絢の軌跡Ⅲ   作:ゆーゆ

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五月十五日 紡がれていく絆 ~前編~

 

『もしもーし。ミリアムだよっ。リィン、どしたの?』

『こんばんは。アルティナです』

『え……あれれ?でもこれ……アーちゃん?』

『夜分に失礼します。少しお話ししたいことがあったので、《Ⅶ組の輪》を使わせて貰いました』

『あ、なーるほど。だからリィンの番号なのかぁ。あはは!なになに、秘密の相談事?』

『何故そう思われるのですか』

『だっていつもの回線だと録音されちゃうでしょ。だからあんまり聞かれたくない話なのかと思ってさ』

『……まあ、半分は当たってます』

『ふーん。それで、誰かと喧嘩でもしちゃった?それとも傷付けて泣かせちゃったとか?』

『思い付きで話さないで下さい。……でも、どうして?』

『アーちゃんはKYなところがあるからねー。もっとボクを見習った方がいいよ』

『ミリアムさんに言われたくありません。ですが……確かに私の言動は、不用意が過ぎるのかもしれません』

『あれれ。珍しく殊勝だね。この間会った時は「シーダのお姉さん役を任された」って得意げに言ってたのに』

『客観的に考えて、ユウナさんやクルトさんの方が適役と判断します。それにシーダさんは、私なんかよりも、感情が豊富で、決断力があって……。ごめんなさい。上手く言えません』

『……ねえ。アーちゃんはさ、もっと自信を持っていいと思うよ』

『そう言われても……』

『こんな風に話をしてくれたこと、今まであった?』

『あったような、なかったような』

『ああもう、なかったのっ。それだけでも、アーちゃんは変わったよ。自分じゃない誰かのことを想って、うんうん唸ってたんでしょ。違う?』

『……恐らく、合ってます』

『何となく食欲が沸かないとか』

『はい』

『夜に寝付けずにベッドの中でごろごろしたり』

『はい』

『リィンに相談しようと思ったけど結局気が引けて、「《Ⅶ組の輪》を使わせて下さい」って言って誤魔化して、結局ボクの番号に掛けたはいいものの、上手く説明できずに椅子の上で足をぶらぶらさせてたり?』

『……はい』

『当たってたことにビックリだよ……』

『ミリアムさん。私は割と真剣な話をしているつもりなのですが』

『あはは、ごめんごめん。でもさっきも言ったけど、もっと自信を持って、アーちゃん。悩むなとは言わないけど、その先にアーちゃんが求めているものが、きっとあるはずだよ』

『抽象的過ぎて理解しかねますが……了解です。もう少しだけ、悩んでみます』

『それと、シーダのことも、お願いね』

『シーダさん、ですか』

『ボクにとっては、大切な仲間の、大切な家族だから。お姉ちゃん役、やめちゃ駄目だよ?』

『……はい。善処します』

『ニシシー。ボクのこともお姉ちゃんって呼んでいいからね?』

『お断りします』

『ええー!何でさ。今のはナチュラルに呼んでくれるところでしょ。やっぱりKYだなぁアーちゃんは』

『話は変わりますがミリアムさん』

『強引に変えないでよー』

『もうひとつだけ、真剣にお話ししたいことがあります』

『……ん。なに?』

『貴女は―――アヤ・ウォーゼルに纏わる真実を、知っているのですか?』

『……っ』

『ミリアムさん』

『うん。知ってる』

『それは、他の元《Ⅶ組》の方々も?』

『知ってるよ』

『……話しては、くれないようですね』

『アーちゃん。もしもその時が来たとして、しっかりと支えてあげてね』

『それは……シーダさんを、ということですか』

『シーダだけじゃない。みんなを、だよ』

『みんな……』

『それがどれだけ悲しくて、辛くても、絶対に目を背けちゃ駄目。約束してくれる?』

『……はい。必ず』

『ん、ありがと。頑張れー、アーちゃん。お姉ちゃんが応援してるからね』

『こちらこそ。ありがとうございます、ミリアムさん』

『どぼじでお姉ちゃんって呼んでくれないのおおおお』

『おやすみなさい』

『ユーシスうう、アーちゃんが言うこと聞いてくれないいいい』

『ええい、掴むな縋るな泣き喚くな!』

『……おやすみなさい』

 

