トールズ士官学院第Ⅱ分校、《Ⅶ組》特務科。本校の《Ⅰ組》から《Ⅵ組》に続く同クラスへの配属を命じられた私達は、担当教官らに連れられて、構内東側の通路を歩いていた。
(ええっと。あの子は《Ⅸ組》、だよね)
先頭には三名の教官勢に、金髪の可愛らしい女子が一人。確か彼女は主計科の生徒だったはずだから、私を含めた残りの四名が《Ⅶ組》の所属となる。
私の前方を歩く、桃色の髪が特徴的な女性。
彼女に続く、端正な顔立ちの男性。
そして私の隣、アルティナ・オライオンと名乗った女子に目を向けると、アルティナさんは無表情のまま、私の顔をまじまじと見詰めていた。
「ど、どうかしましたか?」
「いえ。シーダさん、ひとつ確認なのですが……分校長のご挨拶をはじめ、理解が追い付いていますか?」
「……正直に、言っていいですか」
「どうぞ」
「ほとんど頭に入ってません」
「成程」
合点がいった様子のアルティナさんは、やれやれといった様子で小さな溜め息を付いた。
情けないことに、全く付いていけていないのだから仕方がない。分校長の艶やかで端麗な容姿に見惚れていた合間に、とても極端で猛々しい言葉の数々を投げられた辺りから、頭がくらくらしていた。少しでも気を抜くと、膝が折れて座り込んでしまいそうだ。
「想像以上に落ち着いている印象を受けましたが、全くの正反対だったようですね」
「……あの、アルティナさん?私のこと、知ってたんですか?」
「データ上の情報は把握しています。ですが私の一連の行動は、分校側からの依頼によるものです」
「で、でーた?いらい?」
「ノルド高原という辺境出身の少女、という境遇を慮った結果だと推測します。あなたの受け入れをサポートして欲しい、とのことでした。同い年の同性である私が適役だと判断したでしょう」
分かるような、分からないような。とどのつまり、私の面倒を見て欲しいと頼まれていた、ということだろうか。
「えーと……ありがとう、アルティナさん。おかげで助かりました」
「……私はただ、分校からの依頼を受けたに過ぎません」
何れにせよ現実として、初日から列車の乗り換えを間違えたせいで遅刻しかけた身だ。アルティナさんがいなかったら、間違いなく入学式には間に合わなかった。助けられたのだから、お礼を言う。今はそれだけでいい。
それよりも―――あの人は。
(リィンさん……)
驚きと戸惑いのあまり、後回しにしていた存在。先頭を往く彼。
人違いのはずがない。最初の出会いは二年近く前。最後に会ったのは内戦中、今から一年半前のことだ。あの紛争が収束に向かった頃から、『灰色の騎士』という英雄の異名は、遠い故郷の地にも届いている。
(私も少しは背が伸びたのに……あんなに、大きく)
その大きな背中には、僅かに哀愁が漂っているように感じられた。
私という存在を、彼は覚えているだろうか。
追い求めずにはいられない真実を、彼は知っているのだろうか。
私の大切な家族を―――あの人は。自然と得物を握っていた右手に、力が込もる。
「到着、ですね」
「え……。え、ええ?」
不意に見上げた先には、ゼンダー門を連想させる、要塞が佇んでいた。
金属の巨大な箱、とでも言うべきか。感覚を研ぎ澄ませると、内部からは断続的な重低音と、奇妙な風の流れを感じた。この気配と匂いは―――まさか、魔獣?
「《Ⅶ組》特務科には実力テストとして、この小要塞を攻略して貰う」
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アインヘル小要塞。第Ⅱ分校の設立と共に建造された、実験用の特殊訓練施設。内部は導力機構による可変式で、難易度設定は自在に調整可能―――らしい。
(つまり、なに?)
