

 道場の門を数度叩いてから、クルトを先頭に門を開けた。途端に熱気が溢れ出てきて、掛け声が一気に明確になる。

 屋内には三人の門下生と思しき男女が、声を張って大振りの木刀を振るっていた。クルトらの訪問に気付いた三人は、両目を大きく見開きながら駆け出し、興奮冷めやらぬ面持ちでクルトに詰め寄った。

 

「お、おお!誰かと思えば、クルト坊ちゃんではないですか!?」

「あらまあ坊ちゃん、大きくなっちゃって!」

「お久し振りですウォルトンさん。カティアさんにラフィも」

 

 若干の照れを浮かべながら、クルトが門下生らと再会の挨拶を交わす。

 ユウナはここぞとばかりに悪戯な笑みを浮かべた。

 

「あはは。クルト君、坊ちゃんって呼ばれてたんだ。かーわいい」

「コホン。それで、一体何があったんですか?この道場は昨年末に閉鎖されたはずでは?」

 

 ユウナには無視を決め込んで、道場が活気を取り戻すに至った経緯を問い質す。

 ことの発端は一週間前。クルトの父でありヴァンダール家当主、マテウスの口利きで、臨時の師範代がこのパルムの道場に派遣された。腕前は底が知れず、剣術の熱に当てられた門下生達は、期間限定で道場を再開する決意を固めたのが、先週の出来事だった。

 

「臨時の師範代、か。僕も知っている方ですか?」

「きっとご存知かと思いますよ。今は出掛けられていますが……坊ちゃん、そちらの方は?」

「え?」

 

 振り返ると、四人の知らぬ間にリィンが後方に立っていた。

 一体何時から。大いに驚かされたユウナが、不服そうに口を尖らせる。

 

「び、ビックリした。ちょっとリィン教官、声を掛けて下さいよ」

「……ああ、すまない」

 

 リィンは悪びれる様子もなく、前方を見据えながら小声で答える。

 どうも様子がおかしい。視線の先には何も見当たらず、先ほどとは打って変わってぼんやりとしていて、しかし表情は穏やか。かつて見たことのないリィンの態度をどう解釈すればいいのか分からず、ユウナは気まずそうに名を呼んだ。

 

「り、リィン教官?」

「いや、何でもない。それよりミントから、人形兵器に関する情報を貰えたよ。準備ができ次第、街道に出るとしよう」

 

 踵を返して、リィンが屋外へと出ていく。

 いつにも増して素っ気ない態度に対し、不思議と嫌悪感は沸かなかった。

 

___________________

 

 

 サザーラントとクロイツェンの南端を繋ぐアグリア旧道。パルムからほど近い旧道上の高台が、人形兵器の出没を示唆する二件目の目撃地点だった。

 情報提供者はミント。目撃証言の内容は、高台の方角へ飛んでいく巨大な三つの影を目撃したというもの。その影が人形兵器だったのか否かは定かではないのだが、ミントが人形兵器の存在を知る元士官候補生である以上、信憑性は高いというのがリィン達の判断だった。

 

「あの辺りだな」

 

 ミントが修理したとされる導力灯から、真っ直ぐに高台の窪地を目指す。

 窪地の手前に馬を置いた五人は、周囲を警戒しながら少しずつ歩を進めた。

 

「……嫌な感じがします。あのほら穴って、『巣』でしょうか」

 

 シーダの目に留まったのは、向かって右側の地面にぽっかりと空いたほら穴。日光が届かない穴の奥は闇しかなく、野性的な勘所が警鐘を鳴らしていた。

 動物か、或いは魔獣の棲み処か。五人の注意がほら穴に向けられる中、リィンが頭上を仰ぎながら叫び声を発した。

 

「総員、警戒態勢!」

「「!?」」

 

 頭上の空間がぐにゃりと歪んで、二つの巨影が姿を現す。紛うことなき人形兵器が、音もなくリィン達の前に舞い降りる。

 黒光りをする重厚な装甲、迎撃に特化した兵装の数々。ひとつの要塞を凝縮したかのような出で立ちは、午前中に対峙したファランクスJ9を優に超える存在感を以って、リィン達を威圧していた。

 

「『ゼフィランス』シリーズ。拠点防衛型の重人形兵器です」

「午前に対峙したものより遥かに厄介なタイプだ。全力を以って撃破するぞ!」

 