___________________

 

 

(―――好機っ)

 

 ユウナの掃射に気を取られたのか、試作型自律戦闘機の巨体側面に、致命的な隙が生じた。常人離れをした速度で反応したシーダが、二刀小太刀『絶佳』を手に飛び掛かる。

 

「見よう見真似、レインスラッシュ!!」

 

 クルト譲りの連撃。華麗に舞う白刃。戦局を見極め回避を捨てたシーダの斬撃が、左脚の膝部一点に注がれる。自重を支え切れなくなった巨体が、大きく揺らいだ。

 

「アッシュさん!」

「どいてろっ……おおるぁあ!!」

 

 鋭利で猛々しい気勢。振り下ろされたヴァリアブルアクスが頭部を穿ち、自律戦闘機は原型を失った。後方に飛び退いて万一の反撃に備えたアッシュは、リィン・シュバルツァーに視線を送り、手応えの程を伝えた。

 

「総員、周囲を警戒。まだ気を緩めるな」

 

 生徒らに指示を下しながら、自律戦闘機の反応を窺う。

 ストラスダイバー。導力文明の父が手塩に掛けた三高弟子が一人、G・シュミット自らが制作した試作機と言えど、中枢の頭部を破壊されては屑鉄も同然。完全に沈黙していた。

 

「敵性対象の無力化を確認……ふう。博士、これにてテストは終了、ですか?」

『攻略時間に戦闘効率、共に及第点といったところだな。想定の範囲内だ』

「はは……褒め言葉として受け取っておきます」

 

 可愛げのない無機質な反応に半ば呆れつつ、リィンは愛刀を鞘に納め、警戒を解くよう皆に合図を送った。

 

「みんな、お疲れ様だ。テストの内容について……詳しい話は、後回しにしよう。五分間の小休憩を取ってから、撤退だ。最後まで警戒を怠らないようにな」

「「了解」」

 

 トールズ士官学院第Ⅱ分校の構内に建造された、極めて特殊な訓練施設―――アインヘル小要塞におけるデータ収集をかねた戦闘訓練は、入学式での一件を含め三度目。今日が初陣となったアッシュの獅子奮迅の立ち回りもあり、最後の砦として立ちはだかった試作機に苦戦を強いられつつも、負傷者を出すことなく事なきを得るに至っていた。

 

「クルト。少し、いいか?」

 

 そうして各々が一息を付いていた最中、リィンが声量を抑えて、クルトの名を呼んだ。

 

(……やっぱり、来たか)

 

 クルトにとっては、想定内の声掛けだった。

 『綻び』が生じてから今日に至るまでの間、機会は幾らでもあったはずだ。時間が掛かった原因は、恐らく人選。自惚れではなく、結果として自分を選ぶことになるという見立ても、間違ってはいなかったようだ。

 

「はい。何でしょうか」

「この後だが、何か予定は入れているか?」

 

 即答しては不自然と考えたクルトは、敢えて考えるような仕草を取ってから、リィンに答える。

 

「午後二時から部活動がありますが、それまでは特に」

「そうか。なら、少しだけ時間を貰えないか。自由行動日だし、偶には昼食を奢るよ」

 

 リィンらしい律儀な誘いに、クルトは想像を巡らせながら、リィンに応じた。

 

___________________

 

 

 いつもの食堂に向かうと思いきや、シュバルツァー教官は「気分を変えて場所を変えてみるか」と言って、クラブハウスを選んだ。気分転換を装いつつ、あまり他人には聞かれたくないというのが本音なのだろう。肝心の昼食も既に用意済み。僕が断っていたら、全てひとりで食べていたのだろうか。

 

「よし、ここにするか」

 

 二階に上がり、遊戯具等が置かれた休憩場のテーブルに荷物を下ろす。教官は上着から小銭入れを取り出し、壁際に設置された自動販売機にミラコインを入れた。

 

「好きなのを選んでくれ」

「……お言葉に甘えます」

 

 数年前までは珍しかった自動販売機も、今では大して目新しさを感じない。僕はいつも通り、一番右端のパネルを押した。

 

「へえ。缶入りの紅茶なんてあったのか。気付かなかったな。クルトは紅茶派なのか?」

「そうですね。母が深く嗜んでいたので、その影響かと。教官は珈琲派のようですね」

「紅茶も好きだけど、最近はそうだな。眠気覚ましに飲むことが増えた気がするよ」

 