まるで想像が付かない建造物の内部は、外観と同様に無機質で広大だった。
見慣れない光景に圧倒されていると、リィンさんがアルティナさんの方を向いて、小声で言った。
「それで、概要についてどこまで知ってるんだ?」
「詳しくは何も。地上は一辺五十アージュの立方体、地下は拡張中ということぐらいです」
何気ないやり取りの中には、お互いを認め合うような親しさがあった。
もしかしなくとも、顔見知りなのだろうか?首を傾げていると、リィンさんは左右の掌をぱんぱんと叩き合わせて、私達四人を見渡して言った。
「ともかく、今の内に皆で自己紹介をしておこう。俺も赴任したばかりで、生徒達のことは把握していなくてね。俺は―――」
「知ってます。名乗る必要なんてないでしょう?」
「えっ」
「僕も同感です。リィン・シュバルツァー教官」
リィンさんの名乗りが、男女二人の素っ気ない声に遮られてしまう。どうやら彼の名声は、想像に違わず国内中に知れ渡っているみたいだ。
一年半前。学生の身でありながら、内戦終結へ大いに貢献した若き英雄。在学中も様々な変事や事件を解決し、クロスベル戦役や北方戦役でも活躍した―――かつて読み耽った帝国時報に、記載されていた通りの経歴だった。
二人がずらずらと言葉を並べると、リィンさんは乾いた笑い声を漏らした。
「はは……それでも一応、名乗らせてくれ。リィン・シュバルツァー、トールズの本校出身だ。武術や機甲兵教練、歴史学を教えることになる。担当は君達《Ⅶ》特務科だ。宜しくな」
「はい、宜しくお願いしますっ」
挨拶に応じて、頭を下げる。しかし待てども待てども、一向に後が続かない。ゆっくりと見上げると、何とも形容し難い微妙な風が流れていた。
(……??)
私は今、おかしな言動を取ったのだろうか。担当教官に頭を下げただけだというのに。奇妙な気まずさを感じていると、蒼灰髪の男性がコホンと咳払いをしてから口を開く。
「では自分も。クルト・ヴァンダール、帝都ヘイムダル出身です。シュバルツァー教官のことは、噂以外にも耳にしています」
ヴァンダール。その響きは今でも耳に残っているし、記憶に新しい。
もしかして、あの人の?
「ヴァンダール……そうだったのか。するとゼクス将軍や、ミュラー中佐の?」
「はい。ミュラーは自分の兄、ゼクスは叔父に当たります」
「あっ……やっぱり、そうだったんですね」
二人の会話に参加すると、クルトさんは意外そうな表情を浮かべた。
「君は、ヴァンダールの人間を知っているのか?」
「ええっと。ゼクス将軍が、ゼンダー門に駐在していた頃に、何度かお世話になりました」
「ゼンダー門に……そうか。そういえば、何度か聞かされたことがあるな。ノルド高原で暮らす民が……もしかして、君も?」
「はは。次は君の番みたいだな、シーダ」
「えっ……」
シーダ。優しさに満ちた笑顔で、リィンさんが私の名を呼んだ。
覚えてくれていた。この帝国の地に、私を知る人間がいる。たったそれだけのことで胸が弾み、居心地の悪さが立ち消えていく。余計な『雑念』には、蓋をしてしまえ。
嬉々として、私は名乗りを上げた。
「シーダ・ウォーゼルといいます。生まれも育ちも、ノルド高原です」
「ノルド?」
故郷の名に疑問符を浮かべたのは、桃色の髪の女性。私に代わって、リィンさんが掻い摘んで説明した。
「帝国北東にある高原地帯のことさ。遊牧民達が独自の文化を持って暮らしている。厳密には帝国領じゃないけど、彼女はそのノルドの出身なんだ」
「へえ……ていうか、もしかして二人も知り合いなんですか?」
「まあな。本校にいた頃、同じクラスにノルド出身の姉弟がいたんだ。彼女は彼らの妹に当たる。まさかこんな所で再会するなんて、思ってもいなかったよ」
リィンさんに補足して、私はノルド高原が特別演習の地に選ばれた過去を告げた。
あれから二年近くが経つというのに、あの濃密な三日間を忘れたことはない。外側の世界に触れて、私の世界が広がり、ある意味でリィンさんらとの出会いが、転機となったのかもしれない。
「大きくなったな、シーダ。見違えたよ」
「……あれから、一リジュちょっとしか伸びてません」
「コホン。その、なんだ。大人っぽくなったって意味さ」
「リィン教官こそ。それに、その眼鏡。とても素敵です」
再び訪れた静寂と奇妙な空気。まただ。また私の言動が、何かしらに触れてしまった。
困り果てていると、リィンさんは目頭を押さえながら、私の肩に手を置いた。
