絢の軌跡Ⅲ   作:ゆーゆ

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四月一日 Ⅶ組特務科(仮)

 

「せいやぁあ!」

 

 左右同時の連撃を見舞い、直後に後方へ飛び退いて、射線上から離脱。やがて背後から放たれた銃弾の雨が駄目押しとなり、ブログ属の魔獣はセピスの塊と化して、床面に散らばった。

 

「ん。まあ、上出来だな」

「ふふん。どうよ、見直した?」

「ああ。武装の方はね」

「……ホント、可愛くないわね」

 

 しっかりと連携を図りながらも憎まれ口を叩く。この辺りが、現時点での落としどころだろう。

 戦術オーブメント『ARCUSⅡ』の戦術リンク機能は、十二分に互いの連携を促してくれていた。初対面の、しかも前途多難と思わせる異性と、阿吽の呼吸で苦もなく魔獣と対峙できているのだから、その恩恵は計り知れない。話には聞いていたが、これほど実戦的な装備だとは思ってもいなかった。

 

「それにしても……あちらは、苦戦しているな」

 

 もう一組の、リンクで繋がった二名。アルティナとシーダは、足並みがまるで揃っていなかった。

 アルティナの武装『クラウ=ソラス』は、魔獣相手に猛威を振るっていた。その剛腕は魔獣を一撃で昏倒させ、零駆動で放たれる光の矢は周囲諸共焼き払う。シーダの剣技が介入する余地はなく、魔獣の注意を引き付けるに留まっていた。

 

「敵性魔獣の沈黙を確認。シーダさん、大丈夫ですか」

「はぁ、はあ……。な、なんとか」

「よし。四人共、一旦集合してくれ」

 

 一方のシュバルツァー教官は、初陣こそ前衛として太刀を振るったものの、以降は後方からのバックアップに回っていた。見に徹することで、僕ら四人の実力を見極めている最中なのだろう。

 

「フン。なによ偉そうに、後ろで踏ん反り返っちゃって」

「教官相手に何を言ってるんだ君は……」

 

 またか。どうも彼女は教官に対して、極端な態度を取りがちだ。僕も少なからず感じるところはあるが、妙に思わせ振りな言動も目立つし、何か因縁があるのだろうか。僕と同じく、今日が初対面だったはずだが。

 

「どうしたんだ二人共。時間が惜しい、早く来てくれ」

「す、すみません」

 

 些細な疑問は後回しにして、足早に教官らの下へ向かう。

 するとシュバルツァー教官は腕組みをしながら、改まった声で言った。

 

「戦闘の基本は一通り説明したつもりだ。ここまでで何か、分からないことはあるか?」

「……では、僕から宜しいですか」

「ああ。何でも言ってくれ」

「今後のためにも、何か助言を頂けますか。折角の機会ですし、指導して頂けると助かります」

 

 さあ、どうする。我ながら意地の悪い振りだとは思うが、ここで答えに窮するようなら、拍子抜けだ。早々に見限る、という道だってある。

 

「そうだな。君達には追々に、と思っていたが。クルトは踏み込みの瞬間、頭を振ってしまう場面があったな」

「え……頭を、ですか?」

「きっと癖なんだろう。頭が振れると、一緒に体幹が振れてしまうんだ。少しずつでいいから意識してみるといい」

 

 面食らっていると、教官は僕の隣に立っていた女子に視線を向けた。

 

「それと、ユウナ」

「は?あ、あたし?」

「意気込みは買うけど、君は感情を表に出し過ぎだ。それにその武装だが、残弾数をしっかり把握できているか?」

「残弾……まあ、大体は?予備弾倉だってありますし」

「その構造だと、戦闘中のリロードは至難だろ。分校長も仰っていた『常在戦場』を忘れないことだ」

「ぐぬぬっ……は、はい」

 

 これはこれで、拍子抜けと言うべきか。思いの外に細かな点を突かれてしまった。

 しかしぐうの音も出ないのも事実だ。身内から口酸っぱく指摘され続けてきた悪い癖を、たった数度の立ち合いで見抜かれた。まあ、見る目はあるのだろう。

 まだまだ未熟。今はただ、受け止めよう。八葉の一端に触れるのは、それからでも遅くはない。

 

___________________

 

 