 甘味料が多めに添加された缶珈琲独特の配合も、疲労には効能があるのかもしれない。ハーシェル教官も砂糖多めのココアを愛飲しているようだ。

 席に着いて缶の蓋を開けると、教官は紙袋から二つの包みを取り出した。

 

「ほら、これが君の分だ」

 

 包みを受け取り、内のひとつをそっと開ける。中から出てきたのは、丸型のサンドイッチ。もうひとつの中身は小振りのオニオンリングが複数個。前者は見慣れた食べ物のようでいて、まるで異なるようにも映る。

 

「このサンドイッチは……ハンバーガー、ではありませんよね。中身は、シュニッツェルですか?」

「フィッシュバーガーさ。白身魚のフライを挟んである。友人が食べさせてくれて以降、俺の好物なんだ」

 

 フィッシュバーガー。初めて耳にする。パティ代わりに白身魚のフライをバンズで挟んでいるらしい。あとはキャベツの千切りに、白色のソースは察するにタルタル。この組み合わせも未体験のはずだ。

 ルセットで購入した新しい商品なのだろうか。何度か足を運んだことはあるが、覚えがない。

 

「遠慮せずに食べてみてくれ」

「では、いただきます」

 

 若干の躊躇いを抱きながら、具材を溢さないようそっと噛り付く。ふんわりとしたバンズ、次いでフィッシュフライのサクみと油っこさと共に、濃厚且つまろやかなソースの酸味、そしてキャベツの歯応え。それらが一体と化した途端、口内へ一気に幸福感が広がった。

 

「んぐっ……ん。これは……うん。良い、ですね。もっと淡白かと思いましたが、ソースの酸味とキャベツの食感が……んん。とても美味しいです」

 

 率直に言って美味しい。これは、良い物だ。大っぴらには語れないが、舌は肥えている方だという自負心はある。しかしこの味わいと食感は唸らずにはいられない。紛れもない匠の逸品に値する。

 

「はは、そうだろう。俺も初めて食べた時は、同じような反応だったな」

「これなら肉食を禁じている地域でも受け入れられそうですね。これはルセットの新商品ですか?」

「いや、俺の手作りさ。バンズも含めて」

「ぶほっ」

 

 意表を突かれ、思わず逸品を落としそうになる。一旦紅茶で喉を潤してから、失い掛けた冷静さを取り戻した。

 

「えー、うぉっほん。あの……き、器用ですね。バンズとはいえ、パンも焼けるんですか」

「俺なりに試行錯誤を重ねてきたから、完成度は高いと思うぞ?お代わりもこの通り、用意してある。存分に食べてくれ」

 

 底なしの気まずさが、重々しく肩に圧し掛かってくる。 

 かの高名な灰色の騎士の手製料理。彼を慕う女性達からすれば、喉から手が出る程に欲するであろう物を、意図せず独り占めにしているという困惑。教官の料理の腕前が想像以上の域に達していたというあまり嬉しくもない発見。

 何より、男性教官の手料理を、本人と二人切りで啄んでいるというこの状況に、形容し難い抵抗を感じてしまう。父の豪快且つ繊細な料理に舌鼓を打つのとは訳が違う。

 

「クルト?」

「な、何でもありません」

 

 落ち着こう。取り乱し過ぎだ。それに本来の目的は、別にある。

 昼食は単なる口実であり隠れ蓑。教官がそうまでして僕を呼び出した理由は―――僕らに、原因がある。

 

「シュバルツァー教官。早速ですが、話というのは……『僕ら』のこと、ですよね」

「……話が早くて助かるよ。色々と考えたんだが……呼び出すような真似をしてすまない」

 

 教官は歯切れが悪そうに頷くと、腕組みをして目を瞑り、午前中の小要塞攻略について触れた。

 

「要塞でのテストは悪くない内容だった。しっかり連携も取れていたし、日頃の訓練の成果を出せていたと思う。シーダとアッシュのリンクレベルも、規定値に達していた。ただ……今日に限った話じゃない。一昨日辺りから、『何か』が欠けていると言わざるを得ないな」

 