「シーダ。君に出会えて、本当に良かった」
「え、え?」
「報われましたね、リィン教官」
それはともかく、と前置いてから、リィンさんは険しい表情で言った。
「それで、ノルドの方は、どうなんだ?軍事衝突が続いているって話だし、最近はガイウスとも……」
「っ……!」
当たり前の懸念と心配。思わず視線を逸らしてしまう。
私の口から明かすべきことではないはずだ。お兄ちゃんだって、敢えて友人らに何も告げず、その道を選んだに違いない。だから、今は。
「家族はみんな、元気でやってます。第七機甲師団の人達も、よくしてくれますから。お兄……兄からも、近い内に直接連絡が入ると思います。それまで、待っていて貰えますか」
「……ああ。君がそう言うなら、待つことにするよ」
一先ずの区切りを置いて、リィンさんの視線が左隣へと移る。
その先に立っていた女性は、どういう訳か、不機嫌さを隠そうともせずに、眉間に皺を寄せていた。
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どうにも調子が狂う。子供染みた態度を取っている自覚はあれど、想像していた以上に、謙虚というか。棘のある言葉を意図して選んでも、苦笑しながら流されて、空回りをしてしまう。
馬鹿馬鹿しい。何故私が居た堪れなくなるのだろう。
「ユウナ、ARCUSⅡのセッティングは―――」
「終わってます。基本概念はENIGMAと一緒だって言ったのは教官でしょう」
戦術オーブメントの扱いなら、警察学校で一通りの指導を受けている。ARCUSの存在も把握していたし、非正規ルートながらも、随分前からクロスベルで出回り始めているという噂もあった。ライン構成とオーバルアーツの仕様が異なる一方、確か戦術リンクと呼ばれる、所持者同士の連携を促す機能があったはずだ。
「流石に手際がいいな。今後もアルティナと一緒に、二人に手解きをしてくれないか。特にシーダは、戦術オーブメントは初めてだそうからな」
「っ……了解です」
またか。いちいち負い目を感じていてはキリがない。
やれやれと肩を落としていると、頭上から機械的な音声が流れ始める。
『準備が済んだなら、さっさと始めるぞ。レベル0のスタート地点はB1、地上に辿り着いた時点でテストは終了とする』
『は、博士?その、赤いレバーって……』
嗄れた声は、シュミット博士と呼ばれていた男性のそれだろう。あどけなさが残る声は、主計科に配属された女の子だったか。
どうして彼女だけが、こんな意味不明な施設で別行動を取っているのか。素朴な疑問抱いたのと同時に、突如としてふわりとした浮遊感が、視界を揺らした。
「みんな、足元に気を付けろ!」
「へっ」
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―――バランスを取り戻して、受け身を取れ。
教官の声に応じようにも、床面に打ち付けた左肘の痛みに気を取られてしまう。肘を押さえながら傾いた床上を滑っていると、私の斜め後方から、幼い悲鳴が響いた。
「き、きゃああ!?」
「……っ!?」
完全に足を取られて横倒しになり、回転しながらの落下。
まずい。あの体勢では、受け身どころじゃない。
「はっ!」
咄嗟の判断で床面を蹴って、宙返り。着地と共に全身を襲う衝撃をどうにか逃がしながら、体勢を立て直す。驚いたことに、私の隣では全く同じ構えを取る男子が立っていた。
「「危ない!」」
ごろごろと転がり落ちて来た少女の上半身を、私が抱き止め―――
「ぐはあぁ!?」
―――同じく下半身を受け止めようとした男子の、整った顔面を抉るように、少女の右膝蹴りが見事に直撃した。百点満点の角度と軌道を以って、寸分違わずど真ん中に。
「っとと……ふう。シーダ、だっけ。大丈夫?怪我はない?」
「だ、大丈夫です。……そ、それより!」
「うん。ちょっと待って」
蹲りながら顔面を押さえる男子の下に駆け寄る。
立ち位置が逆だったら、私が食らっていたに違いない。痛々しいことこの上ないし、想像もしたくない。小さな女の子の膝とはいえ、体重が乗った一撃を見舞われては、『鼻血』も必至だろう。
「ねえ、大丈夫?」
「へ、平気だ」
「鼻血を垂れ流しながら言われてもね……」
「……少なくとも、骨は」
「そう。これ、使ってよ」
「ま、待ってくれ。それは流石に」
「いいからほら」
上着のポケットから取り出したハンカチを強引に持たせる。
