絢の軌跡Ⅲ   作:ゆーゆ

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第一章
四月九日 ベイビーステップ


 

「んん……。ん、しょっと」

 

 早朝。二度寝の誘惑を追い払って、勢いよく半身を起こす。現時刻は朝の七時ジャスト。早過ぎず遅過ぎず、ほど良い時間帯での起床だった。

 隣のベッドでは、シーダが反対側を向いて眠っていた。アルティナの姿は見当たらない。一足先に起きて、顔を洗っているのかもしれない。

 

(四月の、九日か)

 

 あれから。第Ⅱ分校が産声を上げて、《Ⅶ組特務科》が仮発足したあの日から、今日で一週間が経つ。

 私の想像を遥かに上回る、ハードな日々が続いていた。座学は付いていくのがやっとで、各科目毎に用意していたノートは既に十数頁が埋まっていた。警察学校顔負けの野外訓練は少しも容赦がなく、ランディ先輩の絶妙な匙加減が身体を追い詰める。私自身、かなりの疲労が溜まっていた。

 

「そっか。今日って、自習日だっけ」

 

 来週末には『自由行動日』という名の休息日が設けられている。しかしそれまで二週間ぶっ続けの休みなし―――は流石に酷が過ぎる、と教官勢も判断したのだろう。

 四月九日、日曜日の今日は、全クラスに自主的な学習と訓練が課せられていた。各自のペースで一週間の振り返りを行い、翌週に備えるのだ。私は勿論、アルティナやシーダも心身共に限界が近いはずだし、大変に有り難い。

 とはいえ、普段と同じく朝は定刻までに登校する必要があるし、ホームルームもある。自習日だからといって、あまり寛いではいられない。

 

(……起こさない方が、いいわね)

 

 そっとシーダの寝顔を覗き込む。この様子だと、暫くは起きないだろう。ギリギリ間に合うよう声を掛けてあげればいい。

 

「ふわぁぁ。よしっ」

 

 大きな欠伸をして、両頬を叩く。さあ、今日の始まりだ。

 

___________________

 

 

 日課の朝稽古を早々に切り上げ、汗を拭いてから食堂へと向かった。

 室内にはざっと見て数名。端のテーブルでティーカップを傾けるアーヴィング教官、キッチン寄りの席にはスタークとウェイン。一人で食事中の女子は、主計科のヴァレリーといったか。

 普段よりも人が少ないのは、今日が日曜日だからなのかもしれない。自習日なだけに、教官らを含めやや遅い朝としているのだろう。

 

「おはよう、クルト。今日も朝から稽古か?よく続くな」

「ああ、おはよう。日課のような物だし、大したことはないさ」

「むむ。私も更に精進せねば。負けてはいられないな」

 

 スタークとウェインに声を掛けて、キッチンの様子を窺う。

 今日も今日で、主計科の女子が朝早くから用意してくれたのだろう。切り分けられたバゲットに、鍋には温かいポタージュと、大皿に盛られた野菜達。控え目な量と品数からは、『食材は揃っているので足りない方はご自由に』という気遣いすら感じられる。今度改めてお礼を言っておくとしよう。

 

(……卵とベーコンでも焼くか)

 

 手早くフライパンを温め、ベーコンに焼き目を付けてから卵を二つ割る。

 フライパンに蓋をして振り返ると、トレーを手にした女子と視線が重なった。

 

「おはよう」

「お、おはよう。クルト君」

 

 どうして朝の挨拶なんかに若干の躊躇いらしき物が混ざるのか。まあ、考えても無駄だ。

 

「君も食べるか?」

「え?」

「これさ。焼いただけだけどね」

 

 蓋を開けると、卵黄にほど良く火が通っていた。この辺りは好みが分かれそうだが、些細なことだ。

 

「いいわよ、そんな。自分で作るから」

「食べるか食べないかで答えてくれ」

「……食べる」

「ならこれは君の分だ」

 