 教官生徒を問わず、気付いている者はそう多くないはずだ。有るか無しかの『僅かな違和感』。しかし普段から近しい距離にいた教官からすれば、察するに余りある態度として映っていたのだろう。

 

「……仲違いをしている訳ではありません。それでも、何かあったのかと問われたら、否定はできません」

 

 お互いの距離。笑顔を振る舞う時間。会話を交わす頻度。語調や声色。日常的な行動のあらゆる点で、『ズレ』が生じていた。魔獣や人形兵器との戦闘行為に支障を来たさず、しかし自然と目に留まってしまう程度の隙間が、僕らの間にある。

 

(稽古以外で誰かを殴ったのは……あれが、初めてだな)

 

 自然と疼いた右拳の傷痕を擦っていると、教官は眉間に皺を浮かべて続けた。

 

「実は昨日も、シーダが俺を訪ねて来たんだ」

「シーダが、ですか?」

「初めは何か相談事があるのかと思って、身構えていたんだが……終始、世間話だけでさ。結局何も話してくれなかったんだ。その件もあって、益々気になってしまったというか。でも流石に、気になるだろう?」

 

 珍しく弱気な教官の表情を前にして、失礼と感じつつ抑え気味に笑った。すると教官も、体裁が悪そうに笑った。

 これぐらいの距離でいい。その方が、こちらとしても気を楽にして胸の内を明かすことができる。

 

「多分それは、頼るに頼れなかったんだと思います。この間の演習の中で、ユウナが彼女に言ったんです。『ガイウスさんやアヤさんは関係ない。自立して、貴女自身が教官と向き合って、信頼関係を築くべきだ』ってね」

「ユウナが……。でも、確かにそうだな。シーダは良くも悪くも、あの二人に影響され過ぎていた節があったが……成程な。最近少し大人びてきたのは、ユウナのおかげだったのか」

「だからシーダは、自分自身の目線で教官と向き合い、相談しようとしたんだと思います。でも芽生え掛けた自立心が、邪魔をしてしまった。……いえ、それ以上に、『何が問題なのか』が曖昧過ぎて、相談のしようがなかったんでしょう」

 

 火付け役はアッシュに他ならない。だが僕らの煮え切らなさが誘因した事実も否めない。誰かが間違っていたという話でもない。

 教官の言葉を借りれば、『何か』が欠けてしまっているに過ぎないのだ。それが一体何を指しているのか、当事者のひとりである僕でさえ理解できていない。十中八九、ユウナ達も同様なのだろう。

 

「シーダに限らず、僕らも同じです。何かが悪さをして、噛み合っていないといいますか。上手く、言えませんが」

「いや、何となく分かる気がするよ。俺が学生だった頃も、ふとした拍子に擦れ違いが生じることは多々あった」

「ラウラさんとも、ですか?」

「どうしてそこでラウラの名前が出るんだ……」

「実際、上手くいっているんですか?」

「それなりに、な。ああ見えて二人きりになると結構かわ……コホン。クルト、教官をからかうんじゃない」

「フフ、失礼しました」

 

 咄嗟に出た悪戯心に蓋をして、気を取り直す。

 今回の一件は僕らの問題だ。これ以上教官に心労を掛ける必要はない。しかし万が一、手の施しようがない程にこじらせてしまいそうになったら―――その時は素直に、この人に全てを打ち明けよう。それぐらいの信頼心なら、既に僕の中にある。……我ながら、見事な掌返しだと思う。

 

「だから、時間を下さい。時間が解決してくれる訳ではありませんが、きっと上手くいくと思います。……楽観視が過ぎますか?」

「いや。君がそう言うなら、見守らせて貰おう。……それにしても、クルトも大分、視野が広がったな。ラウラが君のことを大層買っていたが、確かに君は《Ⅶ組》の『重心』になりつつあるみたいだ」

「買い被り過ぎです。ユウナの方が嵌まり役だと思いますし……正直に言って、今も自分のことだけで一杯一杯ですよ」

 

 言葉にした途端、より一層の重みがじんわりと圧し掛かり、視線が下がる。 

 

「率直にお聞きします。あれは―――あの方は、本当に殿下なのですか?」

 

 ヴァンダール家の男子として生を受けた僕にとって、守護の別名は『正義』。先代が築き、鍛造してきた正義。今後数十年続くであろう己の人生を賭して、護り抜くと疑わなかった正義。殿下はその象徴に他ならなかった。