 一気に間合いを詰めて、クラウ=ソラスの剛腕を振るう。直撃は逃したもののダメージは明らかで、一旦距離を取ると反撃の気配もない。次の接触が最後だ。

 しかし一方で、どうしても引っ掛かる。シーダ・ウォーゼルと戦術リンクで繋がって以降、不可思議な感覚に捉われ続けていた。

 

(この感覚は……一体、何なのでしょうか)

 

 『感覚が鋭敏になり過ぎている』としか、形容できない。恐らくこれは、彼女の物だ。対峙した魔獣の一挙手一投足が、経験や勘とは異なる明確な『情報』として、コンマ一秒単位で流れ込んでくる。

 クラウ=ソラスではなく、戦術リンクを介した敵情報の解析。まるで未知の領域だった。これが、彼女が見ている世界?

 

「シーダさん。次で仕留めます」

「わ、分かりました」

 

 確かめるように、追撃を促す。シーダさんが覚束ない足取りで魔獣に接近すると、息も絶え絶えだった昆虫属の魔獣が、きしきしと威嚇音を鳴らして、最後の悪足掻きを見せ始める―――これも事前に、分かっていたことだった。

 

「ブリューナク、掃射」

「わわっ!?」

 

 前のめりになっていた魔獣に躱す術はなく、クラウ=ソラスの火を真面に受けたことで、一瞬にして灰と化した。敵性魔獣の沈黙を確認。

 このエリアに徘徊していた魔獣は、これで最後。一先ずの脅威は去ったはずだ。

 

「そっちも片が付いたようだな」

「しっかし、ホントすごいわねぇ。クラウ=ソラスっていったっけ?」

 

 ユウナ・クロフォードに、クルト・ヴァンダール。左右一対の武装を苦もなく操る二人の練度は、数度の戦闘で理解できていた。

 しかし二人の目には、私が駆るクラウ=ソラスの勇姿しか映っていないのだろう。魔獣の僅かな動作から先を取り、機を見い出しているのは、私でもクラウ=ソラスでもないのだ。

 

「……アルティナ、どうかしたのか?」

「いえ……」

 

 そして、リィン・シュバルツァー教官も。私が感じている彼女の異質さを、察してはいないようだ。戦術リンクで繋がった、私だけが気付いている。

 当のシーダさんは、攻略を開始してから一時間も経っていないにも関わらず、完全に息が上がっていた。額には多数の汗粒が浮かんでいて、僅かに頬が紅潮しているようにも見受けられる。

 

「シーダさん。率直に聞きます。あなたのそれは、一体何なのですか?」

 

 初めはおぼろげな物だった。しかし戦闘行為を重ねるに連れて、感覚が段々と研ぎ澄まされていき、それが今『頂点』に達しつつある。

 クレア・リーヴェルトの驚異的な空間把握能のような、超然とした何かだ。気付かない訳がない。彼女自身が、意識していないはずがない。

 

「わ、分かりません。ただ、この国に来てから……『風』が、多過ぎる、といいますか」

「風が……多い?」

「そうとしか、言えないんです。この施設に入ってからも、頭が、くらくら、して。い、いい、あ」

「し、シーダさん?」

「シーダ!?」

 

 突然、戦術リンクが途切れる。次いでシーダさんの膝が折れて、私と同じ小さな体躯は、力なく崩れ落ちてしまった。

 それが最後だった。五感は元通りになり、シーダさんは穏やかな寝息を立てて、眠り続けていた。

 

___________________

 

 

「……え?」

 

 重い瞼を開くと、見慣れない真っ白な天井があった。

 ゆっくり息を吸うと、知らない匂いがいくつも鼻に入る。

 故郷には存在しなかった数々。その中に唯一在った優しげな気配が、私の名を呼んだ。

 

「ふう。漸く目を覚ましてくれましたか、シーダさん」

「……アルティナさん?」

 

 恐る恐る上半身を起こして、辺りを見回す。

 金属の骨組みで造られた寝床に、ふかふかの柔らかい寝具。その傍らの小さな椅子に座っていたアルティナさん。置かれた状況から考えて、想像するに容易かった。

 

「確認ですが、記憶は鮮明ですか?」

「うん……。アルティナさんと、何かを話したことまでは」

 

 その後の顛末を、アルティナさんは淡々と説明してくれた。

 私はあの要塞を攻略する道半ばで意識を失ってしまい、途中退場となった。残りの道のりをどうするかは賛否両論あったものの、結局私を除いたアルティナさんら四名は無事地上へ辿り着き、実力テストとやらは一応の終わりを迎えたらしい。