本人が言うのだから、大事はないのだろう。多少強めに圧迫していれば直に止まるはずだ。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝らないでくれ。僕が未熟だっただけだ」
それにしても、この状況は何だ。有無を言わさずに連れて来られて、急に床が傾いて地下に落とされて。膝蹴り云々はともかく、帝国という異郷の地で、私は一体何をやっている。こんなはずじゃ、なかったのに。
「リィン教官のように不埒な状況、という訳ではなさそうですね」
「頼むから不用意な言動は慎んでくれないか……」
私達に続いて下り立った教官とアルティナは、よく分からない会話を交わしながら私達と合流した。
教官はクルト君とシーダの状態を確認すると、前方にあった大きな扉を見詰めた。
「折角の機会だ。ユウナ、シーダにオーバルアーツの指南をしてやってくれ。回復系統のクオーツがある」
「それはいいですけど……まさか本当に、こんな茶番に付き合うつもりなんですか?」
「ここまで大掛かりな設備を使って、茶番を仕掛ける人間はいないさ。博士は俺達の実力を、本気で確かめるつもりなんだろう。クルトが落ち着いたら、各自の武装も確認しておきたい」
「っ……ああもう。やればいいんでしょう、やれば」
差し出された水属性のクオーツを、乱雑に受け取った。
正論を説かれては、いちいち癇に障る。あと何回繰り返すか分からないやり取りに、辟易とした。
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「―――とまあ、こんな感じかな。オーバルアーツは属性によって勝手が違うけど、基本は一緒よ。あとは慣れの問題ね」
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、どう致しまして」
初めてにしては上出来だろう。水属性のアーツは支障なく発動したし、直にクルト君の出血も治まるはずだ。すっかり鮮血に染まったハンカチは諦めるしかない。返されても困るだけだ。
それにしても、シーダ・ウォーゼル、か。
「あのさ。シーダって、何歳?」
「歳ですか?十四歳です。今年で十五になります」
第一印象としては、素直な良い子。恐らく印象通りの少女なのだろう。だからこそ、彼女が士官学院に入学した理由が理解できない。もし仮に魔獣との戦闘に及ぶ羽目になったとして、こんな女の子が戦えるのだろうか。
それに―――ウォーゼル。ウォーゼルという姓と、ノルド高原出身。初耳のはずなのに、覚えがある気がしてならない。
(帝国出身の、ウォーゼル……んん?)
不鮮明な記憶を辿っていると、背後から視線を感じた。振り返ると、顎に手をやって考えるような仕草を取る教官の姿があった。
「あのー。なんですか?」
「いや……気のせいかもしれないんだが。俺達は何処かで、会ったことがないか?」
思わず声が詰まり、態度に出てしまう。
不意打ちにもほどがある。どうしてこんな時に、こんな場所で。
「っ……かもしれないじゃなくて、気のせいですよ。初対面です」
「しかし、君は今」
「そう、なん、です!それよりも、武装を確認しておきたいって言ってませんでした?」
「あ、ああ。クルト、もう平気か?」
「問題ありません。では早速、自分から」
クルト君は床に置いていたケースを開けると、中から二振りの剣を取り出した。左手に握られた剣は、右手のそれと比較して刀身がやや短め。
所謂二刀流の剣技だった。数度鋭く振るわれた剣は、心地の良い音色を生み出して、周囲に反響した。
「ユウナ、君の方はどうだ?」
「言われなくとも、この通りです」
クルト君に次いで、専用のケースに保管してあった愛用の武装を握った。
警察学校では、銃器をはじめとした一通りの武装について、習熟が求められる。同時に訓練生の適正と希望に沿う形で、特定の武装訓練を選択できる。あの人達に、あの人と出会った時から、私はこれしかないと決めていた。
「ガンブレイカー。クロスベル警備隊で開発された、ガンユニット付きの特殊警棒です。状況に応じてモードを切り替えることで、近中距離での打撃と射撃の使い分けが可能になります」
開発されて間もないとはいえ、十二分に実戦的な武装だ。導入事例は少ないけれど、柔軟に使いこなせば臨機応変な立ち回りが可能となる。
誇らしげに構えていると、クルト君は思いも寄らない方向から言及した。
「ガンユニット付きか。複雑そうな造りだけど、耐久性に問題はないのか?」