 小皿によそって、ユウナが手にしていたトレー上に置いた。ユウナは小声で「ありがとう」と呟くと、冷蔵庫で冷えていた牛乳をグラスに注いで、無人のテーブル席に座った。

 

(……成程な)

 

 あの実力テストから一週間。少しずつではあるが、気軽に会話を交わせる生徒は増えつつある。段々と人となりも見えてきたし、クラスメイトなら、尚更だ。

 

「アルティナとシーダは、まだ寝ているのか?」

「シーダはそうね。アルティナは先に起きたはずだけど、何処にも見当たらなくて……って、ちょっと待って」

「ん?」

「う、ううん。何でもない」

 

 自然な動作で、同じテーブルにトレーを置いた。わざわざ違う席に座る方が不自然というものだ。

 バゲットをちぎり、口に運ぶ。周囲を見渡してから、話題を振った。

 

「ルイゼやティータは、一緒じゃないんだな」

「……何それ、どういう意味?」

「そのままの意味だが。君は大抵そうしているだろう。アルティナやシーダを除いてね」

 

 食事や休憩時間の過ごし方を見ていれば、想像するに容易いことだ。

 《Ⅶ組》は例外として、ユウナと親しげに話す女子は、僕が知る限りルイゼにティータ。二人と共にいる時間が圧倒的に多い。

 理由も明らかだ。人伝に聞いたが、ルイゼはレミフェリア出身で、ティータはリベール人。この帝国で生まれ育った者がほとんどの中、二人は分かり易い点で他の生徒と異なる。要はそういうことだ。

 

「昨日はゼシカとも少しあったらしいね」

「あれは別に……あたしが、その。らしくない態度を取っちゃっただけよ」

「らしくない?……らしくない?」

「何で二回言ったの?」

「フフ、いや。何でもないさ」

 

 笑みを隠すようにスープを啜っていると、ユウナは目を閉じて小さく腕組みをした。

 途端に、テーブルが揺れた。ユウナは突然立ち上がったと思いきや、強引に僕の腕を鷲掴みにした。

 

「ああもう。らしくない、本っ当にらしくない。クルト君、ちょっと来て」

「ま、待ってくれ。何処へ、ま、え?」

 

 どうにか手にしていたスプーンを置いて、されるがままに引っ張られる。

 食堂を出て、ユウナと共に向かった先は―――階段下のスペースに設けられた、用具室。掃除用具や古びた備品が保管されていた狭い一室に押し込まれ、頭上のランプが点灯した。

 とても近い位置に、ユウナの顔があった。開口一番に、ユウナは声を張った。

 

「ごめんなさい!!」

「っ……だから、待ってくれ。まず僕は、何を謝られているんだ?」

「ほら、実力テストの時の、あれよ。つい勢いで言っちゃったけど……自分でも、大人げなかったって思うから」

 

 ―――帝国人が使う『時代遅れ』の剣なんかより、ずっと役に立つわよ!

 まさか、あれのことを言っているのか?

 

「別に僕は……。ある意味で、君の言う通りさ。ヴァンダールは、そうだったのかもしれないな」

「え……?」

 

 時代遅れ。言い得て妙だと思う。

 長年に渡る、古くから続いてきた仕来りと習わし。ヴァンダールは家名に甘え、奢っていたのだろう。当たり前に継がれ、継いでいくと思い込んでいた。僕だって例外ではなかった。

 だが時代が変われば、在り方も変わる。剣も体制も、変わる物は、変わるんだ。

 

「いや、こっちの話さ。それより、僕の方こそ謝りたい」

「あ、あたしに?クルト君が?」

「君だってあの特殊警棒には、思い入れがあるんじゃないか。僕も少々無神経な物言いだったと思うよ」

 

 特殊警棒は、護身と制圧に重きを置いた武装。警察官の象徴でもある。不本意な経緯で軍警学校から出向したと言っていたし、出会って早々に苦言を呈されては、不快感を抱いて当然だ。

 何よりあの武装を丹念且つ丁寧に手入れする姿を見せられたら、自然と察してしまう。何かしら、特別な感情があるのだろう。

 