 

「それとシーダさんの容体ですが、トワ・ハーシェル教官の診断によれば、緊張のあまり敏感になり過ぎていたのでは、とのことでした。私としては、今一釈然としないのですが」

「……釈然と、しない?」

「今のあなたからは、何も感じません。理解不能です」

 

 あなたに同じく。何のことかさっぱり分からない。

 

「そ、それより。もしかして……私だけ、不合格とか?」

「心配は無用です。あなたは予定通り《Ⅶ組特務科》の所属になります。ですがリィン教官曰く、何かしらの形で『追試』が必要になるかも、と仰っていました」

「追試……」

 

 追って再度実力テストを受けさせる、ということだろうか。

 何れにせよ、情けない。気を抜いたら涙腺が緩んでしまいそうだ。

 

「はぁ……。初日から、もう。私って、どうしてこう」

 

 列車で帝都近郊にやって来た頃から、違和感はあった。

 周囲に溢れる人や物が、事ある毎に邪魔をしてくる。あまりにも『風』が多過ぎて、気が散ってしまうのだ。目まぐるしい状況の変化に付いていけず、挙句の果てに列車の乗り換えを間違えて、道に迷う。そしてこの有り様だ。入学早々失敗を繰り返すなんて、私は何をしているのだろう。

 

(でも……あの感覚は、一体?)

 

 ひとつ引っ掛かるのは、意識を失う前のことだ。小要塞に踏み入った直後辺りから、頭に熱が籠って、ふわふわとした奇妙な感覚が続いていた。

 緊張のあまり、敏感になっていた?的を得ているようで、何かが違うような気がしてならない。少なくとも今までにない、初めての感覚だった。

 

「リィン教官を呼んで来ます。それと、ユウナさんとクルトさんも。目を覚ましたら教えて欲しいと、お二人からも頼まれていたので」

「あ、はい。色々と、ありがとうございます」

「……私の方こそ。不注意でした」

「え……」

 

 私に背を向けたアルティナさんは、扉の取っ手を握ったまま、淡々と告げた。

 

「戦術リンクで繋がっていたにも関わらず、別のことに気を取られて、あなたの異変に気付けませんでした。私の落ち度です」

「そ、そんなことない。そんなことないよ。今だってこうして、私に付き添ってくれて……。すごく安心したっていうか。ほら、同い年だから。尚更、ね?」

「……?よく、分かりません」

 

 それだけを口にして、アルティナさんは部屋を後にした。僅かな感情の残り香だけを残して。

 

「アルティナさん……」

 

 今一掴みどころのない人だ。しかし焦る必要はないのだろう。少しずつ、理解を深めていけばいい。

 でも『追試』については話が別だ。まさか私一人で小要塞を攻略しろ、などという無理難題はないと思いたいけれど、ある程度の覚悟はしておいた方がいい。

 何より、私を気に掛けてくれている人達。アルティナさんにリィンさん、ユウナさん、クルトさんのためにも。

 

「……ここ、何処なのかな?」

 

 取り急ぎ、ここは一体何処なのだろう。草木の匂いが、恋しくて仕方なかった。

 

___________________

 

 

 ―――その日の晩。午後二十三時過ぎ。

 宿舎三階の私室でデスクに向かっていたリィン・シュバルツァーは、一旦眼鏡を外してから立ち上がった。

 伸びをして固まった筋肉を解していると、こんこんと扉をノックする音が耳に入る。夜分遅い時間帯を考慮して、静かに応じた。

 

「はい。開いてます」

「オルランドだ。ちょいと邪魔してもいいか?」

「……ええ、どうぞ」

 

 ガチャリ。寝間着用のシャツ姿のランドルフ・オルランドが、欠伸を噛み殺しながらリィンの私室へとやって来る。ランドルフの気軽な訪問に対し、リィンはある程度を察した。

 互いに気配には敏感で、意図して感覚を遮断しない限り、壁の向こう側で誰が何をしているのか、自然と感じ取ってしまう。第Ⅱ分校が始動した初日なだけに気を緩め難く、それはランドルフも同じだった。

 