 けれども、僕は与えられて然るべき尊厳の全てを奪われて―――『与えられて然るべき』、そんな風に考えていた自分に、愕然とした。勝手に失望して、自分自身を失い掛けたのが、昨年の秋。

 

「……失念していたよ。君も、ヴァンダールの人間だったな。皇太子殿下とは、長いのか?」

「ええ、それなりに。いつかは一命を賭してでもお守りしようと、心に決めていましたから」

「そうか。俺が最後にお会いしたのは、一年ぐらい前になる。俺も話には聞いていたが……本当に、見違えたよ」

 

 昨日の夕刻。殿下という大前提が、変貌を遂げていた。一度たりとも見たことのない表情。聞き覚えのない声。屈強な体躯。自信に満ち溢れた不敵な笑み。その全てが僕を否定して、心の片隅に辛うじて残っていた淡い期待を踏み躙る。

 

「今でも、悪い夢を見ていたと、思うぐらいです」

 

 この第Ⅱ分校に入り、漸く踏み出せた一歩先。その足許が崩れ去っていくかのような感覚。

 殿下の存在は、未だ僕の根底を成しているのだろう。本校へ来ないかという殿下の誘いを前に、一時でも揺らいでしまった自分が、今でも赦せない。あれが殿下だという現実も、受け入れたくはない。

 

「クルト。人の本質は、そう易々と変わりはしないさ」

 

 複雑極まりない胸中を整理しかねていると、教官は大口でフィッシュバーガーを頬張った。品位に欠けた教官の素振りに訝しみつつ、耳を傾ける。

 

「同様に、共有した時間も関係ないんだ。幼少時からの付き合いとはいえ、向き合わないと見えてこないものだってある。逆に言えば、たった数ヶ月を共にしただけで、心の底から通じ合える関係にだってなれる」

「それは……何となく、分かりますが」

「これだけは言っておく。クルト、俺は君に、後悔だけはして欲しくない」

 

 教官の視線は、手元に注がれていた。郷愁を誘うような憂いを帯びた表情で、夢中になってフィッシュバーガーを口にしては、堪能する。

 

(……なんだ?教官は、一体何を言わんと―――)

 

 ―――友人が食べさせてくれて以降、俺の好物なんだ。

 不意に、教官の何気ない一言が、脳裏を過ぎる。無意識の内に引っ掛かりを覚えていたのか、想像を掻き立てられて、詮索せずにはいられなくなる。

 

(もしかして、その友人は、もう……いや。どちらでもいいか)

 

 後悔だけはして欲しくない。それは文字通りの意味で、教官の心を反映した言葉なのかもしれない。僕の見当違いだったとしても、この人の言葉には、不思議と他者の心を動かす何かを秘めている。

 

「もぐっ」

 

 唯一、確かなこと。ふらふらと揺れ動き立ち位置が定まらず、半ば自棄になって、逃げるように第Ⅱ分校へ飛び込んだ僕の中に芽生え始めた、揺るぎない想い。

 

「それにしても、本当に癖になる味ですね。お代わり、頂けますか?」

「……はは。ああ、勿論だ」

 

 今更になって、どんな顔をして本校行きの誘いを受ける。馬鹿なことを言わないで欲しい。『今の僕』の居場所は、ここにある。

 

___________________

 

 

 五月十五日。

 雲ひとつない蒼穹の空。頭上では太陽が激しく輝き、新緑を照らしている。

 

「二人共、そこまでだっ」

 

 トールズ士官学院第Ⅱ分校のグラウンドでは、先月に続いて二度目となる、五月度の機甲兵教練が実施されていた。

 相対しているのは、二刀の直刃を携えた量産汎用機甲兵『ドラッケンⅡ』。一方の同型の手には独特の形状をした槍。初期型の標準装備であるT2機甲兵用ブレード、そしてL24シュツルムランサーを改良して作製された兵装は、搭乗者が修める流派に基づいたオリジナルだった。

 

『ゼシカ、怪我はないか?』

『ええ、大丈夫。……参ったわ。シュライデンの槍を手にしておきながら、後れを取るなんて。流石ね、クルト』

 