「えっ?」
「特殊な武装は、構造が複雑であればあるほど、壊れ易くなる傾向があるだろう?素人考えかもしれないが、少し気になってね」
「うぐっ……!」
見事なまでに、的を得ていた。開発段階から懸念されていたことだ。警棒としての機能を保たせながら銃機構を備えるという発想自体は、最近のものではない。前々から存在していた案が実現されなかったのは、耐久性という課題があったからに他ならない。
このガンブレイカーも同じ問題を抱えていた。一定の基準はクリアーしたからこそ正式採用に至ったものの、導入事例が少ない理由は、明白だったのだ。
「た、確かに、そう言われてるけど。でも、私は―――」
性能だけで選んだ訳じゃない。あの人と同じ武装を、なんて生半な気持ちは、疾うの昔に捨てた。
改良の余地がある。乗り越えるべき壁がある。だからこそ、私は追い求めたい。この武装の先を見てみたい。
何も知らないくせに。私の想いなんて―――知らないくせに。
「帝国人が使う『時代遅れ』の剣なんかより、ずっと役に立つわよ!」
声を張り上げてすぐ、クルト君の顔から、表情が消えた。
何の感情もない、平坦な顔。一瞬だけど、釣られて私も、言葉を忘れた。
「君がどう解釈しようが勝手だが、口先だけで終わらないようお願いしたい」
「……ふ、フン。そっちこそ、足を引っ張ったら置いてくからね」
「打って変わってやる気満々なんだな。乗り易いというか、乗せられ易いというか」
「うっさい!!」
ほんの一時とはいえ、後悔の念に駆られた私が馬鹿だった。
可愛くない。実に可愛くない。顔立ちがそちら側な分、余計に腹立たしさを覚えた。
「やれやれ……さてと。残りはシーダと、アルティナだな」
「クラウ=ソラスなら、既にお披露目済みですが」
「へっ」
ひどく間抜けな声を漏らす教官。若き英雄の威厳は微塵もなく、やがてアルティナの掛け声と同時に、漆黒の傀儡が音もなく姿を現した。こんにちは。
「え、えーと。実は、その……私の、せいでして」
「シーダさんを連れて分校に向かった際に、徒歩では定刻に間に合わないと判断し、やむを得ずクラウ=ソラスを使いました」
忘れるはずもなく。あの時の衝撃は、居合わせた全員を別次元の世界へと真っ逆さまに突き落した。
入学式開催前のグラウンド。生徒全員で整列を終えた頃、凄まじい速度で何かが飛来したと思いきや、場違いなほどに幼い二人の少女が、頭上から降って来た。うん、自分でも何を言っているのか分からない。
「……帝国って、あんなのが普通に飛んでるの?」
「そんな訳ないだろう」
「じゃあ帝国軍情報局って、可愛い女の子の集まりだとか」
「頼むから口に出さないでくれ。自信がなくなってくる」
ともあれ、考えても無駄のようだ。クラウ=ソラスと呼ばれた傀儡は、まず間違いなく超常的な方面からやって来た存在なのだろう。
少なからず、覚えはある。かつて故郷に舞い降りた―――あの神機や大樹に比べれば、どうということはない。無理矢理にでもそう捉えないと、現実逃避をしてしまいそうだった。
「シーダさん、最後はあなたです」
「は、はい。私は、これです」
四人目。シーダが細長い麻袋から取り出したのは、東方風の刀剣だった。
私が知る太刀とは異なる類の刀剣なのだろう。柄が槍のように長く、刀身の形状も僅かに違うように見受けられる。一言で形容するなら、槍のような太刀。初めて見る得物だった。
(……あんな長物を、この子が?)
あまりに不釣り合いな組み合わせとしか、思えなかった。
私の胸中を代弁するように、教官は腰に携えていた太刀を抜いて、シーダに言った。
「やはり、君は……。シーダ、俺が受けるから、何度か打ち込んでくれないか」
「ええ?」
「型は問わないさ。手加減も無用だ。さあ、来いっ」
教官が促すと、シーダは意を決した様子で得物を上段に構え、振るった。剣戟が周囲に響いて、刀身同士の打ち合いが繰り返される。
率直な感想としては、想像の域を脱してはいなかった。振るっているのではなく、振り回されているという表現が妥当だ。身体のバネを利用して、無理矢理に。見ているこちら側が危うさを感じてしまう。
(ねえ、クルト君。どう思う?)
(どうと言われてもな。十四歳だと言っていたか。見ての通り、十四歳の少女だな。それ以上でも、以下でもないさ)
概ね私と相違ない印象らしい。あんな調子で、この先やっていけるのだろうか。
不安ばかりが先行して、先ほどまであったはずの苛立ちは、知らぬ間に消え去っていた。