「それと遅くなってしまったが、これを」

「……え、ハンカチ?」

「ああ。取り寄せるのに、時間が掛かってしまってね」

 

 一応洗ってはみたものの、一度男子の鼻血に塗れたハンカチを返す気にはなれなかった。駅前のブティック経由で注文した新品が届いたのが、つい先日。ちょうどいい機会だ。

 

「そういえば、お礼も言いそびれていた。あの時は、ありがとう」

「……納得いかない」

「は?」

「だ、だって!折角言えたのに、お釣り付きで返されたっていうか。なんか、負けた気がする」

「君はとても面倒臭い女子だな」

「面と向かってそういうこと言う!?」

「まあ、お互い様だ」

 

 苦笑いをしながら、右手を差し出す。

 本質的に優しい人間なのだろう。あの時迷わずにシーダを受け止め、僕に手を差し伸べてくれた時から、理解していたことだ。それに生粋の帝国嫌い、という訳でもないらしい。とても面倒臭いクラスメイトだが、可愛げがある程度に受け取っておくとしよう。

 

「ユウナ。改めて、宜しくお願いしたい」

「……こっちこそ。みんなとも、もう少し歩み寄ってみる」

「ああ。そうするといい。……とりあえず、ここから出ないか?その、狭くて仕方ない」

「そ、そうね」

 

 薄暗い室内で身体を反転させて、扉を開ける。埃っぽさがなくなり、一先ずの深呼吸。

 ユウナと一緒に食堂へ向かった矢先、やや離れた位置から僕らを見詰める、少女の姿に目が留まった。アルティナは考え込むような仕草を取ると、淡々と告げた。

 

「朝っぱらからお楽しみだったようですね」

「アルティナ。意味を分かって言っているのか?」

「いいえ。リィン教官用に習得した語彙のひとつです」

「二度と使わないでくれ。いや、教官にだけは許そう」

「よく分かりませんが了解です」

 

 独特の言い回しが多い子だ。もう一週間が経つというのに、アルティナだけは表面上の情報しか読み取れない。ユウナ以上に、前途多難にもほどがある。

 

「ていうか、何処に行ってたのよ?外に出てたの?」

「秘匿事項です」

「……ああ、そう」

「それより、シーダさんの姿が見えませんが。まだ起床していないのですか?」

「あっ。そ、そろそろ起こさないと」

「私が行ってきます。お二人は食事を済ませておいて下さい」

 

 シーダをアルティナに任せて、食堂のテーブルへと戻る。

 少し冷めてしまっていたが、手早く食べるには都合がいい。

 

「やれやれ。底が知れない子だが、シーダを気に掛けてくれるのは助かるな」

「アルティナがって言うより、シーダがあの子を頼りにしてるって感じね。同い年だし、きっと話し易いのよ」

「シーダの方はどうなんだ?この一週間で、かなり疲れも溜まっているはずだが」

「うん……。相当、無理はしてると思う」

 

 口に出したくはないが、年齢や体格のハンデだけは、目に見えて明らかだ。僕らが感じている負荷とシーダのそれも、比べ物にならないのだろう。

 極力支えてやりたいが、僕らにできることは限られている。今日の放課後にでも、改めてシュバルツァー教官に相談した方がいいかもしれない。

 

「ユウナさん、クルトさん!」

 

 不意に、アルティナの声が聞こえた。珍しく感情の籠った彼女の声は、悪い報せを告げる物だった。

 

___________________

 

 

 ―――パタン。

 眠りに付いたシーダを起こさないよう、ハーシェル教官がそっと扉を閉じる。

 

「多分、疲労とストレスの影響だと思う。熱は高くないけど、風邪と同じ症状が出てるみたい。今日一日は、安静にした方がいいね」

「風邪……ですか」

 

 シーダの異変に気付いたのは、彼女を起こしに部屋へ戻ったアルティナだった。声を掛けてもベッドから出ようとしないシーダは、熱に魘された様子で体調不良を訴え、症状は今し方聞いた通り。根本の原因は、言うまでもなく。