 オーレリア分校長の意向により、機甲兵教練において優れた成績を収めた三名―――アッシュにゼシカ、クルトには、それぞれ専用の兵装が与えられ、その使用を認められていた。

 正規軍人ならまだしも、莫大なミラを費やしての新規兵装の開発と設計を、生徒個人に対して施す。言うまでもなく、士官候補生としては異例の優遇だ。無論、オーレリアなりの考えがあっての決断なのだが、真実を知る者は極一部に限られていた。

 

「ヒュー。クルトの奴、二皮ぐらい剥けやがったな。正規軍人顔負けじゃねえか、リィン」

「そうですね。マニュアル操作であそこまで動かせるのは、クルトとアッシュぐらいでしょう」

「例の『準起動者』として、騎神と繋がったっつー影響があんのかね?」

「いい切っ掛けにはなったんだと思います。一度は機体と一体化したと言っていい感覚があったはずです」

 

 機甲兵の操縦技術は、生徒によって大きな差があった。大まかな構図としては、天性の資質を如何なく発揮するアッシュに続き、導力車両の運転技術に長けたユウナ。そしてクルトやゼシカ、レオノーラといった優秀な面子が横並びになっていたのだが―――ここに来て、クルトの評価が大きく改められた。

 騎神と共に神機を相手取った経験がそのまま伸び代となり、アッシュと同等の域に達したのだ。完全なマニュアル操作を実現できているのも、二人だけ。他の生徒にとっては程良い刺激となっていた。

 

「双剣使いとしての瞬間的な集中力と爆発力は、クルト特有の資質ですね。彼なら『リアクティブアーマー』も使いこなせるかもしれません」

「……テロリストの幹部共が使ってたっつーアレか。兵器としては欠陥品だと思うけどなぁ」

 

 隊長機『シュピーゲルⅡ』をはじめとした固有機体に搭載された、対戦車砲用結界発生装置『リアクティブアーマー』。内戦下では一部で猛威を振るっていた兵器は、実のところ実用性が皆無に等しく、既に前線では採用すらされていない。

 扱いが極めて難し過ぎるのだ。結界はコンマ数秒しか展開せず、莫大な導力を消費するため連続使用は不可能な上、展開後は機体が硬直してしまい無防備。搭乗者曰く、「結界を発生させる暇があれば回避行動を取った方が百万倍マシ」「銃口を向けられた状態で博打に出る人間がいると思うか?」「装置をパージして積載を減らした方が回避の可能性が上がる」等々酷評の嵐。確実性のない兵器は兵器ではないという失敗の代表例として、既に過去の遺物と化していた。

 

「にしてもよ、リィン。『あっち』は相変わらずだな」

 

 ランドルフが指差した先には、同じくドラッケンⅡが直立して佇んでいる。しかし遠目に見ても挙動がおかしく、小刻みに脚部が動くだけで、一向に進もうとしない。搭乗者の腕の震えがそのまま機体に反映され、滑稽にさえ映ってしまう。

 

「シーダさん、落ち着いて下さい。バランサーが働いている間、転倒の危険性はありません」

『わわ、わ、分かっ……あああ!?』

「……ユウナさん」

「う、うーん。これってもしかして、先月よりも悪化してない?」

 

 現時点で、シーダは機甲兵をまともに動かすことすらできていなかった。搭乗して操作レバーを握るやいなや、極度の抵抗を示し、半ば錯乱のような状態に陥ってしまう。先月度と同様に、今回も進展はなし。そればかりか、シーダの狼狽振りは深刻さを増していた。

 

「そろそろ本気で引き際を考えないとヤバいんじゃねえか。あれは素質云々ってよりも、『精神的』なところで引っ掛かってるようにしか思えねえぜ」

「……分かっています」

 

 遠隔操作という概念に乏しい。一同の見解は概ねそのようなところで一致していたが、こうなっては認識を改めざるを得ない。順調に帝国での生活に馴染みつつあるシーダが、機甲兵に限って示す極度の抵抗。恐らく根底には、本人でさえ意識していない何かがある。

 

「シーダの件については、俺が責任を持って預かります。それより、そろそろ『例の件』に取り掛かりましょう」

「了解だ。……ぶっちゃけ、不安しかないけどな」

「ま、まあ大丈夫でしょう。ティータ、準備を進めてくれ」

「はい、すぐに始めます!」

 