 ブレイブオーダー起動、突撃陣『烈火』。ファランクスJ9戦と同様に、リィンの指揮がARCUSⅡを介して振るわれる。

 対するは拠点防衛型の重装甲型。深追いは禁物。

 長期戦は必至。少しずつ着実に叩いていく。

 突破口は―――

 

「ま、魔獣!?」

 

 シーダの悲鳴が、ARCUSⅡの連携を阻害した。

 背後から滲み寄る新手。ほら穴から這い出てくる蛇型の魔獣『タトゥージャ』が複数体。四つの頭部が独立した意思を持つ魔獣が群がる様は、ぞっとするような恐怖が具現化したかのよう。無数の大蛇が一斉に牙を向いて、口部からは毒を忍ばせた液体が滴り落ちていた。

 

「魔獣の巣だったのかっ……教官、こちらは僕らに任せて下さい」

「ま、待てクルト」

「シーダ、一気に殲滅するぞ!」

「は、はい!」

 

 リィンの制止を意に介さず、クルトが双剣をタトゥージャに向けて、続くシーダが小太刀を抜いた。二つの二刀流がARCUSⅡで重なり、一閃。クルトの連撃を機に、迎撃を開始した。

 

「はぁああ!」

 

 警戒すべきは頭部。その牙が掠りでもすれば毒に侵され、身動きが取れなくなってしまう。しかし頭さえ落とせば仕留めたも同然。数に惑わされず確実に落としていく。

 

「な―――」

 

 その警戒が、油断を生んだ。斬り飛ばしたばかりの頭部その物が、眼をぎょろりとさせながら、クルトの右手首に噛み付いていた。すぐさま頭部を振り払うと、手首に鋭い痛みが走る。

 

「ぐっ……く、くそ」

「クルトさん!?」

 

 毒自体は重くはなかった。しかし即効性のあるタトゥージャの毒は一気にクルトの四肢を捕え、堪えようのない痺れが身動きを封じた。地に膝を付いたクルトは、己の身を案じて駆け寄って来るシーダの悲鳴を聞いて、益々表情を歪めた。

 

「きゃああ!?」

 

 一度生まれた隙は連鎖をして、シーダの思考を奪い去る。得意とする後の先に徹し切れず、クルトに気を取られて無防備を曝したシーダが、毒牙の餌食となってしまう。

 

(クルト、シーダ!?)

 

 秒単位の迷いが、取り返しの付かない事態を招く。

 迷うな。決断しろ。ゼフィランスに注意を払いながら、リィンが数少ない選択肢を声に出して告げた。

 

「態勢を立て直す。ユウナ、二人を連れて退くんだ!」

「り、了解です」

 

 一時後退。二人の負傷者を抱えたままの戦闘を危険と判断したリィンは、アルティナと共にゼフィランスの攻勢を瞬時に押し返し、ユウナの退路を確保した。

 

「全弾掃射っ……たありゃああ!」

 

 一方のユウナはありったけの銃弾を魔獣の群れにばら撒くと、ガンブレイカーを放り投げ、クルトとシーダを強引に立たせて肩を貸した。

 

「二人共、歩いて!」

「す、すまない」

「ありがとう、ございます」

 

 形振り構っていられない。ユウナは二人の肩を鷲掴みにして、ずるずると引き摺るように後退した。

 窪地の入り口付近まで後退できれば、囲まれる心配はない。両翼包囲は回避できる。手持ちの解毒剤を投与すれば二人も戦闘に復帰できる。あと少しで持ち直せるはずだ。

 

「ユウナさん、前です!」

「え―――」

 

 連鎖は、収まっていなかった。ユウナが向かう先では群れから外れた一体のタトゥージャが、毒牙をちらつかせながら待ち構えていた。

 咄嗟に身構えようとして、ユウナはハッとした。安易に手離してしまった武装は遥か後方。満足に動けない二人を置いて取りに戻るわけにもいかない。唐突に万策が尽きて、目の前が真っ暗になる。

 私は、判断を誤ったのか?