 

「リィン教官には、私から通信で伝えておいたから。朝のホームルームは時間を変更して、一時間後にお願いって言ってたよ。三人は予定通り登校して、教室で待機をお願いね」

「了解です。ありがとうございます」

 

 ハーシェル教官の背中を見送って、僕らは一先ず食堂へと向かった。

 置きっ放しにしてあった食器を片付けて、テーブルに付く。ユウナは勿論、アルティナも僅かに表情を歪めていた。

 

「やっぱり、相当無理をしていたみたいだな」

「そうね……もしかしたら、食事の影響もあったのかも」

「食事?」

「シーダって、あまり量を食べなかったのよ。小食なのかなって思ってたけど……ほら、食文化の違いってやつ?あたしは詳しく知らないけど、ノルド高原とここじゃ、かなり環境が違うんじゃない?」

 

 食文化の違いか。まるで気付きもしなかったが、当たり前の発想だ。遥か北方の異境の地と帝都近郊では、少なからず食材や調理方法に違いがあるはずだ。

 もし仮にシーダが居心地の悪さを感じ、食が進まなかったのなら、それだけで致命傷になり得る。僕らと同じ授業と訓練を受けている以上、体力を保つには、食事は必須な要素の最たるひとつだ。

 

「私が考えるに、それだけではありません。恐らく彼女は『感応』という点において、類稀な能力を秘めています」

「「感応?」」

「はい。小要塞で戦術リンクを繋いだ時に、その一端を垣間見ました」

 

 類稀な感応。アルティナの話では、それは異常に秀でた五感を指していた。

 視力や聴力、嗅覚。シーダは常人と比較して、とりわけ敏感なのだそうだ。平穏な大自然と共に生きる上で、ノルドの民が身に付けた感応力。アルティナ曰く、それらの上に成り立つ『第六感』なる物も、シーダにはあるらしい。

 

「そうか……時折シーダは『情報が多過ぎる』と言っていたが、あれはそういうことだったのか?」

「えーと。つまり聴覚で言えば、同じ音でも、シーダには大きな音として聞こえてるってこと?」

「差は分かりませんが、恐らくは。特に夜間、シーダさんが質の良い睡眠を確保する上で、ルームメイトであるユウナさんの『いびき』は喫緊の課題です」

「待ちなさい。待って、待ってホント待って。クルト君、顔!その顔はなに!?」

「あー、コホン。それはさて置きだ」

 

 解消すべき問題点が一気に上がった。しっかりと整理をして、ひとつずつ当たる必要がある。何より僕らの力だけで対応できる域を超えてしまっている。この場で四の五の言っていても始まらない。

 

「ホームルームまでまだ時間はあるが、待つ必要もないだろう。シュバルツァー教官に相談してみないか?」

「それもそうね。そうと決まれば早速行きましょう!」

「了解です」

 

___________________

 

 

 扉の前に立ち、上着の襟を整える。ノックをしようと右拳を上げた矢先、透き通るような美声が待ったを掛けた。

 

「シュバルツァーか。ノックは不要だ、入ってくるがいい」

「……失礼します」

 

 見事にお株を奪われ、そっと扉の取っ手を回した。

 オーレリア・ルグィン。第Ⅱ分校の長を務める伯爵家の当主は、湯気が立つティーポットを手に、テーブルに置かれたカップへと注ぐ最中だった。

 

「茶を沸かして一服しようと思ってな。いい機会だ、そなたも付き合え」

「それは、恐縮です」

「フフ、そう構えるな。自習日ぐらい肩の力を抜くがいい」

 

 テーブルを挟んでソファーに腰を下ろし、ふうと一息付く。

 彼女と一対一で会話を交わすのは、この場が初めてのはずだ。こうして正面から向き合っていると、奇妙な感覚に捉われてしまう。

 