 リィンが声を掛けると、ティータは意気揚々といった様子で後方に待機していたヘクトルⅡに駆け寄り、搭乗用の縄梯子には目も向けず、素早い身のこなしで機体をよじ登った。コックピットに滑り込み、僅かな時間で立ち上げを済ませ、重厚な鋼の機体が動き出す。

 今から何を始めようというのか。生真面目な性分のウェインが、皆を代表した。

 

「シュバルツァー教官。訓練の予定表に記載はありませんでしたが……これから、何を始めるんですか?」

「それについては私から話すとしよう」

 

 答えたのはG・シュミット。白衣を身に纏ったシュミットは、知性の象徴でもあるラウンド型の眼鏡を掛け直し、腕組みをして生徒らを見渡した。

 

「今回のテーマは『騎神』だ。お前達も知っての通り、騎神は機甲兵とは比較にならん程の機動力を備えている。実際に目にした者なら理解しているだろう」

 

 一様に複雑そうな表情を浮かべる生徒達。灰の騎神がリィンの召喚に応じ、無人で上空を自在に駆った姿は、先月の演習で全生徒が目の当たりにしたばかり。神機との壮絶な衝突も《Ⅶ組》を介して話は広まり、より一層の注目を集めていた。

 

「スラスターの推進力による高速機動と飛行能、搭乗者と五感を共有することで生まれる精密動作。どれもが機甲兵では到底届かん領域だ。たとえ無兵装の騎神が相手でも、徒手空拳で無力化されるのがオチだが……近接距離の不利を考えれば、当然とも言える。ウォーゼル、理由を簡潔に述べてみろ」

「え?あ、はい。……あの、え?」

 

 唐突な名指しに、未だ息切れ気味のシーダが戸惑いを露わにした。半ば聞き流していたことは明白で、見かねたアルティナが小声で助け舟を出し、漸く質問の意味を理解する。

 

「近接、近接……あ、そっか。機甲兵は元々、格闘戦が苦手だから、ですよね?」

「……まあ、半分正解にしてやろう」

 

 最大限の譲歩。シュミットは渋々告げると、機甲兵の設計担当者としての見解の詳細を並べた。

 

「そもそも『初期型』の機甲兵は、強襲任務を主目的として開発された精密兵器だ。人型でありながら格闘戦を想定しておらず、重厚長大な戦車とは違い、戦場では使いどころも限られる」

「だが実際にはあの内戦下でも、各所で格闘戦は頻発していたんだ。武術で言うところの『零勁』を体現した先輩もいたよ。……反動で、機体は無事じゃ済まなかったけどな」

「……全く度し難い話だ。だがシュバルツァーが言ったように、戦訓が集まるに連れて近接戦闘の重要性が明らかとなり、開発されたのが『ドラッケンⅡ』や『シュピーゲルⅡ』といった改良型だ。無論、改良型の強みは格闘戦にも耐え得る強靭さではあるが、一方では結果として思わぬ副産物も手に入れた。カーバイド、その副産物とは何だ?」

「優れた拡張性とペイロードの広さ、だろ」

 

 アッシュの的確な返答に、シュミットは無言で満足気に頷いた。

 作戦任務や目的に応じて生み出された機甲兵の代表例が『ケストレル』や『ゴライアス』。量産汎用型とは違い、機動力や装甲火力に特化した新型機は、その反面兵器としての『汎用性』が損なわれており、運用コストや保守性といった点でも課題が多々残されていた。

 一方の量産汎用型は、改良により基礎体力が向上したことで、兵装の幅が広がった。様々な格闘兵器、携帯火器を搭載し使い分けることで戦局に沿った立ち回りが深まり、量産可能な汎用兵器としての地位を確固たるものにしつつある。『ケストレルⅡ』や『ゴライアスⅡ』といった改良型が開発された今も尚、前線では専ら『ドラッケンⅡ』に『シュピーゲルⅡ』、そしてペイロードの広さを活かせる『ヘクトルⅡ』のような機体が台頭していた。

 

「今回の試みは、兵装を駆使することで、騎神特有の優位性を擬似的に確立することにある。そのための『人材』が、先の演習で見付かったからな。……弟子見習い、準備は済んだか」

『たった今完了しました。これから出ます』

 