 いやそうじゃない。どうすればいい。

 どうする。どうすれば。

 

「オオオォォォォッッ!!!」

 

 刹那。咆哮が響いて、背後から突風が吹いた。反射で思わず瞼を閉じて、慌てて顔を上げると―――戦慄が全身を駆け巡った。

 

「……な、に?」

 

 真っ二つに裂かれた魔獣の血飛沫が飛来して、額や頬にどろりと纏わり付く。とても些末なことに思えた。それ以上の驚愕が、二の足で立っていた。

 灰色の細髪。紅色の染まった瞳。全身から漏れ出すように滲む何か。

 目の前にいる正体が瞬時に理解された。恐る恐る振り返ると、立ちはだかっていたはずの人形兵器が、成れの果てと化していた。

 

「リィン教官っ……駄目ですリィンさん、早く力を解いて下さい」

 

 ユウナが呆然として動けないでいる一方、珍しく取り乱した様子のアルティナが、変貌したリィンに焦燥を露わにして駆け寄った。

 

「ま、まだだ。まだ終わってない」

「何を言ってるんですか!?」

「忘れたのか!?影は三つ、もう一体潜んでいるはずだ!」

「あ……」

 

 辛うじて残っていたユウナの思考が、リィンの声を拾い上げる。

 高台の方角へ、三つの影が飛んでいった。影の正体は人形兵器だった。最早疑う余地などなく、五人を嘲笑うかのように、最後の一体が窪地の中央付近へと降り立った。

 

「下がっていろ、アルティナ!」

 

 駄目。行かないで。声にならない声を、ユウナは無意識の内に発した。

 

「―――そなたも下がるがよい、リィン」

 

 凛とした声が、代わりにリィンの足を止めていた。

 

___________________

 

 

 時が止まった。思考や感情が虚空の彼方に吹き飛んで、目の前で起きた現実の把握へと、全てが費やされる。

 

「い、一体何が……それに、この音色って」

「う、動ける、のか?」

「毒気が……消えてる?」

 

 一瞬の閃光と衝撃が、残敵を粉々に打ち砕いてしまった。勿論リィンではなく、何者かが下した鉄槌による破壊。かと思いきや、何処からともなく流れてくる楽器の演奏音が、冷や汗で冷え切った体を胸の奥からじんわりと温めてくれていた。

 

「ねえアルティナ。なにが、起きてるの?」

「魔導杖による戦域全体の回復術と推測します。そして、今し方の斬撃は……。漸く、なのですね」

「な、なにが?」

「およそ感情と呼べるものを抱くことができない私ですが、私はこの再会を、とても好ましく思います」

「アル……ティナ?」

 

 未だ黒煙が立ち上る辺りから、二人の男女がゆっくりとした足取りでリィン達の下へと歩み寄って来る。

 魔導杖の特殊モードで儚くも穏やかな音色を奏でる、エリオット・クレイグ。既にその治癒効果は四人へと浸透し、クルトとシーダを蝕んでいた魔獣の毒も消えつつあった。

 そして―――

 

「ふむ、困ったな。気の利いた言葉を、幾つも用意していたはずなのだが……全て、吹き飛んでしまった」

「いいんだ。何も言わなくていい。あの道場を訪ねた時から、俺は……。俺も、同じだ」

 

 風になびく蒼髪が、とても眩しく映る。確固たる意志を宿す琥珀色の瞳が、滲んでいた。

 言葉は蛇足。声に出さずとも、数多が互いを別ち続けて尚、繋がり合う想いがある。

 

「綺麗……」

 

 この世界に溢れるどんな笑顔よりもずっと美しいと思えるような、恋人同士の微笑み。四人の教え子達は、二人が紡ぐ言葉を耳にした。

 

___________________

 

 

 午後十五時半。傷の手当と休息のためパルムへと戻ったクルト達は、宿酒場の一室を借りて、リィンとは別行動を取っていた。

 

「うん、毒は完全に抜けたね」

 

 同行を買って出たのがエリオット。教官の勧めもあり、治癒術や応急処置に長けたエリオットの厚意を受け入れたことで、クルトとシーダが負った傷は完全に癒えていた。解毒を瞬く間に済ませた手並みは、トールズの先人としての偉大さを思わせた。

 

「ありがとうございます。その、何から何まで」

「いいよ、気にしないで。君達も大変な苦労をしてるみたいだからね。演習初日から人形兵器とやり合うなんて、僕もビックリだよ」

 