「何やら言いたそうな顔だな。遠慮は要らぬぞ?」

「今更ながら……つくづく、信じられないと思いまして。『黄金の羅刹』と名高いあなたが今、目の前でそうしているのが」

「ふむ……。私自身、あの内戦を境にして、力の衰えを感じていたところだ」

 

 オーレリア分校長は紅茶を一口啜ると、遠い目をしながら語った。

 

「とりわけ『蒼き聖獣』に剣を折られ、機甲兵を砕かれた時は、残骸ごと喰われるやもしれぬと覚悟したものだ」

「……アヤが従えていた聖獣は、戦況によっては騎神をも凌駕していました。無理もありません」

「クク、まあよい。思い出話には、追々花を咲かせるとしようか。……遠慮は要らぬと言ったであろう。率直に申すがいい」

 

 全てお見通し、か。この人を前にして、隠しごとの類は通用しないに違いない。

 それに、今の口振り。今朝の一件は、分校長も見越していた事態に他ならない。分かっていた上で、今日を迎えた。その真意を確かめなくてはならない。

 

「シーダ・ウォーゼルの件は、既にご存知のようですね」

「ああ。ハーシェルから通信でな。入学から一週間、よくぞ今まで持ったものだ」

「……分かって、いたのですね」

「それはそなたも同じであろう?」

「はい。敢えてこの場では、否定しません」

 

 時間の問題だったのかもしれない。シーダが抱えるハンデは、彼女の手に余る。年齢に性別、体格、出生。あらゆる要素が彼女の心身を削り、消耗させる。

 もっと早期に、俺自身が手を差し伸べることはできた。しかしそれは、彼女の今後に繋がらない。彼女が独力で乗り越えない限り、未来には繋がらない。心を鬼にしてでも、見届ける必要があった。

 

「して、そなたはどう振る舞うつもりだ」

「……再来週には、機甲兵教練が控えています。その後には、特別カリキュラムも。詳細を聞かされてはいませんが……機甲兵教練も特別カリキュラムも、内容によってはシーダの『生命に関わる』と言っても、過言ではありません」

「概ね同意見だな。それで?」

「見極める必要が、あると考えています。分校長は、どうお考えですか?」

 

 分校長はティーカップを置いて立ち上がり、出入り口の扉の方をちらと見てから、告げた。

 

「あやつはそなたの生徒だ。そなたに一任するとしよう。……が、期限は必要だな。実力テストとやらの『追試』を課すそうだが、日程は決めているのか?」

「一週間後を予定しています。内容は、まだ未定ですが」

「ならば一週間の猶予を与える。追試で手応えを感じぬようであれば、『見限る』がいい」

 

 ―――ドタタンっ。

 扉の向こう側から、何かが崩れ落ちる音が響いた。

 気付かない訳がないだろうに。俺に先んじて、分校長も察していたはずだ。聞き耳を立てるなら気配ぐらい消せ。その辺りの指導は、今後の課題にしておくとしよう。

 

「クク。そなたの雛鳥は揃ってお人好しと見える。頼もしいではないか」

「俺も含め、まだまだ足並みは揃っていませんが……心強さは、実感していますよ」

 

 唯一の可能性。シーダは決して独りではない。俺達《Ⅶ組》がそうだったように、結束は新たな力を生んで、明日へと繋がっていく。

 ユウナ。クルト。アルティナ。俺にできることは少ない。だから―――支えてやってくれ。

 

___________________

 

 

 午前九時。《Ⅶ組特務科》の教室にて。

 

「ど、どうするのよ!?」

 

 見限るがいい。分校長は確かにそう言った。若干回りくどい言い回しではあるけれど、あの一言が意味するところはひとつしかない。

 状況を整理するために黒板へ『見限る』の三文字を殴り書いたものの、まるで意味を成していない。私も私で、冷静さを失っているらしい。

 

「どうもこうもないさ。シーダが追試の条件を満たさなかったら、彼女は第Ⅱ分校への在席を却下される……。僕らも腹を括るしかない」

「シーダさんが追試で好成績を収める他ありませんね」

 