「まーだやってんのか。初日から根詰め過ぎじゃねえのか?」

「はは、そろそろ切り上げますよ。ただ、自分が担当する生徒のことぐらいは、把握しておきたかったので」

「へえ。灰色の騎士と名高い若き英雄が、随分と殊勝なこった」

「それは話が別で……。教官としては、半人前もいいところです。初日から生徒を……特にシーダには、申し訳が立ちません」

「ま、ありゃ無理もねえさ……その書類は?」

「《Ⅶ組》の生徒の物です。ご覧になりますか?」

 

 デスク上に置かれていたのは、《Ⅶ組特務科》に配属された生徒の名簿と、一通りの情報が記された書類だった。

 年齢や出身地は勿論、身長や体重、そして入学試験結果。筆記試験における各科目の点数と、実技試験の成績。リィンが手渡したのは、件のシーダ・ウォーゼルの書類だった。

 

「……成程ねぇ。筆記試験は総じてボーダーギリギリ。実技に至っては目も当てられねえな。言い方は悪いが、本校行きを逃して当然って訳だ」

「実際、第Ⅱに入れたのも不思議なぐらいです。本来の基準と年齢から考えて、何かしらの思惑が働いたとしか思えません」

「『留学生枠』って奴だろ。リベールにレミフェリア、ノルド……併合前ならノーザンブリアとクロスベル。そんで混血に、大部分が辺境出身だぜ?来るもの拒まずの精神を外部に示しつつ、厄介者は全員第Ⅱに押し付けとけってか。魂胆が見え見えだ」

 

 微塵も容赦のないランドルフの物言いに、リィンは同意を示さざるを得なかった。事実として、第Ⅱ分校に入学した生徒らの出生と経歴は、士官候補生としてはあまりに悪目立ちが過ぎるのだ。

 勿論、シーダについても。とりわけ身体能力という点においては、アルティナにすら及ばない。同年代の少女とはいえ、アルティナは数多の修羅場を潜り抜けてきた諜報員でもある。差は歴然だった。

 

「俺がいた《Ⅶ組》にも同じような生徒がいましたが、生い立ちが違い過ぎますね」

「西風の妖精か。そりゃ比べる方が酷ってもんだ。……申請した得物も、問題があり過ぎだな」

「ええ。当然、姉であるアヤに倣っての、選択だとは思いますが……『長巻』は、彼女の手に余ります」

 

 シーダが申請した専用武具は、『長巻』だった。

 かつてアヤが振るっていた東方の大太刀は、それ相応の腕力と体格が求められる。長大な得物である長巻は扱いが非常に難しく、使いどころも限られる。アヤは幼少時より長巻術と共にあり、人生その物が長巻の上に立脚していたからこそ、変幻自在に操ることができた。見よう見真似では、届きようがないのだ。

 

「確かにアヤちゃんは、女子の割に背丈があったっけ。ワジよりちょい上だから、百七十以上はあんのか?」

「はい。《Ⅶ組》の女子の中でも、アヤは一番……っ……の」

 

 アヤ。アヤ・ウォーゼル。彼女の存在を互いに口にした瞬間、空気が一変した。

 リィンは外していた眼鏡を付けて、シーダの書類―――家族構成の欄を、指でなぞった。

 

「その、オルランド教官。あなたは―――」

「やめとこうぜ。大方はお前さんの想像通りだろうよ」

「あ……」

「俺は何も知らねえし、見てもいねえ。勿論、ロイドもな。『ベルライン』はただの自然現象。そんだけだ」

 

 言い終えてすぐ、ランドルフが大きな溜め息を付く。

 怪訝そうな表情を浮かべるリィンを尻目に、ランドルフは後ろ頭を掻きながら、扉の方へ歩を進めた。

 

「ワリィ、マジで謝る。ロクでもねえ態度を取っちまった。詫びのついでに、今度奢ってやるよ」

「いえ、そんな。俺の方こそ……。話を聞いて頂き、ありがとうございます。少し気が楽になりました」

「そうかい。ま、戦術科も曲者揃いだしな。明日からが本番だ、お互いに気張るとしようぜ」

「ええ。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 後ろ手で扉が閉ざされる。ふうと一息を付いて、リィンは再度シーダの書類を手に取った。

 今考えるべき、向き合うべきは生徒達。僅か四名の生徒だからこそ、真剣に今後を検討しなければならない。

 

(ユウナ、クルト、アルティナ、シーダも。明日から、宜しくな)

 

 想いを胸に、デスクの端に置いていた写真立てへ視線を落とす。

 願わくば、もう一枚の未来を。そう願わずには、いられなかった。

 

 

 

 




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