 治療を受ける最中、クルトは何度も問い掛けようとして、その度に躊躇われた。

 聞きたいことは山ほどあった。人形兵器のこと、リィンとラウラの関係、あの場に居合わせた偶然らしからぬ偶然。この人は何処までを知っていて、自分は何を知らないのか。

 何より、リィンが覗かせた『力』の一端。あの力こそが、灰色の騎士と呼ばれる所以のひとつなのだろうか。

 

「その内リィン本人から、話してくれると思う。僕がとやかく言うことじゃないしね」

「っ……!」

 

 まるで見透かしているかのような物言いにクルトが面食らっていると、エリオットは「何か温かい物でも持って来るよ」と告げて、出入り口へと向かった。

 扉の前で立ち止まったエリオットは、何かを思案するような仕草を取ってから、四人へと語り掛ける。

 

「優しい人になって欲しい」

「え……?」

「僕も《Ⅶ組》で、沢山のことを学んだから。だからこれは、先輩からの助言さ。余計なお節介と受け取ってくれてもいいしね」

 

 優しい人。とても単純で難しい言葉を置いてから、エリオットが一室を後にする。残された四人の間に、奇妙な気まずさが漂い始め、自然と三人の視線がアルティナに集まっていく。

 今に始まった話でもない。リィンとアルティナが思わせ振りな会話を交わしたり、意味深な態度を取ることはこれまでにもあった。今日に限って、見過ごす訳にはいかなかったのだ。

 

「アルティナは、知っていたのか?」

「『力』のことでしたら、以前から。それ以上のことは言えません」

「……そうか」

 

 不用意な発言が目立つアルティナでも、頑なにならざるを得ない瞬間があった。リィン本人から釘を刺されている以上、勝手な真似はできない。

 クルトに続いて、ユウナが別の質問を投げ掛ける。

 

「じゃあ、あの人のことは?ええっと、ほら。ラウラさんと……その、リィン教官のこと。あの二人って、そういう関係なのよね?」

「当然知っていました。その点については、シーダさんも同じなのではないですか?」

「え、そうなの?」

 

 シーダが申し訳なさそうな面持ちで、首を縦に振った。

 

「お兄ちゃんから、それとなく聞いていたので。でも世間体を考慮して口外しないようにって、私も言われていたんです」

「世間体?」

「無理もないさ。この帝国において、灰色の騎士としての教官の影響力は絶大だ。もしもあの二人の関係が公になったら、とんでもない大騒ぎになる。想像するに容易いよ」

 

 クルトの推察通り、リィンとラウラの関係を知る人間は少ない。公にされてしまえば、瞬く間に取沙汰されて、皇族の色恋に匹敵する騒動へと繋がりかねない。軽率な言動ひとつが、世を揺るがす可能性を孕んでいるのだ。

 だからこそアルティナは、ずっと胸に秘めてきた。傍らで見守り続けてきたアルティナの中に生まれた微かな光は、変化の兆し。

 

「私はこの一年近く、ずっとリィン教官のサポートに徹してきました。リィン教官の胸中も、少なからず理解していたつもりです」

「……アルティナさん?」

「私はきっと、望んでいたのだと思います。あんな風にお二人が笑い合える日を、待ち望んでいた」

 

 思いも寄らない発言を前に、三人はきょとんとした表情を浮かべた。直後に抱いたのは、無力感。思い出されたのが、苦悶しながら力を揮うリィンの姿と―――エリオットの言葉。

 

 

「あの、皆さん。全部を一から見直しませんか。私達はもっと、しっかりしないといけないんだと思います」

「同感だ。教官の態度に不満はあるが、僕らの力不足のせいで教官が危険を冒す道理がない。それだけは、我慢がならない」

「いっそのこと怒鳴り散らしてくれた方が、スッキリするけど……まあ、しないわよね。付き合いが短くても、それぐらいは分かっちゃうし」

 

 見栄と意地。誇りと矜持。敬いと、力への渇望。微かな感情の欠片。まるで異なる小さな意志が、足りないものを補い合うように共鳴して、同じ方角を向いた。

 

 

 




明けましておめでとうございます。新年早々、閃Ⅳの発売が待ち遠しいです。今年もどうぞ宜しくお願い致します。
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