 シーダの応答を合図にして、格納庫の大扉が開かれる。ティータが操縦するヘクトルⅡが徐々に接近するに連れて、先程までとは異なる外見が、自然と視線を集め始めた。

 

「あれって……さっきのヘクトルⅡよね。何だか、ちょっとだけスリムになってない?」

「固定武装の追加装甲を外しているようです。それよりも……あれは、何でしょうか?」

 

 機体の腰部にマウントされた大型装置。追加装甲を外しても頑強なフレーム構造はそのままに、見慣れないユニットがヘクトルⅡの腰回りに外付けされていた。多少の違いはあれど、誰もが『騎神』を連想した。

 

「機体のベースはヘクトルⅡだ。積載を減らした代わりに、腰部に『導力スラスター』を搭載した。直進的な動きに限られるが、スラスターから高速で噴出する導力流により、高速機動が可能になる」

「えっ!じゃあもしかして、騎神みたいに空を飛べたりするんですか?」

「できる訳がないだろう愚か者が!」

 

 ユウナが目を輝かせるやいなや、手厳しい罵倒が浴びせられた。シーダの時とは打って変わって容赦のない反応に対し、ユウナは「あたしだけひどくない!?」と不服そうに口を尖らせ、クルトが冷静に宥め始める。

 

「まあ、飛行能については継続課題ではある。……弟子見習い、『例の装備』についてはお前に任せるぞ」

『は、はい!』

「話を戻す。もうひとつ、センサー系統にも工夫を凝らしてある。スラスターの機動力を自在に操るには、騎神のように搭乗者が機体と一体化するに近しい感覚が必要だ。既存のセンサーでは手に余るからな」

 

 シュミットは満足げにヘクトルⅡの勇姿を仰いだ後、やや間を置いて少女の名を呼んだ。

 

「今回採用したセンサーに適合するのは、ウォーゼル。お前ぐらいだろう」

「へ。わ、わたし?」

「ルグィン将軍に匹敵する、極端に秀でた五感の持ち主……その異能を活かすには打って付けの機会だ」

 

 グラウンド場が騒然となる。全生徒の中でも、機甲兵の扱いに関して言えば追随を許さない程に低空飛行を続けるシーダが、名指しされた。本人以上に、彼女の身を案じる生徒らが戸惑いを露わにした。

 

「まま、待って待って。まさかあの機体を、シーダが操縦するんですか?」

「ええい、早合点をするなクロフォード。ドラッケンⅡすら動かせん小娘に、導力スラスターを搭載したヘクトルⅡを任せる訳がないだろう」

 

 緊張が一気に解け、誰もが大きな溜め息を付いた。

 見るからに特殊で癖が強い機体を操縦するとして、適任者は一体誰なのか。満場一致で、不敵な笑みを浮かべていた男子生徒が選出された。

 

「カーバイド。先月の演習での報告書には目を通した。お前の操縦技能と瞬発力、動体視力は買っている。乗りこなして見るがいい」

「クク、そう来るかよ」

 

 アッシュは一歩前に身を乗り出し、ヘクトルⅡの巨体を仰いだ。

 耐久性や機体剛性、ペイロードを重視して造られた構造。力強く、それでいてスラスターという翼を手に入れた鋼の肉体が、強烈で危険な魅力を放ち、目が離せない。自然と胸が躍った。

 

「導力スラスターか。面白え、暴れ馬の扱いなら任せときな」

「それとウォーゼル。センサー系統の詳細については後述しよう。事前に課した戦術リンクレベルについても、規定値に達したと聞いている。準備を進めろ」

「あん?」

「……はい?」

 

 きょとんとした様子で立ち尽くすアッシュとシーダ。同様に大きな疑問符を浮かべる面々。事前に聞かされていたリィンとランドルフだけが、複雑そうな面持ちで明後日の方向を見やっていた。

 

「何をしている。ぐずぐずするな、さっさと乗るがいい」

「いや、だから……あれ?あ、アッシュさんは?」

「何度も言わせるな。何のための戦術リンクだ。それに先月の演習では、ドラッケンⅡに二人乗りをしたのだろう?今回も、二人乗りだ」

「えええええええ」

「はああああああ!?」

 

 二人の沈痛な叫びが、第Ⅱ分校のグラウンドに響き渡った。

 

 

 

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