 クリアー条件は単純だ。シーダが追試とやらで合格点を叩き出せば、全てが丸く収まる。その後も大いに苦労はするだろうけれど、今考えても仕方がない。

 

「問題は追試の内容ね。まだ決まってないみたいだけど、あの小要塞攻略と同種って考えたら、どうしたって実戦が伴うに決まってるわ」

「だろうね。追試までの一週間で、どこまで物にできるか……僕も助力は惜しまないつもりだ」

 

 実戦に必須となるシーダの剣術については、教官勢やクルト君を頼るしかない。

 シーダの得物は『長巻』と呼ばれる太刀の一種だそうだ。かなり癖のある武具のようで、取り扱いも極めて困難。剣術に精通した人間に任せるのが無難だろう。

 

「あたし達はそれ以外のケアよね。食事なんかはティータやサンディに相談した方がいいかも。それに……アルティナは、何かある?」

「私は……。ひとつ、いいですか」

「うんうん、何?」

「シーダさんにとっては、諦めるという選択肢が、最も安全なのではないですか?」

 

 思わず耳を疑った。思考が停止して、理解が遅れる。

 諦める?何を?追試を―――《Ⅶ組特務科》を、諦める?

 

「君はっ……アルティナ、本気で言ってるのか?」

「質問の意図が分かりません。私は―――」

「待って二人共」

 

 間に割って入り、アルティナと正面から向き合う。アルティナの挙動に注視をして、お互いの呼吸を合わせながら、眼の奥を見据えた。

 

「アルティナ。もう一度、あなたの意見を聞かせて?」

「ですから、これ以上の負担はシーダさんの心身を確実に追い詰めます。分校長のご判断も、それを考慮しての……。私は、理解を誤っていますか?」

 

 この一週間で、見えてきた物がある。アルティナは純粋だ。純粋過ぎる、という形容が当て嵌まるかもしれない。

 表面上の言動だけを受け取っていては、この子と通じることはできない。何処からが客観的事実で、何処までが彼女の意思なのか。僅かでも見誤ると、アルティナという人間への誤解に繋がりかねない。

 

(この子なりに……心配、してるのかな?)

 

 アルティナは否定するだろう。しかし彼女なりにシーダの身を案じての発言だとするなら、受け止める側の理解はまるで違ってくる。

 ひとつひとつを、慎重に積み重ねよう。アルティナは外見以上に幼い、子供なのだ。

 

「ねえアルティナ。それを決めるのは、あたし達じゃない。シーダ自身が決めることよ。そうは思わない?」

「その点に異論はありません。当人の判断を尊重すべきかと」

「ええ、そうね。じゃあ、アルティナ自身はどう思う?」

「わたし、自身?」

「そう。シーダがこの《Ⅶ組》にいるのといないのと、どっちがいい?」

「元々少人数の編成なので、いて頂いた方が何かと助かります」

「そうじゃなくって……。えーと」

「ですが、そうですね」

 

 瞬間。アルティナの顔に、ひとつの表情が浮かんだ。感情のひと欠片を、ハッキリと感じた。

 

「誰かに頼られるというのは、不思議と悪い気はしません。よく、分かりませんが」

「……そっか」

 

 十分過ぎるだろう。この辺りが、今のアルティナの精一杯。だから私達も、精一杯汲み取ってあげよう。

 《Ⅶ組》はまだ始まってもいない。小要塞の終点で教官が告げたように、そもそもシーダが揃わない限り《Ⅶ組特務科》には(仮)が付く。追試までの残り一週間、全力疾走で駆け抜けよう。

 

「まずは簡単な問題から解決していこうか。ユウナのいびきはそんなにひどいのか?」

「音量はこれぐらいです。んごごごごご」

「ぶふっ、ぷは、ははっ。いや、その。それぐらいなら、まだ可愛いものじゃないか」

「察するに、シーダさんにはこれぐらいに聞えているはずです。んご!ご!ご!ご!ご!」

「あああああもおおおおおおお」

 

 少しだけ、実家の一人部屋が恋しくなった気がした。

 

 

 

 

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